進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第63話 野望の首魁

『彼』の入団から、65日。

 

ミケ分隊長に連絡するべく夜通し馬を走らせていたと、『彼』はそう考えていたが、現実は違ったようだ。朝を迎えたが馬は疲れておらず、嘶いて機嫌の良さを示している。まだ背から下ろした重荷の感覚がこびりついてるかのように、振り切れない疲労を引きずる『彼』と違って。『彼』の目的地までは、走った割にまだ距離がありそうだった。

 

『彼』は何があったのか、今一度集中して思い出そうとする。『彼』は一つの情景を思い浮かんだ。

 

それは、深青の星空。そこに『彼』は恐らく一人で立っていた。人の気配はあったような、無かったかのような、そんな曖昧な場所だった。

 

そしてその星空の遥か遠くに、光の柱が枝葉を張りめぐらせていた。しかしその光柱の眩さは星空を遮るほど近くには無かった。

 

その光の柱の異様さは、その光の根元が、まるで根を下ろす樹木のように、地面へと伸びていたことにあったが、『彼』はそれの正体について、任務よりもしばし逸る探究心に耳を傾けた。

 

(あの空……綺麗だった。けど、何かが変だった。嘗てあれほど鮮明に星空が見えただろうか。大概、月の明かりが邪魔をするだろうに、その月が見当たらなかった。空全体を見渡す時間もあったのに)

 

「夢か何かか?『私』を夢遊病に掛からせるくらいくたびれさせるには、3日間走らせ続けないといけないぞ。キース教官がサシャと同じ罰を与えて、走り続けてついに教官が折れて、『その無尽蔵な体力は訓練に充てろ』と言わせた、最初の前例を作った『私』だぞ?」

 

その夢の不都合なところはそれだけじゃない。夢を見ていたとはすなわちその間の現実の時間をほったらかしにしていたという訳で、『彼』の馬のペースなら、午前3時には城に着いていたはずだった。しかし、今は午前10時。7時間もの遅れが出ていた。

 

(夢遊病は寝た自覚すら無いみたいだから、『私』が否定したところで無意味だ。だがしかし困った。これじゃあ伝達に遅れが出る。団長達が取り調べを受けてるとはいえ、皆の疑惑が晴れたんだ。伝えるなら早い方がいいに決まっている)

 

ミケ分隊長がいる城までたどり着ける距離、あと数キロメートルのあたりまで来ていた。

 

(これ以上何かが起こることはないはずだ。女型の巨人を捕えて、あとは皆で付き合わされた時間を取り返すべく、休ませてもらおう)

 

取り戻せない遅れを誤魔化すべく乱れさせる蹄鉄の中、『彼』は音を聞き取った。寝そべらなくてもそれを聞き取れた。その音に『彼』は胸騒ぎを起こさずにはいられなかった。

 

「なんで……この音が聞こえるんだ?こんな壁の内側で」

 

地から足にまで伸びてきそうな地響き。それは兵士でなくても察しがつく、巨人の足音だった。

 

物見に届くよう煙弾を打ち上げて、さらに馬を急がせた。『彼』が到着する頃には、ナナバが城の周囲を飛び回り、内部の兵士達に連絡していた。

 

「ナナバさん!伝令です!ミケ分隊長は!?」

「君は……!物見の尖塔の上だけど、『君』の耳なら分かるだろ?今何が起きているのか」

「本当に来ているんですね?巨人がこんな内地に」

「ああ。兵士達には付近の村に避難を誘導するよう役割を与えた。そして人手が足りてない。新兵達は武装してないからね。だから──」

「当然『私』も加わります。任せてください」

「よし、それなら『君』はヘニングの班に加わってもらおう。私はミケの話を付けてくる。君も来て」

「はい」

 

コの字に築かれた煉瓦屋根の上で、南方を睨み続けるミケ分隊長に、『彼』らは呼び掛ける。分隊長は振り向いて答えた。

 

「新兵。ということは……」

「ええ。作戦成功です」

「……」

「だがそれでも、奴らはそれを見越していたとしか思えないタイミングで、こうして仕掛けてきた。しかもあの数……方々に散っていることも鑑みれば、私達人類は既に───」

「まだだ」

 

ナナバはそう呟いて膝を突きそうになるが、一度震わせるだけで耐えて、口許を手で隠した。ミケはその態度を、背を向けたまま変わらぬ口調で突っぱねた。

 

「人は、戦うことをやめたとき、初めて敗北する。戦い続ける限りは、まだ負けてない」

「『私』も」

 

『彼』は拳を固く結ぶ。

 

「『私』も、負けたくはありません。5年前にシガンシナに調査兵団はいなかった。今は『私』達がいる。そうでしょう、ナナバさん?」

「……頼もしいな。私としたことが。さあ、行かなくてはな、ミケ」

「いいや、ここは俺が残る」

「ミケさん?」

「寄行種は任せるが、通常の個体なら俺が引き受ける」

「しかし───」

「少しでもお前達から巨人どもの注意を反らす。俺以外に適任はいない。そうだろ?行くんだ!」

「新兵、行こう。我々と違い、壁内の市民には戦う術が無いんだ。君の言った通り、私達しかいないんだ」

 

 

─2─

 

「今日は人類最悪の日が更新された日だ!そして、我々調査兵団が最も忙しく働くべき時が今だ!!」

 

ナナバの激励にも、『彼』は上の空だった。先頭を走る班長を除くミケ班の4人と、複数の先輩兵士達が装備無しの新兵達を護送している今、『彼』の関心はただ一つ。決定的な戦力差で残った、孤独な分隊長だけだった。

 

(彼はリヴァイ兵士長に次ぐ実力者だ。でも……本当に一人で勝ち目があるのか?私は、リヴァイ兵士長でさえ、一人で戦った姿は見ていない。壁の外周の掃討でもそうだった。必ずリヴァイ班が側にいた。兵団で完全に一人の状況は一度も無かった)

 

ストヘス区での女型との戦いでも、皆で力を合わせ、情報でも圧倒してようやく勝てた。ミケ分隊長は、初めて女型と戦闘したリヴァイ班と、同じ轍を辿っていないかと、『彼』は後ろ髪を引かれ続けていた。

 

「新兵!速度を出せ!はぐれるぞ!」

 

最後尾にいる『彼』は先頭からのヘニングの叱責に視線を正面に戻そうとした。戻そうとした刹那に、『彼』は見た。

家屋の屋根が吹き飛んだ拍子に、さらに一段高く空を跳ね飛ぶ馬を。

 

「なんで馬を……誰があんな!?」

 

通常の巨人ならまず用いない、『人間』としての戦術の意図を感じ取った『彼』は、踵を返して全力でミケの下へ手綱を叩きつける。『彼』の名を叫ぶライナーの声を尻目に。

 

(同じだ!アルミンが言っていたときと!もしまた中に人がいるタイプなら、いくら兵長に次ぐ実力者のミケ分隊長では……でもこのままでは間に合わないし、私の力だけでは勝てる気がしない…!)

 

しかしやるべきことは変わらなかった。

 

『彼』は青の丸薬を噛み砕く。瞬く間に視界の明度は高まり、耳は蝶の羽ばたきさえも聞き分けられ、身体は羽根のように軽くなる。『彼』は馬から飛び出し、近くの木へアンカーを刺し、また次の木へ向けガスを噴射する。

 

(さっきの丸薬で聴覚は上がっている。だけど変だ。さっきから一体だけを除いて、巨人の足音が聞こえない。分隊長が全て倒した?いや、それも現実的じゃない。行けば分かる。最速で走り抜けろ!もう間違えるな!)

 

最短距離を駆け抜けるべく、衝突事故も意に介さず木々の間を低空で跳ぶ。跳んでいるなかで、鼓膜どころか耳小骨まで震わせる程の大声が聞こえた。この声に張りは無い。丸薬の副作用だ。

 

【まあいいや……持って帰れば】

 

(目に力を込めれば多少、迫り来る木の接近速度を落とすことが出来る。絶対に間に合わせる)

 

巨大な何かが立ち上がり、数歩地面を揺らす。『彼』がミケの咆哮を聞き付けた次の瞬間、

 

【もう動いていいよ】

 

と声が響き、木々に遮られた視界は開けた。一斉に巨人の足音が響き始め、まるで間近で大砲を何門も放たれているかのような轟音が、『彼』の耳をつんざく。しかしそれは『彼』がミケいくばくも離れていないことの証だった。

森から飛び出しながら『彼』は視界に入る巨人どもの手足を斬り飛ばし、掻い潜り、少し開けた地面に片足を引き摺り逃げ出そうとするミケを発見した。

 

「ミケ分隊長!!」

 

頬が風に切り裂かれるかのような風圧を感じながらも彼に体当たりし、立体機動で家屋を回り込む。ミケは一瞬何が起きたか分からないかのように一瞬呆けていたが、新兵の顔を見てすぐに正気を取り戻し、喉を一度鳴らす。

 

「新兵!来てくれたのか。いや、なぜ戻ってきた?」

「助けに来ました!」

「そんなことは分かっている。なぜだと訊いているんだ──」

 

『彼』は一度ミケの腕を肩から下ろし、家屋の表に刃を向ける。

家屋の裏に追いすがってきた、巨大な瞳を持つ三メートル級の顔を『彼』は刃で撥ね飛ばし、正面からその垂れた腹を両断してうなじごと破壊する。

 

「あの猿のような巨人は、中に人間が居るんでしょう?」

「ヤツは、人間の言葉を喋った。もしかすると、巨人そのものが意思を持っているのかもしれん。人間が入っているのではなく、巨人そのものが自我を──」

「エレンに女型の前例があります。うなじを切り開いて確かめればいい」

 

『彼』がわずかに上ずったミケの声を伏せるべく反駁したところ、ミケの唸り声を聞き振り向いた。

 

「分隊長、血が……」

「すまない」

 

両膝にはミシン目のような傷痕。しかし何倍も大きい。それは明らかに巨人による咬み傷だった。『彼』はミケを家屋の中に運び、包帯を取り出す。

 

「自分でやれる、君はその間の足止めを頼む」とミケに頼まれ、『彼』らは屋内に入り、扉にタンスや椅子などを押し付け、バリケードを敷く。が、しかし、四方の壁からゴリゴリと削られる音がする。長引いた戦闘で家屋全体が脆くなり、天井には巨人の顔一つ分の穴が空いて、一際大きく日の光を差し込んでいる。

 

その光を、徐に毛むくじゃらの巨人が顔を覗かせて塞いだ。

 

(しまった。さっきの呼び声を聞かれたか)

 

奴はおもちゃの家で遊ぶように、屋根を片手で引き剥がし、中にいる『彼』らをさらに注視する。

 

「その他の巨人のように振る舞っても無駄だ!私はお前が喋る声を、この耳で確かに聞いている!!」

 

視線を反らさず続ける。

 

「我々は中に人がいることを知っている!証拠に、お前のお仲間の女型の巨人を捕えた!」

 

『彼』にはこの猿のような巨人に仲間がいるのかどうかは確信が持てなかった。しかし、可能性に賭けて、カマをかける。せっかく残りの同期の疑惑が晴れかけている今、アニ以外に巨人の仲間がいることを、信じたくないと信じながら。

 

仮に【獣の巨人】と名付けた『彼』は、その【獣】の放つ視線から違和感を覚え込まされてゆく。

 

奴は眉一つ動かさず、ただ見下ろしているだけだ。それなのに、『彼』はその視線から、侮りを感じた。他の知性を持つ巨人とは違う。人間の悪意に近い侮蔑を感じた。

 

『彼』は刃を天井に掲げ、吠える。掲げる手は、微塵も震えない。

 

「来れるものなら来るがいい!あの女型のように、無様に地べたを這いずりたいのならな!」

 

アルミンがやったように、仲間の情報を出して、動揺を誘えないか。ミカサがやったように、己の強さを誇示し、恐れさせることは出来ないか。

団長のように、『彼』は賭ける。

 

しかしその獣のような巨人は、『彼』の牽制にさして関心を示すことなく、穴から離れ、家屋の軋む音が増していくのと対照的に、足音を遠ざけていった。

 

「……去ったな」

「ええ。でもさすがにこの状況で、ヤツを追える訳がない。もし女型と同等以上の能力なら、人も手数も、あまりに足りない」

 

(丸薬の効果も、ヤツを仕留められるまで保つとは考えにくい。既に手足に乳酸が溜まっていくのが感じ取れる)

 

「音からして、天井に上っている個体はいません。巨人が壁を破って突入してきたと同時に、上の穴から飛び出します」

 

上へとアンカーを刺したとき、壁越しから金属音が聞こえる。刃が肉を削ぐ音だ。

 

「ミケ分隊長!ご無事ですか!?我々も加勢します!」

「リーネ!ヘニング!お前達まで!」

 

声の主に会うべく『彼』らが顔を出すと、2人と目が合った。

 

「ナナバとゲルガーを筆頭に二手に分けて各村に向かわせてます!二人は戦力の足りてない北西のブラウス達の方へ、お願いします!」

「リーネさん!ミケさんは多分……足を………」

「そんな……立体機動は───」

「俺達でここを片付けてからでいい!でしょう!?分隊長!」

 

リーネの狼狽を搔き消すようにヘニングが檄を飛ばす。

 

「ヘニング……ああ。すまない。頼むぞ、2人とも」

 

ミケは額に多汗を滲ませながら、2人の要求を呑んだ。

 

「新兵は分隊長を守って!」

「了解!」

 

『彼』はミケを背負ってようやく、分隊長が立体機動装置の最重要部分、ガスの噴射口とワイヤーの巻き取り箇所を紛失していることに気付いた。『彼』が周囲の巨人の同行を見守るなか、先輩兵士2人は確実に巨人の数を減らしていく。ゲルガーとナナバを筆頭に据えたということは、2人の方が不測の事態の対処により適正であるとヘニング達は踏んだのだろう。

 

それでも『彼』には、リヴァイ班に次ぐ精鋭が揃った分隊の4人に差異など無いと思っている。現に2人は、刃を替えることもなく、残された巨人の全て、分隊長の討伐も含めれば10体を倒していたのだから。立ち上る煙の中、やや北に戻ったリーネが馬を二頭連れて現れる。

 

「その馬は!」

「新兵のだろ?森で棒立ちしてたところを、私が連れてきたんだ。まさか森の中を立体機動で潜り抜けるとはね。巨大樹の森と違って樹木同士の間隔も小さいのに、よくやったよ」

「しかし、俺達が全力で馬を飛ばしても着くまでしばらく掛かったが、『お前』、どんな手を使ったんだ?下手すればたどり着く前に木に激突して死んでただろうに」

「『私』には、これがありますから」

 

事実と嘘を兼ねて、『彼』は自分の耳を指差した。ミケは目を見開いて讃えた。

 

「……そうか。その耳の力が、今日ようやく活きたんだな」

「ヘニングと私は、東へ向かいながら、真南のラガコ村を担うゲルガーと合流します」

「分かった。死ぬなよ」

「ミケさんこそ」

「ああ。同じ轍は踏まない」

 

残念ながらミケ分隊長の馬は死んでいた。

『彼』はミケを乗せ、血に侵食される白い包帯でくるまれた分隊長の膝を慮りながら手綱を打った。次は村民の火急に駆けつけるために、北西へ。

 

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