進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

50 / 73
第49話 父からの手紙

『彼』が受け取った設計図の他に、一枚の紙が封筒に入っていた。

 

 

以下の文は『彼』が読んでいたあの文字のまま、こう書かれていた。

 

 

 

【もし、この設計図を読める者がいるのなら、それはきっと、私と志を同じくする者であると信じたい。夢を持ち、それを阻むものになんとかして一発食らわせてやろうとする酔狂な者であることを。

 

単刀直入に言おう。君はこの世界に、疑念を抱いたことは無いだろうか。

 

この50メートルもあるような壁が、建造の段階で巨人の侵入もされず、奴らの妨害も一切なく建てられたことにおかしさを覚えたことは無いか。

 

もし兵士ならば、教本に立体機動装置の開発の歴史の項に、開発者の名が記されていないことに、疑念を持たなかっただろうか。

 

ただ人類の叡知を結集させたという説明文に、偉大さを感じたとしても、それを生み出した者にたどり着き、師事したいと思う者には、あまりに不都合に情報が抜け落ちすぎていないか、と。私も、そんな思想に狂わされた者の一人だ。

 

私は兵士になるつもりは無かったし、人類の役に立ちたいなどとも思っていなかった。ただ、好奇心の赴くまま、世界を知りたかっただけだ。子どもの頃はそうだった。

 

だが王の敷いた法制は、それを拒んだ。

 

私が成人を迎える頃には、そんな夢物語など忘れ、明日の飯の種を手に入れるべく、日夜汗水垂らして工場で働くようになっていた。しかしそんなうだつの上がらない日々と私を、見初めるものがいたようだ。

 

出会った伴侶となる女性は、ある一冊の本を持っていた。いにしえの時代の生物を記した本だという。筆跡からして、明らかに100年以上は経過していて、本に記された生き物達の生きた時代は、千年どころではない、遥か昔を生きた者たちだった。どうしてその本が壁の中に未だ生き残っていたのかは分からないし、見つかれば妻は王の元に連れていかれるだろう。が、それが私の幼心を呼び覚ますには充分すぎた。必死に読み解き、その幸せを伴侶と秘密裏に分かち合った。朝昼は工場で骨を折り、夜は家で穏やかに叡知をを紐解き、休日は資料館へ足しげく通い、決して安くない入館料を払って技術者達の記録を探す毎日が続いた。

 

しかし、そうしている間にも、王の暗躍は続いていた。

 

壁の深さがいかほどのものか確かめるべくシャベルを突き立てた者が、忽然と消え去った。死因は生き埋めだと周囲は言うが、目撃者はいなくとも私には確信があった。

 

私は怖じ気をひた隠しにしながら、着実に工場で昇進の道を進めていた。やがて、遠方の者からも依頼が来るようになり、その依頼を仕分ける立場にまで上っていた。

 

皮肉にもその憲兵団の下請け依頼の文書の中に、私はある光明を見つけることが出来た。

 

私が探し求めていた技術の結晶の開発者は、もっとも身近に存在していた。勤務先の工場の裏の主、ゼノフォン・ハルキモが。

 

居所を探し当て、私はぶつけた。あの男に思いの丈を。はじめのうち、当人は意に介していなかったようだが、日にちを掛けて、正しくは何日もそこに居座り続けて語り続けることで、ようやくその老人は折れてくれた。そして、そのいにしえの生き物の本とやらの内容を書き記して見せてくれ、と私に頼んできた。情報交換の日々を送りながらそれを渡し続ければ、ある日ある一つの生物に彼の目が止まり、これに似た生き物が無いか、探して来い、と頼んできた。

 

 

調査の中で、巨大樹の樹液の中に、私が読んでいた本にそっくりな生き物が生息していることが分かった。顕微鏡でもようやく凝らして見えるほどの、極小の生き物が。

 

喜び勇んで報告に伺おうとしたところで、憲兵に発見された。憲兵に捕まった者のたどる末路、その前例を幾つも知っていた私は、昇進で増え続ける業務に心を磨耗し、一時の逃避として童心に返って虫の採集に興じ、呪物の調合に勤しんでいたと証言した。

 

私の昇進の道は途絶えた。私は狂気に魅せられた時代錯誤の密教の信仰者として嘲笑を浴びた。ゼノフォンとの交流と、私の他に関係者が既に何人かいることまでは暴かれなかったのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。

 

時が経ち、子にも恵まれ、我々はより税制が優越した地へ引っ越した。家族全体が楽するために、という打算的な目的の筈が、幼年の知識欲のほとぼりを残しながら生きていけるという悦びに包まれていた私には、これまでの人生での打算的な選択とは異なり、選択の折に味わう重圧を心地よく感じるようになっていた。

 

新居に流れる水は雨天時に変化した。我が故郷にある青の顔料と成分を同じくする水質に。

 

仔細に調べたところ、例の樹液に含まれた小さき生き物が、この水を与えることで活発に動いていた。樹液と顔料と水分。ゼノフォンが求めていた最後のピースが、僥倖にも我が家で発見出来たのだ。しかし、私が持っている分量では実現に足りず、立場上、遠出して採集することも出来ない。

 

なので、せめてこの成果を届けるべく、私はこの手紙を、調合の材料を記した紙と同封し、各壁内に蜘蛛の巣のように潜伏している人脈を介してゼノフォン・ハルキモに届けることを決意した。どうかこれが、無事に届くことを祈っている。

 

 

もし、これを読んでいるのが私の同志なら、どうか、ゼノフォンが作り上げるものを、次代に繋いでほしい。兵器の開発は厳しく制限されているが、その魔の手が薬学にまでことは及んでいないことは、シガンシナにいるとある医者の活躍を知ってから学んだ。彼からも指南を受けた。丸薬のことを話したわけではなく、あくまでも医学書だけでは手に入らない見地を得るため、という名目で教えを乞うただけだ。結果的に、学びは多かった。

 

あとはこの薬を、兵士達が用いれば、人類は勝利に限りなく近付けるだろう。しかし、開示する際は相手を慎重に選ぶことだ。王に漏れればそれまでだから。丸薬のことを公に開示するのは、人類が巨人に勝利できる確信を得てからだ。

 

だが、大義のため生を捧げたとはいえ、心残りが一つだけある。

 

それは、我が子のことだ。

私のように知的好奇心旺盛なのはよいことなのだが、どうにも、それに振り回されているような気がしてならない。我が子がそれを従える様を見届けたいのだが、このような危険を冒しておいて、それは贅沢すぎると思わざるを得ない。

 

進路のことを尋ねても、今一つ煮え切らない我が子のことは心配だ。だがしかし、それもまたよいと、私は思っている。楽観的で、未来を憂れうことなく、いま、ここを見つめることだけにかまけられる、そんな我が子の生を、私は肯定している。

 

我が子には、希望を持ったまま、大人になってほしい。この世界の広さを、どこまでも知り続けることができる希望を。

 

どうかあの子には、私のように望みを捨てる必要の無い時代を迎えてほしい。時代の渦中で命を投げ捨てる勇敢なる兵士や、はたまた逆らうことでしか己の自由を噛み締められなかった、愚かな私のような愚者たちに続かぬように。

 

王に背くために生きるつもりは無かったが、己の幼少から抱いていた僅かな望みを叶えるためには、握るべき手は己の拳しか無かったのだ。小さな我が子の手を握っていたつもりが、握っていたのは己の野心と、とうに錆びつき、朽ちようとしている幼年の私の憧憬だったのだ。我が子には、そんなものを背負わせるつもりはない。

 

どうかあの子には、自分の望む未来を掴みとれる、自由があってほしい。

 

あの子が兵士になることを望んだらどうするか、今からでも考えておこうか。

 

どうかこの手紙が、わが同志の手に渡ることを祈っている。しかしそれでも願わくば、長らく秘密を明かさなかった我が子に届けば、この上なく幸福だ。我が望まない道に進んでしまったとしても、私は、選んだとあらばあの子の選択を信じるとする】

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。