進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第51話 兵站拠点設営任務

─1─

『彼』の入団から44日。

カラネス区の外門を出て、南東へ数キロメートル馬で駆けた地点に、調査兵団は拠点の設営を開始した。約二週間後に控えた、第57回壁外調査の準備に向けて。

 

何も不毛の地に一から拠点を組み立てる訳ではない。予めお誂え向きな地形と建造物があり、付近に存在する巨人の集団を掃討すれば、残りは防護用の設備と物資の設置で事足りる。

 

『彼』とエレンを含めたリヴァイ班が真っ先にその地点の西端に切り込み、巨人の小集団を壊滅させた。そのまま東に向かって、団長は兵士達を散開させた。約200人の調査兵は五人一組の班に編成され、約四十ある班の内、その半数に一人ずつ新兵を割り当てて、さらに新兵を担当する班の支援のために、リヴァイ班のメンバーが一人ずつ、陣頭指揮として班を率い、四方へと向かった。

 

リヴァイ兵士長とエレンは団長の側に控え、不足の事態に備えている。一方で『彼』はミケ・ザカリアス分隊長の班に本日のみ一時的に配備された。エルヴィン団長の命令によって。

 

西端の家屋の一軒に立ち並ぶミケ班、その一員であるヘニングが『彼』に確認を執る。

 

「第57回壁外調査の、出発時の段取りは覚えているよな?」

「はい。朝に団長の号令とともに一斉に門の外の市街地を馬で駆け抜けるんですよね?」

「ああ、その通りだ。その際、駐屯兵団と調査兵団後続の部隊が進行を妨げる巨人を掃討する」

「連日巨人を大砲で片づけてますが、突出区だから巨人がいない日がありませんからね。きっと当日も例外は無いでしょうね」

「ああ、うっとうしいことにな」

「しかし壁外調査の人員には、後続部隊のメンバーも動員されるとありますよね?壁の周辺の巨人の掃討で置いてけぼりになるんじゃないですか?」

「それなら、後続の部隊を追い付かせればいい。それには、何をすればいいと思う?新兵」

 

『彼』の疑問にナナバが問いかける。

 

「そうですね……先発よりも速い速度で駆けて追い付くことも出来ますが、それでは馬が疲弊するし、団長の指針次第で、想定していた方角とは進路が変わっているかも」

「そうだ。加えて、後続部隊は刃とガスを消耗している。このまま陣形に合流しても、その後が大変だ」

「だがよ。集中している箇所である門を抜けた後は、巨人の強襲も勢いを落とす。門の近くに比べれば、巨人はまばらに散っているぜ」

 

ゲルガーの発言に合わせるかのように、ナナバは靴の爪先で家屋の屋根を数度踏みつける。

 

「それなら、合流をスムーズに終えるための場所があれば、都合が良いと思わないか?」

「それが、ここに拠点を設営する意味なんですね」

「そうだ。ほどよく巨人の侵入も阻めそうだしね」

「元々いる巨人どもは片付けなきゃなんねえけどな」

「カラネス区の外門に比べれば数は少ないさ。団長が新兵達を混ぜた班を向かわせてるところからして、そこまで脅威はいない、という認識なんだろうね」

 

ナナバは涼やかに言ってのける。ナナバの仮説に対して、補足するように『彼』は言及する。

 

「ここはまるで、小さな壁内みたいですね。街の四方を囲うように水が流れていて、それが巨人の侵入を阻んでいる」

 

元々ここはウォール・マリアに流れる水の中継地点として働いていたことを、『彼』は訓練兵時代の地理の座学で学んでいる。

 

「巨人はたとえ悪路だろうが舗装された道だろうが、構わず歩き通すものだけど、じっさい、君達リヴァイ班が真っ先に切り込んでくれたとき、元よりその地形のお陰で数自体は多くないことは分かったからね」

 

リーネは双眼鏡をナナバに渡しながら、『彼』に話しかける。

 

「君の班は、その四角形の一角ごとに一人ずつ割り当てられている。おまけにそれぞれに、新兵を一人ずつ、か」

「リヴァイ班は各所の防衛。ハンジ班は機材と物資の運搬と配置。俺達は役割を与えられていない。つまり状況に合わせて自由に動ける、というわけだ」

「ゲルガー。それは明確な指針が無い、という意味にもなるだろ。どっから手を付ける?」

「じゃあここは、事前の計画通り、新兵に訊いてみようじゃねぇの」

 

五人の視線が、『彼』一点に集中する。ミケが『彼』に尋ねる。

 

「新兵、お前はどう見る?俺の鼻では巨人の数も各所に均等に散在してると嗅いだが、優先的に手を入れるべき箇所はどこだ?」

 

「少し時間を」と『彼』は目を閉じて、両耳に拾われる様々な音を仕分ける。近場の兵士達の息遣い。家屋を走る靴音。兵士の提げるガスボンベがぶつかり合う音。踏み鳴らされる巨人達の足音。水面に広がる波紋のように聴覚の届く範囲を広げてゆき、『彼』はその波紋に触れたある兵士の呼吸が著しく乱れているのを確認した。

 

「2時の方向、負傷者を確認!」

「よし、向かうぞ!」

 

『彼』の指摘とともに、ミケ分隊長の一声で6人は飛び出した。

 

 

─2─

 

「くそ、こっちに来るな!」

 

一人の兵士が懸命に片手で刃を振り回し、目の前の小型の巨人の顔を数度切るが、たちどころに再生する巨人を前に二筋三筋の切り込みでは、その三メートル級の巨人は怯まない。じりじりと接近されて、兵士は背中を建物に付ける。『彼』は音からその兵士の居場所を特定していた。

 

「ここの真下です!」

「新兵、背中借りるよ」

「え?」

 

『彼』は背中に強い衝撃を受け、地面へと頭から突っ込まされる。数秒もすれば地面に叩きつける。『彼』はその数秒間で錐揉み回転し、三メートル級の背中を川魚の背を取るように大きく切り開き、何事もなく着地した。青ざめてはいたが、緩やかな笑みを作り、兵士に投げ掛ける。

 

「大丈夫ですか?他に脅威は」

「あ、ああ。助かったよ。先輩として情けないが、とんだ横槍が入った。早くあっちの救援に行ってくれ」

「ナナバお前なあ。無茶すんのは俺の役目だろうが。新兵蹴っ飛ばしやがって」

「『彼』ならなんとかするだろうと思ってね。現にやってのけたんだし。それで、どうしてこんなことに……って」

 

ナナバは建物群のある一点を見つめていた。その建物群は大半の箇所は無事だったが、向かい合う建物の側面が、高さ三メートル分大きくえぐり取られている。さらに先を眺めると、損傷が軽微だが、明らかに何かが引きずられた跡が付いている。

 

「なるほどね。苦戦するわけだ」

「ああ。建物の影にもう一体隠れていたというわけだ。建物で板挟みになっていたところを、俺を見つけて喜び勇んで身体の肉を失いながら突撃してきたのさ」

「間に合ったのは、その巨人の損傷が激しかったからか。悪いな、遅くなって」

「いいや、謝罪には及ばないさ。片腕で済んだんなら、むしろ運がいい」

 

『彼』は兵士の折れた右腕に急いで添え木を当ててやり、リーネが兵士の運搬を担当した。

 

「さて、あの兵士が本来担当していた場所は……」とミケが屋根に上ったところで、配置された各所から緑色の煙が打ち上げる。

 

「あれは……作戦終了を知らせる煙弾だ」

「おっ、他の地点はすべてクリアか」

「なんだい、あっけねえな」

「いいや。この一ヶ月強で、兵士達の生存率は高まってきている。今回の戦闘で負傷者こそ出たものの、死者は一人も出ていない。合図で確認した。むしろ、このあっけなさを誇るべきだ」

 

ゲルガーらの軽口に対し、ミケは沈着に述べる。

 

「そして、まだ油断はならない。今度はハンジ班が物資を運び終えるまで、ここの防衛を行わなければ───」

 

ミケが言い終わる前に、街の中央から緑の煙弾が上がる。現段階での、物資の運搬を終えたことを示す合図だった。中途の彼の言葉はすぐに退却の命令に切り替わった。

 

─3─

 

「お前の耳は、確かに役立ったみたいだな」

 

撤退の編成にあたって、リヴァイ班に合流した『彼』は、ミケから事の報告を受けた兵士長達とともに、カラネス区に向かって馬を走らせていた。

 

「ええ。煙弾も上げる猶予も無い救援の対象を聞き出したことは、正直、予想だにしない良い結果でした」

「往々にして、俺達はそういった声を聞き逃すことが大半だ。戦場の音に紛れてな」

「兵長、今日上手くいったからといって、普段からコイツの聴覚に期待するのは早計だと思いますよ」

「オルオ、まだ俺は結論を出してねえ」

「オルオの言う通りだとは思いますよ。その救援の対象が、たまたま今日一人だけだったんです。昼過ぎには終わるこの任務も、特段困難なものとは言いきれません」

「その簡単な行程とやらが、これからあと十日は続くんわけだが」

 

調査兵団が今日運搬した物資は、すべての工程で運搬するものの約十分の一である。残りの物資の運搬には、あと十日は必要であった。

 

「一部の例外的な能力の運用は、詳細が明らかになるまで頼りすぎないことが肝要だ。ミケのときがそうだったようにな」

「まあ、これから何回と試す機会がある、ということだ。今日はご苦労だった、新兵」

 

兵士長の僅か後方を走る『彼』は、振り向かないまま労いの言葉を投げ掛ける兵士長に対しても、評価と論評を繰る上官らにも、冷徹さや辛辣さは感じなかった。この堅苦しさも、この班の持つ特色であることを、頻繁に班を行き来することで納得していた。なにより、エレンを信じる選択を採った彼らには、たしかな結束が固まりつつあった。

 

 

第57回壁外調査まで、あと16日。

 

 

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