進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第70話 裏切りの戦士

─1─

 

ウトガルドから南の城壁。調査兵団は壁の穴の特定のため、眠る2人の兵士を荷馬車に載せて、彼らはそこを目指している。あと10分そこらで壁に着くところだ。

 

ストヘス区での取り調べを団長は丸一日かけて説得し、兵団は任務にあたることが可能となったのだが、団長は別途業務に追われ、兵士長は別件で不在であり、ハンジが一時的に兵団の全権を担うことになった。

 

分隊長はコニーの報告を聞いて、細い息を漏らす。

 

「ミケとブラウスの伝達を受けて相応に急いだけど……そうか。ゲルガーとナナバは殉職したか。……なんてことだ」

「はい。残ったのは『アイツ』だけです」

「約70体もの巨人と交戦。しかもそこには、【異形の鎧の巨人】の姿もあった、と」

「【異形の巨人】はユミルが倒しました。でも多分、俺達が装置を持ってたとしても、あの数は……」

「今の兵団全員でも殲滅にそこそこかかる数だ。それをたった3人で……すまなかった。我々が遅れたばかりに」

「いえ。分隊長の責任ではありません。いや、それどころか、誰も想定なんか出来なかったと思います。夜に動く巨人がいるなんて」

 

分隊長の申し開きにライナーが二人に割って入った。

 

「それよりも、今は生き残った『彼』を労う方が良いと思います。『彼』は悔いていました。ガス刃も切れても、体が動かないくらい限界に達しても、上官二人が亡くなった後でも、『彼』はまだ戦うつもりでいました。『彼』は、兵士としてやるべきことを、最後まで貫こうとしていました」

「……我々が兵士を喪う経験は一度や二度じゃない。立ち止まってる場合でもない。それは分かる。だが、今日あったことは新兵一人に背負わせるほどのものでは無かった。まさか、丸2日も壁内を駆けずり回らせて、戦わせ続けることになるとは。我々の采配の責任でもある。ミケやブラウスと同じように、『彼』も休ませるつもりだ。穴の特定は、我々だけで行う」

 

ライナーは後方の馬車で横たわる『彼』の顔を見た。『彼』の顔は青ざめ、瞼も肌も唇も乾いていた。熱病にでも冒されているのか、時折体を微かに震わせて、息を乱れさせている。隣で静かに寝息を立てているユミルとはえらい違いだ。

 

もっとも、ユミルも片手と片足を失い、内臓をめちゃくちゃにされているため決して楽観できる状況ではない。節々から蒸気をくゆらせるユミルの左手を、クリスタは目尻に涙を浮かべて強く握っている。

 

馬車の周囲を並走する新兵達は、『彼』の顔を心配そうに覗き込んでいる。

 

「もうすぐ壁に着く。『彼』に応急処置はしたが、とてもそれだけでは済みそうにないね。『彼』はこのまま救護班に診てもらおう───」

 

ハンジが喋ろうとしたところで、馬車から板材の蹴られる音がした。ハンジが振り向けば、『彼』が飛び起きて周囲を見回していた。見開いた目に陽光が飛び込んで、『彼』は一度呻いたが、声を震わせて周囲に尋ねる。

 

「【異形の鎧】は、ウトガルドは……どうなった……?」

「大丈夫だ。もう巨人はオレ達が片付けた。今は休んでろ」

 

馬車のへりに足を掛けた『彼』をエレンが取り押さえて、ミカサが床に寝かせる。アルミンが『彼』の外套を被せたところで、コニーの姿が目に入った『彼』はうつ伏せになり小さく声を漏らした。太陽の光を避けるかのように。

 

「ああ……くそ……あれは夢じゃ……無かった……」

 

隣で眠るユミルに、『彼』は返事の返ってこない問いをかける。

 

「ユミル、なんで力を隠していたんだ?二人が死ぬのを、待っていたのか?」

「ちょうど我々も、その話をしようとしていたところだ」

 

車輪の音は止んでいた。

 

─2─

 

 

「おい、手を貸すぞ」

「ありがとう。自分で上れる」

「『お前』、寝入っている間震えてたぞ。こんな日和に」

「変な夢を見てただけだ。もう大丈夫。それよりもあっちが大変そうだ」

 

顔面蒼白と指摘された『私』はエレンから水筒を受け取る。そして、遠くでハンジ相手に必死に弁明するクリスタを見つめ、水を口に含んだ。

 

「ユミルは人類の味方です!ユミルをよく知る私に言わせれば、彼女は見た目よりずっと単純なんです!」

 

(……そうだといいね。彼女は、いや。『私』達がそう信じさせてきたんだ。でも)

 

今や『彼』もユミルへの不信を募らせ始めていた。しかし目覚めない限り溜まり続けるそれにかまけている訳にもいかず、『彼』はライナーに視線を向けた。ライナーは折れた右腕をさすっていたが、エレンに心配の声を掛けられると、鼻っ柱を押さえて呻いた。

 

「大丈夫じゃねえな。巨人に腕を噛み砕かれたんだ。本当にもうダメかと……」

「君でも、そうなってしまうんだな」

「どうにも兵士というのは、身体よりも先に心が削られるみてぇだ。自分で選んだ道とはいえ……」

 

ライナーはハッとして、『私』の方を見る。『私』は目を反らさない。

 

「『お前』がいたんだ。情けないこと言ってられねぇよな」

「そんな、『私』はそんなつもりじゃない。初めて見たんだ。ライナーがそんなことを言うのを。ねえ、エレン」

「あ、ああ。流石に一旦休んだ方がいいんじゃねえか?俺達は一日と少し休む猶予があったんだし、お前ら数人休んだところで、兵団にでけえ支障にはならねぇだろ」

「そんな訳にはいかねえぞエレン。壁の穴がどこかわからねぇんだ。塞ぐまで俺達は動くぞ」

「うん。『私』もそのつもりだ」

「僕も。ライナーを支えるつもりだよ」

 

そばでライナーと共に座るベルトルトも答えた。

 

「まあ、お前ら二人の故郷が遠退いちまうばかりだからな……」

「そうだよライナー。故郷だ!帰ろう!もうすぐそこまで来てるじゃないか!」

 

珍しくベルトルトが大声を出したかと思えば、ライナーも何かに気付いたかのように、手を顔から離している。エレンはその言葉に怪訝な顔をするが、疲れていた『私』は、そういう状況もあるだろうと、気まぐれに壁を見下ろした。そのとき『私』は、予想外の人物に声を上げた。

 

「ハンネスさんだ。西にいるって言ってたのに」

 

ーーーーー

 

「北から出発して西側を回ってきたが、穴がどこにもない。東側のヤツとも合流したが、同じだった」

「呑んでたのか?」

「飲むかよ」

 

東、北、西、三方位に張り巡らされた駐屯兵達からの報告に、調査兵らは当然どよめいた。ハンジは即断しトロスト区への待機を『私』達に命じた。無傷の者達は既に早足で、『私』も続くべく遅れて歩き出す。

 

「この五年間で起きなかったことが、こうも立て続けに起こるなんて……」

 

聡明なアルミンでもひどく混乱している。数多くの経験を積んできた上官達は尚更だ。

 

やはりというべきか、謎は深まるばかりだ。

 

『私』のさらに後方にいるライナー達にも早く来るよう振り向いたところで、あり得ない言葉を、『私』の耳は拾った。

 

「俺達は五年前、壁の人類に攻撃を始めた。俺が鎧の巨人で、こいつが超大型巨人ってヤツだ」

 

(……今……なんて……)

 

【ストヘス区で女型を捕えた後、早馬を出した『彼』だけは知らされていなかった。候補になりうる二人の存在を】

 

「俺達の目的は、この壁の人類全てに消えてもらうことなんだ」

 

(消えて……は?)

 

ミカサが『私』に耳打ちするが、誰よりも耳が良い筈の『私』は、その言葉を拒んでいた。

 

「私がベルトルトをやる。貴方はライナーを…ねえ、聞いてるの?」

 

(聞き間違いだ。獣の巨人に一度鼓膜を完全に破られたんだ。まだ治ってないに決まってる。ライナーの言葉も何かの間違いで──)

 

『私』の体は震えていた。二晩を超えて疲弊したこの体は、誰よりも鋭敏なこの両耳は、聞き取った事実を受け入れないよう、全て閉ざしてしまいたがっていた。

 

「お前さあ、疲れてんだよ」

 

(そうだよね、エレン。きっと『私』も、疲れてるからこんな聞き間違いを───)

 

雲の切れ間から、わずかに陽光が差す。

 

「こんな半端な、クソ野郎にならずに済んだのに」

 

涙を浮かべるライナーの顔を、影が照らしている。

 

「もう俺には、何が正しいのかは分からん。ただ、俺がすべきなのは───」

 

ライナーがほどいた包帯から現れたのは、音を立てて噛み傷の治っていく腕だった。滴っていた血は蒸気に変わり、静かに空へと上っていく。

 

「戦士として、最後まで責任を果たすことだ」

 

直感で分かる。事態は動くと。

 

「ライナー、やるんだな?今、ここで!!」

 

(もう。やめてくれ)

 

「勝負は今、ここで決める!」

 

(なんで……なぜ……)

 

『私』達二人は飛び出した。ミカサが先に切り込み、ライナーの右腕を斬り飛ばす。防御の体勢で刃を絡め取られるが即座に柄から外し、ベルトルトがいる位置をもう一方の刃で薙ぎ払う。

 

『私』は潜んでいた彼女の背後から飛び出し、ライナーの心臓にブレードを突き刺した。格闘において最も防がれにくいのは突き技だと、知っていたから。しかしその刃は引き抜けなかった。ライナーの驚異的な膂力か、『私』の手が脱力を始めたからか、刃は微動だにしなかった。

 

ブレードの方が有効なのは明らかだった。ミカサがそうしたように、『私』も彼らの首を落とすべく続く刃を振るえば、それで決着は着いたのかもしれない。突進による勢いも今や死のうとしている。

 

『私』は体中を駆け巡る熱と、丸薬の副作用で悲鳴を上げ軋む全身に何で応えたのか。

 

あるいは普段の『私』なら、いつもの私なら、何かしらの言葉を投げつけていたのかもしれない。理性を働かせて、適宜その場にふさわしい言葉を縫い付けるのだろう。

 

そんなものは、今の『私』には不能だ。合理も、理性も全て、この掌を握り締めることに懸けられていた。

 

(もう、これ以上……)

 

『私』は左の刃を手放して左手の握り拳を、ライナー目掛けて全力で振り抜いていた。前腕の残った腕でライナーは防御する。その腕に刺さったブレードに、拳はめり込む。

 

諸刃でなくとも、打ち込んだ衝撃は鋭い痛みになって、『私』の拳にも返って来る。その痛みも構わず、『私』は殴るのを止めない。『私』は叫びにもならない叫びを張り裂ける喉から上げ、指の付け根から血が吹き出て『私』の頬に掛かろうとも、彼を阻むブレードを殴り続けた。ブレードはライナーの右のこめかみに当たり、一度付けられた顔の傷に再びめり込んでいく。

 

(『私』から奪うな……!)

 

しかし、ライナーは止まらなかった。腕以外がほぼ脱力した『私』と、ベルトルトにとどめを刺そうとしたミカサをも、まとめて突進で吹き飛ばした。刺したブレードは切っ先諸ともライナーの胸から弾き出され、『私』の手元まで撥ね戻る。拾いきれず宙を舞う刃には、血がべっとりと付いていた。確かに心臓まで達したその刃に付いた血は、『私』の成果を無きものにするかのように中空で乾いてゆく。

 

顔の半分程度までめり込み脳幹にまで達しそうなブレードと、『私』を苦痛で歪んだ顔で見つめるライナー。人間の彼と交わした目線は、それで最後だった。

 

壁から力なく落下を続ける『私』を、ミカサは両腕で受け止める。『私』達はアルミンの叫びを聞く。「逃げろ」と、アルミンは言っていた。

 

その直後、いかずちが二つ轟き、5年ぶりに、あの悪夢が顔を現した。

 

【鎧の巨人】

 

尽くせる言葉は無かった。『彼』の身体を駆け巡るその怒りに。憎しみに。

 

 

彼らに救われた日。時には血を吐いて戦い抜いた日々。共に強くなろうと足掻いた日々。

脳裏に閃く思い出の数々が、眼前の鎧の巨躯の中へ閉ざされていく。『彼』の積み上げた全てが、両親を殺して眼前に突き立つあの巨岩に戻ってゆく。

 

『彼』は身体をわなわなと震わせ、口を裂けるほど開いて、巨人からすれば取るに足らない、小さな咆哮を響かせて、ミカサの腕を振りほどいて飛び出した。

 

かの怨敵を殺すために。

 

 

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