進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第56話 彼らの信じた道を

リヴァイ兵士長は刃を抜き、女型の巨人を睨む。

 

「待てリヴァイ。念には念をだ」

 

団長は再び射撃の命令を出し、予備の弾倉全てを放ち、女型を完全に固定させる。鋼鉄の楔を撃ち終えたところで、団長が『彼』に向かって口を開く。

 

「それで、何かな、新兵?」

「あぁ、はい。団長。今さら聞くまでもないかもしれませんが、この壁外調査の目的は、シガンシナに向けてのルート構築ではなく、今この下にいる女型の巨人の捕獲だったんですか」

「そうだ」

「理由を……なぜ、あれほど多くの兵士を犠牲にすると決めたのか、教えていただけますか?新兵らもあえなく死ぬ可能性もあったハズです。……新兵全員の安否は分かりませんが」

「説明する責任は、まず君の方にある」

「え?」

「なぜ後方にいるリヴァイ班にまでたどり着いたんだ?君に手渡した図には、リヴァイ班は左翼のあたりにあると描いてあったはずだが」

 

背後にいる兵士長の視線が冷たい。抜かれた刃はこちらを向いていないが、背後から睨まれるだけで背中を穿たれそうだった。

 

(疑われている、ということか。)

 

嫌疑を掛けられるのは、新兵である『彼』も例外では無かった。団長の碧玉を包んだ金色の瞳に見つめられると、保身の言葉が出るのをやめてしまう。『彼』はごく素直に、行動の妙の理由を話した。

 

「アルレルトです」

「アルレルト……アルミン・アルレルトのことか」

「はい。次列四のアルレルトが、まず女型と接敵し、キルシュタインとブラウン、そして私とで交戦。その後に我々を殺さず移動を再開した女型の方角から、リヴァイ班の位置をアルレルトが推測しました。当たるかどうかも、陣形の配置を無視してまで伝達をするべきだったかも、私には知り得ませんでした。処罰なら受けます」

「そうか。……いいや、よくリヴァイ班に報告してくれた。結果は我々の作戦通りに運んだことは揺るがない」

「…………」

 

(団長は正しかったと言えるのか?これ程に犠牲を出す必要は、本当にあったのか?)

 

「……より大々的に動けばどうなるか、君自身がよく知っていると思うが」

 

考えを見透かしているかのように、団長は『彼』の思考になにか促すよう呼び掛ける。

 

(……自由に動けないことは、私自身が経験している。胸元に仕舞ってるこの丸薬の存在を、今のところ誰にもバレることなく隠し通せているのは、単独で遂行して、誰にもそれを伝えていないからだ。広めるべきでないことは、ハンジ分隊長がきっかけだったけど)

 

たとえ信用を置いた人であったとしても、漏洩とそれに連なるリスクを加味すれば、明かすことは出来ない。まして壁内に潜んだ存在など、言及すれば発見はさらに困難を極めただろう。

 

(現に私はこの丸薬の存在を、結局団長にも明かしていない。一ヶ月前に実施されたあの行路の合理性は、あくまで私が丸薬の存在に気付くことにすべての比重を掛けられていた。それでもなお確信出来ない。団長にこの秘薬ともいえる存在を開示すべきなのかを)

 

「エルヴィンの意図がどうあれ、後列の班が命を賭した戦ってくれたお陰で時間を稼げた。あれが無ければ不可能だった」

「兵士長」

「彼らのお陰で、コイツのうなじの中にいるヤツと会える」

 

兵士長の視線は団長に向いていた。そこに犠牲を厭わない団長に対する牽制や警告の意図は無かった。そこには、同士として事実を明かすという意図以外には、何も感じられなかった。

 

「到底分かりかねます」

「分からなくていい。今はまだ、な」

 

彼らはそう答え、また『彼』を見つめる。

 

(彼の非情さを鑑みて、私自身をリスクと捉えれば、私は簡単に切り捨てられるだろう。……大変心苦しいが、まだ、そうなる訳にはいかない)

 

「さて、仕掛けるぞ」

「ああ。リヴァイ、ミケ。二人でだ」

 

リヴァイ兵士長とミケは、女型が守るうなじに落下する。

冬の河岸の氷が砕けるかのような音を立てて、女型の両手が変色する。氷爆石のような水色に。キィン、と音を立てて、兵団屈指の実力者二人の振るう刃が砕けた。

 

「なんだ!?」

 

団長は無言で離脱した二人を見やる。兵士長は女型から目を離さず、ミケは団長に向かって刃を失った両方の柄をもたげ、肩をすくめる。

 

(なんだ、あの能力は。部分的かつ瞬間的だが、鎧の巨人みたいに刃を砕いた。言うなれば、硬質化か何かか?)

 

『彼』は挙手する。

 

「提案願います」

「言ってみろ」

「肘あたりの関節を切り落とすのはどうでしょう?」

「不可能だ。関節部分に傷を付けるには、刺しているアンカーを取り除く必要がある。だがそれは女型の腕の可動域を増やすことになる。こちらが攻撃を仕掛ける前に、ヤツが我々を殺す。我々が攻撃を仕掛けられる最大限の部位が、今拘束されていない、この手首にかけてまでだ」

「まるで俺達に直に対抗するために作られた能力みてえだな。気持ち悪い」

 

リヴァイが悪態を吐く。

 

「同様の手順で関節部も硬質化される可能性、あるいは、このまま攻撃を続ければ衰弱するのかもしれない。……そうやってあらゆる視点であの能力を調べることも、時間が許せば出来るのかもしれんが」

 

団長はケイジを呼び出し、手首にかけて発破を命令する。しかし、うなじごと吹き飛ばされる可能性が高いため、総員による手首の切断に移行する。ケイジは地上に降り、周囲に団長の命令を伝達する。

 

「君も攻撃に参加してもらう。その前に、何かこの女型の巨人の戦法に特徴などはあったか?」

「そうですね……アルレルトが目撃したところでは、兵士のワイヤーを掴み投げたり、叩き潰したり、エレンの巨人と比べても、かなり器用に立ち回っていたように思えます」

「練達している、ということか」

「はい。拘束されてる今なら、それも封じられてるとは思いますが……私達兵士の装備を熟知した動きをする、強敵です」

「なるほど。リヴァイ班を呼び戻すことも視野に入れる……!!」

 

突如、内臓まで震わすような、膨大な音が聞こえた。咄嗟に『彼』は耳を塞ぐが、貫かれる音からそれを、女型の巨人が絶叫しているのだと理解した。

 

「痛っ…」

 

『彼』の耳に鋭い痛みが走る。突然発生したようにまたその叫びは突然止んだ。『彼』が耳に手を当てれば、人肌程度の熱を持つぬかるみが指先に触れた。

 

「血が……」

「エルヴィン!匂うぞ!」

 

ミケ分隊長は語気を荒げる。

 

「方角は?」

「全方位から多数、同時に!!」

 

『彼』は頭を数度振り、滴る耳血を手拭いで受ける。水に浸かったかのようなくぐもった耳鳴りから明瞭に聞こえるようになったのは、こちらへ向かってくる無数の地響きだった。

 

(コイツは、5年前にもこうやって……)

「発破用意急げ!」

「エルヴィン!先に東から来る!すぐそこだ!」

「荷馬車護衛班迎え撃て!!」

 

ハンジ班のアーベルを筆頭に、三人が斬りかかるが、用心も兼ねた構えを、三体の巨人は呆気なく通りすぎた。周囲の兵士も意に介さず。

 

「三体突破します!!」

「リヴァイ兵士長!!」

 

女型の頭を蹴りつける兵士長は、唾を吐くかのように二体を瞬殺する。13メートル級が二体とも倒れるが、高度の問題で攻撃出来なかった3メートル級は、女型の脚にしがみつき、噛みついた。肉片が一片食い千切られたところで、『彼』がそれを仕留めた。団長はその一撃で、女型の意図を看破した。

 

「総員戦闘開始!!女型の巨人を死守せよ!!」

 

『彼』の危惧とは裏腹に、ありとあらゆる巨人が、女型めがけてがむしゃらに走りつく。トロスト区でも見たことがない、高密度の巨人の群れ。どの個体も視線は『彼』を向いていないが、斬り倒す中でも『彼』は拍動が速まっていくのを感じていた。いつどの瞬間から、ヤツらが気まぐれに『彼』らを襲うかもわからない。もし襲ってきたとして、この押し合う巨人の中では回避のしようがない。

 

(数が……)

 

巨人同士でぶつかり合い、手足が破損していく個体もいる。小型の個体は跡形が残らないほど身を崩すモノもいる。

 

(数があまりに多い!!)

 

討伐数など数えている暇もなく、殺し続けて一対の刃がなまくらになる頃には、団長が指示を出した。

 

「総員、一時退避!!」

 

高熱の蒸し風呂のような蒸気の嵐から、兵士達は脱出する。片っ端から蒸発する巨人の返り血に反して、兵士達から汗が流れ出続ける。

 

「オイ…エルヴィン…何って面だてめえ…そりゃあ」

「兵士長、これは──」

 

兵士長の左手側に着地した『彼』は、団長が笑みを浮かべていることに気づいた。ほんのかすかにだが、口角が上がっている。

 

「敵には全てを捨て去る覚悟があったということだ。まさか……自分ごと巨人に食わせて、情報を抹消させてしまうとは……」

 

『彼』はその笑みに、虫酸が走った。ハンジ分隊長とは異なる好奇心を、普段公の側面のみを発露させる団長に。

 

(成果を失うというのに、なんでこの人は笑っていられるんだ?)

 

しかし団長はすぐ「公」の方面を取り出し、笑みはすぐにたち消えた。

 

「総員撤退!!陣形を再展開!カラネス区に帰還せよ!!」

「……審議所であれだけ啖呵切った後でこのザマだ……異形の巨人は存在自体が市民に極秘である以上、俺達の成果にエレンの進退の如何は、この調査だけで審査される。……どうなるだろうな」

「帰った後で考えよう。今はこれ以上の損害を出さずに帰還できるよう尽くす…今はな」

 

異形の鎧の巨人の討伐の功績は、公には広められていない。活版による広報もあくまでユトピア区住民の帰還の朗報だけを報じ、疎開先での定住か、帰還かのどちらかを選ばせていた。ゆえにごく一部の兵士と調査兵団を除いて、殆どの市民も残りの兵らも、我々の活躍を知らない。最悪の場合、今回の作戦の失敗が、エレンの引き渡し、ならびに、調査兵団の解体にまで及ぶ可能性まであるのだ。リヴァイは身体を南へ向ける。

 

「俺の班を呼んでくる」

「待てリヴァイ。ガスと刃を補充していけ」

「時間が惜しい。十分だと思うが…なぜだ?」

「命令だ。新兵、君もリヴァイとともに、班と合流しろ」

 

提言を『彼』は選んだ。

 

「私は、リヴァイ班への伝達を優先したいです」

「それはなぜだ?」

「戦力なら兵士長と先輩達で十分確保できます。兵士長には万全でいてもらいたいですが、ここで判明した女型の情報は、極力班の皆さんに早く伝えたい。今回は駄目でしたが、もし似た能力を持つ新たな巨人がいた場合、それが異形の巨人にしろ、人間にしろ、必ずリヴァイ班の力が必要になりますから」

 

兵士長は『彼』を一瞥し、団長に進言する。

 

「……エルヴィン、俺の判断でだが、いいな?」

「ああ。だが彼らの現在位置は分からないないのだろう?」

「逆走していなければ、彼らは南に向かったと思います。あとは、西か東か」

「俺は補充次第西から探す。お前は東から行け。発見次第、緑の煙弾を撃て」

「了解です」

 

『彼』は団長の指示に逆らった。敵か味方か。巨人に向かって笑う人の命令を信じるべきかどうか、『彼』は考えあぐねていた。まして、他の兵士たちのことも。

 

─2─

 

(いた!)

 

『彼』は南下したあたりで馴染みの顔ぶれを発見し、緑の煙弾を打ち上げる。

 

「皆さん!」

「おお!新兵!戻ったか!作戦がどうなったか話してくれ!」

 

『彼』は女型の巨人について、できる限りのことを話した。

 

「硬質化?攻撃を受けそうなときに防御する方法があるっていうのか。厄介だな」

「だが、肝心の女型は死んだんだろ?」

「ええ、巨人を呼び寄せて、自分を喰わせましたから、恐らくは」

「どんどん知らねぇ技を出しやがるな。道理で俺達兵団に大打撃を与えられた訳だ」

「ああ、いずれも一般の巨人の力じゃない。もはやエレンとは大違いだ」

「早くリヴァイ兵長と合流したいが、合図はまだか?」

 

緑の煙弾が上がった。しかし、その方角から『彼』は頓狂な声を上げる。

 

「え?」

「お、このタイミングでの煙弾は、さては兵長だな」

 

(なんで、東から緑の煙弾が上がるんだ?)リヴァイ兵士長は西を当たると言っていた。ならば、返信は西から上がる筈だ)

 

「兵士長は西を巡っている筈です。あの方角から上がる筈がありません」

「何だと?」

 

(誰だ?私達に存在を知らせる必要のある人なんて───)

 

ガスの噴射する音が、急速にグンタに向かって近づいていく。

 

「グンタさん!!」

 

西から木々の影を縫いグンタに迫る凶刃に割り込み、『彼』はブレードを十字に固めて受け止める。黒板を爪で引っ掻いた音が多重化されたかのような不愉快な軋みが響き、敵の刃は十字路を滑り、火花を散らして弾き出される。

 

立体機動の勢いを乗せたまま、『彼』は正面に飛び蹴りを入れた。『彼』の靴底はずしりと沈み込みはしたがしかし、手応えがあったようには思えなかった。『彼』らと同じ緑の外套を羽織ったその人間は、まるで『彼』が仕掛けてくることを見透かしていたかのように、木々の隙間へと漂っていった。

不愉快な金属音を聞かされた『彼』は身震いし、班員に疾く説く。

 

「周囲の警戒を!」

「言われなくても、そのつもりだ」

 

リヴァイ班は、既に臨戦態勢に入っていた。刃を抜き、各人がエレンを東と西の二方向から守り、見えない標的を睨み付けている。

 

「敵が複数いる可能性を踏まえろ!全速力で本部に───」

 

答えはすぐに判明した。雷鳴が一つ轟いて、死んだハズの亡霊が煙の中から現れる。

 

「やはりか!!…来るぞ!女型の巨人だ!!」

 

(早い。エレンが不意に巨人化したときもそうだった。ずば抜けた判断力と速度。こんなにも頼もしいとは)

 

「今度こそやります!俺がヤツを──」

「駄目だ!!」

 

手を口元に持っていくエレンを、エルドが制する。そして、『彼』に向け泡を飛ばす。

 

「いいか新兵!お前はなんとしてでもエレンを本部まで送り届けろ!俺達四人で女型を仕留める!異形の鎧とは事情が違う!奴は行動からして、明確にエレンを狙っている!」

「殺すか攫うか知らねぇが、ここでエレンを失う訳にはいかねぇ!」

「オレも戦います!」

「エレン!これが最善策なんだ!お前の力はリスクが大きすぎる!」

「なんだよお前!俺達を疑ってんのか!?」

「そうなのエレン?私達のことがそんなに信じられないの?」

「っ……!」

「捕獲班が失敗したのは!」

 

『彼』は口を開いた。

 

「捕獲班が失敗したのは、女型の巨人の未知な箇所を衝かれたからです。たとえ最善策でも、アイツは平然とそれを突破してくる。私は……兵長抜きでは、この状況を覆せるとは思えません!」

「新兵、お前まで───」

「私はエレンを、そしてこの班を信じてます!信じているから、一緒に戦うんです!戦わせてください!」

 

一様に黙り込む彼らの中で、「お前……」と言葉を漏らしたのはオルオだけだった。

 

「必要なのは、兵長の到着です。私達は時間を稼げばいい。エレンと兵長と私達が力を合わせれば、きっと倒せます!」

「それこそ確証があるのかよ!?女型がああして何度も襲ってくれば、お前たちでは勝てない!」

「違う!皆さん、この二ヶ月を思い出してください。エレンは巨人になったとき、一回目なら30分ほど時間が経ってから力尽きました。女型はこれが二回目の巨人化。それなら、逃げ回ることでもヤツをある程度消耗させられます!」

「奴に時間がないとして、それは俺達も同じだ。開戦時はほぼ満タンだったが、ガスは無限じゃない。立体機動も馬より速い速度を出そうとするなら、すぐにガス欠になるぞ」

「ええ。私達が撹乱を狙って木々を縫って移動しても、やがては追い付かれるわよ」

 

彼らの言葉は正しかった。

 

(それなら……)

 

次の策を思案しようとする『彼』に刃を架けて、一人の兵士が言葉を同輩らに掛ける。

 

「なあ、お前ら」

「オルオ?」

「俺達が休暇に言ってたこと、覚えてるよな?」

「!」

 

班員達は合点がいったように、顔を合わせる。

 

「煙幕の用意だ!」

 

班員全員が信煙弾を地面と水平に放ち、煙幕を張る。口火を切ったエルドは上に放ち、全員が女型の攻撃の届かない、巨大樹のある一本の最高地点まで逃げる。

 

「一時的にだが、これで凌げるハズだ。……だが問題は、ここからどうにか忍んで本部まで辿り着かなきゃならんことだ」

 

オルオの放った言葉について尋ねようとしたとき、『彼』にオルオが話した。

 

「新兵。俺達はずっと、考えていたんだ」

「恥ずかしい話だが、俺達が新兵だった頃をさ。……言ってしまえば俺達が兵士をやっていた頃は、普通だった」

「こんな風に巨人の身体を持った人間が現れたこともない。壁の外が地獄だってことは変わらないが、お前達の世代とは、状況が違いすぎる」

「いきなり特別作戦班に放り込まれて、同期達と会うことも、数日くらいしか叶わない場所なんて。……馴染んだ、ってあなたは言っていたけどね」

「そんな、嘘じゃないです。皆さんとても親切にしてくれて、私はそれを返したかっただけで……同期でも先輩が相手でも、そういうものでしょう?」

「ああ、分かってる。俺の許嫁に訊いたんだからな、兵長に何を贈るべきなのかを」

「なんでそれを……」

「お前はお前なりに、俺達と同じ方を向こうとしたんだろ?勧誘式の時に俺の言葉を聞いてもなお、お前は俺達と来ることを選んだ」

「そんなところに諜報員の疑いなんてな……信用ならねえだろうさ」

「ああ、異常だらけだ。ここ数ヶ月ずっと」

「けどお前は、信じることを選んだ」

「……新兵、いや、エレンもだ。お前達は、俺達の非情ともいえる決断を信じた。それなら、今度は俺達が、お前達を信じる番だ」

「!……はい!」

 

ペトラは巨人の足音がしない静かな森を見下ろしながら、『彼』に尋ねる。

 

「それで、女型についての情報は、あれで全部なの?」

「私が以前交戦して見たのは、フードを捲る動作。平原でさえ、女型はそうしてまで、人物の特定を優先しました。自分が殺される危険性を天秤に懸けてまでそうした。なら、エレンの殺害は多分目的じゃない。この視認性が悪い森の中でなら、我々のうち誰がエレンなのか見分けが着かない筈です。それなら躊躇するハズ。奴にエレンを探させて、疲弊させる。そして、兵長の到着までの時間を稼ぎましょう」

 

(フードを被っていれば、少なくとも「殺す」ことが選択肢から外れる。)

 

「……少なくとも、私はそう考えます」

 

大砲のようなけたたましい一音が鳴り響く。

 

「なんだ?味方の援護か?」

「いいや。捕獲設備の発砲音じゃねえ。見ろ」

 

オルオが西を指差した。『彼』らの留まる木の僅か数本分先の大樹が、ゆっくりと倒れてゆく。倒れ終わる前にまた音がした。今度は『彼』らの位置から遠ざかったが、また大樹が一本倒れてゆく。女型が倒す木の対象は、北へ、そして東へと、本部への逃げ道を断っていくように折られていく。

 

「マズいな。どうやったかは知らないが、あれが続けばここ一帯は禿げ上がる。戦うにしろ逃げるにしろ、立体機動が出来なくなるぞ!」

「誘い込まれてるわね、どう考えても。でも、出来ることはもう」

 

ペトラは刃を今一度握り込む。

『彼』が木の幹に突き立てたアンカーから、木がへし折れる度に振動が伝わってくる。

 

(こちらが逃げ惑うことも許しはしない、か)

 

「……やりましょう。ただし、エレンの巨人化の力は使いません。自分からばらす必要は無い」

「お前…」

「エレン。巨人の力が判明してからも、君は立体機動の訓練は欠かしてないんだろう?私達と同じように。私達は兵士なんだ。今こそ上位成績5番の力を貸してくれ」

 

六度目の女型による砲声が響く。エレンは噛み傷の無い自分の手を見て、そして『彼』の手を見る。そして答えた。

 

「……ああ、分かった」

「俺達で女型の力を削ぐ。お前達は自分なりのやり方で動いてみろ」

「エレン」

「なんだ?」

「私達には知識があるだろう?人が最も突かれたくない弱点についての」

「そんな知識誰から……!……なるほどな」

 

エレンは『彼』と同じく、一人の兵士を思い出して、不敵に笑った。

 

「行くぞ!!」

 

オルオの一声に、六人全員が木から飛び下りた。すぐに女型の頭が見えてくる。

 

「うおおおおおお!!」

 

エルドは雄叫びを上げながら女型の眼前に跳び出す。女型は手を伸ばすがエルドは急速に後退し、女型の眼前に煙を撒き散らす。『彼』は女型のうなじにアンカーを突き刺し、空中でギリギリと音を立てながら弾力を溜める。

 

(ライナーはなんの訓練もせずに成功させたんだ。負けるものか)

 

女型は引いたエルドから注意をそらし、『彼』を睨む。しかしペトラとオルオが煙を纏い、独楽のように回転しながら女型の目元を通りすぎた。女型の両目から血が噴き出す。『彼』は溜めた力を一気に解放させ、回転切りを放った。女型はうなじを硬化させ、『彼』の刃は簡単に砕け散った。

 

『彼』は無策で仕掛けたわけではなかった。うなじは綺麗に無傷だったが、女型の右足首の腱から血が噴き出た。同時にもう一人動いていたのだ。その男は巨人化を使わず、初めて敵の部位を削いだのだ。

 

「ヤツは同時に複数の部位を同時には守れない!」

 

グンタは叫ぶ。女型はよろめきながらも、木を背にして、両手でうなじを覆った。

 

(脊椎を守るか。当然だな。さっきは攻撃の手をあえて弱めて、警戒させなかった)

 

実験の下りを知っていた六人は、エルドが自分の肩の辺りを叩いた仕草で作戦を即察知する。オルオとペトラは空高く留まり、振り子の要領で一気に落下し、女型の肩の筋肉の一片を削ぐ。一撃では腕を下ろせないが、それも20秒で済んだ。しかしその順調さが班員達の警戒を一層強めた。

 

(周囲の兵士を殺してまで奪おうとするんだ。きっと、手足が動かなくなってもエレンを狙う。たとえ───)

 

「腕の再生が始まってない。何かする気だ」

 

『彼』は女型から目を反らさず、エレンにあることを耳打ちする。

 

オルオは逆手持ちの左手で女型の顔を指差し、ペトラに指摘する。

 

「見ろ!ヤツの右目から蒸気が消えている!開いちゃいないが治ってるかもしれねえ!」

「まだ30秒も経ってない!」

「硬質化に仲間呼びになんでもするヤツだぞ!?」

「なっあれは!」

 

女型の前に躍り出たエレンを、ペトラは目撃した。

 

「死ね!!」

 

女型が動いた。目にも留まらぬ早業で、右目で捕捉したエレンに噛みついた。

しかし、女型の歯はエレンを捉えなかった。エレンの目の前でガチッと衝突音を鳴らすだけだった。エレンはフードを被り直し、木々へ紛れた。

『彼』は継ぎ目のような形状をした女型の頬を、女型の左後方から切り開き、ついでに再生した右目もえぐり抜く。下顎がだらりと下がり、持ち上がることもない。エルドが左足の腱を削ぎ落とし、女型は半分無防備になった。

 

(たとえ動くのが口だけでも、ヤツは食らいついてくるはずだと。思った通りだった)

 

続けざまに班員達は女型の脚の側面も削いでいく。視界を失った者は正面を最優先で守ろうとする、と訓練兵時代に目隠しをした状態で滅多打ちにされながら『彼』はアニから学んでいた。格闘訓練での対人の知識が、全て完璧に働いていたような気がした。四肢も、口も、女型は守る手立ても攻める手立ても全て失った。いずれかの部位が治り次第切り裂けるよう周囲を六人の兵士達が飛び回る。次こそはうなじを開いてやると、グンタがアンカーを首元に刺したその時、

 

「オオオオオオオオオオオオ!!!」

 

と、女型が叫んだ。たとえズタボロでも、巨人大の肺から放たれる音波は鼓膜を引き裂きうる、とてつもない脅威だ。

 

「叫んだ…?」

「巨人を呼んだぞ!油断するな!!」

「いいや、それだけ追い詰められたってことだろ!見ろ!うなじから出てくるぞ!!」

 

危惧するエルドにオルオが突っ込む。うなじからプシュウと蒸気が吹き出る。

 

「また逃げる気だ……!前回とは違う!もう俺達は迷わねえ!!」

 

女型に最も近い位置にいたグンタは好機を逃さぬよう、うなじを通過するように突撃する。刃が肉を切る音が一度だけした。

 

「勝った」と、私情を取り払った彼らはそう確信していた。兵団に大打撃を与えた仇敵は、仲間を信じた彼らだからこそ討てたのだと。この場にいる誰が仕掛けたって、決定打になる力を持つ者達しかいないと、そう思っていた。

 

しかし、グンタは一向に煙の中から姿を現さない。標的を仕留めるのに、一瞬以上の時間など必要もないハズなのに。

 

煙が止んだときには、グンタの身体は野鳥の作るはや贄のように串刺しになっていた。うなじから出てきた兵士の刃によって。

 

「グンタ!!」

「ペトラ!よせ!!」

 

ヤツは巨人の身体を捨てて飛び出すも、ペトラの刃がその兵士の腹を貫いていた。それでも、ヤツの身体は発光し、彼女は変身の光の直撃を食らった。

 

再三雷鳴が轟き、女型が姿を現した。

 

『彼』らは瞬く間に二人も死んだ事実に怯むも、女型に再度立ち向かうべく刃を握る。ガスを全力で噴かしたその刹那、奴は走りながら脱け殻となった別の身体から肉をもぎ取り、そして、下手に投げた。その一片一片の大きさは、人間の半分程度。兵士に立体機動を中断させる程の傷を負わせるには充分だった。

 

「あ」

 

エルドが身を挺してエレンを庇う。

それが『彼』の目の前が真っ暗になる前に見た、最後の光景だった。

 

─3─

 

まず感じたのは、痛みだ。

 

呼吸と同時に、右腹斜筋の辺りが痛みを嘆く。痛みと呼応するようにまぶたが痙攣し、『彼』は目を覚ました。身を起こせば、そこはさっきと変わらない巨大樹の森の中。その地面に『彼』は這いつくばっていた。全身に打ち身のような痛みが走るが、その意味を『彼』はすぐに理解した。

 

低空を跳んでいたから落下で死なずに済んだのだ。深く息を吸い込んで、どこも折れていないことを確認する。視界の端で粘つく赤色の液体は、さっきまで頭から垂れていたものだと、額を触り確かめる。頭が重く酷く気分が悪い。貧血を起こしたか。

 

立ち上がり落ちていたブレードを拾って、周囲を確認する。女型が巨人を呼んだハズだ。とっくに食われていたと思っていたが、もしかすると気絶して数秒も経っていないのかもしれない。それは捨てられた女型の身体を見れば分かることだと、『彼』は顔を上げた。

 

その予想も、辺りを見回した拍子に硬直する。巨人の足跡。それも二体分。普通の巨人なら着かないだろう、乱れた足跡。それが森の南の方へと延びている。女型の身体は肉の部分が蒸発が進み骨格が見え始めていたが、『彼』の関心は既にそこには無かった。

巨人の足跡の側には血の海と、班員らの死体が転がっていた。グンタ、ペトラ、オルオ、エルド。四人分の身体が、点々と横たわっていた。扇がれるそよ風に、身動ぎひとつせず。

 

「あ……ああ……」

 

両手の柄がカタカタと音を立てる。

 

この期に及んで、奴が何もリスクを負おうとしない存在だと、私は思い込んでしまっていた。2度の巨人化のリスクしか背負わない、慎重で臆病な奴だと思っていた。

 

死んだ。『彼』はそう思った。再び『彼』の預かり知らぬところで死んだ、と。

 

「判断を誤った」

「おい!」

 

『彼』の身体は揺さぶられる。顔は見えなくても、それが誰なのか『彼』は声で分かった。

 

「動けるか?」

「私は……なんて間違いを……」

「優先順位を間違えるな。女型の向かった先は分かっている。動けるのかどうか速く答えろ!」

「奴は、三回巨人化してます。貴方ならきっと、奴を倒せる筈です」

「だからといって奴が止まると思うか?エレンと違い、四回巨人化するかもしれん。目標をエレンの奪還に絞る」

「殺さなければ……ヤツはまた私達を追ってくる。私は間違えた……だから皆死んだ。『貴方が来るまで耐える』なんて、悠長な判断なんてしなければ…….」

「やめろ。後悔はするな」

 

胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。

 

「兵士長?」

「後悔は次の行動を鈍らせる。思い出せ。ここはまだ敵の真っ只中だ。俺はもう行くが、お前も早く選択しろ」

 

そう言い残して、リヴァイは南へ、足跡の先に向かって跳んでいった。彼の言葉もそうだが、『彼』の身体はこの状況を一度知っていた。無力も後悔も、一度は押し殺した。もう一度そうすればいいだけだと、身体は心に鞭打つ。

 

「……行かないと」

 

「ごめんなさい」と、立ち去る前に四人に掛けようと振り向いたたそのとき、四人のうち一人の外套の端がかすかに動いた。その兵士は目を開けて、か細い声で呟いた。

 

「な……なにが…………どうなって……」

 

その声に、『彼』はすぐさま駆け寄る。

 

「オルオさん!しっかり!!」

 

(大丈夫だ。致命傷は無い。止血さえすれば)

 

「くそ……足が」

「早く移動しましょう」

「女型は…女型はどうなった……?」

「リヴァイ兵士長が向かっています!私たちは早く帰還を───」

 

足音がする。南側からではない。それも二体分。オルオは明らかに動ける状況ではなかった。掴まる力も残っていないオルオを『彼』は背負い、先輩の装置から取り外したワイヤーで胴を無理やり固定させた。縛り終わったと同時に、木々から10メートルを超える二体の巨人が姿を現した。

 

「こんな時に……!くっ!」

 

人間二人を背負っては立体機動でも逃げきれない。地べたに横たわる三人に一瞥もくれず、食おうともせず、二体の巨人は真っ直ぐ『彼』に走ってくる。

 

「まさか……女型が叫んだのにこっちに来るってことは」

 

女型は始めから、巨人を呼んでなどいなかった。あの叫びは騙し討ちだったのだ。戦場は既にあの巨人の支配下にあったのだ。

 

「……負けていたのか、始めから」

 

巨人の縋る腕は『彼』の頭を掠め、巨大樹の幹に弾かれて宙をふらついた。二体目は頭から飛び込んだが、『彼』は最低限の動きで跳び越える。ついでにうなじを斬ろうとしたが、二体目は激しく身体をよじったため、『彼』は空中に跳び出す。

 

この調子で二体から離れれば、班員が北に停めてある馬まで逃げられると踏んだが、敵はその二体だけではなかった。3メートル級一体、8メートル級一体、木陰から覗く12メートル級一体。これではやがて撒いた二体も追い付いてくるだろう。

 

(壁内に戻ることだけじゃない。戦いが長引いたときに足を引っ張らないためにも、これは使いたくなかった)

 

オルオの止血は済んでいるが、出来た処置はそれだけだ。オルオは時折苦痛に呻いている。離脱を済ませ手当てしなければ、オルオは助からないかもしれない。激しく動けば傷が開く。

 

(1ヶ月服用を続けたが、まだ副作用は強いままだ。だが今の私では、オルオさんを救うことも、逃げ切ることも出来ない。血の足りない頭でも分かる。……1分だ。1分で決着を付けるんだ)

 

14メートルほどの高さまで跳び、『彼』は丸薬を噛み潰した。

視界の端が青く染まる。12メートル級の伸びてくる手が異様なほどに遅く見える。『彼』はそれを滑り降り、12メートル級の両目を横に薙いで潰し、片方の刃を突き立てたまま巨人のこめかみ、襟足を通過し、そのままうなじを撫で切りにした。もう一方の刃を合わせて。

 

(止まって見える。ちゃんと効いている)

 

地上に降り立った『彼』に3メートル級が突撃するが、『彼』は半身で躱して敵の脇下に刃を翳す。巨人は勢いのまま皮一枚繋がった左腕に振り回され、わずかによろめいたが、その一瞬の隙を『彼』に刈り取られ、斃れた。

 

(あと45秒……)

 

8メートル級はゆったりとした足取りで接近してくる。『彼』は股の間をすり抜けて足の腱を削ぎ、3メートルの高さまで跳び、倒れた標的に向かって一直線にうなじを貫いた。しかし引き離した残り二体の大型巨人は、『彼』を照らす林冠の隙間にたどり着いていた。

 

(32秒……)

 

伸びてくる右手の下を走り抜け、右肘を始点に切り開きながら跳び上がる。そのまま右目を切り裂いた後にうなじを切り、左から来る二体目の脇下を潜り、下から上へとうなじを切った。16メートルは高度を稼ぎ、『彼』は北を目指す。

 

(あと……10秒)

 

刃は先の戦闘でなまくらから切り替えて以降、少しも磨耗していない。だがガスは馬にたどり着くまで保つかはわからない。団長が補充を促した意味が、これほど重大だとは思ってもみなかったからである。

 

(もう、効果が切れる)

 

『彼』は全身から油のような煮立つ汗が吹き出るのを感じる。動悸は乱れ、全身がミシミシと音を立てるかのように痛む。『彼』は姿勢を崩さず跳躍を続けるが、今にも膝を付いて休みたかった。その衝動に『彼』は気取られ、背後から7メートル級が這い出てきた時には歯を食い縛ってガスを噴かした。高度は落としていないが、巨人は素早く『彼』の下を這いまわり、時折跳び跳ねて『彼』を捕まえようと両手をバシン、と叩く。幼子が蝶を捕まえるときのように、無邪気に。

 

(まだいるのか……くそ。身体が重い。熱い)

 

引き金を握る指に痺れが走り、射出が遅れる。ワイヤーによる振り子の揺り戻しで背中を叩きつけないために、『彼』は両足を幹に張る。『彼』が一瞥するも、オルオももう限界だろう。静かに立てている寝息も、いっそうか細い。

 

(まだ……まだ、戦える。戦うんだ)

 

7メートル級が登るべく巨大樹に手を掛けたその時、

 

「うおおおおおお!!」

 

雄々しい叫びを響かせながら、閃く二つの刃が一掃する。彼に続いて、ミケ班の顔ぶれも馬に乗って姿を現す。

 

「ミケ分隊長!なぜここに」

「新兵か。後ろにいるのは、オルオか。エルヴィンに命令されてここに来た。他の連中は?リヴァイはどうした?」

「兵士長は女型を追っています。私はオルオさんの移送を。皆さんはこのまま南へ、兵長の援護に向かってください」

「どうやらコイツは、女型の叫びを聞いてなお女型までたどり着かなかった遅刻組みたいだね」

 

ナナバは倒れた巨人をそう見定める。そして見上げて『彼』に尋ねた。

 

「新兵。残りの班員達はどうなった?ここからそう離れていないのか?」

「…………」

「……まさか」

 

ミケ班は一斉に駆け出した。無言ながらも歪んだ『彼』の貌から全てを悟って。

ミケ班がその惨状を目で確認し、追撃を開始すべく馬を正した時には、エレンを脇に抱えたリヴァイと、ミカサが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

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