進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第68話 卒業試験の真相

─1─

 

849年、訓練地の倉庫の一室。『彼』は腰の高さにまで山積みとなった物資を脇に置いて、リストの紙を広げてまじまじと見る。格子状に区切られた40近い穴を持つ棚を見比べて、数度頷き、

 

(さて、やるか)

 

と一つ目の荷物を手に取った。

 

訓練を始めて2年と9ヶ月。この冬を越えれば卒業試験の季節だ。今日『彼』がここにいる理由は、兵士の日課の一つである、配給物資の仕分け作業のためだ。

入団一ヶ月目にどの棚がどれか分からず迷う内に物資を取り落として、目付けの先輩兵士に怒られたのがもはや懐かしい。今ではそんな迷いはなく、一人でトントン拍子に物資は指定の棚へ仕舞っていく。木製の板材に物品の硬い底が当たり小気味良い音色を奏でる。

 

目視でリストも残り三分の一に差し掛かったと確かめたところで、背後のドアノブが音を立てる。協奏の指揮はやめず、『彼』は返答する。

 

「どうぞ」

 

既に扉は閉じられる音を奏でている。そして声の主は、『彼』に間髪入れず尋ねた。

 

その声の主は、聞く前に誰なのか『彼』には分かっていた。決まってなにかしら使い走りを考え付いて、真っ先に『彼』の元に来る人物なんて、一人しかいないからだ。

 

しかし今回はおつかい等ではなく、全く別の質問だった。

 

「あの文字をどこで覚えたんだ?」

「あの文字?どの文字のことだ?」

「一年前皆に見せびらかせたあの文字のことさ。『アンタ』が日誌に書いてるあの」

 

足音はしない。見えていないがユミルは扉から一歩も動いていない。さっきの質問もずいぶん小声で尋ねたものだ。『彼』でなければ拾えなかったかもしれない。

 

「……それで、それがどうかしたのか?」

「質問は変えてねえよ。どこでアレを覚えた?」

「覚えたってどういうことだ?『私』はあの文字をいちから作り出したんだぞ?」

「とぼけんなよ。『[[rb:お前 > ・・]]』なら分かるだろ。あのときアタシは一字一句違わず『お前』の日誌の中身を言い当てた。無から生まれた文字がなんで他人のアタシに読めたんだろうなあ?」

 

いつもと何もかもが違った。いつもなら、「ツラを貸せ」と容赦なく腕でフックを掛けて『彼』を引きずっていくものだが、彼女の態度が背中に刺さる視線で分かる。悪ふざけが一切無いユミルは手強い。その烈度は現状の10位以内の候補者を食うくらいだ。

 

「……なんであの言葉を信じてるんだ?そもそも、【合ってる】という言葉自体嘘かもしれないじゃないか」

「ならなぜ『お前』は【間違ってる】と否定しなかったんだ?」

「どっちだろうと必要ないから。……ユミル、今日の君はどこかおかしい。今日は何か用事があるんじゃないのか?ほら、【水汲んでこい】とか、【代わりに掃除やっとけ】とか、いつものように何でも頼めばいいじゃないか」

 

彼女は扉の内鍵を閉め、『彼』に一歩踏み出した。敵意を感じて『彼』は振り向いて後ずさるが、数歩で尻に棚が当たり逃げ場を失う。

 

『彼』が立ち止まると同時にユミルが『彼』の胸ぐらを掴み、乱暴に引き寄せる。ぶつかるかと危惧した『彼』は、左肩に乗せられるユミルの顎と背中に回された彼女の腕の感触を覚えた。

 

その間合いは近すぎた。今ならどう踠いても好きに殺される。首を掻き切られるか、心臓に刃物が突き刺さるか、絞殺か。

 

(甘かったか。両親が『口外しないように 』と言いつけていたのは、知ったらマズい人がいるからだというのは分かる。まさか、この訓練地にそんな人が───)

 

ダメ元で突き飛ばすかと逡巡したところで、ユミルは口を開いた。臨戦態勢の鋭敏な『彼』の耳元で、彼女の囁きは大きく響いた。

 

「アタシは、壁の外から来たんだ」

 

どんな殺意かと身構えていた『彼』の身体は、力みを通り越して固まっていた。その言葉を聞いても、硬直は解かれなかった。彼女が満足げな顔で離れてもそのままだった。『彼』は喉から言葉を絞り出す。

 

「かべの……そと?」

「そうだ。アタシは、この壁の外にある場所から来たんだ。この三つの壁に阻まれた万全の場所じゃなくても、人類が辛うじて生き残ってる場所がある。アタシはそこから来たんだ」

「そんな場所が……ありえない。簡単なバリケードなら簡単に壊される。ここ以外に人類が生き残るなんて不可能だ。兵士なら分かるだろ」

「ああそうだな。だがアタシ達には人類様にとって一つの誤算があったのさ。巨大ななにかによってな」

「何かってなんだよ。この壁に匹敵する何かなんて……」

 

『彼』は知っている。壁にも匹敵する圧倒的な守りを。アルミンがこっそり教えてくれた、外の世界の一端。ユミルはそこから来たというのか。

 

「それって……海のことか」

「そう。その海ってやつだ。それに囲まれていたし、ここほどじゃねえが高い壁もあった。だからアタシ達は巨人の進撃から逃れられてきたのさ。……でも、陸地が少なかったアタシ達の国は、先細る一方だった。外に生き残りがいると信じて、国はアタシ達若者を集めて船団を作った。人と、馬と、ある者を全員に持たせてな。陸の全方位から、アタシ達の船団は一斉に出発した」

 

ユミルは手で船と帆を作り、「お前らの河川にある滑車の船よりも遥かにデカくて、おまけに自由に舵が利く船だ」と泳がせる。

 

「そっちの足の早い馬と違って移動の手段が貧弱だからな。船団の多くが海を漂う巨人の手で沈んだ。アタシを含めて10人そこらが乗った1隻が、『お前』のいる陸に乗り上げた、というわけだ」

 

「でも、そこにも巨人がいた」とユミルは続ける。

 

「残された生き残りで決死の逃走劇さ。馬で駆けて、また……大勢死んだ。多分生き残ったのはアタシだけだ。海から大分離れたところで、撤退の最中の調査兵団を見つけた。でも安心は出来なかった。どんな人種か分からなかったからな。人を狩るタイプかもしれねえ。壁の中に忍び込んで、有り様を学んで、ようやくアタシはここにいることを選んだ」

 

ひとしきり語り終えたユミルは、茫然とする『彼』の顔をペチペチと叩く。別段叩かれなくたって、『彼』は我に返っていた。

 

「なんで……なんだってこんなことを、『私』に話す?」

「お前が書いたあの文字、あれは壁の外の文字なんだよ。厳密にはアタシがいた場所の文字。

あの文字を使っていたのは『お前』だけなんだ。なあ、どうやってあれを知ったんだ。教えてくれよ」

「……古い、本から学んだ。確か、母さんが持っていた、旧い時代の生き物を記した本に書いてあったから。暗号のような遊びができそうだって昔の『私』は興が乗った。それだけの、ことだったのに……」

 

身体の硬直がやっと解かれて、『彼』は棚にに寄りかかる。ユミルはその返事に、口許を歪めた。

 

「はあ?『お前』……ああ、まあいいや。言ったところでアレは変わんねえか。まあ、アタシが持たされたモノってのは、これなんだけどな」

 

ユミルは一枚の『彼』が訝しげにそれを広げると、確かに『彼』とユミルしか知り得ない文字で、こう書いてあった。

 

「王家にまつわる者いれば、これ海を越え島へ行かせるべし」、と。

 

『彼』は顔を上げユミルの答えを待った。ユミルはそれを待っていた。

 

「そう。壁に連なる血縁者がいれば、島の主の下に連れてこい、ってな」

「今の為政者が、そっちの為政者と血の繋がりがあるかなんて分からないだろ?それに、血自体になんの意味があるんだ?王じゃなくて?」

「まあ、交渉したいんだろうな。アタシ達を使節として送り込み、外からの支援を受けたがってたんだろ。血縁者ってだけでも次の為政者の候補になりうる。既に斜陽なアタシらの島は、その他の国も同様の状態だろうと予想したんだろうな。そんでそれを利用するつもりなんだろ」

「じゃあなんでユミルはこんなところで油を売ってるんだよ?早くその血縁者を連れて島に戻ればいいじゃないか」

「『お前』なあ、今の調査兵団でさえあのザマなんだぞ?アタシ一人、いや二人か。で帰れるワケねぇだろ。それに───」

 

気だるそうにユミルは髪を一房いじる。

 

「その血縁者ってヤツが、よりにもよってこの訓練兵団にいるってのが分かっちまったんだ」

「この兵団に……」

「ソイツが血迷って調査兵に志望すれば、アタシは帰れない。ソイツは出来るだけ安全な場所に遠ざけたい。憲兵……最悪駐屯兵でも。そして、『お前』達が壁を取り戻してから、クリスタを海の向こうへ連れていく」

「クリスタ?クリスタって言ったのか!?今?」

 

ユミルは黙って頷いた。「確かに凄く親切な人だけど、まさかそれは、生まれによるものだったのか?」と『彼』は合点がいく。これまでの周囲への慈しみの数々を『彼』が思い出す中、ユミルは本題を徐に述べた。それは聞き捨てならなかった。

 

「それで、『お前』にはクリスタが上位成績者10名に入れるよう、アタシに協力してほしいんだ」

「は?」

「言ったろ。血縁者を連れていくのがアタシの条件。もしかすると運良くアタシのように、他の陸にたどり着いて同じことをしてる人がいるかもしれねえ、そうすれば各地で協力することが出来るかもしれねえだろ?」

「そんなの、人質と同じじゃないか」

「いいや違うね。アタシは気が長い。『お前』達が壁を取り戻して、この島から巨人を殲滅してからでもいいと思ってる」

「それなら、本当に君が外から来た証拠が無いのはどうなんだ。その書状も『誰が書いたか』の証明が出来ないだろ。紙のボロさも筆跡も、時間さえ掛ければどうとでも偽造出来る」

「……別に今証明したっていいんだぜ?」

「どうやって?」

「憲兵にタレ込めばいいんだ。『お前』が何か王政について重要な秘密を握ってるって。そこはもう変わらねえぜ。もう『お前』は逃げられねえ」

「デタラメだ。憲兵がそんなこと信じる訳が無い」

「『お前』なら知ってるだろ?怪しい動きをした市民が、憲兵に連れていかれて帰ってこないなんてことは。まあ、たびたび起こりすぎてアタシたち市民にバレてるのは杜撰というかなんというか」

 

後ずさる『彼』に彼女はまた近付く。今度は捕まえて引き渡すために。唾を飲んで『彼』は警告する。

 

「君は、『私』を売る気なのか」

「まあ、『お前』が駄目だったなら、また他を当たればいいわけだしな。次は同期の誰にそれを勧めるか、だ。『お前』が『悪い子』として振る舞うならそうするだけだ。よく考えろよ。これは島の外にいる生き残った人類、全部が力を合わせて巨人に立ち向かうまたとない好機なんだぜ?」

 

『彼』は逡巡した。

もし彼女が壁の外からやってきて、それを王政に捕捉されないまま今日まで生き延びてきたことが本当なら、駆け引きで『私』が逃れられる可能性は、無に等しい。まして『私』以外でも。他の者に魔の手が及ぶのは、『私』が望むわけが無い。

 

『彼』は粘つく冷や汗を拭って、姿勢を正した。

 

「なら…………やるよ。他の人にさせるわけにはいかない」

「……そうくると思ってたぜ」

 

ーーーーーー

 

「最終試験のカリキュラムがどうなってるか、もうとっくに覚えてるよな?」

「ああ。試験は3月第3週。丸一日を試験に捧げ、丸一週間かけて集計され4月の頭にある解散式で発表される」

「で、各種試験の得点の総合評価で順位が決まる。だが種目ごとに集計で重視される比率が違う。馬術、巧術、兵法講義については実技に加え筆記試験もある。格闘や兵站行進もあるが……もっとも得点の比率が大きいのは」

「試験の最後の種目……立体機動か」

「その通り。立体機動の試験は目まぐるしく移り変わる戦況を試験官が正しく見極めるために、約200人の訓練兵から30人ずつ選別して訓練地に投入して、訓練地内の巨人模型の部位破壊数を競わせる。これを4、5回繰り返して終わりだ」

「ここ最近、最終試験に向けて模擬訓練を何度も実施してるが、設置される教官と訓練模型は配置から、足場まで毎回異なる。周到なことに」

「そうだな。攻略の経路も、図も、本番まで明かすことは無いだろうな。でもよ、現実的じゃないよな。あの数の教官があの広大な敷地で点数の集計を行う時に、なんの法則も、規定も定めていないわけが無い」

「まさか、教官の計画表を盗んでこい、と?」

「ああそれはアタシの仕事だ。『お前』の出番は本番中だ。10位以内に入りそうなヤツを妨害しろ。試験官に見つからないようにな」

「出来ると思うか」

「出来るさ。『お前』はアタシらと同じくらい腕は立つ」

「ライナーよりもか」

「いや、せいぜい6、7位あたりが関の山かな。……まあ十分じゃねぇの。残りの奴らはバケモノだしな」

「化物って、大袈裟だな。もっとこう、輝かしい呼び名でいいだろ。化物は巨人だけなんだからさ」

 

ユミルは『彼』の言葉にきょとんとしたが、すぐにまたにやけ面を浮かべた。

 

「にしても、アタシが引き寄せたときの……『アンタ』の鼓動の早まりっぷりときたら笑えるぜ。なんだよ?何か別の可能性でも考えてたのか?」

「さあ。鼓動が分かるくらいくっつく必要があったのか分からなかっただけ。聞くのは答えだけでいいハズだし」

 

顔色一つ変えずされた『彼』の指摘に、ユミルはほんの一瞬目を見開き、直後にいつもの細目に戻って舌打ちをし、目を逸らして柳眉を逆立てて痒そうに二の腕を掻いた。

 

─2─

 

850年。冬の終わり。

 

卒業試験、その最終問題。

 

3年間で散々聞こえた立体機動の音が、全て止んだ演習の終わりに。

 

篠突く中で『彼』は複数の男女に糾弾されていた。殆どは動揺しており、3年もの間ひたむきで親切だった『彼』の行動に何か過ちがあったんじゃないかと案じて、「なぜ」、「どうして」と言葉に心配の情を湛えさせていた。ある1人を除いて。

 

「オイ、答えろよ!」

 

ジョルジュは片手で『彼』の胸ぐらを掴み、もう一方の手で作った握り拳を震わせながら振りかぶる。『彼』の答えを聞いてから振り抜くために。

 

「なんで俺達の討伐を妨害したんだ?」

「それは本当か?妨害した?『私』がか?」

「ふざけんなよ!俺を地面に叩き落としやがって!あの一体さえ逃さなければ、俺はここで一番になれたはずだ!」

「証拠がない」

「ああ?」

 

『彼』は口の端を歪めて冷ややかに嘲笑う。ニヒルな馬面の真似をして。

 

「証拠がなければ、『私』の不正を暴くことも出来ない。『私』が君達を妨害したその証拠はどこにある?」

「証拠ってそりゃあ、お前が俺を蹴落とした靴の跡で───」

「『私』の靴だってどう証明するんだ?その跡は自演で作ることだって出来るし、この雨でもうその跡は洗い流されてる。おまけに兵士の靴はサイズが違えど全て同じ規格だ」

「試験官が見てるわよ!絶対!!」

「聞けばいいだろう。本当にそんな人がいるのなら」

「皆と力を合わせて強くなっていく、それが貴方が目指していた兵士なんでしょ!?なんでこんなことをしたのよ!」

「『私』より弱いヤツは見ていられないな。真に強いなら『私』の妨害など意に介さないだろう?」

「この……裏切り者が!」

 

ジョルジュは爪が剥がれるかもしれない勢いで『彼』の襟を引き、右手で『彼』の顔を渾身の力で殴り抜いた。倒れた『彼』に次は蹴りが入る。凹凸の入った頑丈な靴底は、蹄鉄で蹴られたかのように『彼』の腹を、背を、足を穿っていく。

 

「オイ貴様」

 

痩けた頬を持つ大男が、ジョルジュに静かに呼び掛ける。声音は静かでも発した者でその恐ろしさが段違いに異なった。

 

キース・シャーディスだ。騒ぎを聞きつけ、最初にたどり着いた試験官はこの男だった。

 

「き、キース教官。これは……そう、『コイツ』は俺達をハメようとしやがったんですよ!成績優秀な俺達に嫉妬して、こうして暴力に扇動して評価さげようとしてるんですよ!!」

「逆ですね」

 

ユミルが木陰から姿を現した。

 

「彼らがハメようとしてるんですよ、『彼』を。『彼』を試験中に不正を働いた悪者に仕立て上げて、繰り上がり式に上位成績者10名に入ろう、と」

「はあ!?ユミルてめぇ、それこそ証拠がねえだろ!」

「そうよ!」

「どちらの主張が正しいかは、貴様ら両方の供述だけでは到底測ることは出来ない」

 

喚くジョルジュらを教官は睨み付ける。

 

「だが今貴様が試験中に暴力行為を働いたこと自体は、揺るがない事実だ」

「んなっ!?」

 

大義さえあれば泥も被れる。そう思っている。だが、しかし。失意に顔を歪ませるジョルジュを見て、何も感じない訳がなかった。

 

これまで、明らかな悪事を働いたことなんてなかった。子供なりのいたずらならやったことはある。でも、こんな誰かを敵を回すことなんて、心が許すわけが無かった。

 

今こうして、向けられた言葉も、目線も、痛くて辛くて仕方ないのだから。

こうなると分かっていたのに、なぜ『私』はユミルに手を貸したんだろう。

 

「さっさと宿舎に戻れ」との教官の声に、優秀な兵士達は項垂れ足を引きずっていく。場には『彼』とユミルの二人が残された。『彼』は泥の中からゆっくりと立ち上がる。腫れる頬を押さえながら。

 

「……ユミル。本当にこれで良かったのか?」

「ああ。これで確実にクリスタは10位以内に入れる」

「……彼女が筆記やその他でしくじれば、『私』達の工作はおじゃんだ」

「そこはアタシに任せてくれ。何も毎日しけ込んでただけじゃねえ。その他とやらも必死に教えたさ、愛の力で」

「はいはい」

 

彼女の優秀さなら納得だ。

 

「この壁の中の希望になり得るのは、クリスタだけじゃない。君もだ、ユミル」

「ああ?」

「我々以外にも生存者がいるという情報は、人類にとって間違いなく希望なんだ。憲兵の目が光ってる以上仕方ないけど、君のことはいつか必ず明らかになるべきだよ」

「来るといいな、そんな日が」

「でも、これで終わりじゃない。君の言葉が事実であることを、君は証明しなければならなくなった。貸し借りは無しと言った、これに嘘はない。事ある毎にタカったりなんかしない。でも私が侵したことに、対価は必要だ」

 

『彼』は人差し指を立てて、ユミルの喉に押し当てる。度重なる訓練で硬くなった指先でも、その指圧は柔らかかった。

 

「これは約束だ。どれだけ時間が掛かっても、必ず証明しろ。『私』がやった悪事に、意味があることを示してくれ」

 

ユミルは不敵に笑い、『彼』の指を握る。そのままへし折りそうなくらい力が伝わってくるが、『彼』は指の力だけで押し返そうとする。

 

「フッ。随分強気じゃねぇの」

「当たり前だ。『私』だって自分の力を試す最後の機会だったんだぞ。成績に興味が無いなんてスカしてみせたが、君達に負けないために追い続けてきたことに間違いないんだから。その分の価値は君の働きでしっかり返してもらう」

「……ああ。いいぜ。アタシの言葉に嘘は無え。貸し借り無しの約束とやら、さっさと果たしてやるさ。まず『アンタ』の故郷を取り戻してからな」

「今さら兵士を気取らなくてもいい。その分は『私』がやるから、さっさとクリスタにその汚れを洗ってもらえばいい」

「……『アンタ』、本気なんだな」

「一度も本気じゃなかった時なんてない。今でも」

 

『彼』は兵服を脱いで脇に抱え、歩き出した。泥水を被るのは兵服だけでは足りないとでも言うように、爪先まで雨に浸して。

 

 

ーーーーーー

 

「お前、胸張って生きろよ」

 

ユミルが走り出そうと身を翻すその瞬間、ほんの一瞬だが『私』を見ていた。

 

彼女が飛び下りた先で、雷鳴と閃光が轟く。そして、硝子が多重に割れるかのような不協和音が響いて、塔の上を何かが舞う。ブレードの破片と、さらに大きな乳白色の破片。それは、【異形の巨人】のうなじが破壊されたことを示していた。

その犯人が巨人化したユミルだと察するのに、身動ぎひとつ出来ない『彼』が覗き込む必要は無かった。

 

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