進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第23話 赤き骸布の少女が見た世界

 

─1─

 

「ミカサ!待ってくれ!」

速い。『私』もそれなりにそ飛ばしているつもりだが、どういうわけか、彼女からどんどん引き離されてゆく。

 

少し彼女が勢いを緩めたかと思った頃には、中衛の辺りまで到達していた。私はミカサより少し遅れて屋根の上に着地する。先ほどまでの立体機動で、頬の辺りは向かい風で汗を飛ばし、肌は突っ張っていた。ただ、汗を搔いてたはずだという認識がまだ残っていたか、私は額の汗を乾いた手で拭う。

 

顔を上げ、ミカサを呼び止めようと口を開こうとしたとき、まとまった家屋の屋根の上、数十人、いや、それ以上の数の訓練兵達が、そこに居た。

 

「なんだ?」

 

撤退の鐘は区画全域に届くほどの音量の筈だ。それなのに、これ程の数の訓練兵が聞き漏らしたとでもいうのか。

そんな訳がなかった。

 

「皆、どうしたんだ?」

 

『私』は尋ねてみる。

 

「ガスが切れて、壁を登れねぇ。撤退の鐘は聞こえたがな」

 

『私』の手前で座り込んでいたジャンが答えた。

 

「もう、全く無いのか?」

「いいや、一応数十秒から一分は跳べるだろうが、壁に着くまでには底を尽きるだろう」

「簡易拠点は?」

「見てきたどの箇所にも旗が立てられてたか、あるいは巨人に荒らされてた。恐らく、補給しようとしたところを喰われたんだろうな。クソっ」

 

先に様子を窺った通り、前衛、中衛、後衛、全ての区間で拠点は使われてしまっていた。

 

「補給は?本部からガスと刃を積んだ兵士が出てくる手筈じゃなかったのか?」

 

ジャンは顔を上げない。ただ、本部がある北を指差す。

 

「あれをどうやって切り抜けるってんだ?」

 

私はジャンの指す方角を見て、愕然とした。

本部は、巨人で埋め尽くされていた。

倒壊はしてないものの、白い壁が肌色に見えるくらいには、大小様々な巨人が纏わりついていた。

 

「そんな。ここまで、突破されていたのか」

「俺達への補給任務を放棄して本部に籠城はねぇだろ。案の定、巨人が群がってガスを補給しに行けねぇ」

 

後衛にまで一部の個体が抜けられていたことは知っていたが、通常の巨人まで勢力を拡大し続けていたとは思わなかった。誰かが食い止められていると信じていた。

 

「他の人達はどうなった?まだ戦える人は?」

「おい!」

 

ハスキーな低音が響く。この声はライナーだ。ベルトルト、アニ、マルコも無事だったようだ。

 

「無事だったのか」

「おう。生き残りをかき集めて、安全を確保できる空所を作っていた」

「さすがだ。あわよくば殲滅させると思ってたけど」

「いいや、それはさすがに俺達でも無理だな。戦ってる中で気づいた。生存者を確保するだけでも手一杯だとな」

「さっき分かれてから一時間ぶりくらいかな。後衛はどうなったんだ?」

 

ベルトルトが尋ねる。

 

「避難が遅れていたみたいだけど、鐘が鳴ったとおり、それも解決できた」

「よし。なら、残された任務は、本当にあれだけのようだな」

 

ライナーは本部の方角を顎で指す。

 

「…出来ると思うか?」

「まだだ。やるなら集まってからだな」

「駄目だよ。どう考えても…。僕らはこの町から出られずに全滅だ」

 

実力の差こそあれど、私もこの状況を楽観などできなかった。

 

「死を覚悟してなかった訳じゃない。でも、一体なんのために死ぬんだ……」

 

マルコは視線を下に落としていた。

 

(エレンが死んだことがこれ程ショックだったとは───

…違うな。自分もそうだったじゃないか。誰でもショックを受ける筈だ。誰でも──)

 

「そうだ!ミカサは──」

 

ライナーが方向を指差す前に、私は彼女がうずくまるアルミンの前に屈み込んでいるのを発見した。

 

(マズい)

 

今彼女が知ってしまったら。

恐らく、二度と立ち上がれなくなる。

この場にいる者達、友でさえこれ程の衝撃なんだ。

家族同然の彼女が知ってしまったら。

 

「アルミン駄目だ───」

 

私がアルミンを止めるよう、手を伸ばし走り出したところで、アルミンは口を開いた。

 

「僕達…訓練兵34班──トーマス・ワグナー、ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、ミーナ・カロライナ、エレン・イェーガー。以上5名は自分の使命を全うし、壮絶な戦死を遂げました……」

 

両目から涙を流し、慟哭の代わりのように、彼は叫んだ。

 

「そんな……」

 

サシャがぼやく。訓練兵達はどよめき立つ。彼らは今この場に至るまで知らなかったのだ。薄々気づいていても、知らないふりをしたがっていた。

 

この世から一匹残らず巨人を駆逐すると息巻いていた少年が、世を去ったという事実を。

私のせいで、ミカサは知ってはならないことまで知ってしまった。

 

家族を喪う辛さなら、分かっていたはずなのに。なぜ私はあの場で、嘘を吐けなかったのだ。

 

空で伸ばした腕を戻し、悔恨で掌を握り締める。

 

「アルミン、落ち着いて。今は感傷に浸っている場合じゃない。さぁ、立って」

 

ミカサは、その宣告を、誰よりも冷静に受け止めていた。

 

「マルコ。本部に群がる巨人を排除すればガスの補給が出来て、みんなは壁を昇れる。違わない?」

 

「あ、あぁ……。そうだ。しかし、いくらお前でもあれだけの数は……」

「できる」

 

ミカサは、私たちに向き直る。

 

「私は強い!あなたたちより、強い!すごく強い!ので、私はあそこにいる巨人どもを蹴散らすことが出来る。例えば一人でも……」

「あなた達は腕が立たないばかりか、臆病で腰抜けだ。とても残念だ。ここで指を咥えたりしてればいい。咥えてみてろ」

 

彼女は、変わらない。済んだ澄んだ瞳を私たちに真っ直ぐ向け、普段のものからは想像できない声量で言い放つ。

 

「ちょっとミカサ!いきなり何を言い出すの!?」

「一人じゃ無理だ!」

「できなければ死ぬだけ。でも、勝てば生きる。戦わなければ、勝てない」

 

そういい終えると、彼女は走り出した。

なんて強いんだ。喪った者はほぼ同じなのに、私達とは反応が全く違う。

 

一体彼女は、何を見てきたというのだろう。これ程の地獄が、再び繰り返されたというのに。なぜ彼女は、ここまで強くあれるのだろう。

 

「おい!俺達は仲間に一人で戦わせろと学んだか!?お前ら!!本当に腰抜けになっちまうぞ!!」

 

ジャンは彼女に続く。

上位成績10名の面々も、彼に続いた。

 

(負けられない)

 

「……やってやる!今日まで生きて来たんだ!」

 

彼女がそうしたように、私も高くブレードを掲げる。

 

「訓練の日々の中で死んでいった人たちだって、同じだ!"死にたくない。"そう思って今日まで頑張ってきたんだ!こんなところで死んでいられない!」

 

所詮は真似事だ。だが、自分の足を前へ踏み出させるには十分な発破だった。

 

彼らに続く足音は、初めはたどたどしかったが、屋根を踏み鳴らすそれらは、すぐさま速くなった。

あの場にいた兵士全員が怒号を上げ、ミカサ達について跳び立った。

 

─2─

 

 

戦場でも、彼女は怯まない。次々に巨人をなぎ倒し、後続へ道を開いて行く。

 

「とにかく短期決戦だ!ミカサが道を開いてる所に、俺達が滑り込む!」

「ミカサ、速い!」

「私達も急がないと、進路を後からやって来た巨人に閉じられちゃう!」

「そんな無理は出来ない。ガスの残りも分かってないのに──」

 

待てよ。

ミカサは自分のガスの残量を把握しているのか。

握りこぶし大に見える先を行く彼女に、無理をさせてないか。

 

予想は当たった。

 

「ミカサ!」

 

ミカサは落ちていく。不意に勢いが殺されたのか、次の標的へ顔を向けたまま、落ちていった。

 

「危ない!」

「くっ!」

 

巨人が、ミカサと私の間に割り込んできた。すんでのところでマルコが私のジャケットを掴み遠ざけたが、ミカサがどうなったかは分からない。巨体が割り込んでくる直前に、ミカサは家屋の向こうへ落ちていった。

 

「くそ!次々に巨人がこっちにやって来てる!」

「一斉に跳び立ったからだ!」

「いいや、生き残りが殆どいねぇからだろ!奴ら、もう兵士達を食い付くしちまったんだ!!」

 

本部の巨人達は頑としてそこから離れていない。だが、そこからさらに離れた距離からも、区画の中心にいる私達へ、下品に開かれた口を向けて歩いてくる。全ての方位から、私達を喰わんと歩いてくる。

 

「1体巨人がミカサの方に!」

「バカ!こっちにも2体来てるんだ!今動かねぇと死んじまうぞ!」

 

コニーとアルミンが、ミカサの落ちていった方向へ消えていくのが見えた。

 

「どうする…こんな時、どうすれば──」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 

まだ本部への道半ばというのに、腰の辺りが異常に軽い。

これ以上跳ばせば、途中でガスが切れるかもしれない。

 

「前からもかよ!」

 

ガスが切れた者が居た。その一声で、私達は一度、屋根の上で立ち留まる。

 

彼は地上から屋根まで上がれず、装置は力無く息を吐くだけだ。彼は顔面蒼白でトリガーを引き続けるも、なにも起こらない。巨人達は、彼の元へゆっくりと近づいてゆく。逃げられなくなった獲物を、必死に追う必要がないように、奴らの歩みは苛つくほどにのろかった。

 

「トム!今助けるぞ!」

「よせ!もう無理だ!!」

 

ジャンの警告を無視し、助けに入ろうとした兵士は、大型の巨人に掴まれ、そのまま口の中へ放り込まれた。

そして彼の助けに入ろうとした他の者達もまた、地上の巨人どもに捕らえられる。

兵士達が次々に喰われてゆく。

 

「今だッ!!!巨人が少しでもあそこに集中しているスキに本部に突っ込め!!」

「そんな……」

 

マルコは私に諫言する。

 

「こんな状況じゃ、『お前』もああなる。僕達はとにかく、前に進むしかない」

 

マルコは私の方を見ていない。喰われてゆく彼らを見ていた。自分に言い聞かせるように、震えながら言葉を繋いでいた。

 

「どのみちガスが無くなれば終わりだ。全員で突っ込め!!」

 

肩を勢いよく回し、張り付いたジャケットとシャツの間に空気を取り込む。

 

助けたくても助けられない。

 

「……ごめん」

 

今に事切れるであろう人々に謝り、本部に向かって跳び出した。

本部に張り付いていた一部の巨人がこちらを感知し、向かってきた。

 

「当然、気づかれるか」

「うわ!」

 

屋根まで登っていた4メートル級が1体、マルコの腕を掴んだ。マルコは立体機動の勢いを唐突に殺され、足が上へ投げ出される。

 

「くっ!」

「マルコ!!」

 

私は屋根に乗り移り、ブレードを4メートル級の脇に振るい、腱を切断する。そのままマルコを抱え、再び空中へ走って跳び出す。

両手で振るった刃は無数の破片に弾けた。残るは、左手のなまくらのみ。

 

ほんの一瞬だけ隙を作ったつもりだが、巨人の足音はさっきよりも追いすがってくる。

もはや猶予はない。

全力で残りのガスを吹く。

 

「マルコ!しっかりするんだ!」

「大丈夫。少しバランスを保ってくれたら、また跳べる」

「あと少しだ!奴らを潜り抜ければ!!」

 

体は、勢いを失った。ガスが完全に底を尽きたのだ。

自覚して振り向く前に、背中に強い衝撃を感じた。

マルコが私を押す。いや、ユミル、ライナーも私の背中を押していた。

 

「なっ──」

「前見ろ前!!」

 

ユミルが叫ぶと同時に、前にも強い衝撃を感じた。

ガラスを突き破り、転がり込む。激しく体を打つが、それが肉と骨に包まれる感触に比べれば、遥かにマシだということに気づかせてくれる。

 

抜け出した。ついに本部まで抜け出すことが出来たのだ。

さっき彼らが私を押していたのは、狭い窓を通り抜けるために群がったからだった。咄嗟に腕を交差しておいて正解だった。もう少し遅れていればズタズタになっていただろう。

 

「やった……」

 

ミカサは、皆はどうなった?他の他の仲間たちは?逃げられたのは、たったこれだけなのか。

 

「小型の巨人が補給場所に入り込んだの!!もう、どうしようもなかったの!!」

 

幾つもの疑問が浮かぶのも間に合わせぬように、壁面が砕けた。

土埃の向こうには、巨人が2体、こちらをのぞき込んでいた。頭突きで壁に穴を開けたのだろう。私達の目線と平行に、彼らの無表情を注いでくる。

 

ブレードは、巨人を振り切るために使ったのが最後だ。片方の刃だけでは倒せない。

奴の手が穴の淵に届いたその時、彼らの顔が歪む。

 

私の視界が眩んだのではない。奴の顔面。その肉を、巨人の握りこぶしがへこませる。

振りぬかれ、2体は私から見て左へ吹き飛んだ。

大きな叫び声が聞こえる。人間のものではない。鼓膜を突き破らんばかりの、臓腑の底からの咆哮だった。

あまりの音量に耳をふさいでいると、ミカサとコニー、アルミンがガラス突き破って入ってきた。

 

「……生きてた。生きてたんだな!三人とも!」

「お前の作戦成功だ、アルミン!!」

 

コニーは私達の安堵を無視して、アルミンの背中をバシバシ叩く。

 

「みんな!!あの巨人は巨人を殺しまくる奇行種だ!!しかも俺達には興味がねぇんだってよ!!」

「巨人を襲う巨人だって?!」

「アイツの周りの巨人を俺とミカサで排除して、ここに群がる巨人の元まで誘導してきた!!アイツをうまいこと利用できれば、俺達はここから脱出できる!!」

 

コニーは興奮冷めやらぬ様子で捲し立てていた。

さっきまで死地でもがいていた『私』達は彼の熱狂にバテていた。

 

「巨人に助けてもらうだと?そんな夢みたいな話が…」

「夢じゃない……!!奇行種でも何でも構わない。ここであの巨人に、より長く暴れてもらう。それが、現実的に私達が生き残るための最善策」

 

降ってわいたかのような奇跡に、『私』はただ備える外なかった。

奴の暴れている内に、補給場所を奪還するために。

 

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