名もなき英雄の軌跡(進撃の巨人2二次創作)   作:なげすて

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第81話 迎え撃つ兵士、忍び寄る戦士

─1─

『私』の調査兵団入団から74日。

 

エレンを奪い返した後、『私』達は10日ほどの休みを貰っていた。しかし、その休みという言葉も「期間中に戦闘行為を行わない」建前で、あくまで次の開戦に備えるための期間だった。ベルトルトに吐いたアルミンの嘘が、報復の引き金になるかもしれないと想定して。

 

ウォール・シーナの南端、エルミハ区。今日に至るまでにそこにもはや市民は一人も残っていないが、その中央にある兵団本部で、調査兵団の総員と、駐屯兵団、憲兵団の選りすぐりの兵士達が集結し、来るべき時に備えて、作戦会議を進めていた。

 

その会議の中に、アルミンや『私』、ミカサやエレン等の新兵も、当然のように加わっている。エレンを取り戻す折に、多くの熟練の調査兵が失われたから。

 

エルヴィン団長は、長い間本部の天井を眺めていた。本部の頂点に鎮座するある物が、確かに機能するよう賭けている。しかし、卓に広げられた地図に指を置いて話されるアルミンの仮説に対して、エルヴィンはいつものように視線を戻して傾聴する。

 

「……ということかもしれません」

「ふむ、『どのみち攻めてくるなら、北からではなく南からであろう』と?」

「はい。奴らは仕掛けてくるときには、必ず巨人の群れを率いて攻めてきていました。より勝利を確実なものにするために」

「北側には、彼らが率いるための巨人はほぼいない。【異形の巨人】を退けて以来、警備を固めていた駐屯兵団が、ただでさえ少ない北側の巨人に対して積極的に攻勢に転じ、殲滅したから。そして連中はエレンを拐ったとき、南に向かっていた。奴らの本拠地は南にあると考えたほうが合理的だと言えるだろう。」

「攻めてくるとすれば、おそらくここ、エルミハ区を狙うと考えます」

「焦点となるのは、奴らがどれだけ君のハッタリを信じているかだが、どうだろう、明確な根拠はあるのか?」

「はい。僕はウォール・ローゼ北のユトピア区でアニが囚われてると、ベルトルトに揺さぶりを掛けました。その時には動揺を誘えましたが、その後も彼がそれを信じるかどうか……。でも、診療所から退院した、ある駐屯兵が鍵を握るかもしれません」

「ピーク・フィンガー、か」

 

団長が『私』の方を向いた。喚問のように、『私』は一歩前に出る。

 

「恐らく彼女が、もっとも正しい情報を持っている筈です。彼女が最後に会話した存在は、女型捕獲作戦に参加した調査兵である、『私』ですから」

 

彼女に情報を明かしたのは、他ならない自分だ。アニが本当はどこにいるのか。彼女に教えてしまった。

 

彼女を只の兵士だと思っていた。長らく生き延びている彼女を、『私』は奇跡だと思っていた。エレンという、巨人化の力を持つ者が現れるまでは。

 

この壁内での傷病者の症例、完治か死亡か、治癒までの期間の全てを記したカルテ。束ねられたその膨大な資料を、ヒストリアは卒業までに勤務がてら網羅していた。彼女の証言を以てすれば、ピーク駐屯兵の生存は、奇跡を通り越して、【不気味】だった、と。

 

『私』の一抹の懐疑と、ヒストリアの知識、そして、一年もの長きに渡る静養が報われたと駐屯兵に話したことで、奇しくも敵の針路を絞り込めた。

 

「ですが、まだまだ確証が足りません。彼らが、素直にこのウォール・シーナだけを狙うでしょうか。人類への打撃を考えるなら、壁を破壊しながら攻めてくるかもしれません。いや、それよりも、獣の巨人のように、また私達の知らない戦力を確保して、直ぐには攻めてこないのかもしれません」

 

「ならさっきの問答で分かる筈だ。奴らが攻めるときはこれまでは南からだった。なら俺達がやることは単純だ。南を突破されねぇこと。このエルミハ区を防衛することだ」

兵士長はヒストリアに主張する。

 

「ヒストリアの主張も、理解できなくもない。敵の戦力については依然、我々は無知だ。しかし、時間については向こうが掛けられる猶予は無い筈だ」

「といいますと?」

 

エルヴィン団長はリヴァイ兵長を見つめる。兵長はハナから合点がいっていたかのような目線で返す。エルヴィンは話を続ける。

 

「漏洩した情報に確かな証拠が無くても、敵がその好機を逃すとは考えにくい。奴らにとって幸運なことに、リヴァイは足を痛め、満足に動けない。アッカーマンも肋骨に幾つかヒビが入っている」

「到底普段の動きは出来ねえな。やるしかねぇのは確かだが……ムカつくことに変わりねえ」

 

ミカサは黙っている。己の本領を発揮できないことに口惜しさを感じているように、唇を噛む。

 

「奴らがこの機運を逃す手は無い、そういうことですね」

「リヴァイの傷の回復が早いことは、『彼』伝いに割れているだろう」

「『あいつ』のマメな記録が裏目に出たな」

「……結局できることは、奴らがこちらの望み通りの戦術を取るよう、賭けることですか」

「そうだ。そして、女型の巨人が周囲の巨人を呼び寄せることが出来ることは、覚えているな?」

「はい」

 

今度はコニーが証言する。

 

「鎧や超大型にはそれが出来ない。獣の巨人は、ラガコ村の……俺の故郷の人間を巨人に変えた。女型のように呼び寄せることが出来ないからそうした」

「敵にとって、今の状況を天秤にかける余裕は相応にあると言える。好機か、リスクかを」

「その巨人の素となる人々も、私達で避難を呼び掛けて、なるべく遠ざけておいた。まあ、従わなかった人達もいるけどね。調査兵団だけでなく、その他の兵士達に対しても、不信を抱いた人もいた。『たった一人の兵士のために、潰える命の数が多すぎる』、とね」

 

ハンジ分隊長は苦々しく口を開いた。

 

「今でもミケの鼻で区の南端から探らせているけど、まだ人の匂いが微かに残っている、と証言があった。……強制的に連行した人もいるが、それでも漏れた」

「彼らは……鎧の巨人はまだ探知に掛かっていないんですね」

「そうだ。……敵が攻めてくるかどうかの思案は、もうこれで済んだと思う。ここからは、私が開発した新しい兵器について、エレンを主軸に話を進めたい。いいかな、エルヴィン」

「ああ」

「『私』も」

 

『彼』の装置から伸びる四本の柄と四本のワイヤー。その異質な姿に、『私』は初めて言及した。ハンジはその言葉に、頷いて答える。

 

「この剣のことを、皆さんに話しておきたい」

 

ミケ分隊長が戦士達の匂いを鼻で拾うまで、そこから1日が経ってのことである。

 

─2─

 

調査兵団の作戦会議が始まる少し前。

 

ウォール・ローゼ突出区以北の壁面沿い。緑に侵食されつつある村にて。老夫婦は最近二人の家に越してきた、新しい住人について語らっていた。窓の外で草を食むその住人を眺めながら、老夫はかさついた口を開く。

 

「それにしても、この馬。馬身の長さからして、明らかに兵士のもんだよな」

「ええ。早く近くの壁に連れていって、回収してもらった方がいいと思うのだけれど」

「仕方ないよな。こいつ、手綱をいくら引っ張ろうがここから全然動こうとしねえし、呼んできた兵士の言葉にも耳を貸さねえし」

「よっぽどここが気に入ったのでしょうね。緑に包まれつつあるこの住まいも、案外、悪くないのかもねえ」

「兵士と言やぁ、いつぞやの狩りに来たアイツらは、元気にしとるのかね」

「調査兵団の新兵たちね。あの兵団、ずっと災難続きだから、心配ではあるのだけど……この身体じゃ、ただ報せを待つことしか出来ないわねえ」

「また、来るといいんだがな……今度こそ上手いもん食わしてやりてえ」

 

扉を数度叩く音がした。

 

「あら、もしかしてあの子達かしら」

 

「はあい」と老母はリウマチの走る腰を上げて、遅くもしっかりとした足取りで扉まで進み、開いた。

 

しかしそこには誰もいなかった。ただ、薄く白んだ煙のようなものが、老母の膝の辺りを掻い潜る。そして、先に老母が力無く転倒した。異常に気付いた老父は痛む膝も意に介さず老母の元に駆け寄るが、助け起こそうと身を屈めると同時に、苦悶の声を上げる暇もなく全身を硬直させて、老母に重なるように倒れた。

 

「ふう。まあ、こんなものだろう」

 

ジークは腕を掲げて、ガスを排出する管を閉めさせる。

 

「しかしこんなあっさりと内部に侵入を許すとはねえ。ま、壁の連中が間抜けばかり、という訳じゃあ絶対ないだろうなあ」

「あの、まだ数は足りませんか?」

 

ライナーが片腕ををもたげて、戦士長に訊く。完全に硬直した二人を片腕に乗せながら、ジークは答える。

 

「急を要すると判断したのは俺だが、俺達が連れてきた数じゃあいささか不安だ。幾人か現地調達しなくてはな。現にお前達の案内通り、調達は円滑に進んでいる。誘われているかのようにズボラな警備なんだ。丁重に通らなくてはな」

「馬はどうします?」

「放っておけ。足は足りてるし、殺したところで人の干渉があった証拠になる。この隠滅方法が割れてないうちは活かすべきだ」

 

「それともまさか、知り合いか?」という言葉を戦士長から引き出させるような表情など、戦士二人の貌には浮かんでいない。しかし荷馬車に積まれた老夫婦の貌には、固まる直前に映った馴染みの若人二人に向けて「なぜ?」と、二度と答えの返らない疑問を浮かべていた。浮かんだまま、永遠に硬直していた。その老夫婦は、『彼』らとともに二度目の狩りに出かけたときの、依頼主の老夫婦だった。

 

ベルトルトは「ごめん」という言葉をも飲み込んで、心を殺して歩きだした。5年前、ウォール・マリア北東から逃げてきた罪なき市民が、寒空の下首を括った時と同じように。

 

『彼』と歩んできた場所を通りすぎる度に、二人はさらに確信を強めていった。ローゼの遥かに手薄な警備から確信していた。きっとこれが、いずれにとっても、まさしく最後の戦いになることを。

 

彼らが無人の村を去ってからそう経たない頃に、一頭の馬が北に向かって駆け出したことには、ジーク一行は誰一人気付くことが無かった。

 

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