進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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休題 とある昼休憩に

848年、訓練地の教室での休み時間。

 

『彼』は相も変わらず午前中に行った訓練に講義の復習を行うべく、日誌に筆を走らせていた。

 

『彼』ら、もとい104期が訓練を始めてから一年と七ヶ月。訓練開始時点では記す内容を推敲すべく、『彼』は日誌に記録を付ける前にまず別冊のノートに樹形図のような図を書き、そこから日誌に記すものを取捨選択、その後にようやく日誌を開いていたものだが、一年経てば脳内でその行為を行えるようになり、日誌を開いてそのまま記録するようになっていた。

柔毛のように乱れ込む『彼』の思考に、剃りたてすべすべの坊主頭が訪ねてくる。

 

「お前、ずーっとそれ書いてるよな」

「コニー、どうしたんだ?」

 

テストで毎度のようにアルミンやマルコを頼り、文字とは微塵も縁の無さそうなコニーが、『彼』のリズミカルな黒色の羅列に興味を示した。

 

「それ、読んでみてもいいか?」

「え?まあ、いいよ」

 

『彼』はあっさりと日誌をコニーに渡す。

コニーはそれを開き、まずページの左上にあろう日付を確認し、その次に下へ、下へ、と目線を移していく。

 

(ハンネスさんに日誌を見られたときは肝を冷やしたけど、開拓地にいた頃から、全部の記述は読めるように記していない。なぜなら──)

 

「お、おい。なんだよこの文字は?俺には読めねえぞ」

「おいコニー。お前バカだとは思ってたけどよぉ、何もフツーの文字も読めないとくればいよいよ開拓地に戻されるぞ」

「なわけねぇだろミリウス!じゃあお前読んでみろ!」

「ええ?投げて寄越すなよ、一応『あいつ』の物なんだから。…悪いな」

 

ミリウス・ゼルムスキーは『彼』に首を前にカクッと出すことで謝罪の礼を示し、『彼』の日誌を開く。『彼』は止めはしなかった。なぜならミリウスにも『彼』の日誌に書いてある文字を読むことが出来ないと確信していたから。

 

(残念ながら、私が日誌に書いてる文字は、五年前家からおくびに出さないよう言いつけられていた、ある本の文字から失敬したものなのだから。)

 

その本とは、大昔の生き物を記した本である。

日常に使われる文字とはかけ離れていて、幼い私が初めて読んだときには仰天したが、両親はニコニコしながら、この本のことは誰にも話さないことをキツめに約束してきた。

 

町並みにいる誰であろうと読み解けない未知の文字。もしかするとそこらの学者でも本腰を入れて一から解読しなければならないような未知の文字。

 

仮に誰かが読もうとしたところで、内容がわかる筈がない。法則性をじっくり読み解かれでもしたらさすがにお手上げだが、そう何日も他人に持たせる気もまたない。

誰かの近くでも堂々と日誌を開いて書いていたのはこのためだったのだ。

 

「おいミリウス、コニー。何を騒いでる」

 

ライナーとベルトルトが昼食を終えて教室に戻ってきた。

 

「何って『あいつ』の日誌だよ。読めないんだ」

「お前、他人の私物を漁る趣味なんかあったのか。オイ、『お前』も兵士ならしっかり注意すべきだぞ」

「まあまあライナー、今は休み時間なんだから、好きにさせなよ」

「…ベルトルト、お前が俺に何かしら意見を言うなんてな」

ライナーは口角が上がる。

 

「え?普通のことだろ」

「ほう」

 

ベルトルトはあれから続けているアルミンとの発声練習で自信を付けたのか、自分の身近な人になら、少しだけ自分の意見を上げることが出来るようになっていた。

 

「ライナーも読んでみるか?」

「ほう、試すつもりか、俺たちを」

「え、僕も読むの?」

「そうだぜベルトルト。『コイツ』のことだ。どうせ何かしらの仕掛けがあるに違いねぇ。いっそ俺たちで解いてしまおう」

「出来るかなあ?」

「おい、全員呼んでもいいか?」

「え?」

「いいよな。おい、お前ら!『コイツ』が書いてる日誌を読ませてくれるってよ!」

 

ライナーが教室を横切り、窓の外で休んでいる兵士達に大声で呼び掛ける。

 

木陰で草一本を煙草のように咥えて微睡む者。三人一組でさきほど食べた粗末な昼食を謗り合う者。パーカーを着て何をするでもなく、ただ地面を見下ろす者。それらなどがライナーの一声で一斉に立ち上がり、

 

あっという間に十数人の訓練兵が教室になだれ込んできた。ライナーを中心に、この文字はああ読むんじゃないか、いやこうじゃないか、と躍起になって日誌を取り囲み、勿論破るつもりは無いのだが、破らんばかりの勢いで見つめている。

 

『彼』には予想外だった。これほど一生懸命に仲間たちが日誌を読み解こうとすることは。

 

「どうだアルミン!読めるか」

「ライナー、自分から読み解くと言い出しておいて、僕に解読を任せるの?…これじゃあ情報が足りないよ。もっとじっくり読む時間が無いと」

「法則性を見つけるくらいなら出来るハズ。メモするからペンを貸して、ジャン」

「ミカサ!?あ、ああ…俺ので良ければ…」

「?ペンって机に常備されてる備品でしょ?」

「あ!?ああーそうだったな。ちょっと机見てくる──」

「ミカサ、ペン持ってきたぞ」

「ありがとう、エレン。アルミン、ここから届く?」

「エレンッてめえ!!」

「ミカサ、ライナーの肩が邪魔で届かない」

 

団子のような塊になる小集団に、アニは数歩離れた距離から鼻で笑う。

 

「図体ばかりでかいよね、あんた」

「アニ、お前もベルトルトに『あいつ』と並んで座って見物してんじゃねえ!」

「……これ程に私の書いてる物を読みたがってた人がいるなんてね」

「ライナーの威勢に便乗してるんだよ、多分」

 

ベルトルトは『彼』の隣に立ち、机に体重を預け、『彼』の独り言を拾っていた。

 

「ああ、参加しないんだね」

「うん。ちょっと休みたいしね」

「ベルトルトは前に『私』の日誌を読んで、解読を諦めたんだったか」

「うーん。僕にはお手上げだった。幾つか文字は覚えてたから、普段から書いてる文字から意味を推測するに、解読にはもう少し掛かりそうかな」

「それならなおさら、読みに行けば?」

「発声練習で疲れてるから、もういいんだ」

 

大声で騒ごうが、まだ休み時間。たとえ流血沙汰だろうが刃傷沙汰だろうが、数少ない休みを取りたがるのは教官も同じ。この程度の押し合い圧し合いで飛んでくることはない。

 

喧騒は人の足踏みをかき消すほどには大きく、ある一人の女が教室に入ってくることに、彼女本人が声を挙げるまで誰も気づかなかった。

 

「おいおい、公欠のクリスタの診療所行きを名残惜しく見送って帰ってきたらなんだなんだ、この騒ぎは。」

 

ユミルは『彼』の日誌を集団からつまみ上げ、パラパラと捲り、適当なページで手を止める。

 

「えーとなになに。11月8日、天気は快晴」

 

突如読み上げられた日付に、あれほど喧しかった教室が湖面のように静まり返る。

合っている。数字まで別の文字に置き換えているのに。

 

「『ジャンから立体機動の指導を受けた。彼の立体機動は教本から逸脱したものであり、是非とも体系的にまとめて、後続の役に立てたいと、指導の後にマルコと話し合った』。…ジャン、合ってるか?一年前の11月8日だ」

 

ジャンは人差し指を鼻筋に当て、逡巡した後答える。

 

「…いつかは覚えちゃいないが、確かに11月の始め辺りに『ソイツ』に立体機動を教えてる」

「んじゃ、あたりだな」

 

周囲から「おおおおお」と感動の声が沸く。

 

「お、お前…『ソイツ』の文字、読めるのか?アルミンでも無理だったのに」

「そうだ!インチキだろ!『アイツ』をパシってるから教えて貰ったんだろ?」

 

全員が恐々とするなかで、

コニーが一番驚愕していた。

 

「いや待て。折角『アイツ』の日誌を読み解けるヤツが現れたんだ。何か抜け駆けでもしてないか調べてやろう。ユミル、続きを頼む!」

「あー……そんで、”ユミルとクリスタは互いにとてもお似合いだ。まるで二輪の白い花のよう。早く結婚すればいいのに”、だってさ。ったく、人の機微にうるさい『コイツ』のお墨付きを貰ったなら、アタシもクリスタとなんとしても添い遂げなきゃなんねぇなあ?」

「おいてめぇ!それは明らかに嘘だろうが!!」

「おいブス!嘘吐くんじゃねぇよ!」

「ユミル、なぜ俺の方を向きながらそう答えたんだ?」

「そうだそうだ!せっかく読めるってんだから聞いてやろうってのに、今ので信憑性無くなったぞ!」

 

十数人の秘密に魅せられた兵士達は今度はユミルを取り囲み、もみくちゃにする。

 

「おい、お前ら!アタシに寄るんじゃねぇ!おい、『お前』!コイツら止めろ!クリスター!早く帰って来てくれー!」

「自業自得だ。休憩終わるまでしばらくノされてろ」

 

集団から放り出された日誌を的確にキャッチし、『彼』は吐き捨てた。その直後、いつになく余裕を失いもがくユミルを見て吹き出した。

 

ユミルの目線は謗りを物語らなかった。貸し借りを振っ掛けるための目でも無かった。

 

何か秘密を教えたがっていた目だった。

秘めた何かを、分かち合いたいと望む目だった。

 

私にそれがなんなのか分かるのは、ここからさらに一年と少し後の、849年のことだった。

 

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