37話 入団後の引っ越し
─1─
調査兵団の入団を宣告された翌日、私達は自分達が卒業した筈の場所、南方訓練地に来ていた。
とはいえ、訓練地を囲う丸太の壁の内に入ることはなく、近辺にある一棟の建造物に向かっていた。そこに、卒業後の憲兵志望以外の兵士達の荷物が一時的に保管されている。奇しくも、『彼』が三年前の冬に面接を行った、あの棟であった。
「詳しい話は荷物を回収して、カラネス区に移動した翌日話すって団長は言ってたけど、僕達はカラネス区で夜を明かしたから、他兵団志望と比べて、ここに来るのが遅くなったね」
「まあ、鉢合わせしないよう憂慮してくれてるのかもしれねぇな?」
「頭がおかしいとか、馬鹿じゃないの、とか、なじられるよりはよほどいいな」
「ああ。俺達が立ち止まっている間も、そういう声が聞こえてきたしな」
「愛しのクリスタに向かって言ってた奴はぶっ殺したくなったな」
「ユミル、そんなこと言っちゃだめだよ!巨人が怖くて仕方なく選んだ人もいたかもしれないんだよ?」
「そういうお前は泣きながら残ったよな?そこの芋女と同じように」
「なっ、泣いてなんかいませんよ」
「サシャ、そりゃあ無理だ。お前、メチャクチャ泣いてたもん」
「うるさいですよコニー、結局あなたも調査兵団ですし」
「……ミカサは調査兵団で良かったのか?」
「エレンが居るなら、誰がなんと言おうと、私の答えは変わらない」
「チッ。そうかよ」
調査兵団入りが決定された21名の新兵達が、その棟に入っていった。木造の階段を上り、応接室の前にある大広間に、兵士達の荷物が並べられていた。荷物の大きさはおしなべて小さかった。着替えと財布等の貴重品は試用期間中の滞在を見越して、トロスト区の駐屯兵団本部に置いているからであった。現に、ここに並べられている兵士達約200人分の荷物は、一つも盗まれていない。
実のところ先に他兵団志望が荷物を回収したからか、200人分の荷物があったであろう形跡があった。のこりの数十名の荷物が、列ごとに点々と置かれていた。寄り掛かる重さを失った荷物は、静かに横たわっていた。
「俺の荷物は…お、あそこだな」
「僕のはライナーの隣だから、分かりやすいな」
ベルトルトは無言で、さらに隣の、既に空席になった一つの空間に目を向けて、直ぐに止めて自分の荷物を背負った。
「……ミーナ」
「どうした、アルミン」
「ご、ごめん!」
アルミンは独りごちた対象の名前が書かれた荷物から目を背け、自分の荷物を探す。
ミーナ、トーマス、ミリウス、彼らだけでなく、トロスト区で命を落としたその他多くの兵士達の荷物が、ここには残されていた。遺品として、翌日には業者に運ばれていくのだろう。私たちは、それに言及するのを避けていた。昨日の勧誘式で、思い出しすぎて、手離したくなくなったから。
「あった。『私』の荷物。そういや、エレンの荷物も運ばないと」
「え」
『彼』の独り言に、今度はミカサが反応した。ミカサは既に自分の荷物と、エレンの荷物を持っていた。
「エレンの分の私物も運びに来たんだ」
「私がやる」
「ミカサ、ここは『彼』にやらせてあげようよ」
「ごめん、ミカサ。エレンは君達とは別の場所で過ごすことになってる。『私』はその手伝いとして、彼の荷物を運ばないといけない」
「…そう。それなら仕方ない。分かった」
ミカサは肩を落とし、小さくため息を吐いた。
「もしかして、あなたも違う場所で過ごすの?」
「そうなるかもしれない。エレンはそのまま、特別作戦班と一緒に帰ったから」
「待って、どうしてあなたがそれを知ってるの?」
「え?てっきり勧誘式の進行の説明に含まれていたとばかり」
「いいや?エレンが誰に連れられて帰るのかは聞かされてねぇ。お前、数日任務に出ていると聞いたが、特別作戦班にいたんだな」
ジャンに看破された。それなら、もう誤魔化すことはできない。
「そう、そうなんだ」
「へえ。審議所にミカサとアルミンと『お前』が呼び出されて、二人しか帰って来なかったからどうなったかと思ったが、なるほどな…」
「おい、特別作戦班にいたんだろ。どうだったんだ、リヴァイ兵士長は。背は低かったのか?」
「コニー、調査兵団が出発する瞬間をみてるんだろ?今訊くことか?」
「俺は寝坊して見そびれた」
「ふんぞり返って言うことじゃないだろ」
ふんぞり返っていても、コニーは顔にまでおどけた調子を乗せられていなかった。
「……もうここには来ないと思ってたんだがな」
「ああ、そうか。ジャンは内地に行く予定だったからか」
「卒業式の翌日出られるよう、予め荷物は全部トロスト区の駐屯兵団本部に置いてたのよ。他の憲兵志望と同様にな」
「ああ?じゃあなんで今俺達に着いて来てるんだ?そのトロスト区の本部に荷物が全部あるんだろ?」
「……忘れ物があったからだよ。おい、『お前』も来い」
「え?なぜ『私』が?」
「その忘れ物が敷地内にあるからだよ」
一人で行けばいいだろう、という言葉を飲み込み、ジャンに付いていく。エレンの荷物と『彼』の荷物を抱きかかえて。
─2─
「入団するまでの数日は旧調査兵団本部で寝泊まりしてたから、ここは落ち着くな」
暖かな木造建築の宿舎を遠目に眺めながら、『彼』と呟く。
「旧調査兵団本部だあ?教本に出てきた遺跡の話がなんで今出てくるんだ?てか、寝泊まりしてたって言ったのか今?」
「あっちは石造りの城で、重厚な感じだからね。木造の一階建てのここが馴染み深いのかもしれない」
「石造りなら駐屯兵団本部もそうだったろ?」
「そう、実は以外と寝苦しかったんだ。閉塞感かもしれない。そうさせるのは」
「寝るのにこだわりあったのかお前。そんならベルトルトの寝相の悪さ、見たことあるか?訓練地の固ぇベッドに対する不満も、あいつのバカみてぇな寝相で今日の運勢を占うことで紛れたもんだ」
「早朝から走るなり日誌書くなりしてたから直接はないが、ある。ユミルが寝相を私の日誌に落書きした」
「ユミルのヤツ……あいつは人の弱みを見逃すわけねぇからな。ご苦労さんだな、お前も。三年近くアイツのパシりに付き合ってさ」
「お陰で数人分の働きは出来るようになったし、数日は通しで寝ずの番も出来るくらい体力も着いたけどね」
「いや、さすがにそれはおかしいと思うぞ」
「努力だけは、負けるつもりは無かったから」
「死に急ぎ野郎といい、方向性がおかしんだよ、お前らは」
「……それで、忘れ物の場所はここなのか?」
「ああ。ここだ」
二人が着いたのは、普段講義を行う木造の校舎。その一室に入り、ジャンは教卓の引き出しの中の一番下、その板のさらに一枚下の隠された場所からリング留めの『巧術』と表面に書かれたノートを見つけて、引っ張り出した。ビッシリと解説が書かれたそれは、筆跡から、マルコのものだと判別できた。
「コイツだ」
「これは?」
「マルコが残しておいたんだよ。後輩が後々苦戦することが無ぇようにな」
「!」
「元々俺に教えるためにアイツが書いてたものだ。『せっかく立体機動が得意なんだから、その仕組みを勘とかじゃなく論理的に説明出来れば、兵士全員の地力を上げられる』ってさ」
手元でノートをペラペラはためかせながら、ジャンは続ける。
「そんとき俺ぁ、『憲兵行きの競合を増やしてどうすんだ!』って反対してさ。それなら順位に影響の出ない下の世代のために残そうと、マルコはここに残したんだ。…ったく、余計なことしやがって…」
ジャンは見終えたノートを閉じる。その手は、震えていた。
「奪還作戦のときも、俺たちが飛び出さなきゃあ、マルコは死なずに済んだんだろうか」
「ジャン」
「…なんだ?」
「君は、何で調査兵団にしたんだ?」
「またそれかよ。…俺は、お前なら、あるいはアイツならどうするか考えてた」
「アイツって?」
「死に急ぎ野郎のことさ。…なあ、覚えてるか?マルコが俺に言った、ある言葉を」
「どの言葉?」
「俺は強いヤツじゃないから、弱いヤツの気持ちがよく分かる。そんで、強くないヤツだからこそ、その言葉が多くのヤツに届くってさ」
「ああ。ウォール・ローゼが破られたあの日のことか。私は、マルコの言葉が間違っていたとは思わないよ。今でも」
「ああ。俺もそう思いたい」
真っ赤な夕日が、校舎の窓をくぐり抜けて、二人の目をしばたたかせる。
「…俺にマルコがどうやって死んだのか教えてくれて、ありがとな」
「……私は、君にあの場で殺されるかもしれないって、覚悟していた。仇とも思える人を目の前にしたらどうなるかは、自分で試して何度も確信していたから。だけど、少しでも覚えている人がいるのなら、私は、その最期を伝えたい。私の父さんと母さんは、なにも言えないまま、鎧の巨人に殺されたから。君の心を引き裂くことになっても、彼の死を誰も知らないままにしてはおけなかったんだよ」
「…その語り口、俺が手紙を出し渋ったときと一緒だな」
「え?」
「…後悔するときにはもう、そこには誰にもいなかったんだな」
ジャンは右手の拳を握りしめ、自分の胸の前に持っていく。そして、まるでさっきまで何かを握りしめていたかのように、空っぽの右手を脱力させ、開く。
「俺はなにも知らなかったんだな。エレンも、お前の気持ちも。大事なモノを喪った時の気持ちなんてな」
「本来知らなくていいものだよ。私がもっと強ければ、誰かを助けられたんじゃないかって、今でも思ってる」
「ああ。だから──」
ジャンは、教卓に放った巧術のノートを見下ろし、右手で拾い、ジャンのリュックに背負い込む。
「後輩どもにゃあ悪いが、コイツは持っていく。いつかここに戻すつもりだが、まずは俺が読み込んで、記憶しておかねぇと」
「…そうだね。広めよう、今から兵士として生きるみんなのために」
「母ちゃんに手紙、出すことにしたよ。ムカつくが、それでも、まだここにいるからな。もう、後悔なんてしたくねぇからな」
「ああ。その方がいいと思う。……ここで話したことは、誰にも言わない」
「ああ。頼む」
かくして校舎を出た二人は、涙も、怒号も介さず、罪を分かち合った。一人は目の前の者を助けられなかった罪を。もう一人はなにも知らなかった罪を。互いに強さに変えると誓って。