進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第33話 実験 前編

─1─

 

 

「ハンジ分隊長はいますか!!」

地上階をあわただしく走る音が聞こえる。

 

地下室で真っ先に目を覚ましたのは私だった。

直ぐにハンジ分隊長を揺り起こし、エレンは寝かせたまま二人で上へ向かう。

 

だが汗だくのモブリットから聞かされた情報は、エレン含めた全員をトロスト区へ駆り出させることになった。

 

捕獲した二体の巨人が、何者かに討伐されたという一報を受けて。

 

「うわあああああああああ!!!ソニー!!ビーン!!!」

 

ハンジ分隊長は発狂し、両手で頭をかきむしり、涙を流して天を仰いだ。そして、蒸気を立てる二つの骨格に慟哭する。

 

「貴重な被験体なのにどこのバカが…。」

「バカじゃなきゃなんなんだろうな…。」

 

通常、巨人が倒されたことを嘆く者などいない。しかし、巨人を捕獲するという行為自体が多くの兵士を命を危機にさらすものであり、捕まえたからにはたとえどれ程恨みがあろうと、兵士ならば実験のために存分に利用する。それが兵士ならば必ず守らなければならない誇りである。

 

二体同時に殺されたという報告は、立体機動が出来なければ不可能であること、そして、実行した兵士は人類への貢献を、私怨で阻害したことになる。

 

(分隊長・・・。)

 

正直、ハンジ分隊長の巨人に対する興奮や愛着には、共感できない。しかし、過程こそ不可解でも、悲嘆に暮れる者に訝しみを向けることはできない。

 

「行くぞ。あとは憲兵の仕事だ。」

「しかし、ハンジ分隊長の監視下で実験を行うはずでは?」

「あのザマじゃあ暫く再起は望めねぇだろ。放っておけ。それより、」

「それより?」

「どのみちヤツに丸一日エレンをくれてやるつもりも無かったからな。まずはお前からだ。」

「私、ですか?私も実験を?」

「言ってなかったか?お前にもやることがある。」

 

聞いてない、と答える前に、班員はエレンと一緒にぞろぞろとカラネス区へ向かうべく、北へ歩いていく。

私も続こうとしたところで、誰かに呼び止められる。声からして、エルヴィン団長だろう。

 

「新兵、そして、エレン。君たちには何が見える?敵はなんだと思う?」

「え?…はあ。」

 

何を訊かれているのかよく分からなかった。戸惑いも直ぐに収めて、何か答えようとしたところで、団長は見切りをつけたらしく、「変なことを訊いたな」と、そそくさと去っていった。

 

「もしかして、結構重要な質問だったのだろうか。」

「さあ。でも、オレらに分かんなかったし、くよくよしても仕方ねぇだろ。」

「そうか。そうかしれないな。」

「それよりさ、オレじゃなくてお前にも実験をするんだってな。いったい何をやるんだろうな。」

「向かいながら考えよう。」

「そうだな。」

 

どれだけ急いでも正午過ぎまでかかるからか、我々の馬は蹄鉄を激しく踏み鳴らすことはなかった。

 

ーーーーーー

 

カラネス区内の東端。未舗装の砂地に、リヴァイ班は居る。

そこで、私の実験とやらが行われた。

 

私がやらされたことは、訓練と比べても、異質というか、シンプルなものだった。

 

まず、自分の胸の高さに届く程度の長さの棒を一つ用意する。

棒を地面と垂直になるよう支え、その頂点に額をつける。棒が地面を離れないよう支えながら、額を離さず、ぐるぐると棒の中心を回るのだ。20秒間。

そして、その後に班員が待機している場所、私からおよそ30メートル離れた場所に、ふらつくことなくたどり着く。それが訓練の内容だった。

 

最初の一回は、ぐるぐる回る箇所ではなんともなかったが、いざ棒を離れて班員の手の鳴る方へ向かおうとすれば、視界がわずかに歪んだ、気がする。だが、それほど時間も掛からず、30メートルを歩き通せた。

 

「出来ましたよ。」

私は両手を広げ、兵士長のいる方向に振り返る。

「まさか、実験が一回で終わりだとでも思ったのか?」

「え?」

 

この実験は一回では終わらなかった。数十秒間ぐるぐる回り、班員のいる元へなるべく真っ直ぐ向かう。それを繰り返す。ぐるぐる・・・ぐるぐる・・・。

 

2回、3回、4回、…7回、8回とセットが続くが、兵士長は「やめだ」と言う気配がない。

 

繰り返すたびに、少しずつだが、視界の歪みは激しくなっていく。

次第に遠心力で脳が傾いていくのを感じる。さっきまで右へ回っていたから左へ体を戻せばいいと楽観していた私に唾を吐きたくなった。今吐いて出てくるのは唾どころで済むのか。

 

回数が20を超えて久しくなったところで、棒から頭を離すと、明らかな変化が起きた。

 

地に足を付けている筈なのに、足首から腰までの間がどこへいったか分からない。

視界と歩数が一致しないのだ。

まるで、頭と体幹と足、体が三つの部位にバラバラに浮いているかのような。

 

あっちへふらふら、こっちへふらふら、何秒かかったか分からない。

 

私は朦朧とし、10メートルも歩けず膝を着いた。座り込んで、ようやく重力が体を再び捕らえてくれた。内臓の位置まで感じ取れるくらいに。目玉は回り続けてると錯覚し続けているのか、視界の歪みはなかなか消えてはくれない。

 

「…気分はどうだ?」

 

「…いいわけがありません。」

 

懐からスキットルを取り出し、思い切り飲み下す。今日は小高い本部から探し当てた、澄んだ池に浸けておいたからか、容器が冷気を保っていた。

 

せっかく食べた朝食を、吐いて無駄にすることがないよう、込み上げる胃酸を水流で押し戻す。

 

「だろうな。しばらく休憩を摂る。明ければもう一度やるぞ。」

「・・・質問、よろしいでしょうか。」

失礼なのは承知だが、酔いが激しくまだ頭を上げられない。頭を上げぬまま、兵士長に質問する。

「なんだ。」

「これは、なんの実験なのでしょうか。」

「・・・見たことないか?」

「訓練地であるなら、一度もありません。そうだろう、エレン。」

「あ、ああ。同じ場所で回り続ける訓練なんか、聞いたことも、やったこともありません。」

「それで、私はこの実験の意図を聞きたいのです。ほら、ハンジ分隊長も・・・」

(あれ、そういえば分隊長はエレンの実験について、内容はなにも説明していなかったか。それはなぜなのだろう。)

「ハンジは実験の内容については説明していなかったと思うが。」

「そう、ですね。」

「新兵へのいびりでは無いことは言っておくが、この実験自体は、あいつらからの提案だ。」

「あいつら、って。」

 

兵士長の視線の先を辿ると、リヴァイ班の四人が目に映る。彼らも小声でだが、「いきなりは無茶だったか」だの、「いいや、新兵だからこそ」だのと、何やら問答している。

 

「今回の実験は、彼らが提案したと言うのですか。」

「そうだ。」

「・・・彼らが実験というものに積極的とは考えにくいですが。」

「ハンジの巨人への執心ぶりは異常だが、人間サイズの規模でなら俺達も新規の作戦、戦術の考案自体を上に任せきりにすることはねぇ。」

「・・・・・・。」

「自力で収まる策や技能を、兵団全体で共有し、時には考案することも、俺達の仕事だ。お前にも考えてもらうことが山ほどあるからな。」

「これも、その内の技能にあたるものなんですね。」

「そうだ。頭が回るようになったな。再開だ。」

その技能とやらが何なのかは、結局今日説明されることは無かった。私が午後三時までやったことは、この実験のみだった。

 

 

ーーーーーーー

 

ハンジ分隊長が到着した。十分時間が経ったためかすでに落ち着いており、涙の軌跡も見られない。分隊長は自らの班と、他十数人の兵士も引き連れていた。

 

「やあやあ、お疲れ様!」

「分隊長!もう、気分はよろしいので?」

「そうだね。確かにあの子たちが殺されたのは残念だけど、まだやるべきことがある以上、ずっとかかりきりでいる訳にもいかない。気なにより、人類の勝利のためだ。」

「そう、ですか。」

「君たち新兵には、見苦しい所を見せた。気遣いありがとう。でも今は、エレンの方が優先事項だ。さあ、皆」

 

分隊長はリヴァイ班、および周囲の兵士全員に呼びかける。

 

「準備に取り掛かろう。」

 

私達は区外に出て、枯れ井戸のある草地に出る。調査とは別の機会で、私は壁の外に出た。

事前に巨人の姿は見当たらないことを確認しており、安全であると確定していた。

やはり以前と変わらず、巨人は南から来ていた。東西の区域へと進行し、カラネス区周辺までたどり着く個体は多くない。油断は許されないが。

 

「質問よろしいですか。」

「ああ、新兵。なんでも聞きたまえ。」

「壁外での実験は、前例があるのでしょうか。」

「勿論あるよ。過去五回の巨人の捕獲の内、四回は壁外だったことは、教本に乗っていたと思うよ。」

「そういえばそうでした。では、少し主張を変えます。壁内でもできそうな実験の舞台を、なぜ外にしたのですか。枯れ井戸なら壁内でもあるでしょうし、危険はより少ないはずです。」

「なるほどねぇ。まあ、確かに壁内なら安全に実験できるだろう。でも、それでは条件を満たせないと私は考えているんだ。」

「条件とは?」

「エレンが巨人化したときは、巨人か人間に襲われたことは覚えているだろう。いずれも、命の危険が及んでいる。壁内の安全での実験は、”引き金”になりうる要素を満たせないかもしれない。」

「”引き金”・・・。」

「まず、今日の実験では、エレンの力の詳細な”引き金”を知ろうと思う。」

「引き金ですか。」

「そう、とりあえず、エレンの自傷行為が必要なのは分かった。けど、その後に起きた行動が、いずれも違うからね。自傷と変化の間にある何かが、結果の違いを生み出してる、と私は考えた。勿論、巨人の力で何ができるかも知りたいが、それは、この実験が成功してから考える。なにも、この一回ですべてを分かる必要もないからね。」

 

そして、その実験のために、エレンは枯れ井戸に掛けられた縄梯子を伝って降りていく。

班員は井戸の口から口々に、「頑張れ」とエレンに応援の言葉を掛ける。そしてすぐに井戸から離れ、周囲の巨人の気配を探るべく、持ち場に戻って行った。

 

私も井戸から離れ、小走りで持ち場に着く。兵士長の近くに立つ。

「気分はどうだ?」

「十分休憩は取れました。大丈夫です。」

「そうか。あの実験、もとい訓練とするが、今後もお前が調査兵として続けるつもりなら、あの訓練は引き続き受けてもらう。」

「?」

 

(兵士長は、私に調査兵を続ける意思を確認しているのか?なぜに今?)

 

「ええ。まあ、訓練兵時代に比べれば、命の危険が無い分、全力でやらせてもらいます。」

「任務に支障の出ない範囲に留める。エレンと違ってお前は直ぐには治らねぇからな。」

「はい。」

 

分隊長の合図があった。エレンが巨人化するのを待つ。

しかし、井戸からは何も物音はしない。

 

(信煙弾は井戸の真上から見える軌道を描いた筈。なぜ何も起きない?)

 

一分、二分、三分・・・。巨人になるには十分な時間が経ったが、未だ変化はない。

 

「合図が届かなかったのかな?」

「いいや、そんな確実性のある代物でもねぇだろ。」

 

馬に乗って、井戸に近づく。

 

「オイ、エレン!一旦中止だ!」

「何かあったの?」

 

ハンジ分隊長は井戸の中のエレンに呼び掛ける。

 

「ハンジさん…巨人になれません。」

「…自力で登れるか?」

「いや、ちょっと無理そうだ。」

「チッ。お前、行ってこい。」

 

私は降りていき、エレンに背中を見せる。

 

「悪いな。」

 

エレンの体重が掛かるのを確認し、念のため縄で縛る。

 

「じゃあ、登るからな。」

「ああ。頼む。」

「うっ!」

 

私の前に回ってきたエレンの両手を見て、思わず声が漏れた。噛み傷。これ自体は報告書で言われていたことだ。驚くことではない。

問題は噛み傷の数だ。噛める所はすべて噛んだのであろう。歯型が乱雑に刻まれており、同じ軌跡に二重、三重に噛んだ跡も見られた。

 

「…無理なわけだ。これほど躊躇がないのなら。」

「この手の傷のことか。」

「ああ。実験のためとはいえ、こんな…。」

「お前も実験で相当頑張ってるんだし、オレも負けてらんねぇよ。」

「私は命に関わるものじゃない。」

「オレも、このくらいじゃ死なねぇよ。」

「…地上に出られそうだ。」

 

なんでも利用すると、私は内心で決めていた。しかし、エレン本人の覚悟を見誤っていた。

巨人化する力を手に入れても、エレンのままだと分かっていたのに。

 

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