進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第7話 見たことない技

─1─

 

「ん・・・くぁ・・・はぁ。」

目を覚まし、思い切り伸びをし、おまけにあくびまでしてしまう。久方ぶりによく眠れた気がする。

・・・そういえば、今日って・・・。

 

(しまった!)

 

今日は朝から訓練だったのに、完全に寝坊した。時刻を確認する。

 

(いや、まだそこまで時間は経っていない。遅刻は免れないが、ひとまず急ごう。)

 

転がり落ちるようにベッドから降り、大慌てで着替え、教本を持ち、宿舎を出て、校舎へと走る。

 

 

 

「お前、なぜ訓練に遅刻した?弛んでいるぞ!そんなに罰を食らいたいか!」

 

校舎の外で、訓練兵の上官に大目玉を食らう。当たり前だ。いくら急いだところで遅刻は遅刻。怒ってるのがキース教官じゃないだけまだマシだが。とはいえ、反省している。

 

立体機動訓練で最優秀成績を修めてからしばらく経つが、浮足立っていたのは間違いない。だが、それでも、ここ訓練地での罰は正直ものすごく辛い。正直、食らいたくない。そう考える自分もまたいる。

 

二枚貝のように黙っていると、そこに、

 

「先輩、勘弁してやってくれませんか。こいつ昨日から、ひどく体調が悪いんですよ。」

 

そばかすの少女が上官に申し出る。いきなり、なぜ?

 

「頭痛と吐き気と目まいと、四十肩と恋煩いが止まらないそうです・・・・・・な、そうだったよな?」

 

言ってることはめちゃくちゃだ。別に体調は悪くないし、何をしようとしているんだ?怒られっぱなしで堪えていた私は静かだった。ただ、そばかすの顔をみつめ、

 

「・・・ただの寝坊・・・」

 

とぼやいた。

すると、

 

「・・・余計なこと言うんじゃねぇぞ。ああ先輩、こいつ熱もあって、錯乱しているみたいです。」

 

いい加減私でも察しがついた。彼女は、私を庇っているのだ。上官に嘘まで吐いて。

 

「チッ・・・調子が悪いなら仕方ないな。わかった、今日だけは勘弁してやる。」

「は、はい!申し訳ありませんでした!ご容赦痛み入ります!」

 

急いで頭を下げる。彼女のおかげで、上官が退いたのだ。罰も免れた。良かった。上官はそのまま、定位置へと戻っていった。

 

「ふう・・・何とか切り抜けられたな。バカな先輩で助かった。」

 

彼女は私の名前を呼ぶ。・・・おかしい。名乗ったことは無いはずだが。

 

「あの、なんで私の名前を?」

「点呼でお前だけ返事が無かったからな。ったく、講義中に抜け出す身にもなれよな。」

「ああ、庇ってくれてホントにありがとう!」

 

彼女にも頭を下げる。大げさではなく、本当に感謝している。

 

「オイ、私が善意でお前を庇ったとでも思ってるのか?おめでたい奴だな。」

 

あれ?なんだか雲行きが・・・。

 

「いいか、これで貸し一つだぞ。きっちり働いて返してもらうからな。」

 

(貸し?貸し借りの貸し…ってことなのか?)

 

私は愚かだった。恩の貸し借りなどしたことはなかった。親切をすれば礼を返し、親切をされれば礼をする。そのような単純な善意の応酬で成り立っていた私には無い発想だった。

 

「そ、そんな・・・」

「オイ、それが恩人に対する態度か?」

「い、いや・・・そんなことは・・・。」

 

素直に罰を受けたほうが良かった気がする。

 

「ああ。あまり長話してると、教官に便所で離席したっつーごまかしができなくなる。早く行くぞ。」

「はぁ・・・。」

「・・・オイ。」

 

まずい。つい大きめの溜め息をついてしまった。

 

「何でもない!早く行こうか。」

「お前意外と度胸あるな、さては。」

 

二人で小走りで校舎に向かう。しまった。いつもならなんとか説得して貸しだののあれこれをとりやめてもらえるのに。時間が無い。それもこれも、やや寝ぼけたままの自分のせいだった。やってしまった。

 

 

─2─

 

兵法講義。私たち訓練兵は、ただ立体機動ができればいいわけではない。巨人に対抗するための戦術や、大規模な人員の編成、および指揮についても学ばなくてはならない。兵士は基本として、集団で連携を取り、巨人を討伐する。身体的な強度だけでなく、柔軟な思考能力も、兵士には必要なのだ。

 

本日の講義は立体機動装置についてのものだった。立体機動装置はその機器の繊細さ、複雑さゆえに、定期的なメンテナンスが必要となる。戦闘中でも、一度戦闘が終わるたびに点検の時間を設けるほどだ。

 

訓練兵である我々だけでなく、卒業後の兵士でも実践している儀式だ。・・・最も、先の討伐訓練で私は補給拠点があるのをいいことに、碌に点検もせず、連続して巨人の討伐を敢行したのだ。上位成績を持つミカサやライナーに勝てたのはこのためだ。守るべき習慣を破って得た勝利だったのだ。

 

講義の最中、教官が頻繁にこちらに目線を向けていた。明らかに、遅刻した者を咎める目ではない。無謀な戦闘を行い、なかば不正同然の戦術で成績を修めた私を諫める目だった。

・・・やはり、あの勝利はまぐれで、ズル同然だったのだ。何より、楽しい、という感情を優先してしまった。反省しなくては。

 

 

講義では興味深い知見を得た。立体起動装置は、使い込むたびに少しずつ、兵士の個性が出始める、というものだ。なんでも、兵士の体運びによって、装置が僅かに変形していき、最終的には一目でどの兵士の装備かわかるようになるというのだ。ただ、あくまで見た目が変形するだけで、細かい部品の交換には支障が出ず、故障の場合は、各兵士の体格に見あう装置が再び支給されるのだが。

 

現在、まだ訓練を始めて数か月のため、装置には何も異常は無いように感じる。実際、似た体格のジャンとエレンの装置を見比べてみても、違いが全く分からない。

相応の年月が必要なんだろう。

 

 

 

だが、そんな面白い時間も終わり、今私たちは次の訓練、格闘訓練に移っていた。

 

「オイ、ぼさっとすんな!」

 

ジャンがかかってくる。とはいえ、そこまで力はこもってない。私は半身でジャンの突進を避け、クロスカウンターをゆったりとした動作で顔に当てる。ペチッと肌が弾む音がする。

 

ダメージは無いようだ。ジャンはやや大げさに首を左右に振り、我に返るような所作を取る。

 

「よし、お前も要領がわかってんじゃねぇか。こうやって時間が来るまでのんびり過ごそうぜ。」

 

サボり気味な人だと思うだろう。だがジャンはそうではない。立体機動はすごく上手いし、筆記の成績もそこそこだ。

ジャンだけではない。この時間の兵士たちのほとんどは、こうやって適当に訓練している。私にも退屈な時間だった。

 

「なぜ流すんだ?」

 

退屈なりに、理由を訊いてみる。

 

「あ?意味なんかねぇからだよ。この対人格闘訓練は点数の配分が最も低い。真面目にやったところで───」

 

訊いたところでやっぱり退屈で、ジャンには悪いが、長いお話もまたぼんやり聞き流す。だが手つきに張り合いもないし、暇つぶしに横目で、私のように真面目にやってる人間を探すが、せいぜいミカサ、マルコ、エレンくらいしか見つからなかった。ある程度見回した後ふたたびエレンに視線を移すと、エレンが宙を舞っていた。

 

「は?」

 

横目をやめ、エレンの方をまっすぐ見る。彼を吹き飛ばした犯人を確かめるために。

 

だが、小柄な少女一人、鼻を鳴らすだけだった。あれは、アニ・レオンハートだ。

 

「オイ、あんまサボんなよ。教官に気づかれちまうぞ。俺にとっちゃ大事な休憩時間なんだから───」

 

ジャンの話そっちのけで、アニの元へ向かう。

 

「オイてめっ、また人の話を!」

 

駆け寄るまでに、エレンと組んでいたはずのライナーまで宙を舞っていた。あの巨漢を空中で一回転させるなんて・・・。

なんだあの技術は。なんでだろう。すごい気になる。知的好奇心が、また刺激される。アニはなにやらそのスゴ技に意味は無いと言っているが、

 

 

 

「そのことなんだけど!」

 

私は駆け寄る。

 

「それについては、私は学ぶ意味はあると思うよ。」

「・・・あんた誰?」

 

アニは冷静に突っ込む。

 

「ああ、コイツは───」

 

エレンが私の名前を名乗る。立体機動演習での活躍もついでに。

 

「ああ、あの時の。へぇ・・・。それで、学ぶ意味って何さ?」

「えーと・・・そう!相手が人間だった場合だよ。」

「・・・あんたら巨人と戦うんだろ。」

「そうじゃなくて!例えば暴漢を制圧する時とか。盗人捕まえるときとか、見たことない技を使えば、相手を驚かせることもできるんじゃない?」

「人間相手の話でしょ。あんたら二人とも調査兵団志望なんだから、学ばなくてもいいじゃない。」

「ならアニ、君にはなおさら必要な技術じゃないか?ここで鍛える相手を見つけて練習を積んでおかないと、憲兵になった時先細りするんじゃないか。」

 

水掛け論だ。どうだ!たっぷり寝たからか、すこぶる弁舌の調子がいい。

 

「チッ。コイツなんなの。」

「オレに聞かれてもな。」

 

私の知的好奇心に、さすがのエレンも熱意に気圧されているようだ。

 

「堂々めぐって、『私は君の技が気になった。教えてください、お願いします。』」

 

私は堂々と頭を下げ、気持ち悪いくらいへりくだる。

アニはすっかり呆れていたが、いい加減この茶番劇にうんざりしたようだ。より簡単な解決方法をおこすつもりだ。

 

「・・・わかった。だが容赦しないよ。」

 

アニは構える。

 

「・・・よし!」

 

私は腰を落とし、両手を開き、迎え撃つ構えを取る。

いざ、戦闘開始だ。

 

─3─

 

こてんぱんにやられた。脛、前腕、腰に胸骨、全身を滅多打ちにされた。

私は地面に伸びていた。アニもさすがに疲れていたようだ。肩で息をしている。

 

「はぁ・・・はぁ・・・どうだ!」

「なんで負けた側が『どうだ!』なんて言えるの?」

 

私は強がるばかりだ。実際、エレンよりもしつこく食らいついたつもりだが、所詮しぶといだけだった。

 

「ホントのところはさ・・・。負けて奪われたからだよ。」

 

私は切り出す。

 

「今?」

「いいや。アニ。五年前、シガンシナ区が破られて、私は小さな避難区画で過ごしていた頃、私はちいさな子どもでさ。配給のパンを大人に強奪されたんだよ。」

 

アニは静かに聞いていた。アニはもう息も整っていた。私は地面に伸びたまま続ける。

 

「あそこではずっとひもじかったし、それでいてどうしようもなかったんだ。君みたいに力が無くても戦える術があればいいなと思ったんだ。これはその八つ当たり。」

「・・・そう。あんた、随分嬉しそうだけど」

 

アニは目を閉じ、ため息を一つつく。

 

「対人格闘術なんか意味ない。点数にならないからね。私みたいに内地を目指す人はああやって流すもんさ。」

 

アニは他方を見やる。ジャンは別の相手と組んでいたが、やはり、私の時同様、流している。

 

「・・・あんたは、夢とかあるの?」

 

アニは私に聞く。

 

「ああ。」

「そこにいる死に急ぎ野郎と同じ?」

「・・・似たような夢だ。だけど、絶対にやり遂げる。その意思はあるよ。」

「そう。」

 

逡巡して、アニはどこへともなくつぶやく。

 

「私の父もあんたらと同じで、何か現実離れした夢に酔いしれてばかりいた・・・。幼い私は心底くだらないと思いながらも・・・この無意味な技の習得を強いる父に逆らえなかった・・・。」

 

「私はもう、これ以上このくだらない世界で兵士ごっこに興じれるほど、バカにはなれない。」

 

そう言い残し、彼女はふらふらと教官の目から隠れるように訓練地をほっつき歩く。

 

エレンとライナー、そして私が残された。

 

「・・・アイツはとことん兵士に向かないようだな。」

 

ライナーが言う。

 

「・・・アニは何しに来たんだろう?」

「憲兵に入るってのは確かだろうが・・・。少し前、ライナー、ベルトルトと話したときに、ここにいる兵士の大半は世間的な体裁のために来たって聞いたぜ。」

 

エレンは私に教える。

 

「ああ。生産者に回る奴は腰抜けだってな。昨今の兵士の需要の高まりにそういう言説が広まったんだとさ。だが俺は、兵士を目指してここにいるぜ。」

 

ライナーは念押しする。

 

「責任ある立場としてエレンと話してたところで、アニにノされたってわけだ。」

「仕掛けたのはお前だろ。・・・なぁ、お前の夢ってなんだ?俺と似ているとか、言ってなかったか?」

 

エレンは私に問いかける。しかし、そこで教官の威圧を背後に感じ、急いで立ち上がる。

三者三様、格闘の構えを取る。残念だが、まだ夢の話はできないようだ。

 

「・・・三つ巴は無理じゃないか?」

 

私は問う。

 

「いや、第三勢力を交えた乱戦ってやつだ。それらしいだろ?」

「んじゃ、始めようぜ!」

 

こうして、三人での乱闘が始まり、三人とも満身創痍のまま、老人のお遊戯のような遅々とした格闘を繰り広げた。

 

─4─

 

 

今日の分の訓練のがすべて終わり、夕食まで少し暇ができた。格闘訓練でずいぶんと痛めた体を兵舎で少し休めるとする。向かおうとしたところ、

 

「オイ、どこ行くんだ?」

 

ユミルだった。

 

「宿舎で一休みしようと思って・・・。」

「お前、私の言ったこと、覚えてるよな?」

また嫌な予感がする。

「ああ。」

「ならついて来い。」

「ええ・・・。でも───」

「チッ!」

 

かなり強めの舌打ちが聞こえた。もう、仕方ないんだろう。疲れているが、これ以上なにかされるわけにはいかない。実際恩はあるわけだし、ここで踏み倒すほど私の面の皮も厚くない。

私は猫背のまま、顔をもたげながらユミルに付いて行く。

 

 

 

ユミルに付いて行くと、水汲みの井戸の辺りまで来た。

そこには、金髪の小柄な少女と、私達に背を向け、しゃがみ込んでは井戸の水をガブガブ飲んでいる、濃いめの茶髪のポニーテールの少女がいた。ポニーテールの方は、どこかで見たような・・・。

 

「おいサシャ、今後はコイツと一緒だ。仲良くしろよな。」

 

ユミルは言った。サシャ・ブラウス。例の芋女だった。サシャはユミルを見上げるなり、ビクリと体を震わせ、大声で嘆く。

「そ・・・そんな。まだやることがあるんですか・・・?」

「当然だ。お前は私達に恩があるんだからな。」

「嫌~~~~!!!」

 

泣き出さんばかりに大声を張る彼女を気遣いながらも、金髪の少女がユミルに抗議する。

 

「ちょっとユミル!もういい加減やめてよ!サシャは充分働いたでしょ!」

「クリスタ、あたしやお前が楽できるんだからいいじゃねぇか。それにお前が良くたってあたしはまだ足りない。コイツにも働いてもらう。」

「もしかして、あなたもユミルに助けられたの?」

「ああ。残念なことにな。」

 

軽口を叩いてみる。

 

「てめぇ・・・。」

 

ユミルの方は向かない。怖い。

 

「もう、ユミルったら。・・・嫌なら断ってもいいんだからね。」

 

クリスタなる少女は助言するが、断ったらどうなるかは・・・想像したくない。

ユミル・・・彼女はこうして、恩を売った人間を働かせて、自分は楽をすることを主義としているのだった。ならば、サシャも何らかの恩はあるはずで・・・。

 

「にしても、サシャが助けてもらうことなんかあったっけ?」

「訊きたいか?なら今から働いてもらうついでに聞けばいい。ホラ、さっさとあっちの掃除を始めろ。」

 

私はユミルに命令され、井戸から水を汲み、サシャと共にうなだれながら掃除の場所へ向かう。あれだけ駄々をこねていたサシャもしぶしぶ付いて行くのには意外だった。存外分別があるのだろうか。

 

 

 

場所は移り、立体起動装置の備品を管理している倉庫内にやってきた。頻繁に人の出入りがあるためか、そこまで埃も多くなさそうだ。しかし、間取りを考えても、二人ではやや手が足りない。時間がかかりそうだ。

 

「・・・早く始めるか。」

「ええ。だいぶ面倒ですが。」

 

文句を言っても仕方がない。私とサシャは、まずはたきで天井と窓の格子など、屋内の上部から下部へと埃を落としていく。やはり、あまり埃は出なかった。ちり取りに収まる程度の小さな塊が、ちょこんと座っている。速やかに掻き込み、外へと捨てていく。

 

戻ってきてからが本番だ。水桶に雑巾を漬け、各所を水拭きしていく。とはいえ、金属製の機器やガスボンベなど、水気を嫌う物品が多いため、固く絞り用心して拭いていく。

 

サシャが天井あたりの上部を受け持ち、私は下の収納箱や床を拭いていく。ある程度ことが進み、一度全体を確認しようと腰を上げようとしたその時、

 

「いでッ!」

 

腰に激痛が走る。満身創痍だが、二人しかいない空間だ。よく声が通る。

 

「大丈夫ですか!」

 

座り込んで腰をさすっていると、サシャが天井から駆け下りてくる。荷物から荷物へと跳び移るそれは、見上げればずいぶんと素早い身のこなしだ。

 

「ああ、大丈夫だ。・・・多分。」

 

中年がよくやる関節痛などではなさそうだ。

 

「筋肉痛かなんかだと思う。」

「そういえば、あなた、アニに派手に投げられていましたもんね。」

「そういう君は、教官に派手にどやされていたけどな。」

「だって、アニが『サボってもいい。』って言ってましたから。」

「『うまくサボれ。』でしょ。あんな見え見えな演技、どう見たって挑発かなにかだろ・・・。」

 

コニーとサシャ。見たことないような技を披露していたのはアニだけじゃなかったが、あの二人のモノは明らかに体系化されたなにかじゃないワケで。

 

「・・・プッ。・・・ぷはははは!!」

 

思い出したら、大層笑えてきた。

 

「もう!なんで笑うんですか!!痛いんでしょう!?」

「思い出しちゃってさ。あの教官の顔ったらないな!はははははは!!ははははは!!!」

 

サシャの言うとおり、腹も痛くなってきた。ひとしきり笑った後、お腹をさすりながら、にやけた顔のまま、サシャに問う。

 

「あー痛かった。・・・サシャはなんでユミルに捕まってたんだ?」

「私ですか?入団初日に死ぬ寸前まで走らされて、もうダメだ・・・死ぬ・・・、と思った時に!」

 

フラフラになった動作をやって見せた直後、私の目の前にずずいと顔を近づけ、鼻を鳴らすと、

 

「女神さまが現れたんですよ。」

 

触れてはならない禁忌の情報を絞り出すように、彼女は囁く。

 

「・・・女神?」

 

どこから湧いて出たのだろう。その女神とやらは。

 

「彼女は私にパァン!と水をくれたんです。クリスタさん、まさしく女神さまですよ!」

 

なんだか彼女にペースを持っていかれる。凄いエネルギーだ。・・・クリスタか。だが、初めて出会った彼女にそんな女神のような趣は感じられなかったが。

 

「死にかけると恩人が神様に見えるとか言うし、そうなのかもね。」

「そう!そうなんですよ!」

 

彼女は倉庫に差し込む夕日に女神クリスタの面影を見出したのか、ハハ―ッと平伏している。

私は別に、ユミルに助けてもらった時、女神には見えなかったが。

 

「んで、初日からずーーーーっと恩を返し続けてるのか?大変じゃない?」

「そりゃ大変ですよ!ユミルが毎日毎日いろんな課題を押し付けてきて、もう肉とか食べない限りには力も出ませんよ!」

「肉?肉がどうした?」

「訓練地に来たら肉が食べられると思ってきたのに・・・こんなこき使われるなんて聞いてないですよ・・・。」

 

今度はメソメソ泣き始めた。忙しい人だ。

 

「肉・・・肉かぁ・・・。」

 

ぼんやり天井を見上げる。久しく肉なんて食べていなかった。ふと、家族での思い出を一つ思い出す。

 

「シチュー・・・シチューだな。」

 

今度はほのかなトマトの香りと香辛料、そして口に入れるだけで溶けだしそうなほど煮込まれた赤いシチューを思い出す。

 

「シチューだけじゃありませんよ。丸焼きに、炙りにレバーに、燻製に干し肉に炒めたり油に通したり・・・・ああ!どうしてこんな!!」

 

サシャも天井を見上げ、よだれが垂れそうになっている。汚い。

 

「ああもう我慢できません!狩りです!狩りに行きましょう!!」

「へ?」

「だから、狩りに行くんですよ!一緒に獣を狩って、肉を食べるんです!」

「狩りってしたことないんだけど。」

「私が教えますから、大丈夫です!いや、お願いします!早くお肉が食べたいんです!」

「んんんもうわかったわかった!一緒に行くからよだれを近づけないでくれ!」

 

狩りなんてしたことも無かった。市場の肉は高いし、一般の訓練兵では手が出せない。だが狩るのはもっと危険であることは想像に難くない。

 

「約束ですよ!今度一緒に行きますからね!」

「うん。約束だ!」

 

だが、私も内心ワクワクしていた。何年ぶりだろう。肉にありつけるのは。

 

しかし、なぜ今になってあの家のことを思い出したのか。

きっと倉庫の天井が高いからか、あの時、まだ家の天井が高く見えたあの時のことを思い出したのだろう。

 

─5─

 

日はすっかり落ちていた。

掃除は、私が腰を痛めた時点でほぼ終わっていたらしい。

用具を持ち出し、井戸の辺りまで目指す。

 

「私はサシャ。サシャ・ブラウスです。あなたは?」

「ああ。私は───」

 

私は名前を名乗る。ユミル越しに名乗られたのは自己紹介の内に入らないと思って。

 

「これからよろしく。・・・とはいえ、早くユミルの呪縛からは抜け出したいね。」

「ええ。もうころごりですけどね。いっそサボっちゃいましょうか?」

「逃げ場なんか無いのにサボれないっての。」

「それもそうですね。むむ・・・。」

 

サシャは口をとんがらせ口元に手を添える。サシャは第一印象で頭は良くないように見えた。

だが、倉庫での身のこなしで分かった。この人は、頭脳よりも感覚で動いている人だ。おそらく狩りでも、訓練でもそれを活かしているのだろう。頭脳と体両方を使う私よりも上手のように思える。

歩いていくうちに、井戸に着いたが、ユミルとクリスタはいない。

 

「いないな。」

「ええ。二人がいないってことは・・・いや、ユミルがいないってことは、今日やることはすべて終わった、ということですね。」

 

それを覚えているということは、一日そこらで彼女の恩は返済できないことを示していた。

私はがっくり肩を落とす。まぁまぁ、とサシャも励ますも、彼女もうんざりした顔を隠せていなかった。

だが、夕食までには間に合いそうだった。二人で急いで食堂に向かう。

いつか狩りに行く、という約束を胸に。

 

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