進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第35話 実験 後編

本部に戻ったあと、リヴァイ班の面々とハンジ分隊長は別室で待機、兵士長と私は、地下の鉄棒の向こうで眠るエレンを監視するつもりだったが、寝かされる直前でエレンは目を覚ました。私は思わずたじろいだ。彼はすぐさま我々に状況を訊き、事態の収拾を理解した。

 

「エレン。お前は巨人になっていた最中、意識はあったのか?」

「……俺は」

「この場で嘘を吐いたところですぐに割れるぞ。」

「意識は…ありませんでした」

「…そうか。」

 

兵士長は頭を掻く。

 

「兵士長、お聞きしてもよろしいですか。」

「なんだ?」

「確かエレンの護衛をしていたんですよね?ならば、なぜエレンは巨人化したのですか?それに、現場をエレンに任せたのは、危険じゃありませんか?」

「本部に戻る途中説明したはずだが、コイツの突発的な行動が原因だ。殺すか迷ったが、コイツが俺ではなく巨人を狙い続けたことと、どうやら危険に陥っている兵士を優先的に追従するケがあった」

「班員らが青ざめて問い詰めていましたね。」

「本来俺の性(タチ)じゃないんだが……誰かに影響されたか?まあいい。話は変わるが、あいつらはいざという時、エレンに手を掛ける連中であることは知ってるな?」

「ええ」

「その連中にお前も含まれていることも?」

「……はい」

 

私はエレンのいない場で知らされていた。エレンが暴走したとき、彼を阻止しなければならないと。それを殺害以外の手段で可能とする方法を実験前の作戦会議で兵士長が発案したが、そんなことが可能な技量も、隙などもあの場にはなかった。

 

「お前はあの時、俺を、庇ったんだよな?けど今は─」

「コイツも決めかねてるんだろう。お前が本当に味方なのかをな」

「え?」

 

エレンの言葉を兵士長が制止した。掃除され、大幅に減らされたはずの埃、その一片が舞い、私の頬に触れる。

 

「お前……」

 

「エレン。君が起きたとき、とっさにたじろいだのも、そうだ。どうやら私はきっと、君のことが、今さら怖くなったようだ。」

 

どちらの情報も、私は知らされていた。

 

「エレンに対しお前がとったあの行動は、本来の命令に反することも、理解しているな?」

 

私は今、どんな貌をしているのだろう。過酷な任務を終え、戦闘時の熱気はとっくに取り払ったはずなのに、汗がじわりと額に浮かんでくるのがわかる。眉や鼻筋、まぶたや唇に触れる地下室のやや湿気った空気。それらは幾らでも感じ取れるのに、それでも、自分が動かした顔の筋という筋が、ただ今何を仕出かしているのかが分からないのだ。

 

「はい。」

 

ただ、肯定するほか無かった。自己の意思や理由の如何が剥奪された今、押し黙って処罰を言い渡されるのを待つ。

 

しかし、兵士長の言葉は、罰の宣告とは明らかに異なるものだった。

 

「エレン。お前は俺の班員を、臆病だと思うか?」

「え?」

「コイツのこともそう思うか?」

 

兵士長は階段を敷いて座るエレンを見下ろす。

私は、顔を上げられない。彼を利用できるかもしれないと考えていたあの時と全然違う。

 

「…任されたと思っていたんだがな」

 

独りごちた。こうこぼしている間にも、エレンは何も答えない。

 

「アイツらの行動理念は、4年の歳月のうちに積み上げられたものだ。巨人に喰われず生き延びる。その一点のために今日まで命を永らえてきた」

「……」

「本来お前の存在は危険極まりない。新兵、お前は肩入れするかもしれねぇが、起きてる事実は人が巨人に化けてる、ってことそれだけだ。エレンを殺すと判断したことも、本来は正しいことだったかもしれねえ」

「じゃあ、俺は…当分ここから出られない、ってことですか?」

「いいや、そうじゃねえ。お前が巨人化した理由を聞く必要がある。幸い口は聞けるくらいには戻ったようだからな」

「リヴァイ兵長!」

 

モブリットが私達を呼んだ。私達は階段を歩いて上っていく。

 

「エレン」

「なんだ?」

「私は、あの日々を嘘だと思っていない。訓練兵のときに言った、『巨人を駆逐して、外の世界を見に行く』、その言葉を」

「当たり前だ。俺は嘘を吐いてるつもりはねぇ。審議所の時でも、実験の時でもそうだ」

「私もそう思っている。けどそれは、明確な根拠がある訳じゃない。縋るようなものだ。私は君が、対人格闘術を披露したことを、掃討作戦の後に、ミカサから聞いている」

「なんだって?」

「報告書には根拠が薄いから残っていない。知らないのは当たり前だ。けど、私はそれを聞いたとき、きっとあの巨人はエレンなんだと、信じたくなった。今日の暴れぶりにも、きっとエレンの意思が反映されていると信じたいが、でもまだ、巨人化した回数が少ないんだ。まだ何も解き明かされていない」

 

話しているうちに、目の奥に熱がこもった。こもるなかで、自分の動機を再確認した。

 

(そうか。私は解き明かしたいんだ。

自覚は無かったが同じだ。シガンシナのあの時と。本を開いて、未知なものをとっとと知り尽くそうとするのは、きっと、恐怖を取り除きたいからだ。)

 

「……私はそれを知りたいんだ。エレンの言葉と行動が伴っていることに、確かに因果があることを」

 

二人は私のつれづれな言葉に耳をしっかり傾けていた。

 

「そうか。解った」

「何がです?」

「分隊長が説明してくれるはずだ」

 

階段を上り終え、木製の扉を開く。

分隊長は私が出会った限りはいつも鼻息を荒くしていたが、今回はそのいつもと違って大変静かに語っていた。班員もテーブルに座り、先程まで分隊長の説明を聞いていたらしく、彼らがエレンを見た時、恐怖ではなく、謎を解き明かそうとするかのように見つめていた。

 

「ああ、来たか。じゃあ改めて、私たちの仮説を聞いてもらおう。」

 

分隊長はティースプーンをテーブルに置く。曰く、このスプーンは巨人化したエレンの腕が持っていたものなのだそうだ。しかし熱や力による変形は一切ない。エレンも直前の記憶では、拾おうとしていたことを示した。

 

「んで、お前が俺の監視下で巨人化したのはなぜだ?」

「最後に覚えてるのは、先輩が喰われていくのを止められなくて、それに、耐えられなくて……」

「それでコイツは手を噛みやがった」

 

「ならば、やはり仮説通りか。これまでのエレンの巨人化は、全て事前に何か目的があった。」

「けど、そんなものを拾うために巨人化までする必要は──」

「確かに、全く無い。だが、目的のために不相応な規模の力を発揮する、ということは、むしろこの能力は、道具めいたようなナニカを感じる」

「感じるって、お前、一応研究者だろ」

「巨人がいるんだよ?今更だ」

「じ、じゃあ…」

 

グンタは恐る恐るエレンに問う。

 

「お前が意図的に許可を破ったわけでは無かったんだな?」

「……ハイ」

 

グンタは残りの班員を見渡し、全員がうなずく。そして各々の利き手を口元へ持っていき、一拍置いて噛みついた。

 

「み、皆さん、何を!?」

「いってえ…」

「これはキツイな。エレン、お前よく噛みきれるな」

「俺達が判断を間違えた、そのささやかな代償だ」

「お前を抑えるのが俺達の仕事だ!そこは間違えんなよ!」

「ごめんね、エレン。私達って、ビクビクしてて失望したでしょ?…でも、それでも」

 

ペトラは喉を震わせ、絞り出す。

 

「一人の力じゃ、大したことは出来ない。だから私達はあなたを頼るし、あなたも、私達を頼ってほしい。私達を、信じて」

 

エレンに。

 

私は横目でエレンの顔を見つめる。彼は、階段下での弱気を振り払っているかのように、ペトラの言葉に、頷くことで答えた。

 

「新兵。悪かった。俺達からも、謝らせてほしい。」

「いえ、そこまですることは……」

「いいや、ある。お前はあの時、リヴァイ兵長に着いた。俺達に恫喝されてもなお、冷静に誰の意見が正しいのか、見抜いたんだろう?」

「正直、ひよっこだと侮っていたぜ」

「いいえ。違います。断じて、私にはそんな自負などありません」

 

私は首を横に振る。班員は下げた顔を、影が消える程度には上げる。

 

「お前らはエレンに手を下す判断をした。お前は俺に付いた。だが、お前を正しいとは思わねぇ。その時誰が正しかったかなんて、ただの結果でしかねぇからな。お前らも解ってるだろうが」

 

兵士長は班員を眺める。しかし、そこに苛立ちは無かった。彼は言葉の通り、班員の選択にもまた、正しさがあったことを念押ししていた。

 

(そう。トロスト区での戦いや今日の戦闘でも分かった。兵士長もさっき言っていた。彼らのあの敵意は、緊急の事態で発揮されたものだ。それなら、平時に戻った今なら私の言葉を、受け止められるかもしれない。)

 

「皆さんが冷静な今わかると思うのですが、エレンは現在人畜無害な、ただの人でしょう」

 

「ああ。そうだな」

「しかし、巨人化した時、戸惑わざるを得なかった。報告書にも彼の変身の方法が分かっているにも関わらず。それに、必要に迫られれば殺すことも厭わないと、知らされているにも関わらず」

「そう。私達は、エレンがなぜ巨人化したのかを知らなかったの。まして、理由が分からなかったのに、唐突に─」

「いや待て。巨人化の動機は分からんが、少なくとも、あいつが巨人の姿で暴れまわった時に、対人格闘の技の一つを使ってた気がする」

「オルオ、そりゃ本当か」

「ああ。多分一回くらいだが」

「それなら私も、同期のアッカーマンやアルレルト、スプリンガーの三名から聞き及んでます。彼が格闘術を披露したって」

「報告書には挙がっていない情報だが、その一回とやらが、意識的に行われたかどうかだが……」

 

兵士長がエレンに目線で確認をとるが、エレンは首を左右に振った。

 

「確か、この本部に移動する時の初めての夜に言っていたわよね。格闘術が得意だって」

「は、はい。でも、やっぱり俺には、巨人化したあとのことは覚えてなくて」

「そう、そこなんです」

 

私はテーブルを軽くパン、と叩く。

 

「私達は、お互いのことを何も分かってないんですよ。考えてもみてくださいよ。この三日間で何か分かりましたか、私たちのことを?」

「……いやあ」

「巨人か人間かどうかじゃない。もっとお互いのことを知るべきなんです。エレンのことも、私のこともです。手の内も、心の内も知れば、何を考えているのか、幾人かの

例外を除けば分かるでしょう。エレンが、いや、エレンの巨人がやった行動に意図がある。あとは、それに意識を乗せるにはどうするか、それを知りに行くだけ」

 

(例外は勿論、団長と兵士長だ。)

 

「私は、アッカーマンやアルレルトが思うほどではありませんが、エレンを大切な仲間だと思っているんです。共に汗と血を流して訓練を乗り越えて、兵士になった。超常的な力を手にはしても、エレンの言動はそれまでと何一つ変わっていません。そして、きっと心も。私はそう思います。」

「……そうか」

 

ハンジ分隊長は、私の肩に手を掛ける。

 

「感激だ。決めたよ。かなり過密なスケジュールになるだろうが、エレンの実験は継続することにする。」

「!本当ですか、分隊長。」

「長距離索敵陣形の習得のための全体訓練に、君の個別の訓練と合わせての三重苦だ。負荷は相応のものになるだろうが、私は君の意見に賛成だ。エレン!」

「はい。」

「前にも言ったと思うが、分からないものは、分かればいい。その姿勢は崩すつもりはない。先の戦闘でも、トロスト区同様、巨人への敵意はしっかりしていたみたいだし。だが手を加えるべきは、エレンだけではなく、彼らもそうみたいだ。」

 

ハンジ分隊長は班員を見据える。

 

「君たちにも、慣れてもらう。いいね、リヴァイ。」

「・・・。」

「旧本部に帰れる日に穴が空くかもしれないけど、いいの?」

「おいそれは─」

「ペトラさんは言っていました。まだ私達のことをよく知らないから、これから知ろう、と。」

「ええ、そうね。」

「兵士長。審議所に班員らはいましたか?」

「いいや。」

 

私には、他者からエレンに向けられる視線を忘れていた。・・・いいや、認識を間違えていたのだ。

駐屯兵団がエレンの正体を明かさんとしていたように。ピクシス司令の演説を聞いて、湧き上がった疑念の声。司令が檄を飛ばし、引き返した後も、兵士達は必死に恐怖を押し殺し、あの日を生き抜いて、もしくは死んでいった。

その多くは、エレンと面識すらなく、彼のことを何も知らなかった。それでも賭けた。彼が希望になりうるのか、その疑いが晴れることも叶わずに。

調査兵団だって、変人が多かろうと、巨人や未知のものに抱く恐怖は駐屯兵団や市井のそれとなんら変わらないことを。

 

「まだ一ヶ月もあるんです。探しましょう。エレンの力の詳細を。」

 

未知であっても、今なら解き明かすための時間がある。恐怖を取り払うための時間がある。

その役割を果たせるのは、この最前線にいる私たち以外にいまい。

 

「いいや、多分1ヶ月じゃ無理だ。もう少し期間を延ばせるよう、団長に頼んでみるよ。」

「おい。」

「多分延ばしてくれるよ。例の件の検証のためにもね。」

「ちっ。エルヴィンの野郎、それを見越して予算を多めに確保したのか。」

「え、それ本当?」

 

二人の会話に熱が入りそうになったところで、分隊長がなんとか踏みとどまる。私に振り向き、話す。

 

「しっかし、君は思っていたより、私寄りみたいだね。」

「何がです?」

「君の知的好奇心のことだよ。やはりここは、私達が入手したとっておきの情報を明かして、君の意見を聞きたいところだ──」

「ハンジ、明日がなんの日か分かってんだろうな?」

「勿論だとも。新兵の勧誘式の日だ。はーあ…やむを得まい。この歓談はぜひとも、新兵たちを交えて行いたいものだ。」

「今年度に一人でも加わればな。」

 

兵士長の小言に「そりゃないよ」と肩を落とすハンジ。我々は明日に備えるよう就寝を告げられ、卓を囲う我々は解散となった。

 

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