進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第27話 傷ついた者

─1─

 

夕暮れの空。アルミンと一緒に立体機動でエレン達の元へ向かう。

壁から伸びる影は、トロスト区のおよそ4分の1を隠している。

北でひしめく巨人どもの壁面に擦れる音が聞こえなくなるくらい南下したところで、岩に背中を預け、両足を放り出し、ぐったりと座り込むエレンの巨人の姿があった。

「なぜだ。巨人にやられたのか?」

「ミカサや精鋭班の人たちはどうしたんだろう。・・・!いや、見えるよ。エレンの周囲で戦ってる。」

アルミンが指さす。

「ひとまず向かおう。」

巨人に見つからないよう地上に降り立ち、家屋を縫うように掻い潜り、私達は岩の下までたどり着いた。

「僕が様子を見てくる。君は周囲を見張っててくれ。」

「わかった。」

駐屯兵団本部で暴れていたエレンの巨人は鳴りを潜め、静かに煙を立てるまま座っていた。

「体が再生していない。…ミカサ!」

巨人の倒れ込む音とともに、音と同じ方角からミカサが現れる。彼女は倒した13メートル級の巨人を踏みつけ、いないはずの私達に一瞬目を見開く。彼女の姿を確認したアルミンは、急いで彼女に聞く。

「作戦はどうなった!?」

「アルミン!?」

「エレンはどうなっているんだ!?」

「危険だから離れて!その巨人には、エレンの意思が反映されていない!」

「危険?なぜわかる!?」

「私が話しかけても反応が無かった!もう誰がやっても意味が無い!」

「!!それなら作戦は!?」

「失敗した!エレンをを置いていけないから、皆戦ってる!そしてこのままじゃ・・・巨人が多くて全滅してしまう!!」

失敗。赤色の煙弾が示していた通り、エレンは失敗したのだ。

私は逡巡する。

(どうする。エレンを連れ戻すとして、精鋭班の撤退はどうする?これまでの三色の煙弾では情報の意図が十分に伝わらない。いや、ピクシス司令は何をしているんだ?作戦も戦況も、司令がもっともよく分かっているはずなのに、なぜ何も命令を出さないんだ?エレンの巨人の中に、エレンはどう収まっている?取り出すには──)

私は自分の腰、金属の鞘に収まっているブレードを見る。

「後頭部からうなじにかけて、縦1メートル、横10センチ。」

そう独り言ちながら、アルミンはブレードを抜き放つ。しかし片手だけ。削ぐには二刀でなければならないのに。

「!?」

「アルミン!?」

「僕がエレンをここから出す!ミカサと君は、ここを巨人から守ってくれ!」

私の躊躇をよそに、アルミンは続ける。

「巨人の弱点部分からエレンは出てきた・・・これは・・・巨人の本質的な謎とおそらく無関係じゃない。」

アルミンの手は震えていた。だが、彼はその切っ先を、下へ、エレンのいるであろううなじに向ける。

「大丈夫・・・真ん中さえ避ければ、痛いだけだ!!」

ミカサと私が思わず手を伸ばすも、アルミンの突き刺した刃は、すり身に歯を立てるようにあっさりと刺さった。

巨人は叫ぶ。頭の上半分が吹き飛んだ口からは、声門が張り裂けんばかりの咆哮が上がる。

(まだ意識があったのか?)

アルミンの体が一瞬跳ねるも、彼は刃をはっしと掴んで手放さない。

「アルミン無茶はやめて!」

「ミカサ!!今自分にできることをやるんだ!!ミカサが行けば助かる命があるだろう!!エレンは僕に任せて、行くんだ!!」

(今、私にできることは・・・。)

私にできることは、このままアルミンの護衛を務めて、精鋭班の窮地を見守ることなのか。

私は大岩の下から家屋の壁を上り、ミカサに近づく。彼女の衣服は木くずと煙で少し汚れていた。

「ミカサ、少し顔を見せてくれ。」

ミカサは瞬きを一つし、私に顔を近づける。診療所で患者に掛けていたように、「失礼」と一言挟み、左手を添え、右頬を注視する。

「やはり、血が出てる。」

いつできたものかはわからないが、白い脂肪まで見えるほどの深い傷だ。

「平気。」

「平気なのはわかる。いつもそうだろう。でも常に生温かい液体が顔を流れ続けてるのは集中を削がれるだろう。」

私は慣れた手つきで、腹に巻いていた革製の小さな革袋から、消毒液の入った小瓶、ガーゼと医療処置用のテープを取り出す。処置の間「すごいね、たった一人で」と声を掛けるも、「精鋭班のおかげ」と返された。

我ながら手早く済ませられたと思う。

「これでよし。」

「貴方は、なんで来たの?」

「アルミン一人で飛び出そうとするなら付いていくだろう。君達と同じだ。それに、あの演説で切り抜けたアルミンを信じているからだ。」

「そう。」

「そうだ。聞いておきたい。今班の配置はどうなってる?」

「ミタビ班とイアン班は南、門の方面を。リコ班が北の壁から離れた個体と戦ってる。・・・貴方は、何をするつもりなの?」

「戦うよ。巨人の接近を一方向に絞れるよう、私は北に向かった方がよさそうだ。ミカサは、危険だが南を頼めるか?」

「分かった。」

「アルミン!私は精鋭班と合流して、北を支援してくる!奴らを君には、絶対近づけさせない!約束する!」

「わかった!気を付けて!」

「じゃあ、行ってくる。」

ミカサは目で承認し、私達二人は、各反対の方向へ駆け出した。

 

─2─

 

「リコ班長!」

「新兵!なぜここに!?」

「赤の煙弾を見て駆けつけてきました。事態の詳細をお願いします。」

「お前はまた無茶を──」

「事態の詳細を。」

 

「・・・さっきアッカーマンが叫んでいた通りだ。それで、私達はイェーガーが目覚めるまで、彼の周囲にいる巨人の討伐を任されている。」

「私も加勢します!戦わせてください!」

 

「今の状況からして、一年前と違うことは分かってるな?」

「それでも、私もあの時とは違います。一年前の借り、ここで返させてください!」

リコ班長のメガネは、一度斜陽に磨かれる。だが彼女は直ぐに顔を上げた。

「いいだろう。なぜここにいるかは火急の今、目を瞑る。心強いが、君一人では覆るとは思っていないからな。地に足は着けろよ。」

「はい!」

「作戦は基本、私の班の既存の人数を前提として動く。君には、その作戦の穴を埋める形で立ち回ってもらう。」

「了解!」

「そうそう死ぬつもりも無ぇからな。行こうぜ、リコ班長!」

「ああ。作戦再開!」

精鋭班は素早く跳び出し、私も彼らの左後方をカバーする。

 

 

 

大岩は区の北よりも南に近い。人の数も北の方が多いはずなのに、一部の個体がこちらに向かってきていることは不可解だ。

「くっ、この数は…。」

忌避してきた、多数相手の戦闘。

精鋭班は首尾よく奴らを倒してゆく。それでも、

「足りない。」

駐屯兵団本部から逃げる時に比べて、人数も多く練度も高いはずなのに、奴らの数が一、二体増えるだけで苦戦する。

一年前、壁の外周や平地で戦った時とは大違いだ。この街中でなら、アンカーを刺すのに困らない。しかし、巨人が暴れれば、その立体物は細かく砕かれ、投擲物と化して襲い来る。おまけに小型の巨人の隠れ家となり、いつ、どこから跳び出てくるかも分からないのだ。

私は指先でアンカーを飛ばす方向を巨人の挙動に合わせて切り替え、発射と同時にガスを吹かす。ワイヤーが張り詰めるのを待っている暇が無い。

常にやっていたことだが、今は指の動きが殊更動きが激しい。巨人は目線で襲う人間を示すこともあるが、時折全く無関係な行動を戦闘の真っ只中で行うこともある。その行動の無作為ぶりが、班員達の間で認識が食い違う。班での混乱を招き、戦闘の穴を生む切っ掛けとなるのだ。

多数相手の戦闘では、巨人の間合いを確保するために大きく離れる。班員同士の距離も必然的に開かれる。

一人、兵士が捕まった。さっき死ぬつもりもないと啖呵を切った、男の兵士だ。

班長が腕を、私がうなじを削ぐ。素早く倒したつもりだった。

リコ班長が彼を担ごうと立体機動で近づくが、彼の様子がおかしい。屋根に急いで上ろうとする彼は、足を掛けるも、空振りしている。奴に握りしめられたからか、足が壊れたのだろう。

その一瞬の隙を突かれ、二体の巨人にまた掴まれる。

私達の視界は二体の背中に阻まれるが、カーテンを開くように、彼らの体にすぐ隙間ができる。

一方は兵士の腕を、もう一方は足を掴み、子どもが食べ物を取り合うように異なる方向へ引っ張っていた。

兵士の体は、二つに引き裂かれた。かの兵士から発せられた断末魔は、叫びの中途で途切れ、演奏の最中に壊れた楽器のような異音を立てた。

その凄惨さに一瞬怯むが、リコ班長の檄で班員が一斉に動き出す。死体の咀嚼に夢中だったからか、あっさりうなじを見せてくれた。

「くっ・・・。」

「班長!まだ来ます!」

「休んでる暇は無いぞ!」

今度は三体、こちらに向かってくる。三メートル級、八メートル級、十四メートル級。

この一戦で、瞬く間に班は瓦解した。一本の街道に三体が同時に入り込み、分断を図るも彼らは頑なに三体のまま行動してくる。二手に分かれ、両隣の家屋を利用して背の高い二体を相手どる。

だが三メートル級の屋根にも届きうる跳躍力に不意を突かれ、相手していた一人が跳び越された。八メートル級と交戦し、家屋から降りようとした兵士が下半身を齧り取られた。

その一瞬の隙を、十三メートル級の薙ぎ払った瓦礫に一人が頭を弾き飛ばされる。

私は三メートル級に突撃を仕掛け、まだ奴の口からはみ出るベルトに見ないふりをしてうなじをえぐり取る。

十三メートル級は家屋を薙ぎ払った際に隙ができたからか、重心がよろめき、それをまたリコ班長が刈り取る。

誰かが巨人の死体に怒号を飛ばしていた、と思う。その怒号を聞くが早いか、八メートル級は彼をつらまえ、口に含んだ。奴は皮に包まれた葡萄をそのまま口に含んで果肉を取り出すかのように、勢いよく吸った。

戦闘開始から三分に満たない内に、これほど血が流れた。

「班長・・・ここまでです。もう私達しか残っていない!」

私と、班長と、班員一人。

 

(くそう・・・。まだか、まだなのか、エレン!)

「一旦岩まで────」

蒸気の勢いよく上る音がした。

 

私がリコ班の支援に向かって、およそ八分。

家屋丸一つを呑み込める巨大な球状の塊。彼はそれを、確かに持ち上げたのだ。上体は隠れて見えないが、彼はその一歩を力強く踏み出していた。

人間の体積からしてあの大きさの岩を運べることも懐疑的だったが、やはり巨人は未知の力を秘めているのか?

そんな迷いなど、誰も抱えていなかった。

歪ながらも、その行動は人々を揺り動かした。

班員達は起こった奇跡への昂ぶりを目に浮かべ、いま一度刃を握りしめる。

「行くぞ!エレンを扉まで守り抜け!」

だが、その高揚の無かったがで私には、何かが聞こえた。

煙弾は上がっていなかった。だが。ここから北西。叫び声のようなその声には、確かに聞き覚えがあった。

 

それは、助けを求める声だった。

 

「新兵!どこへ行く!新兵!!」

私の体は、動き出していた。

南ではなく、北東へ。その叫びの正体をうすうす予感しながらも、否定すべく。

 

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