何の手続きも踏まずに兵団に入れるとは思えないのでその過程がもしあったならと思い書きました。
開拓地、及び拠点はは複数の広大な土地に分散して存在していると個人的には考えています。
─1─
847年。開拓地の冬を乗り越え、私が訓練兵団に入る、およそ二ヶ月前のことだ。開拓地の拠点で羽を休めていたところに、ある令状が届いた。それには、訓練地の某室に来るようにと、召集を告げるものだった。
私が訓練兵募集の願書を送ったのは、訓練兵団加入のおよそ一年前。ついに来たかと、私は薄い床から身を起こす。
拠点にいる顔馴染みの老人たちに挨拶を交わしながら、拠点の門をくぐり、石畳で舗装されていない道を歩く。
訓練地へ向かう道すがら、空を見上げる。雲もまばらに青い空が広がっている。まだ朝早いからか、日の光が地平線からわずかに昇っている。視界の左辺りが眩しい。
二年前、思えば避難していた頃は、ずっと地面ばかり眺めていた気がする。開拓地に場所を移してからも、耕すためにひたすら下を見ていた。だがこれからは違う。きっと、上を見上げられる筈だ。訓練に身を投じて、アイツを、鎧の巨人を倒す。この誓いは、きっと…。私は、足を早めた。
─2─
訓練地につく頃には、日はおよそ十時の方角を指していた。書面にあった時刻には間に合った筈だ。
「ここが、訓練地か。」
私は敷地内をキョロキョロと見回す。
だが、訓練のための設備や道具らしきものは見当たらなかった。どうやらここは、入り口も入り口らしい。
令状に同封されていた簡易な地図を広げると、私が立っている場所が特定できた。向かうべきある部屋というのは、ここから東にあるようだ。というより、それ以外の情報が無い。さしずめ、訓練地内の盗難や機密の漏洩防止のためだろう。ここにいても仕方ないと判断した私は、すぐに建物へと向かった。
扉をくぐり、階段を昇る。どうやら二階の奥に、件の部屋があるらしい。そこで私は、人を見つけた。というよりは、多くの人々が、廊下の壁面に沿って並べられた椅子に座っていた。顔ぶれは様々だ。緊張している者。隣同士で談笑している者。あちらこちらを見回し警戒する者。
何が起きているのか。
「すみません。この列はなんなんですか?」
最も近くに座っていた者に聞く。
「面接だとよ。」
男は答える。
「どうやらここで志願者にアレコレ質問責めにするらしい。何を聞かれるかわかったもんじゃない。だから皆ああして自由にしてるんだとさ。」
なるほど。面接か。
「…封書には書いてなかったけど。」
事前の勧誘のお触れにもなかった。まさかこんなことをしているとは。てっきり学科試験などをやるのかと思っていた。認識が甘かった。
「あ?そりゃそうだろ。事前にそれらしい嘘の準備でもされちゃたまらないからな。タダメシ食らいはなるべく減らしたいんだろ」
男は答えた。
「?…それなら、なぜ君はそれを知っているんだ?」
私はさらに訪ねた。
「筒抜けだからだよ。そもそも、兵士になって働くってのは世間体として当たり前なんだよ。つまりこの方式もすでに俺たち若者には割れてんだ。この面接もはりぼて同然さ。
てかなんだい。お前なんにも知らねぇんだな。ホントに兵士になりたいのかよ?」
私の質問責めに、男もいい加減しびれを切らしたようだ。饒舌ではあるものの、確実に苛立ちを溜めていた。私はさぞ間抜けな顔をしていたのだろう。
「ごめん。いや、すまなかった!」
私は頭を下げた。私は、これまでの自分の無知を恥じた。いいや、無知どころではない。まるで学んでいなかったのだ。敷地内で兵士にまつわる物はないか探したときもそうだ。
与えられるだけ与えられ、それでいてなにもしない。兵士になるために必要な物は調べればすぐに見つかった筈なのに。
二年前となにも変わっていたない。
変わったといえば、度重なる開拓地での重労働で体が鍛えられたくらいだ。
「君に言われて、私も腹を括ったよ。」
「そうかい、それは結構なこった。」
とりあえず、彼の機嫌をとって、場を治めた。気づけばそこそこの人数がこちらを見ていた。私は顔を真っ赤にしながら、末席に着いた。
面接は長く続いた。いや、面接自体初めてなので比較のしようがないが。一人ずつ呼び出され、およそ20~30分程度一室にて面接が行われる。遮音性が高いためか、中での会話は全く聞こえなかった。
一体何を聞かれるんだろう。私は明確に緊張していた。末席にいた私が呼び出される頃にはすでに夕方に差し掛かろうとしていた。すっかり緊張が頂点に達していた私は、肩も固まり、声も上ずり返事をした。だが笑う者はいない。私が最後の一人だったから。
これまで見てきた、面接を終え、部屋から出てくる者たちの表情は様々だった。合格を確信しほくそ笑む者、怒髪天を突き、肩をいからせ出ていく者、むせび泣きながら走り去る者など、質問の内容が全く予測できないほどに多様だった。
身なりも様々だった。明らかに華美で、場にそぐわない服装をした貴族の子息、私のように目をギラつかせた、ぼろきれのような服を着た者、ごく普通な服装の者。それぞれがそれぞれの野心を抱えていたことは確かだった。
気を取り直し、私は扉を2回ノックした。
─3─
「入りたまえ。」
奥から微かに男性の声がした。向こうもそこそこ声を張っていたようだが、私も耳をそば立ててようやく聞えたほどに、部屋は内部からの音を遮断する。
私は扉を開け、入室する。
「っ失礼します!」
入室するとそこには、銀髪をオールバックでまとめ、眼鏡を掛けた中年の男性がいた。男は椅子に座り、目の前の机に積まれた書類を確認し、置いた。隣にはおそらく助手である男性が一人、そばに立っていた。私の手前には、木製の椅子が一脚置かれていた。向こうの男性が使っているものと同質のものだ。
「座りたまえ。」
眼鏡の男性に促され、私は着席する。私は次の指示を待つ。いや、次に聞かれるであろう質問を逡巡しながら待つ。
何が来る?一体何が・・・
「・・・まぁそう固くなるな。」
眼鏡の男性は言う。私が緊張していることは明らかだった。
「簡単な質疑応答をするだけだ。そこまで殺気を放たれてはこちらが参る。」
彼は少し笑みを浮かべ、私の緊張を溶こうとする。演技であることはわかったものの、形式ばったものでも効果はあるものだ。私はたちまち平常心を取り戻した。
「はい。」
息がたっぷり込められた返事をする。深呼吸の吐く息を同時に吹き出したため、ずいぶんと妙な発音になってしまった。
「はっはっは。ずいぶんわかりやすくて助かる。さて。では始めようか。」
今度の笑顔は本心から出たもののようだ。私は今度は恥ずかしくなった。だが、先ほどより明瞭に緊張は和らいだ。
「最初の質問だ。」
眼鏡の男性は向き直る。
「名簿にある通り、君の名前はこれで間違いないのだな?」
彼は私の名前を読み上げる。これは簡単だ。
「はい。間違いありません。」
私は答えた。
「うむ。・・・シガンシナ区出身か。災難だったね。」
「ええ・・・。しかし、やるべきことは見つかりました。」
「ほう、これから聞く、兵士を志望する動機についてのことかな?」
「はい。」
「よろしい。話したまえ。」
「はい。私は兵士になり、その暁には、鎧の巨人を倒します!」
充分にほぐされたからか、スラスラと答えが出た。
「ほう。鎧の巨人を・・・。」
眼鏡の男性は回答を聞き、少し俯く。だがすぐに顔を上げ、また私に質問する。
「志はたいへん結構だが、鎧の巨人は超大型巨人同様、2年前にシガンシナ区の内扉を破壊したっきり、所在は見つかっていない。この情報は知っているね?」
「はい。新聞で仕入れた情報です。巨人の呼称もそこから入手しました。」
「そこまでは良い。それで、見つからない存在を討伐するにはどうするのだ?」
「それは・・・」
私は答えを躊躇する。なぜなら・・・
「私たち兵団の総力を以て捜索しても発見できなかった。そのような存在を、なぜ君が見つけ出せると思うのかね?」
銀髪の男性は質問を続ける。彼の質問は至極真っ当だ。まったく未知の存在をいかにして見つけ出し、倒すのか。そこまで私の思考は回っていなかった。
ただ、倒したいから、倒す。そのような幼稚な思考で留まっていては、とても兵士にはなれない。私は、彼から途端に突き放されているような気持になった。
「それは・・・それは・・・」
銀髪の男性の目は少しずつ曇っていく。はやく答えなければ。だが、どうする?
・・・いや、考えろ。聞かれているのは、あくまで兵士になって何をするかだ。兵士になった後は所属する兵団を決め、入団することになるはずだ。
憲兵団か、駐屯兵団か。調査兵団か。
調査兵団・・・。そうか!
未知を発見し、究明する兵団。調査の過程で鎧の巨人を発見し、倒す。これだ。
調査兵団だ。これなら!
「私は調査兵団に入り、世界の真相の究明も兼ね、鎧の巨人を発見し、討伐します!」
どうだ。これならどうだ?私は乾いた喉を鳴らす。唾液なんて出やしない。
「壁内での発見が確認されていないならば、壁外を。そういう意味かな?」
「あっはいそうです。」
銀髪は助け舟を出した。私はあわてて答えた。回答は不十分だったのか。
「調査兵団か。例年死傷者が多く、調査の殆どが成果なしの兵団だが、君はそこを志望するのだね?」
シガンシナ区で見た、包帯まみれの兵士たちの姿が蘇る。あれほど無関心だった私は、その無関心だった兵団を頼ろうとしている。
身勝手だ。だが、ここで止まるわけにはいかない。
「はい!」
勢いよく答える。
「・・・もう一度冷静に考えてみてくれたまえ。本当にその兵団を目指すのだな?」
「・・・え?」
「何か、覚えはないのか?兵団にまつわるものでも。なんでもいいのだが。壁外の恐ろしさを知らないのか?」
なぜここにきてそんなことを聞く?これ以上ない回答だったはず。
「いいえ!私の意思は揺らぎません。」
「巨人は?」
「はい?」
「君はシガンシナ区から来たのだろう?ならば知っているはずだ。より詳しく踏み込もうか。実際に巨人の脅威に遭遇したことは?」
巨人の脅威。
その一言は、私が忘れていたその日の記憶を呼び覚ます。あの爛々と輝く、瞳孔の開ききった目。だらしなくにやけた口。存在しないはずの高さから見下ろされる被征服感。私を助けた駐屯兵。その断末魔。血の味。
瓦礫で潰され、血の一滴も流れず、わずかな袖の端も見えない、下敷きの両親の姿。
「はぁっはっ・・・はっ・・・はっ・・・すはっは・・・」
呼吸が浅くなる。間隔が短くなり、体が小刻みに震えながら上下に振れ始める。
怖い。面接官が、ではない。その日の光景がまざまざと私の眼前に現れる。燻る木材の匂い。誰の者かもわからない、飛び散った血。人間だったものの破片。
私は、その日の小さな体で、角の隅で縮こまり、震えている。何かが近づいてくる。地響き。巨人の足音だ。こっちに来る。
いやだ。来るな。
こんなものが幻覚だということは頭では理解できても、心はあの地獄を、私の身に内から食い破ろうとする。
怖い。いやだ。逃げ出したい。
私の手足は宙をもがく。まるで赤子のように力なく、なにも実らないその足掻きで。
ここではない、どこかへ。誰か・・・誰か─────
「駆逐してやる!」
声が聞こえた。
「この世から・・・一匹、残らず!」
私の目の前に広がっていた幻影は急速に色味を無くし、たちどころに消え去った。
どのくらい時間が経ったのか、わからない。ほんの一瞬だったのかもしれない。少なくとも、銀髪が背にしている夕日は少しも動いていなかった。
「・・・必ず全うします。」
わたしは、逆光で見づらくなった面接官に届くよう、声を張る。
「何を?」
面接官は問う。答えはもう、頭の中にある。
「たとえどれほどの恐怖を知っていようとも、必ず、兵士としての本分を全うし、巨人に立ち向かうことを、ここに誓います!」
駆逐すると誓ったあの日の少年のように、必ず成し遂げてみせる。私にはもう、迷いは無かった。
面接はそのまま終了した。面接官からは退室の命令が出され、私は部屋を出た。廊下に出た途端急激に体が冷えた。あの部屋が特別暖かかったのか、それとも熱意が表出していたのか。私はどっと汗をかいていた。もうすぐ春が来る程度の寒冷な季節にしては、異常な量の。
開拓地に戻る頃にはすっかり夜も更けてきていた。老人たちは私たちの帰りを待っていた。とっくに寝入っていたはずの者まで、今日ばかりは焚火を少し大きくし、私を温かく出迎えてくれた。私は快く受け入れ、この開拓地唯一の若者として、かねてより話していた兵士になるという夢を、もう一度彼らに話した。
合否がわかるのはここから一か月後だ。あとはもう、静かに待つのみだ。
たとえ、どれほど強く望もうとも。
─4─
結局、私に試験の内容を話してくれた男は、入団の日には姿を現さなかった。不合格だったのだ。あれだけ自信満々に帰って行ったのに。いや、私のあの回答も思い返せば拙いものだった。人のことはいえまい。
いずれにしろ、私があの面接の日に見た顔ぶれのほぼ全員が、この日に姿を現すことは無かった。
・・・私の前に帰って行った顔ぶれは、きっと私と同じように、凄惨な過去を掘り起こされ、動揺し、惜しくも消えていった者も中にはいたのだろう。
「貴様は何者だ!」
私は違った。だが、運が良かっただけなのかもしれない。
「何をしにここに来た!」
だが、冷静になった今ならわかる。きっと、仇を討ちたいと望んだ者は私以外にも無数にいることを。私は恫喝もものともせず、心臓を捧げる敬礼を示す。
「ほう…せいぜい頑張るといい…ただし!貴様の死体がわかるように目印を付けておくといい!!」
だが彼らは消えていった。望みを果たすための備えも、猶予すら許されず。
ならば背負おう。私が、必ず。
ここ、南方訓練地で、私の訓練は始まった。兵士として、成し遂げるべき誓いを幾つも背負いながら。