進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第64話 ただいまを迎える言葉に

─1─

 

トロスト区とエルミハ区を繋いだ南部の範囲。その北西に位置する村へ、2人乗りの馬は懸命に駆ける。四輪で刻まれた二筋の道の切れ端を辿り、その筋が溝となって馬の脚を捕らえかけるほどに深くなったとき、ようやく分隊長は口を開いた。

 

「……『お前』の耳なら、聞こえていたのだろう。私が泣き叫び、命乞いする声が。『お前』達の前で偉そうな口を利きながら、この体たらくだ。随分……失望したことだろう」

「……恐ろしいことだからこそ、『私』は動きました。命を救うために」

「だが俺は確かに醜かっただろう。誇りなど死ぬ寸前には簡単に投げ捨てられてしまうと、俺は間際にやっと気づいた」

「死ぬ前に、どれ程恐ろしかろうと向かえ入れる覚悟をする機会なんて、ない方がいいと『私』は思います。貴方も、それが今日ではなかった」

「上官としては失格だろう」

「本当にそうお思いですか?私がトロスト区で見た中で、満足な顔をして死んでいった者なんて、一人もいませんでしたよ。何かにすがるか、悔やむか、怒るか、泣くか、そのいずれかでしかなかった。でもリヴァイ班は、そんな貌を浮かべる間もなく、女型に殺された」

 

オルオさんが『私』を揺すった時に、常に頭の中で渦巻いていた。彼の失った左手の無い腕で、『私』にねぎらいの言葉を掛けた時に、次こそは間違えないと、『私』は自分を叱り着けていた。分隊長はまた口を開く。

 

「……すまなかった。俺達がもう少し早く着いていれば」

「その言葉が衝いて出るのなら、分隊長の命乞いだって、なにも恥じることじゃないと思います。『私』だって、貴方や兵士長がいてくれれば、と、喪ってから何度も反芻しましたから。後悔しないために『私』は動いた。そして生き残った。それが全てだと、『私』は思います」

「……その上で訊こう。俺達に、勝機はあると思うか?」

「……分かりません。でも、私はまだ負けたつもりはありません」

 

今ここで口を開くまで、ミケ分隊長の鼻は一度も巨人の接近を知らせていない。『私』の耳もまた、同じだった。今この耳が活きたことを、何度も噛み締めている。

 

「ミケ分隊長、『私』の才覚を見いだしたのは、他ならない貴方です。貴方が見出だしてくれたこの力で、貴方を救いだしたのです。そこに、何を恥じることがあるのでしょうか。兵士たるもの、誰にでも手を差し伸べるものでしょう。それが同期でも、上官でも。貴方もきっと、そうやって生きてきたはずです」

「……ああ。……まったくその通りだな」

 

蹄鉄の音は規則正しく、2人を囲う木々にこだまする。騎手が与えた役割に、何の迷いも無く。

 

「俺は、なにを考えていたんだろうか。誇りのために生き残れる命をむざむざ捨てる者など、この兵団にいなかった」

「……あ!」

 

『私』の耳に、新たな音が舞い込んだ。その音はすぐに姿を現した。

 

「なんだこの馬は!」

 

いななきひどく動揺している馬をなんとかなだめていると、その馬に見覚えがあることに、私は気付いた。

 

「この馬は、サシャの……」

 

彼女の姿はなく、馬だけがここまで走ってきた。彼女の安否と、敵の接近を危惧する。

 

「ミケ分隊長!敵の数と位置を!」

「ここから西に1体。馬で駆けてもしばらくかかる遠方周囲に複数。それと、新兵の匂いがする。…あと、嗅いだことの無い匂いが一つ」

「やっぱりサシャが……。ここを頼めますか?」

「無理だな。血は止まっているが、得物も無しでは市民と同じだ」

「離脱のための踏ん張りは?」

「利くな」

「…この方角から、生存者が来る可能性もあります。どうか、保護をお願いします。」

「わかった。長くは待てないが、引き受ける」

「ありがとうございます」

 

ミケさんに私の馬の手綱を任せ、『私』はサシャの馬に跨る。

残り一つの匂いが気がかりだが、巨人でないのなら、些事だろう。

 

「よし、頼む!」

 

『私』は無事を祈って、落ち着きを取り戻した馬に乗って走った。

 

 

しばらく車輪の跡をたどって走ると、ピンク色の何かがこちらに向かってくるのが見え、私は手綱を引き上げて馬を止める。

 

少し待つと、小さな子どもが走って来ていた。多分10歳にも満たない。

おそらくこの子が、ミケさんの言っていた、嗅いだことのない匂いの正体だろう。

 

「茶髪のお姉さんを見なかった!?サシャって言う名前の!!」

「あ、あなたはだれ?」

「私は調査兵だ!そのサシャの”ともだち”!君の名前は?」

「…カヤ。カヤっていうの」

 

彼女は足先から血を滲ませて、ひどく怯えていた。兵士の姿なんて、今日初めて見たのかもしれない。大声を出した自分を恥じた。有事とはいえ忘れてしまうとは。

 

この子もきっと、今日こんなことが起きるなんて、全く想像していなかったのだろう。兵士の私と違って、そんなときにどうするべきなのか。その覚悟なんて、この子にはない。

 

『私』は、あの日の地獄を思い出していた。五年前、たった一人で逃げ延びた、あの日を。

 

心細いまま北へと血反吐を吐いて駆けたあの日のことを。私を救った駐屯兵のことを。既に顔も朧気になり、薔薇のエンブレムが象徴的に刻まれたその人を。

 

(こういうとき、あの人ならどんな声を掛けるだろう。父と母なら、こういう時どうしたかを。一人ぼっちのこの子に、今ならなんて声を掛けるか。)

 

『私』は馬を下り、彼女の目線の高さくらいに、膝を屈め、屈託の無い笑顔を作って、固く握った手に、『私』の手を添える。

 

「カヤちゃん。本当に……本当によく頑張ったね」

 

いきなり態度を変えて驚かないだろうかと危惧したが、カヤはおずおずうなずいた。

 

「あともう少し、頑張れるかい?」

 

彼女は黙って、目線を逸らさずコクコクと頷いた。

 

「よし。とっても強いね。あっちに、私と同じ格好をしたおじさんがいる。彼と一緒に、そのまま逃げてほしい。そうだ。馬は乗れる?」

「うん。街に出かける時に、乗ったことがある」

「よし。じゃあこの子に乗って。さあ、行って」

「兵士さんは、どうするの?」

「戦うよ。巨人を倒して、すぐ戻って来る」

 

『私』の頭よりも高い位置から聞こえる心配の声に、振り向いて笑顔を作って見せる。

 

「お願い。お姉ちゃんを助けて」

「大丈夫。そのためにここにいる」

 

背中で応え、跳び立った。

 

─2─

 

(分隊長の言葉通りなら、標的は1体だけだ。武装していない彼女なら、そんなに遠くにいないはず!)

 

そう思い終わる間もなく、畑の見える開けた畔道を走るポニーテールが簡単に見下ろせた。

 

「サシャ!!」

 

彼女は『私』の声に気付いたのか、さっきまでの強張った表情を解いて、いつものやや抜けた表情に変わり、すぐ泣きべそをかきながら走ってきた。

 

たどり着く頃には彼女は歩調を乱し、前のめりに倒れ込んできた。慌てて武器を手放し、彼女を抱きとめる。拍子に突進の要領で肩を胸にぶつけてしまい、サシャはひどい咳を一度した。

 

少し服が滑る感触があり、彼女の両肩を優しく掴んで引き離すと、彼女の首もとに血が付いてるのを見つけた。誰かの視線を意識してか、彼女は急いで涙を袖で拭って鼻を鳴らす。『私』の袖で。

 

「血が…怪我したのか!?」

「いえ、巨人の口から出た血で…」

 

蒸発していないってことは、人間のもの。サシャの物ではないが、ミケ分隊長の嗅覚の通り、人間は残っていないのだろう。彼女は丸腰で切り抜けてきた、といったところか。

 

「それなら…遅かったか」

「ええ。住民の殆どは、きっと。でも一人だけ、女の子が貴方の来た方角に逃げました。あの、ところで馬は?さっき私の馬が逃げてきたと思うんですが」

「馬は、さっきの女の子にやっちゃった」

「ええ!!?じゃあ私達、これからどうしたら!?」

「あの子の進んだ方向にミケさんがいる。万全じゃないけど、そこまで走る」

「ええ?まだ走るんですかぁ?」

「訓練兵入団初日の走りをまた見せてくれ」

「…もうあれ、忘れられたとばかり思ってたのに」

「死ぬまで忘れられないね、あれは。急いで」

 

サシャは元来た道を『私』より先に走り、『私』は接近する複数の足音に向けて、落とした両刃を拾う。

 

「あなたはどうするんですか?」

「追手を迎え撃つ」

 

サシャの足を以てしても、巨人の足取りから逃れるのは困難だった。矢が眼球に刺さった3メートル級が一体。そして、7メートル級が一体、100メートル先からこちらに近づいて来ていた。今から分隊長のいる馬まで逃げ切るには、やや時間が足りない。

 

(2体か。丸薬は……いや、多分必要ない。しばらく経ってもなお少しだるいが、残り香があれば戦える)

 

疲労が蓄積していても『私』に動揺は無かった。瞬く間に2体を始末した。

 

ミケ分隊長の言葉通りなら、この先のさらに西にまだ標的は複数いる。しかし、『私』は追う気にはならなかった。孤立は即ち死を意味する。確かに丸薬の力で少しだけ強くはなれたが、その前に一兵士であることに変わりはない。ここで深追いすれば、分隊長が一人でサシャ達を護送することになる。それは避けなくてはならない。

 

さらに、深く呼吸し耳をすませたところ、巨人達から戦う音はしなかったからだ。人を食う音も。足音も至極緩慢で、きっと彷徨っているだけだ。『私』は刃を収め、既に一人となった車輪の道を走る。しかしそう時間も経たずに、驚くべき光景が目に入った。

 

人だ。山道を人の群れが斜面を横に登っていく。その中にサシャも、少女も、ミケ分隊長もいる。ミケ分隊長は有無を言わさず、連れていた無人の黒い体毛の馬を一頭、斜面から縦に駆け降りさせて『私』の元に寄越す。『私』の馬だ。

 

「俺はこれからダウパー村の住人を送り届ける!!ブラウスさんがこの山道を縫って行くそうだ!巨人の手も届かないほどの悪路だそうだが、なんとかしてみせる!!」

 

分隊長の手には手綱の他に弓が握られていて、矢筒を背負っている。並走する村民達と同じように。

 

戦意は失われていなかった。分隊長は再び奮い立ったのだ。

 

しかし一方で『私』は指針を失った。今度は『私』が一人になったから。南へ行くか北へ行くか。数秒逡巡したところ、

 

「おーいそこの……調査兵か!」

 

駐屯兵が西から駆けつけていた。

 

「駐屯兵まで……避難の誘導ですか?」

「そうだ。エルミハ区から南西へ。そこからこうして東に移動してきた。『お前』は南からか?」

「はい」

「ああいや!そこは重要じゃなかった!俺達は今、ここから西の戦線で防衛線を張っている。戦力は一人でも多くほしい!お前も来てくれ!」

「巨人が……やはりそこまで」

「まだ姿は見えねえが遅かれ早かれ来るだろうな。頼む!」

 

『私』は駐屯兵とともに、西へ行く。駐屯兵団が即興で築いた防衛線へ。

 

ーーーーー

 

山道の中、ダウパー村のみならず、複数の村の村民を出来る限り集めたブラウスは、狩り場として慣らした森の中を、娘と共に先導してゆく。巨人が出現して間もない時、先導を買って出た際には他の村民からは「あの閉鎖的なダウパー村が……」と驚きの声を掛けられたが、王都に山の一部を譲渡したというブラウスの実績が、他の村からすぐさま信用を勝ち取った。

 

突出区の外に点在する村が抱える未来についての課題。それを非社交的とされる村が、いの一番に打破すべく動いたことが、火急の場でもブラウスに付いていくことを村民たちに選ばせたのだ。

 

小声で父子は言葉を交わす。

 

「ほう。それで、あれが、いつぞやサシャが手紙で寄越していた仲間のことか。いい兵士そうやんか」

「お父さん。……うん、そうなんよ」

「なんだ泣いてたのか?目のここ、赤いぞ」

「父ちゃん!あの娘がいるから──」

 

ブラウスはそんな言葉もよそに片手でサシャの肩をガシッと握る。先頭から目を離してはいないが、それでもその手には熱が篭っていた。これからの責任を負うための熱だけじゃない。娘が生きていることへの、安堵と賛辞の熱も。

 

「よく頑張ったな。本当に……よく帰ってきたな。お帰り」

「うん……ただいま」

 

3年ぶりの再会は、手紙で書けなかったサシャの伝えたかったことを、いともあっさりと彼女に並べ立てさせた。訓練兵での地獄同然の訓練に、出身も足取りも異なる仲間の数々、村の外の新たな景色等々。エルミハ区まで、ゆっくりと、でも、ありったけ。

 

 

 

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