─1─
私達の方へ向き直り、状況の仔細を問うこの兵士を、私は知らない。
正直なところ、態度があまりに場違いで粟を喰った。まるで、これまでの苦戦に不満の色を出したかのようなしかめっ面を、彼は浮かべていた。
これまでの戦いで散々見せつけられた複数相手の戦闘で、こんなにあっさりと一人の兵士が片をつけることなど見たことがなかった。
加えてその兵士の所属が、壁外調査で出払っている筈の調査兵なのだから。
「まだ手の空いてる奴は来い!」
事も無げに彼は言い残し、颯爽と立体機動を再開する。
「なんか、あっけないな。いつもの通りだが。」
「リコ班長、知ってるんですか?彼のことを。」
「知るも何も…って、グズグズしてる暇はない。次どうするか考えるべきだな。新兵はどうする?」
「ひとまず、私は付いていくつもりですが、他は?」
ミカサ、アルミンの方を向く。エレンは意識があるのかよく分からないが、目線はしっかりこちらを向いている。
「僕達はエレンの移送をするよ。ミカサは、僕達の護衛を頼みたい。」
「わかった。」
「私も護衛に付こう。ここまでの犠牲を無駄にしないためにもな。新兵、一人にしてしまうが、彼といるなら大丈夫だろう。気を付けるんだぞ。」
「ええ。リコ班長、ここまでありがとうございました。」
「ブレードとガスは、すまないが据え置きだ。私達は壁を昇るだけだが、何があるか分からんからな。」
立ち話している間に見失うかと思ったが、
私はその中分けの調査兵が最寄りの家屋の上で待っていることを確認し、すぐに跳び立った。
調査兵は私の到着を確認し、改めて私に問う。
「装備の補充は済んだか?」
「はい。万全とはいきませんが。」
彼は舌打ちし、その後北西を右手のブレードで指差す。
「俺達はエルヴィンの指示に従い、トロスト区の外周へ散開し、壁の中に入り込んだ。目的は駐屯兵、訓練兵の救出だ。ここから大きく西、北、東へと周遊し、俺の班員をかき集める。お前は周囲を見張り、適宜注意を引け。」
「分かりました。」
エルヴィンという名前に聞き覚えがありながらも、私はその呼称への興味を少し遠ざけ、彼に付いていく。
「!あの煙弾は?!」
「緑か。救援要請だな。」
「行きましょう!」
緑の煙弾が、西の空に上がる。この調査兵の言う通りなら、戦闘を始めた順番も、彼の示した方位通りなのだろう。
「ちっ、邪魔だな。」
一言漏らした彼は、再び一閃で二体も刈り取る。切断の衝撃で一体は首が跳ねとんだ。
「…っ!」
「なんだ?今さら怖じ気づいたか?」
「いいえ。この戦場で、そんな動きが出来た者は居ませんでしたから。」
不可能、その一言で評するべき業だった。駐屯兵団の精鋭班でも、あんな動きはしなかった。
まさか、調査兵団はそれほどに、他の兵団力の差があるというのか。
「調査兵なら、誰でも出来るんですか。」
「……いいや。」
人を逸脱した動きを平然と放ち、なお得意気ではない。
何者なんだ、この男は。
「そんなことより、そろそろ煙弾の元にたどり着くな。…おい、オルオ!」
オルオと呼ばれる調査兵団の青年は、単身で三体を相手に戦っていた。
(五人で一体が鉄則なのに、彼一人でそんな数を…。)
「ここは俺に任せて下さい!へいち──」
調査兵は、オルオが言い終わる前に三体を一瞬で倒した。
「ええ?!そんな、ここは俺に任せて下さいってえ!」
「邪魔だ。どけ。」
「……一生ついていくっス!」
オルオは感極まったのか、目に涙を浮かべていた。今の辛辣なセリフは、巨人に向かって放ったものだ。彼の唾を吐き捨てるような目線を、巨人に向ける様子で理解した。
「あの、ところでその訓練兵は?」
「まだ余裕がありそうだから連れてきた。オルオ、お前も付いてこい。」
「了解しました!おい訓練兵!行くぞ!」
「はい!」
「兵長!これからどちらに?」
「ここから北、そして東へ向かう。指示通りなら、お前らがいる筈だからな。状況が状況だ。巨人の殲滅よりも、今は生存者の救出を優先する。」
「了解!」
「ちっ、少し距離があるな。俺が左の二体を片付ける。訓練兵とオルオは右の一体をやれ。」
「「了解!」」
二手に分かれ、私達は二人で12メートル級を相手取る。
本来五人は必要だが、この際やむを得まい。
「訓練兵!俺がトドメを指す。陽動を任せる。」
「はい!」
巨人の視界、前方に躍り出る。12メートル級の腕の長さは、およそ6メートル。捕まれれば当然死ぬ。興奮し、駆け寄ってくる奴を、10メートル程の距離を保って引き付ける。指先が届きそうだが、刃を数回振るい、指の間接部をぱくっ、と開いてやる。
今の血だらけの手では、正直なところ、これが限界だ。
掴めそうで掴めないもどかしさについ両手を伸ばした奴を、オルオさんは一撃でうなじを切り飛ばした。
私達が一体仕留める間に、もう中分けの調査兵は私達の居所に駆けつけていた。
「上出来だ。次に行くぞ。」
次の目的地、北に向かおうとしたところで、聞き覚えのある声がした。
「各員、手分けして巨人の掃討、ならびに兵士の救助に当たれ!」
メガネを掛けたポニーテールの茶髪。
一年前、壁の掃除の任務で私が話しかけられた、ハンジと呼ばれていた兵士が、全体へ指示を飛ばしていた。
「来るのが遅ぇぞ。クソでも長引いたか?」
「雑談している場合じゃないだろ。早くこの状況をなんとか……おやあ?」
ハンジなる調査兵は、中分けの調査兵との語らいを止め、私の方を向いて、首をかしげる。
「君、前にどこかで会った?いや間違いない!会ったことあるよねえ!」
ハンジは急接近し、ブレードを持ったままの私の両手を取る。
「あの時鎧の巨人についてぶつくさ言ってた訓練兵じゃないか!!いやー久しぶり!元気してた?」
「お前、コイツと面識があったのか?」
「そりゃあもう……あぁいや、モブリットに邪魔されて碌に話は出来なかったけど、巨人に興味がありそうな人がいたって、前リヴァイに言わなかったっけ?」
「言ってねえな。」
「あちゃー残念。まあ、これから『彼』には、いっぱい巨人について知ってもらわないとだねえ!私はハンジ分隊長!宜しく!」
「は、はい。」
実に情熱的な歓迎と、まくし立てられた紹介に呆気に取られていると、巨人の接近を知らせる足音が着実にこちらに近づいているのが分かった。
「ん?君もしかして、怪我してる?」
しまった。血でぬかるんだ手を、ハンジ分隊長に触られたままだった。
「これは、巨人の返り血でして──」
「それならもうとっくに乾いているだろう。どれ、貸してみて。」
「でも巨人が──」
「リヴァイ、オルオ、ちょっとやっといてくれない?」
「チッ。行くぞ、オルオ。」
「了解!」
ハンジ分隊長はリヴァイとオルオさんの出撃を見送りもせず、テキパキと私の両手を包帯で包んでゆく。
「しかしなかなかな傷だね。ただのたこじゃない。相当ブレードを振ってないと出来ないものだ。頑張ってるねえ。ふふふん。」
「あの、大丈夫なんですか、追わなくて?」
「ああ。それなら大丈夫だよ。」
さっきから妙だ。彼に対して全幅の信頼を置いている兵士が、所属を問わず存在している。
ハンジと名乗るその上官は、戦地のただ中なのに行楽に来てるかのような、落ち着き払った笑みを浮かべる。
「彼は各兵団でもっとも実戦経験の多い、この調査兵団の兵士長にして、人類最強の兵士だからね。」
(兵士長。あれが。)
なにやら近づきがたい雰囲気を醸し出していたが、その実力を全く見抜けていなかったとは。あの芸当を誰でも出来る訳じゃないと言いのけたのは、その実力あってこそだからだったのだ。
「おいクソメガネ。サボってんじゃねえ。」
「あっもう戻ってきた。サボってなんかいないさ。今の兵力でも手頃な捕獲対象を探しているところでね。」
「今回の壁外調査でまた随分と死者が出たが、まだやるつもりなのか。」
「当然だよ。今””彼ら”は壁の中という大きな檻の中。捕まえるなら絶好の機会だよ。」
「あの、さっきらなんの話を──」
「聞きたい?当然だよね何せ君は──」
「おいクソメガネ!これ以上鼻息荒くするなら捕獲作戦はフイにする。」
「えーーっ!」
「わかったならさっさと俺の班員の回収に向かうぞ。」
分隊長は肩を落としながらも、彼には反論しない。すぐに切り替え、しゃんと立つ。
「しょうがないなー。んじゃ、私も付いていくよ。さ、行こうか。」
「はい。」
(仲良いのかな。)
喧嘩ばかりしてるあの二人のような懐かしい雰囲気を感じながらも、私は三人に付いて行った。
ーーーーーーー
「兵長!ここは私が!」
夕陽色の髪の調査兵が、二体の巨人を相手に、ガス切れを起こした駐屯兵を守っていた。駐屯兵を片手で引っ張り、立体機動で間合いを確保したあと、彼女は当たりをつけて一体に挑みかかる。彼女は兵長を目撃しても、自分の責務を果たすことを宣言していた。
「ペトラ!無茶すんな!」
オルオさんが彼女に近づくもう一体に斬りかかり、視界を奪う。
「よし、それなら……!」
私は地上で巨人に見つからないよう忍び足で離れる駐屯兵を捕まえ、西端の壁まで運ぶ。壁の真上には、私達を目撃した他の駐屯兵らが降りてきた。私も上昇し、彼らに送り届ける。
「救援助かった。引き続き、救助を頼みたい。」
「お任せください。」
「精鋭部隊の救助は、別途行われている。君のような調査兵の加勢もあってか、かなり優勢になってきている。」
「あの…私は調査兵では──」
会話しながら区内に戻ろうとしたとき、体がズルっと滑り落ちる。妙に腰が軽いのを感じた。この不愉快な浮遊感は…。
「まずい、ガスが……!」
幸いまだ空中にいる。訓練兵時代にガスの節約のために行った小技の一つを、ここで実行する。
アンカーを最寄りの建造物に刺し、さらに振り子の要領で軌道を描いて落下を軽減し、地面に降りる。靴底が少しすり減るかと思う程の勢いだったが、どうやらブーツは無事のようだ。
「おい、新兵!どこ行ってやがる!駐屯兵も見あたらねぇと思ったら、勝手なことすんなよな。」
「すみません!それと、ガスが切れました!」
「チィッ、世話の焼ける…。」
「オルオ、あまり訓練兵をいじめちゃ駄目だよ。」
「うっせ、ペトラ。俺の分を少し分けてやる。ここからは俺達でカバーすっから、お前が動くのは最小限にしとけ。」
オルオさんは急いで自分のガスの半分を、私に分け与える。
半分、とはいったが、片側のボンベがたっぷり入る程度には分けてもらえた。
あれほどの機敏な動きを繰り出しておきながら、ガスを徹底して節約出来ていたのだ。
「……すごい。」
「あ?当然だろう。なんせ俺達は、調査兵団の中でも最強の──」
「オルオ、ペトラ。無駄口を叩く前にさっさと行くぞ。」
「あ、はい!」
私を探してやってきた二人にを追って、兵士長と分隊長も迎えに来ていた。
私達三人は急いで東へ向かう。
兵士長の目論見通り、とんがり頭の兵士が、背中に大量のガスボンベを背負っていた。どうやら簡易拠点への補給の任を与えられているらしい。
「グンタ!首尾はどうだ。」
「簡単じゃありませんね。巨人が邪魔です!すでに何体か倒しましたが!」
「加勢するぜ、グンタ!」
「オルオ!へっ、頼もしいこった!ここが終われば、エルドの加勢にも行くんだろ!」
「ええ!今日一日で、倒し終えられる数では無いしね!」
彼もまた、先の二人と顔馴染みのようだ。そういえば、班員なのだった。となると、あと一人なのだろうか。
「俺はお前らの周囲の巨人を片付ける。そこのでけぇ15メートル級に専念できるな。」
「了解!」
「私も加勢します!」
「いいっていいって、どのみち──」
「オルオ!前見ろ!」
「あ?っておわっ!?」
背後にいた私に気取られ、標的が自分に向いていることに一瞬遅れたオルオさんは、奴の口元スレスレで躱し、股下を潜り抜けた。眼前から消えたオルオさんを探して、またぐらを覗く巨人は、私にうなじをきれいに晒していた。
「よし、今だ!!」
ガスを噴射し左へ。切っ先をピッタリ密着させ、うなじを横薙ぎで削ぎ落す。だが妙だ。切ったハズなのに、巨人の頭が動いているような・・・。
「おっ!やるな訓練兵!だが・・・」
グンタさんは私が切った筈のうなじを、もう一度まったく同じ軌跡でなぞり、切る。
「少しばかり浅かったな。」
証拠として、グンタさんが切ったことで、踏ん張っていた巨人が完全に脱力し、斃れた。
「おい、訓練兵。先輩を囮に使うたぁいい度胸だな!」
「すみません!そんなつもりじゃ・・・」
「つもりじゃなくても現にそうなってんだろが!!」
「オルオよせ。大人げないぞ。」
「んだとぉ!?」
「おいお前ら、補給はどうした?」
「ひっリヴァイ兵長!」
「もう終わったんなら、さっさと行け。・・・そういや訓練兵。まだガスの補充が済んでなかったよな。グンタ、お前の積んでる奴、一つよこせ。」
「了解。」
グンタさんから兵士長、そして私へ、二段階の手渡しが踏まれる。
「ありがとうございます」と礼を述べ、過去一の速度で装填を終わらせる。
「兵長!簡易拠点への補充、完了しました!」
グンタさんは手分けして補充を手伝ってくれたオルオさん、ペトラさんにペコペコ礼を繰り返しながら、こちらへ歩み寄って来る。
「あとは、エルドを回収して終わりですね。」
「ああ。行くぞ。」
「あれ?さっきまで一緒にいた、ハンジ分隊長はどこでしょう?」
緑の煙弾が上がる。救援要請。東の方角。それも、エルドさんがいるであろう座標に上がっていた。
「あのクソメガネまさか・・・!オイお前ら、ことは一刻を争う。」
「了解!」
「え!あの!?」
私が班員の急な焦りの理由を訊く前に、次々と全速力を出して東へ向かう。
答えを待つより、直接確かめた方がよさそうだ。
私も今出せる全速力で、彼らに追いつこうとする。
─2─
「あっははーー!!」
私達は、煙弾の上がった場所までたどり着いたが、そこには四体の巨人を相手どり、軌道も滅茶苦茶に跳び回るハンジ分隊長とエルドさんと、面識があったもう一人の兵士と、さらに他三人の兵士の姿があった。おそらく、建築物が立っていたであろう場所が跡形もなく崩れ去っているところを見るに、結構な時間戦っていることは理解できる。他三人の兵士の動きが鈍い。
「元気いっぱいな子達が四人も!!これはぜひ、語り合いたいねぇ!!」
「分隊長危険すぎます!!貴方、今の状況理解できてるんですか!」
「出来てるとも!過去に類を見ないくらい熱い抱擁を交わしたい子達がいるってことだよねええええ!!!」
「分隊長、このままじゃ捕獲どころか、全員喰われてお終いです!!・・・!兵長!お前ら!」
「エルド!これどういう状況なの!?」
「分隊長が南からやって来たと思ったら、四体も引き連れて来やがって──」
「もういい。状況は分かった。」
殺気だ。寒気がした。
巨人どもからではない。間近にいる人間から発せられる、ドス黒い殺意。それが兵長のものと分かる頃には、四体の巨人は閃光とともに地面を舐めていた。ブレードを抜く様も全く見えず、跳びまわったという記録は、そのガスの軌跡だけから把握できた。そして、四体の巨人のうち、二体は死んでいた。
その殺意にさして驚くこともなく、ハンジ分隊長は指示を飛ばす。
「リヴァイ、よくやった!さあ皆、一斉に突き立てろ!」
モブリットを先頭に、分隊長、エルドさんを除く四人の兵士が、自由の翼の奥から、一つのアイテムを取り出す。
それは、釘だった。だが、とてつもなく大きい。およそ一メートル半はあるだろうか。立体機動の加速を利用し、勢いよく一体の巨人の首を貫き、そのまま地面に突き立てる。他三人も四肢の付け根を狙い、同様に突き立てる。
「な、何を──」
「訓練兵!いいところに来てくれた!さ、これを。」
ハンジ分隊長は、私に金づちを差し出す。これもまた既存の品より明らかに大きい。持ち手については両手で握る余裕があるほどに長い。
「これで思いっ切り、ぶっ叩いてくれ。」
「?・・・頭をですか?」
「釘をだよ。」
オルオさん、グンタさん、ペトラさんも、他の兵士から金づちを受け取り、一心不乱に釘を打ち付ける。床に突き立った釘の付け根が、巨人の首、四肢の皮にまでピッタリとくっついた。
「これで全部ですか?」
「いいや、まだまだたくさんある。ほうら。」
木材を金属が引っ掻く音がする。兵士たちは釘を拾ってはどんどん釘を巨人の関節、腕、手の甲、太ももは付け根から足先まで打ち込んでいく。
「急がないともがかれて脱出されるからねえ。私も参加しないとね。」
「それを早く言ってほしかったです。」
追いつき追い越せ素早く釘を打ち込む合間に、兵長の行方を探る。
「兵長・・・東の拠点に向かうのを最後にしたのってもしかして・・・あの、兵長?」
兵長はもう一体の方の巨人に乗り、脊髄を切り刻み続けていた。くだんの縦一メートル横十センチの個所ではなく、人間の身体を動かす管轄の脊髄のあたりを、だ。効果はてきめんのようで、巨人は暴れることなく、大口を開けて寝そべり続けている。
「お前ら。そこが済んだら、ここをやれ。」
「了解!」
カン!カン!と金づちの鳴る音は、さっきまで殺し合いをしていた場所で響く音にしては、あまりに間が抜けていた。
ーーーーー
無事に作業は終わり、巨人の接近は確認されなかった。どうやら掃討は、我々が作業に潰した時間に見合った進捗のようだ。
「ふむふむ・・・今回は4メートル級と7メートル級と。なかなか大きな戦果だねぇえええええいだだだだだ」
兵長は地面に降り、羊皮紙とにらめっこしていたハンジ分隊長に詰め寄り、頭をわしづかみにし、爪を立てる。
「てめぇ・・・今日ばかりは自重しろと、帰り際に言ったよな?」
「いたたたた・・・でも、君がいたし、今だからこそ絶好の機会じゃないか?ねぇ、モブリットもそう思うよね?」
「分隊長…今回は流石に即興が過ぎます。」
「ふざけるな。今日ここで何人死んだと思ってやがる?」
兵士長の説教は怒気を含んでいるが、声量自体は大きくない。言葉遣いも荒々しいが、周囲を取り囲う兵士たちは冷静だった。
「あーあ、また始まった、兵長の説教の時間。」
「ハンジさん、根はいい人なんだけどね。さすがに今日が今日だから、兵長もそうとう怒ってる。」
「エルドさん。お怪我はございませんでしたか?」
「ん?誰だコイツは?」
「兵長が連れてきた新兵だとよ。まだ訓練兵らしい。ったく、パッとしない奴だが、兵長、何か見出しでもしたのかねぇ。」
「ははあ。まあ、俺は心配ない。ありがとな。分隊長が東のここを捕獲の要所にするといって、班員とともに大量の釘の入った箱を渡してきてな。俺が配置してる間にあの数が押し寄せて来て・・・って感じでな──」
「!足音が。」
「そう足音が……何だって──」
四体の巨人が踏み荒らした建物の残骸。その隙間から、三メートル級の巨人が、兵長と分隊長をなだめようとするモブリット副長を見つめている、ような気がした。兵長は分隊長に夢中で気付いていない。
猶予は無いように感じられ、リスクを承知で物陰に一直線に、刃から突っ込む。案の定、そこにはブレードで両目を潰された三メートル級が、怒り狂って私に襲いかかろうとしていた。
だが三メートル級は何をするでもなく、踏み台にされ、私の換装した刃による一撃で斃れた。巨人が頭から倒れた拍子に、私は物陰からよろめきながら現れる。
「・・・!!」
一同の視線は、ほんの一瞬で、私に釘付けになった。
その眼差しに込められた未知の感情に、私は思わずつんのめって、顔を強かに地面に打ち付けた。
「・・・ハンジ。説教は後だ。」
「ああ。私としたことが、助けられちゃったもんね。」
「え、俺は?」というオルオさんの反応をよそに、私達は南へ向かい、壁を昇った。
「これでようやく、話が聞けそうだな。オイ、ガキ。このトロスト区で何があった?」
「はっ!超大型巨人が出現し、外門を破壊。五年前同様消失。しかし、エレン・イェーガー訓練兵により、大岩で扉を塞ぐことに成功しました!」
「はしょり過ぎだ。情報が足りねぇな。・・・まあ、訓練兵あがり初日にしては、上出来な報告だ。」
「リヴァイ兵長!壁内の兵士の救助は完了した様です。」
「奴らの駆逐については。」
「大砲や白刃戦込みでも、あと数日はかかるかと。」
「ご苦労だ、グンタ。」
(あれが、報告のお手本か・・・。)
「さっき、岩で塞いだとか言ったな。門のほうは、大丈夫なのでしょうか。」
「それについては心配ない。すでに駐屯兵団工兵部が、封鎖作業を開始している。」
「リコ班長!それに・・・」
(それに・・・なんだ、この男は・・・?)
自由の翼の紋章が、兵の服に付いている。それならば調査兵なのだろうが、その男からは、重圧を感じるが、一方で柔和な面持ちで、リコ班長に呼びかける。
「駐屯兵団には多大な負担をかけてしまった。力になれず申し訳ない。」
「いえ・・・加勢いただき感謝いたします。我々だけでは、今頃は・・・。」
その長身の男の鳴らす低音は、いやに説得力を持たせる。その責任を、一身に背負えるほどの素質を持つ誰かであることを、一兵卒の私にひしひしと感じさせた。
彼は兵長に向き直り、労う。
「リヴァイ、ご苦労だった。」
「労いの言葉なら、まずそこのガキに掛けてやれ。」
(兵長を呼び捨て。)
分隊長もやっていたが、その含みは全く異なる。
今確信した。
この男が、エルヴィン団長であると。
「新兵か。」
「紹介しましょう。穴を塞いだエレン・イェーガーと同じ、104期の訓練兵です。」
「リコ班長・・・。」
「エルヴィンは見てなかっただろうけど、卒業したての訓練兵とは思えなかったよ。」
ハンジ分隊長は大きく両手を広げ、鷹揚と語る。
「そうか・・・よく恐怖に耐えて戦ってくれた。」
団長に、真っ直ぐに見つめられる。その力強い瞳には、信念が宿っているような気がした。
「恐怖に耐えて戦ったのは、ここにいる私だけではありません、勿体ないお言葉です」と、普段の弁舌で計らおうとする私が、黙って敬礼するくらいの信念が。
「いやー、本当によく働いてくれたよ。君はいい兵士になる・・・と思うな。」
ハンジ分隊長は腰を屈め、眼鏡越しにやや上目遣いで、私を品定めする。
上官からの評価。少し怖いとも思うはずなのに、私はその評価を、素直に受け止められた。
今日、あまたの屍が積まれたこの日を、生き残れたのだから。
死者、行方不明者、207名。負傷者、897名。