進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第44話 サイド:特別作戦班 新兵論評

とある昼下がりの非番の日。兵長を除くリヴァイ班の四人は、一件の喫茶店で昼食後のティータイムを楽しんでいた。非番のためわざわざ四人が顔を合わせる必要は無いが、調査兵団に設けられた休日と、班が独自に行っている月一の集会の日が被ったからのだ。折角の休日、どうせなら議題も和やかに、おおらかな空気でやろうとテラス席で落ち合う約束をしたのだが、当日エルドが連れてきた者に、残りの三人が動転していた。

その女性の正体を探るべく、オルオから腕を肘打ちされたグンタが、エルドに尋ねる。

 

「でー、だ。エルド。お前の隣にいるその紅一点は誰だ?テラス席で軒下の面を選んでまで置きたい人なのか?その待遇なら概ね察しは着いてるが」

 

エルドは両肘をテーブルに付いて大きく溜め息を吐き、となりの女性は顔色一つ変えず、礼儀正しく笑みを湛えている。

エルドは口を開いた。

 

「……許嫁だ。俺の」

「許嫁!?聞いてないぞ、そんなこと」

「いつから?いつからなの!?」

「オイオイペトラ、質問の本題を逸らすなよ。エルド、なんでったってその人を連れてるんだ。これまでの集会で無かっただろ、こんなこと」

「言っても聞かなかったんだ。せっかくの休日だから一緒にいたいんだ、ってよ」

「お前なあ。休日で集まってるというていとはいえ、これも半分仕事みたいなもんだろうが」

「まあ、エルドの悩みの種の正体が分かっただけでも収穫だな、今回の集会はまだ始まってもいないのにな」

「お待ちになって。私、悩みの種なの?エルド」

 

エルドの許嫁は、横向きに背けた彼の顔を追うように覗き込む。

 

「そんな訳ないだろ」

「じゃあこっちを向いて」

「い、いや、俺はお前のことは一言も触れてねぇし……」

「ええそうよ、彼女さん。誤解が無いよう言っておくけど、エルドが貴女のことを話したことは、今日この日まで一切無いの。少し疲れた顔をしてたときも、任務で少し無理が祟ったくらいかと思っていたのよ。貴女について不平を持ってるなんてことはあり得ないわ。私が保証する」

 

ペトラは珍しく青ざめるエルドのために、班のよしみとしてまくしたてた。同性からの保証を得たからか、許嫁はしかめた顔を一挙に戻し、一度会釈して静謐な笑顔を取り戻した。

 

「しかし、エルド。貴方の彼女さんって綺麗ねぇ。私はあんまり思ったこと無いけど、少し妬くくらいだわ」

「おいおいペトラ。俺に見初められてなお何を妬むことがあるんだ」

「オルオは黙っててね話が拗れるから」

「ふふ、兵士として勤めて汗ばむその顔立ちも、なかなか素敵ですよ、ペトラさん」

「へ、へえ。言ってくれるじゃない」

「当然よ。兵士ってだけでも、市井では注目の的なのだから。人となりを聞かされていた身として、いざ会ってみたらエルドのお話通りで感動したわ」

 

「それって、多少アレでも兵士って理由だけで補正されてるってことか?」とオルオは心当たりがあるのか、少しうなだれて呟いた。

 

「そこまでしてエルドと共にいたいと言うところ心が痛むんだが、俺達が月一くらいでやるこの集会は、それ相応に大事なものなんだ。まだリヴァイ班に編成されて数ヶ月の若輩者の集まりだが、この友情自体は入団から四年間欠かして無い。すまないが、席を外してはくれないか?」

「あらグンタさん、こんな筒抜けの場で兵団の根底に関わる大事な話なんて、わざわざなさらないでしょう」

許嫁は間断なくグンタに切り返す。

「鋭いな。……まったくその通りだ、お嬢さん」

「埒があかない。始めようぜ」

「エルドが見越して折れてやったのかは知らんが、とりあえず彼女も入れて集会を始める。今日の議題はいつもと少し違う。主に二つ。俺達の班にいる新兵の評価と、二ヶ月後の兵長への贈り物について、だ。じゃあまず一番目から」

「『彼』、どう思う?」

「筋は悪くない。俺達リヴァイ班のメンバーと言われたらとても足りてないが、俺達が新兵の頃は、あんな実力は無かったな。」

「トロスト区での襲撃があったからな。閉ざされた空間で巨人に追い詰められる経験は、俺達でもしたことがない。」

「いやいや、あそこはいつでも伝って離脱可能な壁や家屋があるんだ。アンカーを刺す木を失えば平地で戦わざるを得ず、馬を失えば死と同義の俺達と比べりゃ過酷な経験でも何でもねぇだろ。」

「新兵と張り合って恥ずかしくないのか、オルオ?」

「あ?俺はあくまで客観的な判断をさせてもらっただけだぜ、グンタ」

「成績上位10名も軒並み調査兵団に入ってくれたし、うかうかしてられないね。『彼』にはもっと強くなってもらわないと」

「だな。ただ、今回は新参だった俺達と条件が違う」

「おい無視すんなよ」

「そうね。エレンがいるから」

「もしエレンが暴走した時は、俺達で止めなくちゃならん。だが、知性のある巨人との戦いなぞ、俺達どころか兵団でも前例は無い。新兵の力も迷わず借りた方がいいだろう」

「本気か?エレンがしくじったら、同期に手を掛けさせるんだぞ?」

「グンタ。俺達は兵長に言われた筈だ。非情な決断も躊躇うなってな。兵長があえてアッカーマンを引き入れなかったのは、その状況に耐えられないかもしれないことを加味してのことだ。その点、『あいつ』は兵団を選び直すチャンスを与えてもなお、俺たちに着いてくることを選んだ」

「ああ。わかってる。十分身に沁みたさ」

「そうね。班として『彼』を鍛えるだけじゃない。『彼』の意志を汲まなくては、リヴァイ班の名折れよ。自分の心を守るだけじゃ、巨人に勝てないもの」

 

【もっと互いのことを知るべきだ】と、『彼』は言っていた。

一度疑いこそすれども、リヴァイ班はエレンに心を開くことを選んだ。そして『彼』もまた、そうすることを選んだ。

自分らよりも経験の浅い新兵が、そう決断したのだ。その報いを与えるべく、彼らは動くと決めて、もう数週間は経っている。回転斬りの実験の仔細も伝えたのは、『彼』の意志を尊重してのことだった。

 

「ねえ、その新兵とやらは、もしかしてフードを被っている兵士さんのこと?」

「ああ。君に話したことがあったか。なんだってそれを今?」

「ちょうどあっちに一人だけ、フードを目深に被った兵士さんがいるからよ」

 

許嫁がテラス屋根の下で、街路を指差した。その指先を視認する必要もなくリヴァイ班四人全員が、声も出さず各々の飲み物を持ち、一斉にテーブルの下に潜り込んだ。

許嫁はその間断なき早業に歴戦の兵士の片鱗を見てややおののいたが、彼らが今日行っている集会の議題から事情を汲み、ぱたぱたと片手で顔を扇いで、まるで自分が初めから一人であったかのように、店員を呼んで炭酸を一つ頼んだ。

 

「釣られて隠れてなんだけど、なんで隠れるのよ!?」

「休暇だぞ?先輩の面(ツラ)見て、休暇明けから訓練があることを思い出してかったるくなった経験の一つくらい、あるだろ?」

「場所からして隠れられてないのよ!テーブルクロスの下なんて、四人も入りきらないじゃない!」

「エルド、見えるか?」

「ダメだ、わからん」

「そういや、新兵にはバレてるのか、お前の許嫁のことは?」

「……一度、一緒に歩いていることを見られた気がする。『気さくに手を振る人がいる』ってアイツが言ってたが、俺がそっちを向いた頃には……」

「『彼』だったのね」

「頼む、このまま通りすぎてくれ!」

 

エルドの祈りもむなしく、目ざとい『彼』は許嫁を見つけ、『彼』の随伴者に一言断りを入れて、彼女の座るテーブルに近づいた。フードを脱いだら、『彼』にしては珍しく、頭にタオルを巻いていた。

失礼、と『彼』はそれも取り払う。

 

「こんにちは。許嫁さん」

「こんにちは。多分、久しぶりね。あら、髪、少し濡れてるわね。なにかあったのかしら」

「少し、汚れてたし、急いでいたもので」

「もしかして、お寝坊さんだったのかしら。顔どころか髪まで洗ったのね」

「休日でも起きる時間は変えてませんよ。訓練兵の頃に一度寝坊して、上官に大目玉を食らいましたから。いやいやそもそも、休日に怒鳴り込んでくる人なんて、今の場所にはいませんよ、言っておきますが。皆親切な方ばかりです」

『彼』の髪は水気を含み、毛先が幾ばくか撥ねている。

「それなら、フードを脱いでいればいいのに。今日は雲も少なくていい天気でしょう。きっと髪もすぐ乾くわ」

「実は今日連れがいまして。今の季節に被る人は珍しいですから、むしろ目立てて助かるというか」

「あら。こんないい天気にフードを被って。怪しまれて身元を尋ねられるんじゃないかしら」

「それには及びませんね。その同行者が巷でも有名な硬派ですから。それも訓練兵時代からの」

「ああ、ツレは兵士なのね」

「憲兵ですよ。それも新人の」

「付き合い長いのね。もしかして相当な?」

「まさか。あの硬派にはお似合いの方が一人いるんですよ。本人は全く気づいていませんがね」

「あら残念」

「そういえば、エルドさんはご一緒ではないんですか?」

「いいえ。今日ばかりは大事な用があって外せないって聞かなくて」

「そういえば、そんなことを言っていたような……。ああ。でもそれなら丁度良かった。お聞きしたいことがあったんですよ」

「あら、何かしら」

「リヴァイ班の皆さんが、兵長に贈り物を差し上げたいと言っていましてね。貴女の提案を窺ってみたいんです」

「私の?調査兵団の兵長への贈り物の提案を?」

「今のところ、実用的なものと単純な嗜好品の二つに意見が割れてまして。私も兵団の身の上、どちらの意見も重々理解できてしまいまして。第三者である貴女のお話を参考にしたいのです」

「事情は分かったわ。でも、貴方、寝坊していないという割には、やっぱり髪が濡れているわね。お急ぎなんじゃないかしら?」

「そうですね。ツレが不当な吊り上げを暴いて揉めている所が終わるまでは、少し暇があります」

「それなら、簡潔に纏めるわ」

「助かります」

 

テーブルの下に潜む四人は、許嫁の答えを静かに待つ。

 

「ずばり言うなら、長く使えるものを選ぶべきだと思うわ」

「長く使えるもの、ですか。理解できます。調査兵団【ウチ】は火の車ですから」

「それもそうだけど、長持ちするもののほうが、愛着を持ってもらえると思うの。私にも、そういう大事な物はあるわ。貴方も、そうじゃなくって?」

「勿論ありますよ」と言って、『彼』は胸ポケットの辺りを軽く叩く。

 

「貴方が二つまで絞り込んだと言っていたそれらも、長持ちするかどうか、という条件を加えれば、答えが出せるんじゃないかしら。例えば、頑丈な掃除用具とか」

「掃除……。やけに的確ですね」

「それはそうよ。だってあの人、あの班に入ってから凄く掃除に拘るようになったんだもの。前は家にいる時間が長い分、私が受け持つことが多かったのだけど、エルドが帰ってくる度に、彼が手伝う頻度が増えていって。しまいには彼が役割を丸ごと奪い取ろうとするのよ。どれだけくたびれていても、泥だらけでも、『俺が俺が』、と言って聞かなくって……あはは、あの兵長の影響じゃなければ、たとえ優しい彼でも、あれほどに死に物狂いでするわけないもの」

 

許嫁は高らかに笑い、手まで叩いてその可笑しさを物語る。

許嫁はエルドから伝え聞いた班の足取りの数々を、都度不都合な事実をぼかしつつ、『彼』に伝えた。日誌を取り出し走り書く『彼』を見て、あまりに伝聞通りのまめさに彼女は目を丸くした。

 

「その急ぎの用事って、訊いてもいいかしら?」

「定刻の昼時を過ぎてしばらく経ちそうなんで、とにかく腹が空いて空いて仕方がないんです」

「あら、そうだったのね。引き留めて悪かったわ。育ち盛りだから堪えるわよね」

「いいえ。私から訪れたものですから、お気になさらず」

 

礼儀正しさを崩さない『彼』に向かって、お堅い一声が飛んでくる。

 

「おーい。リストにある物資が買えた。戻るぞ!」

 

例の堅物の男が、その物資がふんだんに入った袋を背負い、重みからやや前のめりになって、『彼』を呼んでいた。

「分かったよ、マルロ!今行くよ!……それじゃあ、足早ですみませんが、お元気で」

「ええ。ごきげんよう」

 

「…もしかして、あれを背負って徒歩で帰るの?」と許嫁は言いかけたが、おかっぱ頭の背負う荷物を半分担ぎ、馬繋場へと歩いていくのを確認して、取り止めた。

 

「……もう出てきてもいいわよ」

 

新兵の姿が完全に消えたことを確認して、許嫁はテーブル下の四人に体を傾けることなく呼び掛ける。

はあやれやれ、と老人のように四人は這い出てくる。

 

「これだけで10年分年食った気がするぜ」

「まあ、多分バレてねぇだろ、あの具合なら」

「言ってしまうなら、俺達も今でこそ『あいつ』と打ち解けてるような気もするが、うまく行ってるのかわかんねぇんだ」

「そうなの?」

「ええ。私達は一度、もう一人の新兵のエレンを酷く責め立てたの。彼の独断を嗜めるために。その後、私たちの間違いが判明して謝ったけど、それでエレンはともかく、あの時『彼』は納得したのかしら」

「新兵、結構落ち込んでたように見えたがな」

「そう?」

「ああ。俺達新兵時代を思い浮かべてみろ。素直に駄々をこねる奴なんていたか?」

「いや、いなかったわね」

「先代団長に影響されてか、先輩たちヒリついてたからな。いくら疲れてようと、そんなこと言える奴なんていなかったな」

「今の俺達もそうかもしれん。こう、先輩特有の覇気みたいなものが出てるのか?」

「『彼』、あまり取り乱すことは無かったと思うけど、やっぱり本心を隠してるのかしら」

「まだ隠してるのか?そうは見えないけどな。これ以上なにをどう譲歩できるってんだよ……。はーあ……俺達の先輩なら、こういう時どう言うんだろうな。」

 

空を仰ぎ、グンタが頭を掻く。

 

「殆どが死んじまったもんな」

「身も蓋もない」

「生き残ってる中で、最も身近な俺達の先輩と言えば…」

「リヴァイ兵長だけど」

 

(新兵から抜け出して、先輩風を吹かせるくらいの来歴の兵長……)

 

「……駄目だ。全く頭に浮かばん」

「想像できないよね」

「ああ。俺達と違って、はじめっからなんでも出来たに決まってる」

「別にそれで悔しくなることは無いんだがな」

「だけど…」

「こうして話してると、まるで、新兵の時に戻ったみたいだな」

「ああ。右も左もわからんあの頃そっくりだ」

「いっそ素直にゲロっちゃう?"私達も先輩なりの振る舞いが分からなくて悩んでます!"って」

「いや、それはダメだろ。さすがに」

 

先輩達は今日も悩む。初心から遠ざかったか、近づいたのか。その後の議題の贈り物についても、実用の雑巾か嗜好の茶葉をとるかで大いに悩むのだった。

 

 

 

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