─1─
『彼』の入団から62日。『彼』と兵士長は、カラネス区を歩く。緑の外套を羽織る『彼』らに対し、市民は眉をひそめてもごもごと溢す。『彼』は内容まで正確に聞き取れる耳を塞ぎたくなるが、その時間も残り少ないし、そんなあからさまな態度を、今執れる訳が無かった。足取りは重かろうと、訪問する遺族の家は、残り一戸にまで迫っていた。
「あの……兵士長」
「なんだ」
「これから向かう家は、その……遺品を戸口で手渡すだけにした方が」
「なぜだ」
「……」
「婚約者のことなら、なおさら訪問が必要だ」
「知っていたんですか」
「知るもなにもエルドが話していたことだ。班員達に先んじてな。万が一の有事に備えて。まあ、このことを婚約者本人は知らねえようだが」
「ならなおさら、これは彼女と二人だけにした方がいいと思います。私達のことを憎んでいるかも」
「お前、ほか三人の時は考えもしなかったかのような言いぐさだが、何がお前をそんなに押しとどめる?」
「……」
「……兵士が激昂した町の娘に殺されるとでも?まあ無くはない話だが、俺がそうさせねえがな」
「いえ、そうじゃなくて」
『彼』は釈明する。
「人を慕うことが、どれほど勇気が要ることかを、私は知ってるからです。先輩たちを喪う前から、それを自覚してました。先輩たちの遺族らが向ける視線も、投げつける声も、私がシガンシナや避難区で見たものと、同じでしたから。見ず知らずの人と打ち解けることは別に難しいことじゃない。けど、積み重なった日々が、一瞬にして消えたことを、まして愛する人を喪ったことを、同じ場にいた私達が言うなんて、彼女が耐えられるかどうか……」
「そこまで考えられるなら、もう何をするべきかは分かるだろ」
「……それはとても……」
言えるはずが無かった。
「これまでの遺族の訪問で何もされてねえ訳じゃねえだろ」
「……今日が初です。遺族の下を訪ねるのは」
「そうか。……そうだったな」
そう言葉を交わしていないのに、もう着いてしまった。兵士長が扉を叩く。叩く前に、一階の窓から誰かの視線を感じた。
辛うじて片目だけが扉の隙間から見えたが、『彼』には分かった。扉を開けた主は、エルドの許嫁だと。
『彼』らを写すその瞳は一度大きく開かれて、扉は急いで閉じられそうになったが、兵士長は隙を逃さず踏み込み、左足を挟まれる形で扉が閉まるのを阻止した。
「調査兵団の者だ。エルド・ジンが遺した者を、届けに参った」
「……は、入ってください」
兵士長の剣幕に圧され、許嫁は軋むドアノブの握力を緩めた。
挟まれた兵士長の左足を案じて『彼』は声を掛けようとしたが、兵士長は『彼』を見ぬまま手を『彼』の前に翳す。まるで、悼むべきことに優先順位があることを示威するかのように。二人はエルド・ジンの自宅に、音もたてず入った。
入ってすぐ、この家の内装の綺麗さが目に入った。新築ではないが、壁の塗装も新たにされて整っており、家具も角が丸みを帯びてもしぶつかっても安心なようなものばかり置かれていた。これから作られてゆく未来に向けて備えられている。そんな箔を、この家から感じ取った。感じ取ってなお、『彼』にはここが淀んで見えた。
エルドの両親は髪の乱れたその娘に手を添えようとするが、彼女は「今は三人だけにして」と弱弱しくとだがきっぱりと言い、義両親となるはずだった二人を二階へと移動させた。彼女は着替えを済ませてはいたが、瞳に生気は無い。戸棚の茶器に彼女の手が伸びるも、兵士長は「不要だ。長居するつもりは無い」と言葉で彼女を抑えた。
4人分の席が付いたテーブルに向かい合って座り、兵士長は兵士の左胸に結われた刺繍を取り出し、置いた。兵士から切り取られたソレに結われた名前を、彼女は確認する。そして、こくりと頷いた。
「確かに、エルド・ジンの物です」
「……遺体については巨人の襲撃につき、回収は不可能だった。」
「……そこの『彼』は、生き残ったんですね」
「ああ。そうだ」
「この度は……」
『彼』は言葉を濁した。
「いいえ、いいのよ」
「え?」
「その、新兵にはそこまで酷なことをさせるわけにはいかないわ」
「いいえ。調査兵として、壁外調査でできる限りのことはしました。それでもなお、皆さんで生き残ることはできませんでした。申し訳ありません」
「いいえ。いらないわ。そんな言葉。貴方に分かるはず無いもの」
「分からない……とは」
面を上げた『彼』には、突き刺さる冷ややかな視線が向けられていた。
「いいえ貴方に分かるわけが無い。分かってもらうことなんてあり得ない。喪った者を思う人のことなんて貴方なんかに」
刺繍の握られた手は『彼』の前で振られる。
(ああ、そうか。……彼女は選んでいる。拒絶だ)
「貴方には分からないわ。あの人がいかにして、このリヴァイ班にまで上り詰めたのか」
刺繍は彼女の手の中で縮こまる。ものも言えないように。
「彼が調査兵団に入ると決めたとき、私は当然反対した。けれど、彼が家に帰るたびに、疲れた顔して訓練から帰るたびに、人類を巨人の脅威から救うと誓うあの兵団に、彼は本気で向き合っていると確信したわ。私はそんな彼に、兵団に敬意を払うことにしたの」
彼女は露骨な笑顔を兵士長に向ける。その笑顔は立ち消え、再び鋭く『彼』に向けられた。
「以来私は彼の帰りを待ち続けた。その背負う重圧をやわらげてあげたい、彼とともに翼を背負いたい、兵士としてではなにも出来なくても、一人の愛する人として出来ることは全てやってきたつもりよ。当然、彼が戻ってこないかもしれないと、恐れる日が無かったと言えば嘘になるわよ。覚悟もしていた。それなのに……強き者が生き残るのがこの世の真理なら、それなら、なんであの人は帰ってこないのよ……なんで生き残ったのが……」
涙をハンカチが受け止め切れず、ロングスカートへこぼれてゆく。彼女は身体をブルブル震わせ、歯茎から血が滲むほど歯をくいしばり、黙っていたが、下がっていた彼女の頭は、『彼』に突きつけられることで抱いていた憎悪と激情を一気に暴露する。
「なんで生き残ったのが、貴方なのよ。お情けで兵士長に拾われた貴方が生き残る理由なんてありはしないわ!エルドを返しなさい!私の愛する人を返しなさいよ!!私が愛した強き人を返して!!」
木目の隙間に爪立っていた彼女の指が『彼』へと伸びたその時、リヴァイは身動ぎ一つせず一喝する。
「オイ。俺がいつ『こいつ』を情けで拾ったと言った?」
彼女の手はきっと喉笛に届くと『彼』は覚悟して待ったが、彼女はあっさりと身を引いた。
『彼』への呪詛をようやく吐いたほどだ。兵士長を前にして、そう言い出せる胆力を持つ人はそういない。ただの町娘に、それほどの胆力が果たしてあろうか。
「俺が見込んだ奴に、そんな奴はいなかった。俺達が積み上げ続けた戦いに、無駄なものなど一つも無かった。『こいつ』もそうだ」
兵士長は顔色一つ変えず、語気も荒げず、私のマントの留め具を掴み、ギリギリと音を立てて握りしめる。
「あの時、トロスト区で『こいつ』だけが巨人に立ち向かうべく、誰よりも速く刃を向けていた。それが、俺が『こいつ』を引き入れると決めた理由だ」
彼女はゆっくりと、兵士長の言葉を最後まで聞き取ってから、一度だけ頷いた。
(彼女は道理を分かっている。道理を分かっている風にして、受け入れる風にして、本意を抑える理性を持っている。ああ、あんまりだ、それは)
『彼』はその絶望を知っている。物分かりのよい絶望を知っている。彼女はまだ怒り足りないはずだ。泣き足りないはずだ、と『彼』は思った。『彼』が5年前避難区画で見た、虚ろな目をして壁を眺め続ける子どもの姿を重ねずにはいられなかった。その子もまたどこかへ連れられていったが、その目は聡いが故に渇いた目で世界を眺めていた。子どもにしてその絶望を味わわされれば壊れる。いわんや大人をや。
「それに」
兵士長は懐からある物を一つ取り出した。テーブルに乗せられたそれは、平たく萎んだ封筒だった。
「エルドが遺したものは、それだけじゃない」
彼女は封を切り、中身を取り出す。それは数枚に渡る手紙だった。『彼』らに見せることは無かったが、彼女は顔を大きく歪めた。彼女が握るその紙のように、ぐしゃぐしゃに。きっとその中身は、遺された者のために書かれた言葉なのだろう。
『彼』は、エルドの婚約者に告げる。
「私が兵士になった理由は、故郷のシガンシナ区を破壊して、私の両親を殺した鎧の巨人を、この手で殺すためです。しかし、その動機に、何か特別な意味があるとも、まして誰かを追い抜くための動機足りうるとも思っていません。訓練地では、私より遥かに大きな大志を抱く訓練兵達が多くいました」
寒い開拓地を出て、面接をした日を思い出す。
「しかし、その多くが兵士になる前に、開拓地に逆戻りしたり、事故で死んだりしました。卒業試験でも、トロスト区が破られたあの時も、調査兵団に入ってからでも、私の隣に立っていた兵士達は翌日には消えていました。その意志を、誰に知られることもなく」
訓練地での、死者の持つ真っ暗な瞳を思い出す。
「それでも、その呪いにも等しい思いが、今日まで私を突き動かし続けてきたことには変わりありません。その願いがどれほど下卑ていようと、高潔だろうと、巨人はそんなものを意に介さない。あの場で行われるのは、ただの殺し合いです」
中分けとそばかすの付いた、一人の青年を思い出す。
「その人は、弔われることなく、ただ遺品を届けられて、それで終わり。どの兵団にも属することなく、あの兵士達はトロスト区を守るために死んでいった。大義を抱いた兵団に入らない兵士の死は、それ以外の兵士達の死よりも価値が無いのですか?それなら、兵士でない人々は、それ以下なのですか」
「違うはずです」と『彼』は机に握り拳を静かに乗せ、広げてみせる。声量はいつもと変わらずとも、喉を守る二筋の筋肉は張って震える。
「父さんも母さんも、あの日ただむざむざと殺されるためだけに生かされていた訳が無い。父は私に、自由に生きてくれと、言葉を遺してくれた。私はかつて自由だった。その想いも汲まず、ひた隠しにされた苦悩も知らずに私は無意味に生きていた。845年のあの日まで」
『彼』は手を伸ばす。血のマメと傷で少しかさついた手を、日々の家事と一昼夜の慟哭で傷ついた、彼女の手に重ねる。
「私が兵士になったのは、意味を与えるため。両親の死も、奪還作戦で死んでいったウォール・マリアの避難民の死も、訓練兵の同期の死も、先輩達の死も、全て。これ以上命を奪い続ける者に、怒りを抱いたからです。普通に生きられれば、死に意味なんて必要ない。それでも、奴らは生きる意味を奪った。ならば、彼らの生きる意味を奪った、あの鎧の巨人にそれを、刃を以て示すだけです。彼らの生きた意味を」
手を切り裂かれると思った『彼』だが、彼女は手紙から目を離さず、『彼』の手を振り払おうともしなかった。『彼』は続けた。
「私は、あの兵士達の死を無駄にするつもりはありません。巨人の手で死ぬことが彼らの死を無意味にするのなら、彼らの死に意味を与えるのは、彼らを最も近くで見てきた、我々にあります。我々が必ず、エルドさんの死に、彼らの死に意味を与えてみせます。それが、最も彼を近くで見つめ、支えてきた貴方の、そして我々の意味なのです」
『彼』の体は、震えていた。彼女の身体もまた、同じくらいにその華奢さに負けず肩を震わせる。
「……あの人に捧げた時間を返せとは言ってないわ。ただ、彼に帰ってきて欲しかっただけ。今日一日だけで出会った貴方に、唆されことはありえない。……でも、それでも、貴方の言葉に偽りが無いことは分かるの。貴方が、私達よりも凄惨な過去を持っているからじゃない。ああ……そう……その言葉は……」
彼女は、ある時はやつれた顔で、ある時は自信に満ちた顔で、あるいは愛おしく彼女の頬を撫でながら語る、エルドの顔を思い出していた。手に握られていた彼の遺書に書かれていた文を反芻していた。
「……あの人も同じことを、言っていたからよ……」
彼女は目じりに湛えた涙を、一滴、また一滴と溢してゆく。
「調査兵団の継ぐべき言葉を、思いを、貴方もまた持っていたからよ」
エルドが語っていた「今この世を生きる人達に、意味を与えたい」、という言葉を、彼女は抱きしめていた。
─2─
「到底、貴方たちを許すことは出来ません」
戸口で目を赤く腫らした婚約者は、二人にぼやく。
「我々は許されるために、ここに来ているわけでは有りません。まして、貴女に許すことを強いるなんて、とても」
「私にだって、許せない人がいますから」
「それは?」
「とてつもない大悪人です。ここでも言えないような」
もう一度閉じられた扉は、今度は静かな音を立てた。
「これで終わりだ」
「ええ。あとは───」
「これはこれは、調査兵団の兵士長じゃあありませんか」
露骨なへりくだりを混ぜた、野卑な声が飛んできた。『彼』はその声音をよく知っている。訓練兵時代、ある事件の被害者の一人が、その声の主だったからだ。
「こんな朝早くにご苦労なことです。お仲間はどうしたので?姿が見当たりませんが」
「ジョルジュ……今は昼前だ」
これまたあからさまに、汚物を見るような目でジョルジュは『彼』を睨み付ける。
「あんな化物が壁の中をほっつき歩いてちゃ、市民の命が危なくてたまりませんなあ。とっとと王都に送っちまってくださいよ、あんたらが飼ってるあの化物を」
「エレンは化物なんかじゃない」
『彼』は兵士長よりも前に踏み出す。
「てめえに話してねぇよクズが」
「取り消すんだ。エレンが化物であるという発言を、今すぐ撤回しろ」
「威勢がいいなあ!最終試験の再演か?まあ、今や俺の方が優位だがな!皮肉なもんだぜ。てめえのせいで10番入りを果たせず飛ばされたとはいえ、駐屯兵の中では最も羨まれる内地の警護を、俺が勤めることになるんだから」
「それで、その内地通いがなぜこんな前線まで下ってるんだ」
「お前らの間抜け面を拝むためだが?内地は駐屯兵でも暇で暇でしかたねえんだ。数日抜けたところでとがめられやしねえのよ。俺優秀だからなてめえと違って」
ジョルジュは襟を正し、人差し指を1本ピンと立てて続ける。場違いに、罰当たりなほどに明るく。
「審議所での判決はこうだった。第57回壁外調査での成果次第でエレンの処遇を決めるって。明らかだよな。先日の時点で」
ジョルジュは指を『彼』の前で仰いで留意を促す。
「ピクシスといったか。『お前』、なにやらあの老人に何か持ち掛けたらしいが随分仲良しこよしじゃねえの気持ち悪い。『お前』風情に耳を貸すなら、あの耄碌じじいの席に俺が着くのももはや時間の問題かあ」
「君が座るにはまだ何人も先人がいるはずだが」
「どいつもこいつも腑抜けばかりだよ俺からすれば。俺は訓練地で血反吐撒き散らしながら進み続けてきたんだよ。トロスト区で死んだ奴等も俺のために道を譲ってくれて助かるねえ。あー、努力してるといやあ、ハンネスとやら、だっけか」
「隊長を付けろよ」
「シガンシナを守れもしなかった飲んだくれが、今や同輩さえも顎で使える立場にのし上がるなんて大したお涙頂戴じゃねーの。俺にもわけて欲しいもんだぜ。一体どんな酒を盛ればあのちょび髭に召し抱えられるかのコツをさ」
「……こんのッ!!」
意味を与えるべく『彼』が振り上げた拳は、そこから微動だにしなかった。手首が折れない程度に、しかし力強くその殴打は中断された。
振り向くとリヴァイ兵士長が、「よせ。周りをよく見ろ」と諭しながら、『彼』の手を握っていた。
「オイオイ挙げ句に機嫌を損ねれば暴力に訴えるのか?あーあぁ嫌だなあ、これだから”シガンシナ”生まれは。どこぞの懦夫を除けば野蛮なやつらばかり揃えてさあ!」
「君こそ、トロスト区の惨状を見ても同じ口が叩けるのか?君がその区の出じゃなくても許されはしないぞ、その言葉は」
「そのトロスト区をメチャクチャにしたのはてめえらだろうが。商会は販路を一つ失って、てめえら穀潰しに税を抜き取られたあの区がどうなったのか知らねえのか?真綿で絞められてるかのようにじわじわ死んでるんだよ。俺ら駐屯兵が守るべき市民がな」
ほくそ笑んで虚勢まみれの偉丈夫は高らかに怒声を放つ。
「お前ら調査兵団がどれだけ喚こうが、これが市井の出した答えなんだよ!エレン・イェーガーは役立たずであり、人類に貢献し得ない害悪だ!!化物と呼んでる方がまだ生優しいってことを肝に命じろよシガンシナ生まれの忌み子どもが!とっとと兵団ごとバラされちまえよ!!」
「あばよ、ストヘス区で待ってるぜてめえらのしけた面を」と言い残し余裕綽々と、ジョルジュは『彼』らの前からのしのし歩き去ろうと踵を返したが、丁度その後頭部に落下物が衝突した。その落下物とは、洗濯物を浸けるためのたらいだった。『彼』が振り向くと、二階の窓からエルドの婚約者が、冷たい目で駐屯兵を見下ろしていた。ジョルジュは牙を剥く。
「こんのアマ駐屯兵に向かって」
「その町の治安を守る立場の貴方が、市民の喪に服す時間を脅かしておいてただで済むと思っているのかしら?こちとらそんな気持ちも押し殺して物干し竿掛けようとしてるのよ!やかましいからあっちにいけよ!憲兵呼んだわよ!」
たらいに服など一枚も入っていなかった。なんのためにそのたらいをブン投げたのかは明らかだった。ジョルジュは大きく舌打ちし、そそくさと逃げ去った。婚約者は二人に軽く頭を下げて、窓を閉じた。
閉じられた窓を見つめていたリヴァイは、『彼』に言う。
「お前はどうやらあの駐屯兵とは、何か個人的な禍根があるようだが」
「ええ。私はとうに終わったものと考えていましたが」
「てめえが勝手に終わらせたとしてるもののせいで、とばっちりを受けたわけだが」
「……すみません」
「その昔にやった何かは、やるからにはもう少し徹底するんだな。口封じとか」
「え、そっちですか」
「どっちのことだ。これしかねえだろうが」
リヴァイの左足は後ろに引かれていた。蹴りを放とうとするかのように。
「そうして感情のまま動けるのは、若いうちだけだ」
「え?」
「前にも言ったと思うが、俺達兵士は、感情のまま動くことは許されねえ。有事の時は当然だが、今ここでもそうだ。【兵士として】が優先されることはままある。だがな」
「お前らはまだそれが許される。俺達がケツに蹴り入れることで大概は許されるんだ」
道端の緑の落ち葉の転がってゆくのを眺めながら、リヴァイは『彼』に言う。
「お前、よくやったな。エルドの婚約者を思いとどまらせることが出来て」
「え?」
「分かるだろ。つきっきりでエルドの両親が、エルドの借り家に押し掛けてまで見守っていたとこらからして、早まってもおかしくは無かった。俺の【兵士として】の態度で、婚約者がエルドの後を追う決断を押したかもしれねえ。だが俺はそう、動かざるを得ねえ」
「しがらみの少ない私があんな差し出がましい真似をして良かったと、そう言うんですか」
「言ったはずだ。結果は誰にも分からんと。何もあれはエレンだけに向けた言葉じゃねえ。お前にもだ」
「私にも、ですか」
「ああ、そうだ。それが感情に基づこうと、頭に基づこうと、悔いの残らない方を自分で選べ。俺の方が正しかったとは限らねえ。今俺の班員が消えたとしても、な」
兵士長は『彼』を見ていた。正確には『彼』ら兵士達を見ていた。一人一人の決断の累積が、道理を変えると言うのなら、それを促す者としての言葉とはなんなのかを、彼は常に案じていた。口下手なりに。
「分かりました」
「旧本部へ行くぞ。憲兵が来る前に団長と話しておくことがある」
『彼』は一つ返事でリヴァイに随行する。迷いの残る『彼』の顔から、早く翳りが晴れるよう、人類最強の兵士は望んでともに歩いた。