進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第8話 初めての狩り

 

─1─

 

以前の約束通り、私とサシャは、訓練の休日を利用し、近隣の狩猟が解禁された土地に、狩りへと出かけた。事前に書類の申請や手続きは済ませてある。頭の悪いことでおなじみのサシャでも、この手続きはスラスラと済ませていた。肉が絡んだ課題だからか、あるいは狩猟民族ゆえ、こういった手続きは何度も経験しているからか。早朝、眠い目をこすり、霞も見えるまだ涼しい木立の中へ歩を進めていく。

 

「あなたの立体機動、気に入りました!」

「突然どうしたんだ?藪から棒に」

サシャは弓を、私は猟銃を携え、姿勢をやや低くしながら、まだ見ぬ獲物に感づかれないよう、森の中を進む。

「あなたの立体機動は、兵士というよりも、狩人みたいで素敵です!時間をかけて、獲物を確実に追い詰めるような感じですね」

「ああ、普段はどちらかと言えば、獲物を観察して、適切な機会を伺うのが、私の戦い方なんだ。多分、それが狩りに近いんだろうな」

 

立体機動の演習は、あの時以降、より慎重に、周囲を観察するように立ち回っている。

 

「あれ、でも最優秀成績を取った時のあなたは、とても凶暴な獣のような機動でしたよ。なにが違ったんでしょう?」

 

やっぱりその話題にはなるだろう。あの時は得意げにはなっていたが、正直、後悔し始めている。

 

「うーーん、競争だったから燃え上がったんだと思う。あと、他の優秀な兵士がまだ立体機動を完全に制御できていないような気がして、勝とうとする気持ちが前面に出ちゃったんだ」

「そうだったんですか」

「ああ、だから、あの結果の後舞い上がっちゃって、死にかけた。ライナーやベルトルトが助けてくれて、幸い怪我も無く済んだ。」

「ええ!?死にかけるなんて、それは初耳です!」

「……ああ。でもやっぱり、軽率だったと思う。久しぶりに、楽しいって思ってしまったから。鼻をあかしてやろう、なんて調子ぶってさ」

「……でも、こうして狩りに行けてるわけですし、何が起こるかなんてわからないですよね!」

 

彼女はずいぶんと前向きだ。……いや、この反応はバカ特有の楽観視だからか。バカなんて言っちゃいけないか。

その前向きさに、呼応する。

 

「そうだな。より慎重になって、周りのことが良く見えるようになったし、結果的にいいか」

「ええ。良い結果がよい教訓になるわけでもないと、私は思いますよ」

何やら利発な答えが返ってきた。なぜだろう。

「それはどうして?」

「狩りでいろいろ学んだんです。その時に───」

「待った!何かいるぞ」

 

 

幸運にも、茂みの向こうにウサギが一匹いた。視野が広い動物だが、視力はあまり良くない。若干距離が近いように思えるが、気づかれなかったのだ。初めての狩猟には丁度いい獲物だ。

 

「先に私が猟銃で仕掛ける。それでいい?」

「ええ。お願いします」

 

サシャはすでに、弓に矢を番えている。弦を引く音も恐ろしく静かだ。いや、擦れる音一つ聞こえない。彼女は、すでに獲物を射殺さんばかりに集中しきっている。

 

「よし」

 

サシャの邪魔をしないように、私も静かに猟銃の提げ紐を肩から降ろす。すでに弾は込められており、後は構えて撃つだけのはずだ。態勢を整え、枯れ葉一枚踏まないよう、地面と手元を交互に確認する。ゆっくり地面と平行に銃を持ち上げ、銃床を肩に押し当て、グリップを握る。用心金のやや前を他方の腕で持ち、銃を固定。あとは引き金を引くだけだ。

弾道を予測し、静かに、ウサギを見つめる。ウサギはフコフコと地面の匂いを嗅いでおり、つぶらな瞳で地面を見つめ、両の前足で掘り始めている。こちらを認識していないようだ。

(よし!撃つぞ)

 

「カチッ!」

 

しかし、弾は出なかった。

 

「あッ?」

「ええっ!?」

 

私が挙げたみょうちきりんな声に、サシャもこちらを向いてしまった。

「まずい!ウサギが!」

「ああ、しまった!」

 

急いでサシャが追撃の矢を放つも、ウサギには逃げられてしまった。後には、さっきの獲物が掘り返した土の小山だけが残っていた。

 

「ああああああああああああああ……」

 

二人で落胆の大合唱をする。まさか、私の思い違いで、銃弾がそもそも込められていなかったとは。

 

「ごめん!本当にごめん!」

 

頭を下げる。

 

「うう……お肉……久方ぶりに食べられると思ったのにぃ……」

 

サシャは私の謝罪そっちのけで、ウサギが逃げていった方向を見つめて口から涙を、もといよだれを垂らしていた。せっかくベルトルトから射撃術を手ほどきしてもらったのに、私の不注意ですべておじゃんだ。肉、私も食べたかった。

 

 

「あ!でも見てください!」

 

サシャが、先ほどウサギが掘り返していた地面をさらに深く掘ってみる。すると、明らかに希少そうなキノコが出てきた。非常に大きく、土を払えばきれいな白色を放っている。

 

「こ、これ……滅多に取れない希少な菌類です!内地の貴族でも産出数が少なくてあまり食べられない、あの!」

「内地の貴族でも!?」

度肝を抜かれた。こんな希少な食材が、なんの変哲もない森の中で自生しているなんて。

驚くべきことに、ウサギを取り逃がす苦い経験も、このキノコを掘り当てる至福に転じたのだ。

「はやく、早く袋にしまって帰ろう!見つかったら召し上げられるかもしれない!」

「はっはい!」

 

聞くが早いか、サシャは目にもとまらぬ速さで布袋の中にこれを仕舞う。本来肉を詰めるために持ってきた袋だったため、全くキノコの大きさにあわず、緩んだ生地の底にしこりができたかのようなこぶが出来ていた。

私たちは、抜き足差し足で狩猟地を出た。検問は手ぶらと誤認して、私たちを間抜けを見るような目で見送った。

 

─2─

 

「いやー、初めての狩りで獲物を持って帰れるなんて、なんて幸運なんでしょう!」

「獲物?いやいや、肉じゃないんだし、獲物と呼べるものじゃないだろう」

 

結局、収穫が高級なキノコ一つの私たちは、市場で食材の買い出しを行い、兵団の厨房も借りずに、外れの野原で自炊することになった。訓練地から鍋やナイフ、薪などは拝借した。

 

「いえいえ、そのキノコ、改めて見るとかなりの大物ですし、おまけに高級なんですから」

「あーーでも、やっぱり肉が食べたい!」

 

落ち着き始めたサシャに対し、私は今頃悔しさがぶり返す。買ってきた食材も、頭の中に思い浮かべていた真っ赤なシチュー、そのための具材に相違なかった。

芋を切っていく中で、サシャに問う。今は空腹を紛らわす、ってところだ。

 

「そういえば、サシャはなんで弓を使ったんだ?狩りなら猟銃なんじゃないのか?」

「私たちの村は、あまり外向的な村じゃなかったので、今でも弓を使っての狩りをするんです。でも、父さんは新しく人を迎え入れようとしてるんです」

 

山奥の狩猟の村と聞いてはいたが、あまり外の文化を受け入れたがらないのか。シガンシナで過ごしていた私には無い感覚だ。排他的、とでも言うのだろう。

 

「そういうあなたは銃を使ってましたけど、なぜですか?」

「弓がまず扱えなかったし、それに、ベルトルトがいたからね。彼に教えてもらった」

「へえ。あの人、意外な特技があるんですね」

「ああ。私も知らなかった」

 

銃の腕前は、正直訓練ではあまり見かけることはない。対人格闘訓練の一環で射撃の訓練も実施されるが、先のアニの発言どおり、巨人を倒すための技術以外は、点数の配分が著しく低い。この訓練も、その例に洩れなかった。

しかし、サシャと狩りに行く数日前、弓よりも確実な殺傷力を持つ銃の技術を学ぼうと人を探していたためか、普段あまり目立たないベルトルトの射撃の腕が目に留まった。今こそ好機と頼み込み、やや引かれながらも教えてもらった。うまくはいかなかったが、また改めて、お礼を言わなくては。

 

「私は、兵士になったら肉が食べられると思って志願したんですけどね。全く、肉のにの字も無いじゃないですか!」

 

茹でたトマトの皮を剥きながら、サシャは愚痴る。

別に訓練地も豊かではなかった。美味しいものにありつけるとは思っていなかったが、開拓地とさして変わらない食生活になるとは思いもしなかった。

 

「ああ。巨人に、領地を奪われたからだ。あいつら人しか食べないくせに、全く、腹が立つ」

「そうですよ!一刻も土地を取り戻して、牛や豚を増やしてもらわないと!」

「ああ。そのために、もっと強くならないと」

 

食材を刻む音が早くなる。言葉と体が合致して面白い。私も手早く準備を進める。

 

「サシャは、自分の故郷、好き?」

訊いてみる。

「……どっちでもないです」

引っかかる答えだ。……いや、私の故郷はシガンシナだ。きっと、私のことを慮って、答えに迷ったのだろう。軽率だった。

「さっきの質問はナシだ。……鍋の準備、出来たぞ」

「わかりました!」

 

サシャの声色は明るくなり、刻んだ食材を鍋に入れ始める。本来、肉がふんだんに入ったトマトシチューになるはずだったが、キノコが肉の代わりとなる。ダメもとで下ごしらえもしてみた。キノコに独特の切り込みを入れてスープが染み込みやすくしたり、根菜を向きと平行に削ぎ落すように切ったり、芋をあえて大きな形に切ったり。はてさて、うまくいくかどうか。

具材を入れ、ゆっくり煮込むこと四半刻、

 

「出来た!」

 

肉なしトマトシチューの完成だ。見てみるとなかなかどうして、肉が無くても映える見た目をしている。香りも申し分ない。

「よし、じゃあまずサシャから」

「やったぁ!いただきます!」

「ああ、熱いから気を付けて───」

 

私の忠告も構わず、サシャは急いでお椀に口を付ける。一瞬ビクリと体が跳ねるが、すすり続けた。舌をやけどしたな、これは。

少しの沈黙と飲み下す音を響かせた後、サシャは叫ぶ。

 

「おいしいです!肉が無いのに!」

「ははっ、そりゃ良かった。肉が無いのにな!」

つられて笑いが起こる。さて、私もいただこう。と思ったら、サシャは二杯目をよそっていた。まずい。食いつくされる。

「お玉貸して、ホラ」

サシャは渋る、が、すぐに私に渡した。私も、夕焼け色のシチューをお椀に注ぐ。フー、フー、と息を吹きかけ、ゆっくりと唇に近づける。人肌と同じほどの熱を唇で受け止め、安全と判断し、口を開く。酸っぱさが消え、甘いトマトの味が口に広がる。続いて、ショウガ、ニンニク、コショウの風味が流れ込む。

 

「ふぅ。美味しい」

 

恍惚と上向きに息を漏らす。体がすぐに温まる。スプーンを片手に、さて、中身のお楽しみだ。

 

切り込みの入ったキノコと、大きめのジャガイモを掬い上げ、匙のくぼみ、その余白を埋めるスープと一緒に口の中へ。軽めに前歯でほぐし、犬歯、奥歯へと転がっていく。噛みしめるたびに、程よく味付けられた具材がその味を引き出す。キノコの食感も、肉のそれと変わりない・・・ような気がする。

 

「うむ……おいし」

「ぷはぁ。もう一杯」

 

サシャが鍋を覗き込む。私もその方へ向き直る。すると、鍋はほとんど空になっている。あと一、二杯分あるかないかだ。

 

「ええ!ちょっと!」

「へ?どうしました?」

きょとんとするサシャ。……侮っていた。食欲旺盛だと思っていたが、食べるペースの速さは全く考慮していなかった。

「……いや、なんでもない」

そうだった。初めて立体機動の演習があったあの時、卑怯な戦法の理由をサシャに押し付けたんだった。あの時の礼は、まだしていない。ここは、最後の一杯はサシャにあげよう。

「……そうですか。じゃあ、いただきます!」

サシャが最後の一杯を食べている最中、鍋を火もとからどけ、水の入ったケトルを懸ける。

「ん?はぐ……はぐ……なんでふか、それ?」

「食後のドリンクだ。まぁ、デザートの代わりだと思ってよ」

「わかりました。もぐもぐ」

あの人、懐からパンを取り出してる。……まあいいや。

 

─3─

 

じっくり、火を見守る。強すぎないように、火掻き棒で加減を調整する。いつの間にか、サシャも食べ終わり、向かい合って火を見つめている。……思えば、焚火に懸けて煮るのは初めてだ。うまくいくのだろうか。いや、それより……

「よし、出来た……と思う」

タオルを持ち、ケトルの取っ手を掴む。そして、取り出した葉っぱの包み、指でつまめる程の大きさのそれを、ティーカップの中に入れ、湯を注ぐ。包みは湯の勢いで少し浮き、渦に従って、ゆっくりと弧を描く。

「はい、どうぞ」

ティーカップと皿をサシャに渡す。おずおずと受け取り、サシャは取っ手に指を掛ける。そして、口に近づけるが早いか、一息に飲み下す。

「あ」

「う……ちょっと……独特の味ですね、これ」

サシャは左眉を吊り上げ、しげしげと茶葉の包みを眺める。

「うーむ、やっぱり失敗か」

「失敗?どういうことです?」

サシャが紅茶を飲む作法を知らなかったのは新しい発見だとして、それとは別に、やはり茶葉が安物では、満足いく質には仕上がらなかったか。

「これは紅茶と言って、香りを楽しみながら飲むものなんだ。味もそれなりに良いはずなんだけど、多分、茶葉が駄目だったんだと思う」

「へえ、これが紅茶……」

サシャはぼんやりと眺める刹那、急に背筋を伸ばし、いかにも正しい姿勢を取っているとアピールするように座った。

「えっと……何してるの?」

「いえ、ただ、じょ、上品だなと思いまして……」

「かしこまらなくていいよ。家でもたまに親が飲んでいるのを見ただけだったし、私は淹れる一方だったんだ。」

安物とはいえ、包みは予算を考慮しても一つしか買えなかった。私は右ポケットからスキットルを取り出し、空になったそれに余ったお湯を注いでゆく。

「あの」

サシャがさっきの姿勢のまま、私に訊く。

「それの中身も、紅茶なんですか?」

「これ?これはそれっぽい何かだよ」

昔シガンシナの家にあった図鑑を調べ、森に入っては野草を煮出して飲んでいた。これはそれの名残だった。

「……飲んでみても、いいですか?」

「うーん。あまりお勧めはしない」

正直、今日の中身は人を選ぶ味だ。さっきの紅茶でも妙な顔をしたサシャには、おすすめできない。

「一口、ひと口だけでいいので」

「……わかった」

何事も無いといいが。サシャにスキットルを渡し、彼女は飲む。

「……っむ!」

吹き出した。やはり、飲ませるべきではなかった。サシャは少しせき込み、私に訊く。

「な、なんですかこれ……。なんかスーッとするような変な味です」

「やっぱり口に合わなかったか。ごめん!これは気つけのようなヤツなんだ」

今回は清涼感のある葉を集めたものだ。目が覚めるような刺激的な味だ。紅茶とは別モノと言える。

「ふぅ。……でも、なんだかスッキリしたような、へんな感じです」

彼女もわかるようだ。キノコの件といい、落胆する結果が良い影響をもたらしている……のか?

「むむむ……そうか」

清涼感を味わうためか、大きく息を吸っては吐くサシャをよそに、地平線の遠くを眺める。ここからは見えないが、確実に壁がある。とてつもなく遠いが、私たちを阻む、壁が。風はそよぎ、草むらはさわさわと音を立てる。砂煙が立つほどではない、穏やかな風だ。まだ日は高い。もう少し、ここの景色を楽しむことにする。

「あの、そういえば、あなたはなんで兵士を目指すんでしたっけ?」

「ああ。私は───」

鎧の巨人を殺す。両親の仇を討つために。今日という日も、その目標に近づくための何かを秘めていると信じる。この穏やかな時間も、役立つはずだ。

「ここを選んだ理由、聞きたい?」

「はい」

「キノコ、誰かに横取りされないため」

「でしょうね。ここ、とても静かですし、穴場みたいなものなんですかねぇ」

「ああ。風が気持ちいい……」

両手を広げ、暖気をめいっぱい浴びる。早朝の露もどこへやら。とても穏やかな時間が流れていた。今日のような日も、あっていいはずだ。サシャのことも、よく知ることができた。

「また狩りに行こう。次こそは何か仕留められるといいな」

「はい!お肉、今度こそ!」

サシャは鼻息を荒くし、勢いよく立ち上がる。

「よーし!片づけますよ!」

「……今から行くわけじゃないよね?」

勿論そんなことは無く、片づけを済ませ、二人のんびり、行楽気分を味わいつつ、訓練地へと帰って行った。

いい結果が伴わずとも、そこから得たものはとても心地よかった。仲間がまた一人増えた。芋女という好奇の存在ではなく、サシャ・ブラウスという、新たな朋友が。

 

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