名もなき英雄の軌跡(進撃の巨人2二次創作)   作:なげすて

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最終章 区劃されし【道】編 第80話 異形の双刃

─1─

 

入団から71日。

 

「型が完成したから来い」と通達があって、『彼』は嘗て父が働いていた内地の工場にやってきた。二本の【異形の刃】を携えて。

 

「突然見覚えのある名字からの依頼があって、いざ確認してみれば先代の工場長のお子さんからのものだとはね」と、現工場長は言う。工場長に父の仲間の息は掛かっていない。そして、父が去ったあとすっかり寂れた工場に、『彼』の寄越した依頼から、家族の縁以上のものを勘ぐれる者はいなかった。

 

工房に通された『彼』は、依頼と同じ寸法の鋳型が造られていることを確認し、縦に頷いた。

 

「作業は『私』が直々にやります」と、『彼』は人を払った。

 

兵士の科目に割り振られた巧術には、実際の装置の製造方法も学ばされる。

 

本のように綴じられた鋳型を開いて溶かした鉄を流し込み、持参した【異形の鎧の巨人】の二つの破片を滑り込ませる。鋳型のもう一方を閉じて、静かに、冷却が終わるのを待つ。フシュウ、と漂う蒸気を手で払うこともなく、充満し、霧散するまでを眺めている。そして、鋳型は開かれた。

 

柄に完全に収まった二振りの【異形の刃】を、『彼』は見下ろす。

 

(依頼から一ヶ月……やっと完成した。…………この二振りがあれば……)

 

初めてこの刃を手に入れたときのことを思い出す。

 

一つ目を手に入れた契機は勝利によって。二つ目を手に入れたのは、失った一人の巨人の咬合によって。

 

いずれも、『彼』は決定打になりえてなかった。『彼』がいてもいなくても、この二本は誰かが拾っていたかもしれない。

 

(……あったところで……なんだと言うんだ?)

 

エレンを取り戻す戦いで自傷した右手の傷が疼く。

 

この刃はあの鎧に通用しなかった。その事実が、疼きを止めてくれない。

 

(まだできる限りを試した訳じゃない。それは分かっている。でも、しかし、『私』一人が強くなったところで、何かが変わったりしたか?巨人の力が無ければ、切り抜けられなかった状況ばかり……)

 

脳裏に過る交々と裏腹に、『彼』は明るい面持ちを変えぬまま工場の人々に礼を述べて、足早に立ち去った。

 

─2─

 

『彼』の入団から73日。

 

「うん。形も長さも違うけど、振るう感覚は超硬質ブレードとほぼ同じだ」

 

旧調査兵団本部の自室で、完全武装を終えた『彼』は【異形の刃】の手触りを確かめていた。兵士長と、エレンと、『彼』。もはや三人しか住まわないこの本部は、刃を一度振るうだけで硬い城郭全てに反響してしまいそうだった。

 

既存のブレードと同じ機構が、【異形の刃】の柄には備わっている。アンカーを射出するための引き金も、アンカーの方角を決める撃鉄もしっかり付けられている。柄のデザインも瓜二つだ。異なるのは、刃を換えることだけは絶対に出来ないこと。

 

ひとしきり確認を終えて、『彼』は日誌を取り出して、描き記した。異形の刃の姿を。描き終えたまま、『彼』は今一度開かれた二つの頁を眺める。

 

日誌には、これまでの全てを可能な限り記してきた。始まりは、開拓地の支給品の中からこの一冊を選んだことからだ。

 

寒空の下、顔見知りも少ないまま夜を迎えて、足りない毛布で凍えていた『彼』に布を一枚渡してくれた親切な老人が、翌朝には冷たくなっていたこと。

 

耕す春に、芽吹きの季節と縁遠い貧相な草を食んだこと。

 

育ちを守る夏に、肌を噛む虫と熱気に苛まれる中、湿気で頁に走らせる筆跡が滲んで苛立つも、その弱る日誌に己を投影せずにはいられなかったこと。

 

実りを頂く秋に、その殆どを兵士へと捧げて、一年近く長らえた開拓地の生き残りも、名を交わした面々しか残っていないこと。

 

二度目の冬に、面接の日から合格が出るか眠れなかった日々のこと。

 

初めての訓練で、適性を見られたこと。

 

出会った仲間達のこと。

卒業までの過酷な道のり。

ユミルとの約束。

仲間を喪ったときのこと。

繰り返さないと誓ったこと。

そして、その誓いも守れない、己の無力さも。

 

全て『彼』とユミルしか知り得ない文字で記されていた。

 

『彼』はマルコを救えなかった。

『彼』はリヴァイ班を救えなかった。

『彼』はゲルガーとナナバを救えなかった。

 

エレンの奪還のために結集された150人余りの兵のうち、6割が戦死した。その面々の中には、104期の顔ぶれも含まれていた。

 

調査兵団に入団した新兵達21人は、未だ欠けてはいない。それでも、ジョルジュ含む他兵団の新兵達は、この戦いでほぼ残らず死に絶えた。

 

頁に記せなかった数多ある犠牲者達が、『彼』の身体を、心を、押し上げ続ける。

 

(『私』はユミルも救えていない。誰一人として、『私』は守れてなんかいない)

 

そう記した箇所が、ひどく汚れていた。誓いを守れなかった、あの時を何度も思い出して、その汚れた頁だけは何度も、開かずにはいられなかった。

 

念は身体を伝わり、『彼』は胸を手で押さえる。ミカサ達に刃を向けたときと同じような逆蠕動が、心臓の辺りから登ってくる。胸を押さえた手は、やがて口へ。

 

「う、うう……」

 

頁の汚れは、血で出来ていた。口からこみ上げるものを受け止めた『私』の手は、赤黒く汚れていた。それは新しく受け入れたもののために、元あったものを膿として追い出そうとしているかのようだった。

 

初めて吐血したのは、丸薬を手に入れて、リヴァイ班を喪った辺りから。不意に吹き出た血を受け止められず、頁は汚れてしまったのだ。あれからすっかり、受け止めるのにも慣れてしまった。女型を捕獲してから跨ぐ夜には、いつもあの景色が浮かんでくる。

 

光の大樹が、砂の雪原から暗黒の空へと大きく伸びる、あの夜景が。初めて見た時には、大樹の形状をとっていることすら分からないほど霞がかっていたその景色も、日々を経るにつれ、輪郭が少しずつはっきりし始めていた。

 

(青の丸薬……その副作用が、ただの疲労の先送りだとは思っていなかった。そんな便利な力では無い、って。でも、信じたかった。巨人という物質の法則を無視した存在がいるんだ。そういう可能性を持つものが他にあるんじゃないか、って)

 

血を拭い、『彼』は懐から一枚の紙を取り出す。誰にも、いいや、ユミルにしか読み解けなかったあの文字列。その解読方法を懇切丁寧に記した、決して小さくない一枚の紙を。

 

(でも、望んじゃダメなのか?彼らのように……エレンやミカサや、リヴァイ兵士長のように。……ううん。彼らだけじゃない。ジャンも、コニーも、サシャもヒストリアも。ここにいる誰もがそうだ。そんな『特別な存在』になりたいと、望むことさえ、許されないのか?普通の人間が、超常的な力を望むことさえ…………それならば)

 

『彼』は日誌の末端にそれを挟み込んで閉じた。一つの決意を込めるかのように。

日誌を閉じれば、ちょうど『彼』の部屋の戸を叩く音がした。

 

「オイ、召集かかったぞ」

「ああ。今行く」

 

エレンの声を聞いて、『彼』は歩き出す。それでも丸薬の包みも、日誌も、頑丈な革製の背嚢も手放さず。

 

─3─

 

旧本部の山道を三人が降りていく。リヴァイ班が全員揃っていた頃に、馬上の高さで頭がぶつからないよう、枝を丁寧に切り落としたトンネルを。そのトンネルも、往来と人が減れば、たった数日で容易く森へと戻ろうとまた枝を伸ばす。そんな鬱蒼とした陰りを何度か潜れば、『彼』は馬上から一人の兵士が佇むのを見つけた。風も立たない木々の間で黒い髪を揺らし、マフラーを巻いた一人の少女を。

 

「……ミカサ」

 

「僕もいるよ」と言わんばかりに、アルミンはミカサの袖を掴んでいる。息が上がっているのを見るに、ここに来るまでなんとか引き留めようとしていたようだ。

 

(……さすがに馬には乗っているか)

 

「ミカサお前!なんでここが分かった!?それより怪我───」

「寝てる場合じゃないから迎えに来た。エレン、一緒に行こう」

「団長から召集が掛かったんだ。ミカサの独断じゃないよ。ここまでエレンを探しに行くことは別だけどね。無茶が出来ないのは変わらないし」

「そういや、なんとか徒歩で着いてこようとしたっけか。エレン。地下で話しただろ?」

「だからって次は馬で来るなんて……お前はホントに……オレのせいで」

「私が行きたいから着いていくの。誰にも邪魔はさせない」

「そう。だから、止めておきながら僕も……ね」

 

アルミンはポリポリと頬を掻いて、非力さに方便を持たせた。

 

「気は済んだか?」

「兵長!は、はい!オレらもすぐ向かいますんで」

「山を降りるまではどのみちすっトロく歩くしかねえんだ。別に……俺は、『お前』に訊きたいことがあるんだがな」

 

兵士長は歩きながら『彼』の方へと目線を送る。

 

「『お前』、旧姓は分かるか?」

「確か、エルザラール、……だったと聞いてます」

「そうか。……なら祖父母の代は?」

「ええっと……すみません。引っ越してから交流が無くて……。あの、兵長?さっきから何を……」

「ならハッキリと訊くが、『お前』には、そこのミカサと同じように、バカみてえな力が湧いてきたことがあるか?」

 

丸薬のことを訊かれた、と、『彼』は考えた。

 

「……ありません」

「そうか。……俺の見立てでは、『アッカーマン』という姓に、何かヒントがありそうなもんだが……そうか。情報が無いなら仕方ねえ。ともかく、ある時、ある瞬間に、突然バカみてぇな力が湧いてきて、何をどうすればいいか分かるようになる。俺にこのクソッタレの世界で生きる術を教えた師匠も、同じように目覚めたそうだ。俺にもその瞬間はあった……」

 

『彼』は思考を巡らせ、改めて、アッカーマンという姓が、何親系にも渡って存在しないことを確かめ終える。

 

「俺の場合は……ある大事なものが奪われそうになった時に、力を得た。……本当に、何も、無いんだな?」

 

兵長は『彼』をきつく睨む。本当に何もないのか、と。力を得る機会が一切無いかのような、冷淡で薄情な人格こそが『お前』の本性なのかと、尋問するかのように。射すくめられても、『彼』は最早その目線に、恐れを感じる必要も無くなっていた。

 

「はい、ありません」

 

(……『私』は、自分をそんな冷たい人だと考えたことは無い。そんな脅しをしなくても、仮にもしそんな人格だとしても、『私』がやったことに変わりはない。そうだ。『私』が奪ったんだ。誰かにとって大切な人を。何度も。何度も。偏に自分が弱いがために。

 

悔いのない選択をしろ、と、兵士長は言っていた。分かっている。大丈夫です、兵士長。これから『私』がやることに、悔いはありません)

 

「君達に刃を向けたこと……君達は許しても、『私』は、自分を許せてない」

「結果的になんとも無かったんだ。僕達も、もう気にしてないよ」

「……『貴方』のあのときの殺意が、兵長が言っている力?と、関係が無いのなら、一体なんなの?」

「……分からない。結局、あの瞬間以来、『私』が理性を失うことは無かったから。また鎧の巨人と戦った時だって、あんなことにはならなかった。…………きっと、あれが『私』の本性なのかもしれない。だってそうだろ?今まで散々見殺しにしてきたんだ。沢山の仲間を。すべての犠牲は今このときのため、って、盲信してた。それが『私』なんだ」

 

(だから、贖うんだ。これから)

 

「そんなことはねえ。それならオレ達も同じだ」

 

馬の頚をぶつけて、エレンは『彼』を否定した。

 

「オレがもっと早く巨人になっていれば、巨人の力に気付いていれば、あの日、シガンシナで起きていた悲劇も、止められたんじゃないか、って。後悔すんな、って兵長は言うけどさ、そう、願わずにはいられない時だって、ある」

「私達にも、助けられなかった人達が沢山いる。兵士の頃だけじゃない。お父さんもお母さんも。おばさんも」

「『私』がいながら取り零した命が、あまりに多すぎた。君達を責めてなんかいない。これは『私』の無力さの問題なんだ」

「力が無いからって、誰かを助けられなかったからって、自分を残酷だなんて決めつけることなんか無い。『君』はあの時、僕に声を掛けてくれたじゃないか」

「いつ。いつのことだ」

「僕の祖父が、いなくなったあの時に、初めて『君』と会った、あの時に」

 

アルミンの言葉が、どれ程『彼』に響いたか知る由もない。しかし、『彼』はそれ以上語ることを止めた。

 

ウォール・シーナの南部突出区。エルミハ区へと、五人は向かう。来るべき最後の戦いに向けて。

 

 

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