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エレンを取り戻した、その翌日。俺は団長の部屋に呼び出された。そこには兵長とハンジ分隊長、それにピクシス司令がいて、五体満足の団長は、明け方でも少しだけくまが出来ていた。まあ、俺もろくに寝れてねえけど、団長はきっと色んな仕事に追われて寝不足なんだろな。俺と違って。
んで、呼ばれた理由についてだ。俺は、ある事情の確認のために、呼ばれたんだ。まあ、バカの俺でもなんのことか来るまでに分かったけどな。
「ウトガルドの戦いで、ミケ班の交戦した巨人の数は分かるか?」
「……詳しくは分かりませんが、75体はいたと思います」
ハンジ分隊長は言葉を詰まらせ、口元を手で覆った。『あいつ』が1日の間に立ち向かった巨人の数は、俺達の想像をとっくに超えていた、とそう思ったんだろうな。
「……今回の襲撃で、遭遇した巨人の数を計上した。『彼』と、駐屯兵団と、そして君の供述から合計したところ、その数は──」
俺は耳を塞いでしまいたかった。でも俺は兵士なんだ。初日に教官から正された敬礼を、崩すことは出来なかった。
「計109体。この数字はラガコ村の住人の数と、完全に合致する」
「つまり、巨人の正体は、”人間”だったと」
俺は失うまで気付けなかった。『あいつ』は、常にこんなに悲しかったんだ。苦しかったんだ。それでも『あいつ』は、あの日南方訓練地に来たんだ。いいや、『あいつ』だけじゃない。エレンも、ミカサもアルミンも。いいや、違うだろ。
“知らなかった”のは俺だけだったんだ。
俺は訓練兵時代の時、たまに『あいつ』らシガンシナ出身の連中の顔が陰る時を見たことがある。別に、あいつらの気に障る言葉を投げた訳じゃねえ。いろんな時にそれを見たんだ。晩メシを終えて一息ついた時。お喋りを終えてふうと笑い疲れた時。俺にはそんな顔をする理由が分からなかった。
あいつらは、思い出していたんだ。5年前に消えた故郷の日々を。なにも知らない俺達が笑う度に。
なんにも出来ないことの悔しさを。なにも出来ないまま、俺の届かないところで、取り返しのつかないことが起きていた。その理不尽を。
肩が激しく震える。努めて普通に呼吸しようとする。吸って、吐いて、その繰り返し、簡単なはずなのに。一つ一つが激しくなって、それじゃ足りなくなって、俺は一つ大きく咳き込んで、兵士の顔がぐしゃぐしゃに崩れちまった。
俺の顔を流れていく涙のせいで、サニーとマーティンを思い出す。あいつらも生まれたときは泣き虫で、母ちゃん達をよく困らせてたから。そして芋を掘り起こしていくみたいに、村の全部を思い出した。
3年と少し前、憲兵になるために俺は村を出た。
出ていくその朝、「遠くへいく」ことくらいしか分からなかった歳のあいつらは、まるで俺がこれから死ぬかのように泣いて引き留めた。町の整った服なんて知らない俺の、父ちゃんのお下がりの風通しのいい服の裾を掴んで、ぎゃあぎゃあ泣いてた。
そんな2人を毎日と変わらず尻のところで捕まえて、家へズルズル引きずっていく母ちゃんは、似顔絵と比べて少し隈と白髪が増えていた。
「村の人たちはああ言うが、立派になって帰ってこい」と、目線で俺に伝えた父ちゃん。
「今に見てろ」と、去っていく俺を冗談交じりに笑う村人達。村の宝と言わんばかりに俺を可愛がってくれたから、遠回しに行かないでくれと願って、あんな意地悪を言ったんだ。多分。今なら分かる。
もう、誰もいない。巨人になっちまった母ちゃん以外には、誰も、俺の村には。
ー2ー
分隊長と団長はまだ話すことがあるみたいで、俺は先に帰らされた。
扉を出て回廊の角を曲がると、『あいつ』が入り口の光を背にして立っていた。証人として俺より先に呼び出された筈の『あいつ』は、ずっと待っていた。
「よお」
真っ赤になった目元を隠しきれなくて、俺は先に呼び掛けた。『あいつ』はなにも言わないまま、並んで俺と一緒に外に出ていく。
「ごめんな。俺、なにも知らなくて」
「そんなもの、知らなくて良かったんだ。知らない方が良いに決まってる」
『お前』はそう言って強がる。いや、強がる、じゃなくて、もっと、こう……。
「訓練兵の時からそうだったけどよ、『お前』と話してると、俺、サニーとマーティンを思い出すんだ」
ちくしょう。俺がもっと頭が良ければ、もっと丁度いい言葉を思い付くんだけどよ。頭に言葉が流れてきても、どれが正しいのかすぐ選べねえんだ。
「ミカサが言っていたな。『分からなくていい』って。『私』達の味わった痛みなんて、コニーは知らなくて良かったんだよ。知らないまま、あの勧誘式から立ち去って、憲兵になってれば良かったんだよ……」
「……下の兄弟ってさ、俺達年長が思ってるよりずっと色んなこと考えてんだよな。ちっちゃいなりによ。兄ちゃんのため、母ちゃんのため、父ちゃんのため、ってさ。……『お前』のそういう気遣いが……どうしても……あいつらを……」
寒くもねえのに俺の両肩が震える。押さえようと必死に腕で押さえ込んでも、震えはやめてくれない。瞼をギュッて閉じてても涙が出てきて、口を結んでも息が漏れちまう。
俺の声を聞き付けたのか、まだ眼を開けないけど俺の方に誰かが歩いてくるのが分かる。俺の肩に、誰かが触れるのが分かる。
いつもならふざけあって、バカにし合って、背中を叩き合う仲の、あいつの手だって分かった。
俺は膝から崩れ落ちてしまう。俺は、こんなところで立ち止まっている場合じゃねえ、ってのに。
悔しくて、悔しくて。
まだまだ足音が聞こえてくる。ああちくしょう。見るんじゃねえよ俺を。俺は天才なんだぜ?天才が泣く訳ねえだろ。普段の俺ならそう言うぜ。ホラ、早く言うんだよ。でも、そう念じても言葉は出てこねえ。皆寄り添って、静かに俺の側に立っていやがる。
「サニー……マーティン……父ちゃん……母ちゃん……」
袖で何度拭っても、涙は止まっちゃくれなかった。
調査兵になったことも、いつか伝えればいいと思っていた。いつか、『あいつ』から学んだ手紙の書き方で、書いて、送って。多分返事はこっぴどく叱られる内容なんだろうな、って、そう思ったから書くのも渋って。でも、もう、みーんな、今となっちゃあどこにもいない。
いつか任務を終えて、村に立ち寄って驚かせるか、とも考えてた。それも、もう、できない。
俺はずっと名前を呼び続けた。俺の大事な家族の名前を。俺の知らないところで消えていった家族達を。