進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第41話 エレンへの贈り物

調査兵団入団から13日目の夜、エレンは一人、カラネス区の審議所地下室で夜が明けるのを待つ。

 

昼間に実験を終えて、エレンはその結果を省みていた。

 

(拾うことが鍵だからって……結果的にうまくいったからいいけど)

 

前回に実験を行った、壁外にある井戸。日中にそこに再度訪れた調査兵団は、再びエレンを井戸の底に据え、エレンに巨人化しるよう指示を出した。

その指示とは、井戸の外にある二本の旗を拾うことだった。

 

(拾ったはいいけど、井戸のせいで巨人化は不完全だった)

 

エレンは巨人化の際の記憶はまた覚えていなかったが、巨人の身体の上半身部分は井戸から露出させて、両手で無事に旗を掴むことが出来ていた。そこから問題なく分隊長の指示通りに旗を両手で上げ下げしていたらしいが、エレンは覚えていない。

 

下半身の形状を保つには井戸の容積では足らず、井戸の形に沿うように、円柱状の肉塊で密封されたという。

 

(痛みとかは無かったけど、えげつないな、想像すると)

 

エレンは自分自身の持つ衝動性に自覚はあった。普段の自分をわりかし普通と思っていたが、いざ動いた後で考えてみれば、自分でもあんな行動が出来たことに感心するくらいだ。加えて異常とされる巨人の力。

しかしその巨人の力も御してやろうと、協力的な味方はいる。ハンジ分隊長や、リヴァイ班の先輩方。

 

エレン本人の持つ性格を、肯定こそしなくとも認めてくれる仲間は同期にもいる。

 

そしてもう一人、この地下を訪れた者が、そのうちの一人として加わっている。

 

姿を現したのは、いつもフードを目深に被っている『彼』だった。今夜も例に漏れず、深緑のマントで顔を覆って、エレンの地下牢の前にやってきた。蝋で光る赤い果物が入ったかごを下ろしながら、『彼』は口を開く。

 

「調子はどうだ、エレン?」

「まあ、平気だ。それ、差し入れか」

「ああ。そういや、君は丸齧りするタイプだったっけ?」

「いや、俺が自分で切り分けるよ」

「ここで怪我したら困るし、私がやろう」

「おい、巨人化の実験の後だからって、俺は別にそこまで弱ってるわけじゃあ──」

「今日二度目の巨人化で萎びた巨人を出した人からは想像もつかない発言だね。病人なんだから寝てるんだ」

 

『彼』は取り出したナイフをわざわざ一度置いてエレンを指差し、叱咤した。

 

「なにもそんな大声を出さなくたって」

「ミカサにノされるかもしれないと思えば大袈裟にもなってしまうもんだよ。あの人、ある時は旧調査兵団本部に付いて来ようとしたし」

「馬でか?」

「徒歩で。普段新兵らのいる訓練地とは物理的に大きく離れているから、別に私たちも隠すつもりは無かったんだけど、旧本部に向かって出発した私たちに人の手足で数キロも追い縋って来たときは流石に震えがしたよ」

 

エレンは恐る恐る『彼』に訊いた。

 

「あいつ、まさか余裕だったのか?」

「まさか。さすがのミカサでも息は絶え絶えだったよ。あの人、エレンのことになったら地獄の底まで追ってくるね」

「なんで俺が地獄行きって決まってるんだ」

「言葉のあやだよ、ごめん」

「そういや、頼まれた、って前に言ってたけど、あれはどういう意味なんだ。まさか、なにか特別な理由でもあったのか?」

「特別かどうかは分からないさ。でも、彼らに頼まれたんだ。リヴァイ班が私を選ぶより少し前の話だけど、ミカサとアルミンで、エレンの審議の後、少し話をしたんだ。その時、ミカサに私が必要だ、と言われたんだ」

 

『彼』はそう言い終わらないうちに、三つ目の果実の皮を剥いている。

 

「必要とは言われたけど、釈然とはしない。卑下するつもりは無いけど、自分よりも強い人に必要と言われるのは、これまた不思議な気分なんだ」

「へえ。あいつから頼まれても、なんとも思わないけどな」

「新兵全員が集合する日は別に設けてあると言っても、ミカサは頑なにエレンに会いたがってた」

「……会えたのは、今からほんの数日前だったか」

「そうだね。今この地下で話したのは、エレンに心配を掛けたくなかったからだよ」

「それは、マルコが死んでいたことを言わなかった理由と、同じなのか?」

「…………ああ。そうだ」

 

『彼』のフードは下を向かない。だが、その目線をエレンから逸らしたくてたまらなそうなのは、影を通してもなおエレンには理解できた。

 

『彼』がジャン達を連れて草原を訪れたときのことを。

 

「マルコは死んだ」と、ジャンに宣告されて、エレンは当然、酷く狼狽えた。憲兵団行きのハズのジャンが調査兵団にいて、他ならないそのジャンが、そのマルコの死を激昂することもなく、訥々と報告したのだから。

 

エレンは今の今まで、マルコの死に言及しなかった『彼』にその理由を尋ねる前にジャンに両肩を掴まれ、『頼むぞ』と言われた。

 

「言わなかったのは、頼まれたから、なのか」

「そうだ。」

「俺はガキじゃねぇんだぞ。ミカサならともかく、『お前』までその心配をする必要はねぇだろ」

「エレンは巨人化するとき、心の状態が影響するとは考えなかったの?」

「心の状態?」

「例えば、不安だったり、緊張していたりしたときは、巨人化じゃなくたって、なにかするときには上手くいかないものだろう?」

 

エレンには心当たりがあった。一番最初の実験の日。失敗すれば、リヴァイ班に殺されるかもしれない、とエレンは考えた。

 

「まあ、そうだな」

「あの時私は、確かに君の力が怖かった。巨大な力を、人間の知性を以て行使出来てしまうんだから。けど、同時にこうも思ったんだ。『願いを叶えてくれそうな気がする』、って。」

「願い?なんだよそれ。俺は別に都合の良い願望器じゃねぇよ。どんな願いだよ、それは」

「人類が巨人を殲滅する、って願いをだ」

「願い、か」

 

エレンはなにもない空間をじっと眺める。トロスト区で大砲を突きつけられた時のことを、審議所での判決を、そして今を思いだし、前回置かれていたときより少し湿気がとんだこの地下室の匂いを嗅ぐ。

 

「願望器か。確かに、その力だと巨人と戦う以外に、願いを叶えることに役立ちそうだけどね。例えば、建物を組み立てるとかは、積み木遊びみたいにやってのけそうだし」

「願われなくたって、俺は巨人を一匹残らず駆逐するって決めてるけどな」

「リコ班長が言っていたよ。君に榴弾を放った、キッツとかいう男。あの男がやったことは、今でこそ窘められて当然の行いだよ。でもそれは、まだ、エレンが人類にとって何者か分からなかったからこそ、ああするしかなかったんじゃないかって思うんだ」

「お前、駐屯兵団の肩を持つのかよ」

「エレンが味方だと信じてるのは、エレンが最初の実験で見せたあの時と変わらない。でも、もっと楽観的に信じていたあの時に庇いきれなかったの確かだ。これは、そのお詫びみたいなものだ」

 

そう言うと、『彼』は一冊の本を差し出す。

 

「これって?」

「対巨人戦闘マニュアルだ」

「対巨人って、そんな本があったのか、訓練地の外に」

「ああ。書店を浚ってみたところ、入り口から遠く離れたコーナーの隅の隅、そこにこぢんまりとね」

 

『彼』は縮こまるように体を丸めながら、この本を発見することの難しさを身体で表現する。エレンはそれに目もくれず、取り敢えずと数ページパラパラとめくってみる。その内容に彼は肩を落とすこともせず、素直に感想を述べた。

 

「あまり変わらないな、訓練地の教本と」

「ああ、やっぱりそう思う?」

「むしろ、内容は教本よりも古い。教本は俺も持ってるし、悪いけど、あんまり役に立ちそうにない」

「タイトルに惹かれて買ってしまったからなあ。中身までは見てなかった。ごめん」

「珍しいよな。『お前』にしては」

「だってこれ、著者がうちの教官だからさ」

「訓練地の教本は著者が違ってたのに、キース教官はこのマニュアルについては何も言っていなかったよな」

「自分の書いた本を読んでもらうって、心理的にあまり……晴れやかじゃないのかも」

「アルミンも似たこと言ってたな」

「そこで、だ。私が人に見せる目的で書いたものをあげよう」

 

『彼』はもう一冊、本を取り出す。しかしそれは硬い装丁で綴じられたものではなく、二ヵ所を金具で綴じた簡素な紙束の集まりだった。

 

「これは、対巨人戦闘マニュアルだ。私版の」

 

そう言い、『彼』はエレンにそれを手渡す。エレンが頁をめくれば、そこには訓練兵時代散々教え込まれた対人格闘術の数々が載せられていた。図解も丹念に描かれていた。

描き直されたのか少し炭の消し跡があり、訓練兵時代の図説より、少しだけ丁寧に描かれていると、エレンは読み取った。

 

 

「アイツを、鎧の巨人を一発ブン殴ってほしい。『私』の分も」

「殴るったってなあ。俺は殴る蹴るしか出来ねぇし、それは変わらないぞ」

「これは、ナナバさんからの受け売りだけど、巨人を倒す時って、自分の力で倒してるというより、なんだか、解体をしているかのような感覚なんだ」

「かい…たい?精肉屋みたいな、か」

「そうだよ。標的の倒す仕組みを理解して、一つの弱点を探り当てるように誘導したり、手足の関節にダメージを与えたり。ものの仕組みを理解して、解き明かすような、そんな感覚。うなじを切り裂いてみても、それは装置やブレードがやってくれたことで、自分一人じゃ、とてもできない」

 

「勿論、そこに恨みを乗せることだってあるけど」と『彼』は掌に拳を叩きつけてみる。

 

「けどこの身体じゃ、巨人を殴っても効く訳が無い。当たり前だ。でも、エレンにはそれが出来る。自分の持つ怒りを、諸手に乗せてぶつけることが出来る。いずれ殴る蹴る以外の手段も実現できるか、ハンジ分隊長にも相談してみる。例えば、人間同士で争っていた時代に使っていた武器とか……」

「なんか、ガキみたいだな。鎧の巨人のことになると」

 

エレンから指摘され、夢中で話していた『彼』は身体に熱がこもり思わずまた目を背けたくなる。しかし、自分の原点であるその幼稚さを、『彼』は両手で掬い掲げてやりたくなった。

 

「そうだね。そう思う。アイツは『私』から全てを奪った。でもその全ては、君やアルミンやミカサ、ここにいない数多くの人達が同じく持ってたものだ。それを思い出すと、どうしても子どもじみた自分が出てきて仕方ないんだ」

 

『彼』は拳を握りしめる。その手の中に、切り落とした果実の皮一つ付いていない、ナイフが収められていた。エレンはそのナイフの刀身に、かつて自分が握ったナイフの幻影が揺らめいた気がした。

 

「ヤツを殺すのは私だ。だがヤツを殴れるのは、君だけだ」

「『お前』に言われなくたって、アイツをぶん殴ってやるさ。ここに書いてある内容を覚えてられるかわかんねぇけどな」

 

常温ですっかりぬるくなった果実を二人で齧り、その日は終わった。

 

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