進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第36話 調査兵団 入団の表明

─1─

 

調査兵団の新兵勧誘。

エレンとリヴァイ班の皆は舞台裏で待機する手はずだが、私は新兵たちに混じって、エルヴィン団長の演説を受けることになっていた。

 

会場に向かうための移動中、馬上でオルオさんに訊いた。

 

「あの、なぜなんでしょうか?」

「ああ?」

「私は調査兵団に入ると決めています。そして、その決意も揺るがないつもりです。なぜ、新兵たちと一緒に演説を聞く必要があるのでしょうか?」

「そりゃお前、お前がひよっこだからだよ!いいか、こうしていきなりリヴァイ班に抜擢されたからって調子に乗ってるようだが教えてやるが───」

「オルオ、やめておけ。また舌を噛むぞ」

 

エルドさんがなだめた。少し馬たちの歩調を落としながら、エルドさんが私に訊くことになった。

 

「新兵。君はこれまで俺たち含めて、調査兵団の様々な作戦に加わってきたわけだ。そこで、どう思った?」

「どうって…皆さん、すごく強くて、新兵の私が場違いなんじゃないかって思いました」

「そうだろうな。現にお前は、壁周辺の巨人の掃討の時にも、エレンを護衛した時も、俺たちに頼りきりだ」

 

(…責められているのだろうか。昨晩あんな大胆な発言をしたものだからか。お互いのことを知ろうだなんて、なんて当たり前のことを。…それが出来なくて困っているのに。)

 

私がリヴァイ班に仮加入しているのは、実力を買われたからではない。わかりきってる。たまたまトロスト区奪還作戦で、一番動けるだろうと、リヴァイ兵士長に判断されたからだ。うぬぼれていたつもりは全くない。

 

「おんぶにだっこってわけだ。まるで貴族の護衛でもしてるかのようだったぜガッフゥン!───」

 

オルオさんが軽口を挟んだが、誰かに咎められるかのように、彼は舌を噛んでいた。グンタさんが慌てて止血を始めた。エルドさんが続ける。

 

「…オルオはああ言っているが、あいつも初陣の時はそんなもんだった。俺たちもそうだった」

 

「それは、どういう…?」

 

「俺たちも初めて調査兵団に入ったばかりの時、何度も先輩たちに守られて、生き残って、強くなって、それでようやくここにいるんだ。いきなり最前線に放り込まれて、お前も冷静さを保てていないかもしれない」

 

「…いま一度、同期と会って話し合え、ということですか?」

 

「たまにいるのよ。そういう人が。別に、貴方の実力を疑っている訳じゃない。調査兵団に入りたての新兵に比べればよほど判断力は高いし、私達に着いて来られている。だから、危険なの」

 

「自分には、何か特別な力があるかもしれなくて、そのお陰で生き残れている、と確信する人がいる、ってことだ。自惚れから来る訳じゃない。度重なる死線に心を磨り減らして、そう考えないとおかしくなりそうだからそうなる」

 

 

グンタは、ペトラの説明に、さらに言葉を加えた。オルオを窘めるように見つめながら。オルオは黙って否定の意図を込めて、睨み返す。

 

 

「私達は、ちゃんとエルヴィン団長の話を聞いてから、入団を決めた。そして、そのような心理に陥りそうになりながらも、完全に堕ちて兵団から消えていった兵士の姿を戒めとして覚えて、今日まで生きてきた」

 

 

エルドさんは一度咳払いし、また続ける。

 

 

「俺とグンタもそうだった。エレンは裁判で決まってるわけだが、お前はそうじゃない。ハンジさんが無理やり引き入れた形だし、正式な加入とはとても言えない。今一度、よく考えて決める権利があるんだぞ」

「はい。わかりました」

「…おい」

「ハッ!リヴァイ兵長、何か?」

「エルドじゃねぇ。新兵、お前が糞でも我慢してるように見えるから訊くが──」

 

(兵長にまで怒られるのか?エルドさんが結構上手く〆てくれたような感じだったけど。)

 

「お前は、訓練の成績だけがすべてだと、教官から言われたのか?」

「?いえ、言われていませんが、なぜそれを?」

「…なら、そういうことだ。」

 

(それじゃわかりませんよ、兵長。)

 

兵長はそこで会話を打ち切ってしまった。疑問を解消できないまま、会場に着いた。

 

「それでは、行ってきます!」

「ああ。また後でな」

 

104期の顔ぶれには久しく会っていない。だが、何を話せばいいのかわからない。ほんの数日の間に、多くのことが起こり過ぎた。

 

 

会場は騒がしいようで静かだった。会話はまばらな箇所で起こっており、押し黙っている者と賑やかな者とで音量差が大きかったのだ。私の耳でよく聞き分けられる。

 

だが、トロスト区奪還作戦の直前のような、恐怖や混乱の混じったどよめきではない。

これから起きる勧誘式は大半の新兵達にとって、訓練兵時代に聞かされた、調査兵団の惨憺な戦績を聞かされ、その上で入団を懇願される場なのだ。さながら、物乞いに金だけでなく命までくれと言われるかのように。少なくとも駐屯兵団、憲兵団志望の兵士たちはそう考えていた。その予想を思い思いに吐露し、早く兵舎に帰してほしいだの、時間の無駄だの、先んじて調査兵をやっていた私にとって、不都合な言葉が舞い込んでくる。

そんな中、聞き覚えのある言葉が入り込む。

 

 

「は?嫌に決まってんだろ。調査兵団なんか」

 

私は駆けつける。

 

「ジャン。」

 

私は呼びかける。駐屯兵団が死体を燃やしていたであろう時、私は調査兵団の任務でいなかった。それも、もう新兵の勧誘式当日になるとは。

 

「お前。ここ数日どこに行ってたんだ?」

「…任務に行っていた」

「あ?任務だと?お前トロスト区奪還作戦の後に何かやってたのかよ。…まったく、俺も連れてけよな。調査兵になる前に武勲の一つや二つ上げればスピード出世だろ?」

 

 

ジャンは軽口を叩くが、顔色は優れない。その顔色を、私は当然だと思ってしまった。

 

 

「じゃあ、なんで調査兵団なんか入るって言ったんですか」

「サシャ。あのな、理屈じゃねぇんだよ」

「だったら、なおさらなんでだよ。君には家族がいるはずだ。調査兵団にしなくたって…

いや、憲兵の話はどうなったんだ?」

 

なぜだ。聞かなくてはならない。

 

「コニーもそうだろ?兄弟が心配するだろ??憲兵になったって、家族に話してやれば喜んでくれるはずだ。な?」

 

膝を抱えたコニーに問いかける。コニーは私を見上げ、何か言いかけるも、また視線を地面に落とす。目は泳ぎ、決意が揺らいでいるのを感じる。

引き止めたい。私の意思は変わらない。だが、彼らは違うはずだ。

 

「そこ突かれたら弱いんだよ。」

 

ジャンは後頭部をポリポリ掻く。だが、嫌味を言う気力も湧いてこなさそうだ。

 

「エレンやお前のような理由じゃねぇ。だがな、もう俺は自分で決めたんだ。」

 

思い出す。あの人の死にざまを。私は、心を鬼にする。

 

「でも、内地での暮らしが望みだったんだろ。」

「だからもういいだろその話は。」

「良くない。家族はどうなる?置いてけぼりか?」

「お前に関係ねぇだろ!」

「手紙を出す、出さないまで話したのにか?ある。あるに決まってる。」

「うるせぇな!なんで今になってテメェはそうつっかかって来るんだ!アイツみてぇに───」

「私は、知っている」

「・・・何をだ?」

「マルコがどうやって死んだのかを」

 

 

眉を寄せ、ジャンから目を逸らさない。ジャンの目が見開く。そして瞬く間に、その眼は怒りの感情に包まれる。肩をいからせ、ジャンが近づいてくる。

 

「…なんだと?じゃあなんだ?お前が今日まで現れなかったのは、俺を気遣ってのことか?テメェが───」

 

ジャンは見切れない速さで拳を振り抜き、私を地面に突き飛ばす。その後、私の胸倉を両の手で掴み上げる。

 

 

「テメェが見殺しにしたからか!!?このクソ野郎!!」

「ち、違う!」

「オイ、ジャン、よせ!」

 

 

苦しい。体は少し地面から浮いている。すさまじい力だ。格闘訓練ではこんな力を全く味わったことが無かった。

 

「じゃあなんだ!!なんだって今そんなことを話す!?俺がかわいそうだからか!!俺を説得すれば、胸糞わりぃこの気持ちも晴れるってのかよ!!」

 

 

語気は強いままだが、見下ろしたジャンの目には、涙が浮かんでいた。私を掴み上げる手も、重みに耐えかねて震え始めた。コニーはジャンを諫めようとする。

 

 

「ジャン、もういいだろ!」

「いいんだ、コニー。…違う。…いいや、ジャンの言う通りなんだ。最初に叫び声が聞こえて、急いで声のする方へ飛ばした。…でも、間に合わなかった」

 

あの時起きたことを、訥々と、だが脳裏に確実に刻まれた、彼の最期を思い浮かべながら語る。

 

「エレンの護衛の任務を破ってまで駆けつけたのに、それでも、どうしようもできなかった。…ごめん」

 

ジャンは、何も言わない。だが、もう、私の足は地面に付いていた。

 

「…でもその後だ。ライナーが、マルコの仇を討ったんだ。『よくもマルコを!!』って」

 

うなだれていたジャンは、すぐに私を見上げ、次にライナーのいる方へ眼を向けた。

 

「アイツが…」

「私が知っていることはここまでだ。でも、今日まで言うことができなかったのも事実だ。任務でずっと調査兵団にかかりきりで、・・・それも、ごめん」

 

ジャンとマルコは、親友だった。もしあの時マルコの最期を話していれば、ジャンがどうなったかわからない。ここでジャンに話したのも、ずいぶんと悪意がある。

だが、

 

「これで、この事実を聞いた上で、君が決めてほしい。今のジャンは、ただ死に急ぎたいアイツとさして変わらない。自暴自棄で選んだ結果なんて、ロクなものじゃない。ライナーやベルトルトの支援が無ければ、私もエレンが死んだと言われていた時に、きっと死んでいた」

 

私は、ジャンや、みんなに死んでほしくない。すくなくとも、自殺と変わらない調査兵団への入団も、決意してほしくない。マルコが死んだならなおさらだ。彼は、選べるはずなんだ。なら、その背中を押してやればいい。そのはずなのに。

 

「…………」

 

ジャンは何も言わない。依然静かだ。だが、その眼は確実にさっきとは違い、考えている目だ。

 

「コニーもだ」

「え?俺も?」

「私は鎧の巨人を殺す、という明確な目的がある。でも、コニーは違うだろ?兄弟たちのために憲兵になろうとしてるなら、それでいいじゃないか」

「…俺だって迷ってんだよ。アニにはお前とおんなじようなこと言われたし。もう…どうすりゃ…」

 

釈然としない様子で、コニーは両手で坊主頭を掻く。

 

「サシャ───」

 

何か言おうとしたところで、ジャンは私に掌を突き出し、問いかける。

 

「オイ待て。お前、なんでそんなに俺たちに指図するようになってんだ?」

「え?」

「お前はいつも俺たちのやりたいことを聞く度に、『叶うといいな』とか甘ったれな言葉をかけてたじゃねえか。奪還作戦の時は大いに助けられたが、今とはわけが違うはずだ。なんだって今こんなことすんだ?」

「それは…それは…」

 

私は地面を見下ろして、口ごもった。皆に久しぶりに会えたとか、そんなことも簡単に吹き飛んでいた。

 

「それに、お前は口ぶりからしてこの数日、別の所で色々見てきたんだろ?」

「ジャン、何言ってんだ?」

「コイツは、調査兵団でいち早く壁の外で任務をこなしてた。…だからなのか?そんなお節介を俺達に押す理由は。『いち早く地獄を見てきたからお前らは来るな』って。そう言いてえのか?」

 

ジャンは、私を見ている。

 

「違う。そんなつもりは無い。決して自分の経験を笠に着てそんなことを言った訳じゃない」

 

「訓練兵整列!壇上正面に倣え!」

 

呼ばれた。もうそんな時間なんだ。言いそびれてしまった。

…サシャはどうしたいのか訊いていなかった。だがもう、何も言葉を掛けられない。

私は、何がしたかったんだ。

これまでは、彼らのやりたいことを別段止めようともしなかったのに。

トロスト区奪還作戦に参加してから、何かがおかしくなっている。

そんなこと決まってる。決まってるのに何で私は言葉をうまく選ばなかったんだ。

 

 

 

─2─

 

団長から語られた事実は、訓練兵時代の座学の時とほぼ同じだった。およそ二点を除いて。一つは、エレン・イェーガーの生家、その地下室にたどり着くことが目的となったこと。そして、その行路を確保するために、少なく見積もっても4年で失った兵士の5倍は必要となる犠牲者と、20年の歳月を捧げなくてはならないこと。

 

例年通りなら、言葉はもっと柔らかくて、事実も隠匿しつつ話し、多少踏みとどまる人を求めたのかもしれない。そして、将来の仕事を選ぶ際に露呈する薄っぺらい職業観のような、打算的に見えて未熟な動機で、大半の人間はここを去るのだろう。しかし、団長は見抜いていたんだと思う。私たちを。

 

 

ウォール・ローゼが破壊され、確約された安全などとうにない。壁外調査から帰ってきたら、故郷が巨人に食い荒らされ無くなっているかもしれない。トロスト区でより鮮明に刻まれた、人が喰われていく姿。きっと、自分の番が来るであろう恐怖。新兵達は、それらを既に知っていた。

 

 

新兵が一人、砂地に靴音をジリリと立て、ステージから去って行く。そこから触発されるように、次々と新兵が去って行く。見知った顔も、訓練兵時代にエレンに感化されて調査兵団を目指そうとしていた顔ぶれも、トロスト区で生き残った者たちも、作戦中に私が助けた同期もいた。突きつけられた現実に恐れをなし、一人、また一人と去って行く。その中に、アニがいた。しかし、彼らは違った。同期の中で最も強き者達、その殆どが目線を動かせど、足は一歩も動かない。

 

(なんで…なんでみんな帰らないんだ?君たちは知っているはずだ。ここから動かないと、また巨人と戦うことになるって。もう、知ってしまったはずだ。巨人がどうやって人を食べるのかを。)

 

大半の者は、数日に渡ったあの惨状を見て逃れることを選んだ。少数が、進むことを選んだ。

 

「…君たちは、死ねと言われたら死ねるのか?」

 

団長の言葉が、わずかに残った新兵たちに問いかける。

 

(答えは決まっている。5年前のあの日も、訓練兵時代のあの日々でも、トロスト区でも今日でも、いつでもそうだった。)

 

私は叫んだ。

 

「死にたくありません!」

 

団長の視線は、刹那だが私の声を捉えていた。だが他が気取らぬ速さですぐに前へと視線を移し、見渡し、小勢へ声を放つ。

 

「…そうか。皆…良い表情だ。」

 

とうに覚悟は決まっていた。

 

「では今!ここにいる者を新たな調査兵として迎え入れる!これが本物の敬礼だ!心臓を捧げよ!」

 

だが、私は見落としていたのだ。なにも覚悟は、己の誓いを果たすためのものだけではないことを。仲間を失う、それを受け止める覚悟もまた、しなくてはならないことを。

 

「ハッ!」

 

皆が皆、一斉に敬礼を行う。

 

総勢21名の新兵が、新たに調査兵団に加わった。

 

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