進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第60話 決定打

『彼』の入団から62日と19時間の旧調査兵団本部。

 

ほんの数日前まで手狭になるほど人の出入りがあったのに、それも今や三人だけ。単なる静寂に込められる意味を『彼』は眠れない夜に勘ぐることはあったが、今はいつにもまして、その意味を手繰り寄せたくて仕方なくなる。

 

壁外調査から帰還したエレンはすぐさま旧調査兵団本部に兵長とともに送られ、『彼』は当日と翌日の今日、カラネス区で過ごしていた。

 

班員の死を両者が知ってから言葉を交わすのは、遺族の訪問を終えて7時間が経過した今が初となる。地下室を出て、普段会議に使われていた、普段使い用の6脚の椅子と壁に立て掛けられた数脚に、一つの長机の置かれた一室で、3人はぽつねんと座っている。呆然と迎えの扉を眺めるエレンに、『彼』は重苦しく口を開く。

 

「エレン、君の力になれなくてすまなかった。『私』は、オルオさんを救助することを優先した」

「オレはそれが正しかったと思う。女型との戦いの後は結局、巨人化から解放されるまで、オレは記憶がはっきりとしなかったし、多分、お前を巻き込んでたかもしれねえ」

 

この2ヶ月の間に何度か、巨人となったエレンと共闘できるか試したことがある。そのときのエレンは巨人の力をある程度掌握は出来ていた。我々の指示を聞き、正確に従ったことからそれは明らかだった。しかし結果は想定以上に振るわなかった。巨人の身体の行動で巻き起こされるエネルギーは、人間の大きさから換算すれば莫大だ。拳の唸り一つで風を巻き起こし、突進や蹴りともなれば立体機動もままならない突風にもなる。

 

通常の巨人相手ではエレンの殴打で容易く吹っ飛ぶ。的当てに例えれば的そのものがひっきりなしに揺れながら離れていくようなものだ。兵士に接近して攻撃するチャンスは無かった。

 

人間一人の付き添いでさえ大怪我のリスクがあり、班での行動が前提となるこの組織では、巨人との戦闘はもはや不可能だった。

 

「それが、オレ達が実験で出した結論だった。だから───」

「言ったはずだ。結果は誰にもわからんと」

 

リヴァイはカップを口にあてがう。これからの来客を見越してか、継ぎ足されなかった紅茶の水面はリヴァイの唇まで届かず、口笛のような乾いた音を立てた。

 

「あの時にも言ったが、エレンの持つ衝動は巨人の力と無関係に化物同然だ。どれほど抑圧しようと、止めることは出来ない」

「だからこそ、オレが」

「『お前』が[[rb:遺族訪問 > あっち]]で言ったことが全てだ。その衝動を除けばコイツは化物じゃねえ」

「今日は兵長、よく喋りますね」

「俺は元々よく喋る。だが……誰かに影響されたこともあるかもな」

 

兵士長はちらりと『彼』を見やる。

 

「にしても遅えな。先に憲兵が来ちまうぞ」

 

扉が叩かれる。噂をすれば、入れとリヴァイが答える前に開かれたそこから、エルヴィン団長、ミカサ、アルミン、ジャンが入ってきた。

 

「女型と思わしき人物を見つけた」

 

現れた4人は各々席に着く。

 

「目標は普段ストヘス区中で憲兵として所属している。今度こそ目標…女型の巨人を捕らえるために作戦を立てた。決行は明後日。その日に我々とエレンが王都に召集されることが決まった。現状、エレンの引き渡しは避けられない。そうなってしまえば壁の破壊を企む連中をおびき出すのが困難になる。ひいては、人類滅亡の色が濃くなっていく。……これらすべての危機を打開すべくして作戦はたてられた。これに全てを賭ける。次は無い」

 

エルヴィン団長は力強く続けた。

 

作戦はこうだ。エレンらが憲兵団に護送される際にストヘス区中でエレンが抜け出し、目標をおびき寄せて地下通路で交戦することなく捕獲する。

 

「送迎の憲兵は今日来るが、ストヘス区到着の後1日区内地下での拘束を経て、区を横断する。その際に、キルシュタインに成り代わってもらう」

 

この功績一つで、王都への召集を相殺できるほどの威力となる。

 

「その前に」

 

「今日君達に集まってもらったのは、女型の巨人の正体について、知る限りの情報を提供してもらい、照合するためだ。特定はしているが、ダメ押しのようなものだ」

「あの」

「なんだ?」

「ライナーはいないんですか?」

「いや、ブラウンは呼んでいない」

「なぜですか?彼こそ、女型の巨人にダメージを与えた功労者でしょう?新兵の中では彼以外実現できなかった快挙です」

「……これから伝える内容、そのさわりすら新兵に伝えないことを、リヴァイは私の命令通り徹底したようだな」

「それで?いい加減その知りたがりの『新兵』に教えてやったらどうだ?」

「そうだな」

 

エルヴィンは首を回して凝りを取り、新兵達に聞かせる。

 

「君達の証言が重要な参考になると判断したからだ。キルシュタインは女型との交戦での証人、アルレルトとアッカーマンは、エレンに最も親しい者として、君はリヴァイ班の生存者として、それぞれの役割が与えられている。なるべく1人ずつ選出したかったが、戦況の関係で役割が重複した。単刀直入に言おう。女型の巨人の正体を導きだしたのは、アルレルトだ。その正体は……」

 

団長は、1人の少女の名を挙げた。『彼』が師と仰いだ1人の少女の名を。

 

「アニ・レオンハートだ」

「な、なんだって……」

「これは各区の憲兵らの勤怠の表だ。まあ、見なくてもいい」

 

『彼』が手に取ればその理由はすぐ明らかになった。

 

「普段からサボりの蔓延する憲兵じゃ、この穴だらけの勤怠表から特定は不可能だな」

 

後ろ手からジャンが指摘する。「あくまで念のためだからな」と、エルヴィンは念を押した。

 

エレンは唾を飲み込んで、アルミンに訊いた。なぜだ、と。

 

「女型の巨人は、エレンの顔を知ってるばかりか、僕たち同期しか知り得ないエレンのあだ名『死に急ぎやろう』に反応を見せた。何より実験用の2体の巨人を倒したと思われるのもまた、アニだからだ。殺害が起きた朝に、検査に彼女が出した立体機動装置は、マルコのものだった」

「なんでマルコが出てくるんだよ」

「もしかすると、僕の見間違いなのかもしれない」

「さっきから女型と思われるだとか言っているが、他に根拠は無いのか」

「私は、アニの顔が女型に似ていると思いました」

「顔だけなら似た兵士を何人か知ってる。それじゃあ証拠にはならねえ」

「兵長の言う通りだぞミカサ!そんな根拠で──」

「つまり……証拠がねぇがやるんだな?」

「例が少なすぎる。人間の姿と巨人の姿が似ている保証は無い。エレンのときでも巨人の身体から出てくるまで分からなかったじゃないか」

「なら、残る証人はエレンだけ。貴方は気絶していたというし」

 

ミカサは『彼』を睨む。

 

エレンは目を泳がせるだけで、何も答えない。黙って立ち上がった勢いのまま、ミカサを見下ろしている。ミカサは『彼』の方を向いて、訊いた。

 

「貴方にはないの?アニである確信を持てる証拠は?」

「そんなものは……」

 

いいや。『彼』は「無い」とは言えなかった。否定するには浮かび上がった記憶が、「無い」と否定されなくてはならなかった。

 

「貴方はアニと接していた時間が、エレンよりも長いはず。思い出して」

 

ミカサの言葉を『彼』は否定したかった。アニの訳が無いと。『彼』は嘘を吐いている。伏せた記憶の中に、彼女でなくてはあり得ない証拠を、『彼』は持っていた。なぜ『彼』が持っているのか、『彼』自身うんざりしていた。『彼』の顔から、手足からみるみる血の気が引いていった。

 

『彼』は知っている。頭に刻み付けられた一つの記憶を。あの日、マルコが死んだあの日のことを。

 

ーーーーー

 

私のせいで、彼は死んだのか。

私のせいで…。

 

「てめぇ、よくもマルコを!!!」

 

巨人の血液がうなじから噴きあがる。

 

 

正面から喉を押さえられ、加減次第で、喉に指で穴を開けられる姿勢に技を極められた。

容赦などなく完璧に極まっていた。

私は迷っていた。

彼女のその目つきのせいで、戸惑っていた。

「アニ?それにベルトルトも?どうしてここに・・・」

「あんたは・・・どこまで聞いたんだ・・・?」

「聞いたって何を?それにどうしてそんな目をするんだよ?」

「訊いてるのはこっち。答えるのはあんただ」

「分からないよ。マルコの悲鳴を聞いて、全速力でここまで来ただけだ」

なんで、そんな目で私を見るんだ。まるで、解散式の前夜に感じた、あの冷たい目線のような。喉が痛い。別に、喉を絞められているからじゃない。

 

わからない。

 

あの時でも、今でも、そんな目をする必要なんかどこにも無いのに。彼女は今歯を食いしばり、必死に私を押さえつけている。そんな必要はどこにもないのに。

こっちは何もしないというのに。なぜ突き放そうとするのか。

アニの顔を、じっと見る。風と、埃と煤で少し薄暗くなった彼女の顔に、彼女の本来の肌が浮かび上がる、二つの軌跡が見えた。

「アニ、もしかして・・・」

「・・・なに?」

「泣いていたのか?」

「ッ!」

絞め付けが強くなる。呼吸は辛うじてできる。しかし言葉を尽くそうにも息が足りない。

ベルトルトはアニのすぐ後ろに立っていたが、呼びかけも、干渉もしない。泡を喰って目は泳ぐが、何もしない。

「がっ・・・あっ・・・」

 

ーーーーー

 

あの時彼女がなぜあんなことをしたのか、『彼』には分からなかった。『彼』は今までそれを誰にも他言していなかった。アニからすればそれは恥部なのだから、話さない方が自然だ。だがもしかすると『彼』はそのおかしさ、怪しさを、自覚なしにそれとなく気取っていたのかもしれない。ただ今は、『彼』が右手で自分の顔を覆っていることは分かる。指の隙間から目を覗かせず、『彼』はある兵士に呼び掛ける。

 

「……多分、いや絶対ジャンは聞かない方がいい」

「は?なんでだよ」

「君にだけは聞かせたくないことだ。なら分かるだろ」

「いいや分からねぇな。あの時本来知らなくてもいいような言葉をてめぇから聞かされてる俺からすりゃあ、今さらだ」

「駄目だ。今から話す言葉は言葉にさらに泥を塗ることになる」

「うるせえ。俺をなめるな。校舎で言ったはずだぜ。もう後悔はしねえよって」

「オイ」

 

兵士長が痺れを切らして机を蹴る。

 

「その証言とやらが誰を傷つけるかはどうでもいい。いまはそのアニが犯人であることを示す、決定的な証拠が必要だ。『お前』は答える以外ねぇんだよ。ヤツが俺達を、調査兵団を、人類を皆殺しにしようとするだろう証拠を出せ」

「……私は、トロスト区奪還作戦でマルコ・ボットの死を、現場で目撃してます。そのとき、アニと接触しました」

「アニ・レオンハートと?」

「はい。そのとき彼女の顔に涙を流した跡がありました。てっきり後悔の涙なのだと、私はそのとき思ったんです。でも、問題なのは、そのとき私にとった行動なんです。彼女は───」

 

『彼』は自ら両手を自分の首に掛け、言い直す。

 

「彼女はあろうことか、私の首を絞めたんです。錯乱からきたものだと思っていたんです。でも今やそれは、これまで上がった証拠からすれば───」

「目撃者を始末しようとしていた、としか考えられねぇな」

 

兵士長は締めくくる。

 

「アイツがマルコを……」と静かに溢すジャンは、貌に懐疑と動揺を浮かべるも、拳を確かに固く握りしめる。

 

「分からない。なぜ彼女なんだ。彼女である必要があったんだ?なんであんなことをしたんだ?しなければバレなかったんじゃないのか?でも、マルコの装置は彼女が持っていて、それで……」

「ねえ」

 

思考がだだ漏れとなった『彼』の肩を、握り込む音がする。

 

「そんなことを考えなくていい」

「ミカサ……だって……」

「『貴方』の供述で、マルコの立体機動装置の出所も分かった。それで十分」

 

門の方から音がする。

 

「憲兵の到着だ。先ほど言った作戦の詳細は、私以外の作戦担当から補足してもらえ」

「オイ」

 

リヴァイもまた『彼』を睨む。

 

「この班の中でまともに動けるのは、『お前』だけだ。迷いはなるべく早く断つんだな」

「ミケ分隊長は」

「ハンジとミケは既に行動を開始している。各自続くように」

 

かくして旧本部は完全に無人になった。

 

ーーーーー

 

エルヴィンとリヴァイは先に別の馬車に乗せられ、旧本部の悪路を揺すられながら下りていく。

 

「それで、これで『あいつ』の疑いは晴れたのか?」

「あくまで女型と交戦した者と、エレンの知人にあたる者達……合理的に考えれば人類と敵対することを図っているにしては違和が残る者達を、候補から外しただけだ」

「現にアイツら以外の新兵は、遺族への訪問を済ませ次第、今日付けでローゼ内の城へ移動になってるからな」

 

考えるのは俺の仕事じゃねぇが、とリヴァイは断った上で、エルヴィンに言う。

 

「まだいるんだな、アニ以外に裏切り者が」

「そうだ」

「ニファにシガンシナの戸籍情報を漁らせているのもそれか?」

「そうだ」

「……あぐらを掻いてるのかしらねぇが、その裏切り者ってのは、俺の可能性もあるんだぞ?」

 

両者は武装を解除されているが、リヴァイはあたかも手元にブレードを持っているかのように、ゆっくりとエルヴィンの首もとに切っ先がつくように手をもたげた。エルヴィンは顔色一つ変えない。女型が食われたときの笑みは、リヴァイでも引き出せなかった。

 

「機会があればこの首はいつでも取れるよう配慮していたつもりだったが、誤算だったか?それに」

 

虚ろの白刃を、エルヴィンは手で押しのける。

 

「私を殺ったところで、とうに意味は無い」

「……つくづく食えねえ野郎だな、てめえは」

「そのつもりだ」

 

エルヴィンは知らない。『彼』が持つ秘薬の存在を。しかしあえて彼は泳がせることにした。総統と『彼』を会わせたときも、彼が1ヶ月前の演習でもそうしたように。

 

エルヴィンもまたゼノフォンに魅せられた者の一人だった。とある理由で父を喪った彼だったが、壁の内部で極秘で動いている人々の存在をもまた知ることになった。父が消える前日に話した言葉のなかに、未知の文字でやり取りする人々のことが含まれていた。憲兵に話しはしなかった。

 

エルヴィンはその人々に与することはなかった。眼前に立つ父の墓標が、彼を押し止めた。

 

しかしそれは紛れもなく希望となった。兵士を目指したときも、壁の外を目指し散ってゆく同輩らの死体を乗り越えてゆくときも、壁の外の未知と壁の内の謎の二つが、エルヴィンをこれまで突き動かしてきた。年月を経て、団長という立場にまで登り詰めたいま、もはや暗躍する人々の動向が鳴りを潜め、追うことすらもはやできなくなった時に、現れたのが『彼』だったのだ。

 

密やかに受け継がれたその文字達を記す『彼』は、エルヴィンにとっては使徒であった。その使徒の行く末を、彼はもはや眺めるだけしかできない。年月と立場により、それほど雁字搦めになった彼に出来る、唯一のことは静観することだけだった。

 

『彼』らが何をするのかは知らない。たとえそれが何であろうと、巨人に、そして人類の自由を阻む者たちに弓引く一矢になり得ると信じている。

 

「惜しいか、『彼』が」

「……『あいつ』だろうと誰だろうと、何も感じないわけじゃねえ。だが、もし『あいつ』がそうだとすれば、俺は斬るだけだ」

「それでこそ、だ」

 

エルヴィンはその記憶を、誰にも話すこと無く、王都へと揺られていった。

 

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