進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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『彼』が調査兵団に入団してから、7日が経過した。『彼』に別途行われていた実験の正体を聞かされるある一話。


第40話 回転切り

入団から7日目。カラネス区での巨人掃討戦の翌日。『彼』は調査兵達が訓練する東方訓練地から大きく離れた巨大樹の森で、リヴァイ班の監視の下、例の実験とやらをやらされていた。

兵士長はエレンの監視のために、旧調査兵団本部で掃除をしている。

 

「エルヴィン団長が実施した掃討作戦は、俺達兵士にとって負担が少なめに設定されてるな」

「ああ。砲撃が主体で、残り数体になったら白刃戦に持ち込んでようやく、新兵に実戦の経験を積ませてる。数体しか残っていないから待機してる班の方が多いし、どちらかというと大砲に弾を込めてる時間の方が長い」

「駐屯兵団の方々も張ってるから、午後に差しかかる前に終わるのは好都合だけどね」

「現に駐屯兵団の負担は軽減出来てるし、俺達の次の壁外調査の行路に潜伏しうる巨人を片付け続けてる。新兵どもの訓練にもなるし、いいことずくめだな」

「す、すみません」

「お、新兵、ギブアップか。29往復目にしてギブアップするのか?」

 

地面に棒を突き立て、それに頭をくっ付けてぐるぐる回り、20秒間それを続け、棒から手を離して、目印の班員に向かう。その実験を繰り返して、およそ一週間が経過した。どうしても間が開く班員らの語らいに横槍を入れるつもりは無かったが、『彼』にもいい加減我慢の限界が来ていた。

 

「あの、そろそろこの実験とやらにどんな意味があるのか、教えていただけませんか?」

「これか?いいや、駄目だな。まだお前がこの回転に慣れるまでは、教えられん」

「なにも全てあけっぴろげに話すべきだとは思っていません。」

「ああ。先日の『互いのことをもっと知るべきだ』、だっけか。まあな。そりゃ言いたかない秘密の一つや二つはある」

「しかし、仔細をなにも知らされず、立体機動の訓練でもない遊びのようなことを一週間もやらされて、疑念を抱かないのは無理です」

「おい、口答えすんな」

「オルオさん、誰にもアドバイスとかされずにその境地に至れたのなら私も黙々とこれを続けますよ。しかし、どう考えたって変でしょう。訓練のときだって、必ずその目的だとかを説明されます。なぜこれだけ頑なに、この場にいる四人、誰ひとりとして口を開かないんですか?」

「……じゃあ、一つ質問に答えてくれ」

 

霹靂、目印役として押し黙っていたエルドが『彼』に駆け寄り、耳に口許を寄せ、問いかける。

 

「お前、ぶっちゃけ何か特殊な技とか興味あるか?」

「聞こえたよエルド!?」

「落ち着けペトラ、この質問には意図がある。……お前、そういった『憧れ』とかは無いよな?」

「……」

 

『彼』は嘘を吐くべきか躊躇した。格闘訓練でアニの技に魅せられている事実がある以上、無いとは言えない。しかし、ペトラの慌てぶりとオルオのニヤつきからして、肯定すればこの実験の真相を教えてもらえないだろうと、確信していた。

 

「あります」

 

ペトラはその返答に、「あちゃー」、と手のひらで自分の頭を押さえた。

 

「が、そんなものは表立つことは無いと思っています。ペトラさん、覚えてますか?私に格闘訓練の師匠がいたことを」

「ええ、覚えてるわ。あーもう、正直悲しいわ。『あなた』がオルオと同じタイプだなんて」

「おいそりゃどういう意味だ。俺のあの新兵ごときと同列に語るつもりなら、まずはしかるべき判例をだな──」

「『私』はそれを、巨人と戦うために必要な技術だと信じて会得しました。しかし、現実は非情でした。以来、願望と実利は別に考えてます」

「本当にそう思ってるんだな?」

「はい。この心臓に誓って」

 

班員はなにやらヒソヒソと話していたが、それらは中傷に片足突っ込んでいたため、『彼』は聞こえていないふりをした。

 

グンタが立ち上がり、抜刀する。

 

「じゃ、見てろよ」

 

グンタはアンカーを飛ばし、空中である程度の高度を保てるよう、繰り返し身体を空中に跳ね上げる。枝から枝へ跳び移る折に加速を繰り返し、ワイヤーを張って身体の浮き沈みを減らす。十分に加速したことを確信したか、アンカーを一本だけ木に刺し、刺した木の幹を通過して、ワイヤーが伸びきるまで幹から離れ続ける。ワイヤーはピンと張られ、グンタが高めた慣性が一気にアンカー射出部に集中し、ギリギリと音を立てて彼を一瞬、空中に固定する。その制止に至るまでに、グンタは上体を河原に住む巻き貝のように捻り終えていた。

 

「フンッ!」と一息強く吹き、グンタはワイヤーを一気に巻き取る。グンタの身体はコマのように激しく回転し、巨大樹の表皮を行きがけに削り取る。地に舞い降りてきた皮の厚さはほんの数センチだったが、この世界に生きる人々なら、その結果は驚愕に値する。

 

「うわあっ!巨大樹の皮を!!」

「そうだ。本来巨大樹は削り取るには斧なりノコギリなり、相応のパワーが必要になる。このブレードで巨大樹に傷をつけようとしても、地上で鋸のように引いても、さながら木に彫り込むようにしか刃を進められない。立体機動で加速を加えても、表皮に付けられるのは引っ掻き傷が関の山だ。

 

だが、あのように立体機動装置に溜め込んだ運動エネルギーを一方向に放出させ、さらに回転を加えれば、あのように絶大な力を出すことができる」

 

立体機動装置は本来、突然の旋回や平衡の消失による事故を防ぐため、常に進行方向に身体とアンカーの射出部を向けるよう指導されている。方向転換するには事前にアンカーを引き抜いておくことが求められ、体の回転は命綱であるワイヤーを死なせると同じだ。

 

「しかしあんな……危険ですね、どう見ても」

「あれが、俺達が巨人との戦いで身に付けた技だ。俺達の間で、『回転斬り』と呼んでいる」

「回転斬り……」

 

火打ち石が打ち合うようなキンッとした音とともに、また一枚樹皮が落ちてくる。

 

「教えたがらないのは、身に付けるのか難しいからですか?」

「いいや、そんな簡単な話じゃない」

「いや、むしろ簡単だぜ、心理的な歯止めを外すのはな」

 

オルオが茶々を入れ、腕を組んでうんうん唸りながら回想に浸る。

 

「あの技、正直言って、どんな兵士でも一度は使ってみたいと憧れる。俺もその一人だった。リヴァイ兵長がいとも容易く繰り出すあれを、真似したがらないヤツはいなかった。だが入団して間もない頃に、諸先輩から必ず釘を刺される。絶対真似するなとな」

「想像より難しいからでしょう。今の私にも、あれができるとは思えませんし」

「お、なら実験は成功だな。俺たちの世代でも、先輩の忠告を、只の小言だと一笑に伏す蛮勇がいてだな。実戦でいきなり試して死ぬヤツが出たのよ。遺族に言えるか?『新兵が死んだのは、いきがって三半規管をズタボロにしたところを巨人に喰われたからです』、ってよ」

「あー……」

 

『彼』は頭を抱えた。訓練地でも、教官の指導を無視して、命を落とした訓練兵がいる。等しく死は悼ましいものだが、その要因次第で遺族には口が裂けても言えないこともあると、『彼』はすでに痛感していた。

 

「あの技は、生き残るために編み出されたもので、決して奇をてらうためのものでも、まして仲間の力なしで成り立つものでもないの」

 

三枚目の樹皮が落ちたところで上空から、「おーい、いつまでやってればいいんだ?」と声がする。ペトラが手を掲げ、グンタは地に降りて、震盪する頭蓋を振って治めた。

 

「俺達と班を同じくする以上、他の班より危険な任務に中ることは多くなる。急かすつもりはないが、二ヶ月後までに技量はなるべく俺達に近づけなくちゃならない。」

「だからこんな無茶な実験をやってるのさ。戦闘を繰り返す中で編み出せるこの『技』を、『人為的に習得させる』実験をな

。あ、俺達が話したってことを、兵長に告げ口はするなよ。一応実験の体を取ってるんだから。」

「それに、他の人にこの練習方法があることをバラしちゃダメ。絶対真似するから」

「まさか。今の新兵たちは、トロスト区での地獄を見てきた人達ばかりです。その中でも、さすがにそんな軽薄な人は……人は……」

「その間は、やはり思い当たる人がいるんだな?」

「確実に一人は」

「じゃあ、約束な」

 

ついでで『彼』は、班員達からその『回転斬り』の腕の構えかたや、上体の捻り方も教わったが、感覚的な話に近く、おいそれと試すことも憚られた。

 

実験の意義と意味を教えられたところで、本日の実験に充てられていた時間は終わりを迎えていた。班員らは森の外に待たせている馬の元へ、歩いて向かう。

 

「明日からはいよいよ長距離索敵陣形の説明に入る。ま、退屈な座学の再開だ」

「グンタ、今退屈って言ったか?」

「新兵を慮ってのことだ。決して俺の感想じゃない」

「座学なら、入ってきた新兵に一人頼もしい方がいまして。退屈さなら、彼がいれば乗り越えられると思いますよ」

「ああ。エレンや貴方が話していたアルレルトのことね」

「私の作戦の運び方も、彼のお陰で大きく成長した気もします。けれど、私には、彼の思考にもっと深いものがあるように思えました」

「深いもの……か」

 

班員らはその思慮深さからもはや突き放されているかのような錯覚にも陥らせる、かの団長を思い出していた。壁外遠征までの期間を延ばそうとするハンジの無茶振りを、「既に見越している」との一言で先んじていたその男を。

 

審議所の議事録も二ヶ月後と書き換えられ、行政の手筈も二ヶ月後を見越したものとなっていた。

しかし面識もないアルミンに同様の威容を馳せるほど皮算用もないと、結局彼らは知り合うまでは伏せることを選んだ。

 

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