進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第9話 内地での勤務

─1─

 

 

訓練が始まって、およそ1年が経った。私とマルコ・ボットは、ウォール・シーナの内地に向かっていた。ご丁寧に、天井付きの馬車まで見繕ってもらって。

 

私たち訓練兵は、訓練から1年が経過した段階で、所属兵科の選定のために、志望する兵科に一定期間所属し、その兵科の現場の体験を行うことになっていた。現在私たちは、その体験のために、王都ミットラスに向かう道中だった。

 

今は森の中、車輪がぬかるみを軽くはたきながら回る。雨が降ったのは一昨日前なのだが、森は相応に深い、日差しは多少感じるものの、しっかりと雨のにおいも残っていた。

 

しかし、おかしい。

 

「念願の内地勤務だな、マルコ。」

「ああ、ついにだ。まぁ、あくまで体験だし、ここで憲兵団で過ごす期間は終わらせないつもりだけどね。」

 

馬車の中、マルコははにかみながら、頬を人差し指でポリポリ掻く。そう、マルコは希望通り、憲兵団で一時的にだが働く頃ができるのだ。

しかし、私は・・・

 

「なぁ、お前は調査兵団志望なんだよな?なんで僕と一緒なんだろう?」

「それだよマルコ。今回の体験訓練、明らかにおかしい。希望する兵科も調査兵団だと願書にも書いたのに、なぜか私は憲兵団の体験に配属になった。しかも告知は直前にされた。」

「ああ。二人一組で活動することになっていたけど、その組の発表もまた直前だったしね。」

 

その通りだ。事実、組まされた人同士の親交も、まばらなように感じられた。エレンとミカサは引き離されていたし、ハンナとフランツは今生の別れのようにむせび泣いていた。大げさだが。

 

「本来ジャンと君が内地に行くべきだと思ったんだけど、まさかエレンと組んで調査兵団行きとはね。」

「あの二人、相当いがみ合ってたね。」

「ああ。実際、あの二人以外でも、それなりに荒れていた。」

 

『なんでてめぇみたいな死に急ぎ野郎なんかと・・・!』から始まる殴り合いの喧嘩・・・は起こらなかった。あの日アニにしごかれ、兵士としての矜持を説いて説かれたエレンとジャンは、すぐに喧嘩にはならなくなった。達人同士の睨み合い、のようなものだろうか。おたがいで距離を取り、口撃で牽制するに留まっている。

 

不満についてだが、ほかの組も、希望通りの兵科に配属になった者とそうでないものの二人組が大半だった。だが、共通点として、優秀な兵士と評価を受けている訓練兵たちは、積極的に憲兵団に配属になっている。ライナー、アニ、ミカサは憲兵団行きになっている。私たちとは勤務地は異なるが。

 

マルコは優秀だ。それは間違いない。だが、私はどうなのだろう。この結果ではわからない。依然、自分の悲願のために訓練を続けているが、それだけでは不十分なようだ。

 

「私は、今回の配属の無作為ぶりには、なんらかの意図を感じる。」

「うん。僕もそう思う。けど、いったい何だろう?」

「うーん・・・。こういう時、アルミンならすぐわかるんだろうなぁ。」

「そうだね。訊いておけばよかった。・・・確か彼は駐屯兵団行きだったか。」

 

やはり、座学や戦術考案ではアルミンの右に出る者はいない。ある時の考査の直前ではアルミンに頼み込んで教えてもらった。その時の明瞭な説明を覚えている。なんなら出題するであろう問題の傾向や意図まで言い当てたのだから、彼には驚愕するばかりだ。今回の配属の不可解さにも、彼なら答えを出せるのだろう。

 

「お。見えてきた。」

 

森を抜け、開けた視界には、堅牢な砦と、高くそびえる安寧の象徴、王都ミットラスが見えてきた。もう少し馬車の座席の感触を味わっておこうと、貴族が乗るであろう、柔らかい材質の席に、いっそう体重をかけておいた。体格はそこまで変わっていないように見えるだろうが、この一年で肉体の密度は見違えるほど大きくなった。エルミハ区北端から始まった、快適な馬車の旅はここで終わった。

 

─2─

 

朝日が昇る前に出発し、昼頃に着いた中で、馬車の中で眠ったり、休憩も挟みながら移動したからか、体は軽い。ここから気を引き締めて、業務にあたろう。関所を抜けてすぐに、本訓練の監督役であり、憲兵団の師団長、ナイル・ドークが立っていた。敬礼。

 

「長旅、ご苦労だった。」

「はっ!」

「南方訓練地のマルコ・ボットと、君は───」

ドーク師団長が、私の名を読み上げる。二人で身分の証明を行うため、キース教官の判が押された書類を提示する。

「よし。本日の業務は、町中の巡回だ。私に付いて来るように。」

「はい!」

 

再び敬礼し、師団長に付いて歩く。

 

 

歩くにつれて、王都ミットラスの街並みを眺める。建物の構造は、シガンシナのものとも、ウォール・ローゼ内の街並みとも比べ物にならないほど、品格が高く感じられた。

 

「・・・珍しいか?」

 

ドーク師団長がこちらを振り返る。だが、歩みは止めない。

 

「ええ。なんというか、治安がとても良い、というような気がします。」

 

マルコが答える。

 

「それもそうだろうな。ここ、王都ミットラスは、内地の貴族の中でも指折りの資産を持つ者たちが暮らす場所だからな。街の清潔さも、圧倒的だろう。」

 

確かに、物乞いや野犬の類は見られない。落ちぶれた端から排除されているのだろうか。

 

家屋の装飾などがあるわけではないが、なんというか、使われている材質そのものが異なるような、格式の高さがうかがえる。屋根も、壁も、くすみ一つない。徹底されている。

 

実際、シガンシナで見たような、家屋の外側に縁取られた木造もなく、家々一つ一つが高く伸びていて、窓の数が多い。壁の色も種類が多く、うす緑色のものや、土色のもの、やや黄色の混じった白色など多様だ。

 

レンガ造りの家は重厚でありながら、それでいて重苦しさを撥ね退けるような清潔さを感じさせる。

街の中心には大理石の彫刻で彩られた噴水があり、水は淀みなく各水路へと流れていく。周りには貴族たちがおり、女性は輝きを放つ服を、男性は吸い込まれるような黒服を身にまとう。頬を扇子で隠して上品に笑い、その笑みを一輪の花のように愛でる眉目秀麗な貴族たち。

 

とても同じ人間には見えなかった。しかし、

 

「羨ましくはないな。」

「ほう、それはどうしてだ?」

 

独り言は聞かれていた。師団長に問われる。

 

「・・・やるべきことが違う、ような気がしまして。」

「詳しく聞いてもいいかな?」

「私は、兵士になるために生きています。しかし、彼ら貴族は、そんなことは考えていない。明日の心配の必要もない、ああして静かに笑うのが仕事なんだろうと思ったりします。」

「目的そのものが違う、ってこと?」

 

マルコも私に訊く。

 

「ああ。その通りだ。派手だし、豪華な生活もできるんだろう。・・・だけど、私は故郷を取り戻すことを考えている。」

「そうか。君はシガンシナ区から来たんだな。」

「はい。あの頃が楽しかったので・・・それ以上のモノを、富を得ることで実現できるかは、わかりません。」

「・・・そうか。」

 

師団長は納得したかのようにうなずく。気づけば、足は止まっていた。

 

「・・・それなら、ボット訓練兵。君の意見を訊こうか。」

「あっはい!僕は王に使えるために、兵士を目指しています!」

「王に・・・ならば憲兵団志望か。」

「はい!」

「そうか。それなら、憲兵になれたら、私に仕官した経験という体で少しおまけしてやろう。」

「ええ?いえ、それは…」

 

私は片肘でマルコをつつく。

 

「期待されてるじゃないか。調査兵志望の私とは違うなぁ?」

 

冗談を吐いてみる。ジャンがいなくてつまらないだろうし、ここはひとつ。

 

「お、お前までよせよ。ちゃんと自分で証明してみせるよ!」

「はっはっは!!仲いいんだな、君たちは。いいね。昔を思い出すよ!」

 

師団長は笑い出していた。やや隈の目立つ目もとが半月を描く。昔・・・。師団長が訓練兵だった時のことか。彼にも、こういうときがあったのだろうか。

 

「だが、ボット訓練兵よ。」

 

師団長から笑みが消え、隈の入った目でマルコを見据える。

 

「憲兵は思ったほどの仕事ではない。それはここで肝に命じておけ。」

 

刺すような諫言。さっきまでの温厚さから打って変わって、上官としての重圧がひしひしと伝わる。二人から冷汗が流れ落ちる。

 

「は・・・はい!」

 

マルコの声は上ずっていた。師団長はうなずき、再び歩き出した。

 

「きっと喝を入れてくれたんだよ。大丈夫だ。多分。」

 

私がマルコを励ます。いきなりの冷や水でずいぶん肝が冷えたのは私も同じだった。

 

「ああ。僕ももう大丈夫だ。」

 

マルコは笑顔で返す。ふと、さっきの貴族の振る舞いや、街並みを思い返す。確かに、あの街並みを、兵士として守るのだ。きっとドーク師団長も、心労が絶えないのだろう。師団長の立場、浮かれる新兵にヤキを入れたのだろう。決してそんなつもりではなかったが、態度に現れていたのだろう。改めなければ。

 

 

 

街並みすべてを歩き終えるころには夕暮れになっていた。私たちは、街の兵士の屯所に連れていかれる。

 

「さて、今日の業務はこれで終了だ。」

「え?終わりですか?」

「配属初日の新兵にできることは、ここの街の地図をまず頭に入れておくことだ。まさか、一日中街を引き回したのは俺の気まぐれだとでも?」

「滅相もございません!」

「よろしい。報告書は提出の必要はないが、記録はしておくように。訓練最終日に回収する。」

「了解!」

「明日は君たち二人だけで街を回ってもらう。いいな!」

「はい!」

「では以上!解散!」

「はっ!」

 

敬礼をし、この場は解散となった。正直かなり疲れた。

 

「っはーーーー!」

 

私は思い切り息を吐く。

 

「大丈夫?」

「マルコ、ああ、私は大丈夫だ。ただ歩くだけなら兵站行進でさんざんやってるし。」

「そうだね。だけど、僕も疲れた。なんというか、心がね。」

「うん。多分見慣れない街を歩いたからだろう。」

 

兵站行進は荷物を背負ってひたすら走り続ける、訓練の一つだ。とはいえ、この一年でおおよそのルートも、そのパターンも体が覚えてしまっていた。

 

「単に歩くだけでこんなにも疲れるなんて・・・。」

 

私はブーツの埃を払い、姿勢を正す。

 

「もうさっさと休んでしまおう。」

「夕食も必要だろう。どこかで食べようか。」

「そうしたいけど、多分私たちの手持ちじゃ無理だろうね。おとなしく屯所の食堂で食べようか。」

「そうだね。」

 

一応、この訓練も任務とみなされ、相応の報酬は出る。だが支払いは最終日であり、その間は手持ちでやりくりしなくてはならない。いつぞやのサシャと狩りに出かけた日が懐かしい。あの時もなんとか費用を確保したっけ。この訓練が終われば、それなりに金が溜まるだろう。

それまで、しばらくの辛抱だ。

 

マルコと二人で、王都の中心にある、一際大きな建物、おそらく王の住まう城の話をしながら食堂に向かう。明日はより過酷な任務になるとも知らず。

 

─3─

 

体験訓練二日目。今日はマルコと二人で、街中の巡回を行う。昼に差し掛かるあたりまで巡回していたが、やはり内地であるためか、事件が起こったりなどは、今のところない。せいぜい、貴族に道を聞かれるくらいか。実際、貴族に憲兵と間違われることが頻発した。訂正はするが、いまいち貴族からは要領を得ない。肩や胸にある刺繡を見ればわかるはずなのだが。

 

「やはり、関心が薄いな。」

「ああ、僕たち兵士の区別が全くついていない。」

「それとも、今の状況が特殊だからだろうか。訓練兵と憲兵が入り乱れて街にいること自体、貴族には知らされていないのかもしれない。」

 

もしそうだとしたら仕方がない。だが、なんというか、

 

「この場所だけが、平和な逃げ場のような、そんな気がする。」

 

壁を二つ隔てた向こうには、巨人がいるというのに。・・・いや、巨人を阻む壁が二つもある、と向こうは思うのだろう。やがて前線に立つ私達と、世界の見方が違うのだろう。

ぼんやりと遠くの貴族を眺めていると、貴族の背後の物陰から、なにかが飛び出した。そして貴族の女性のカバンを搔っ攫い、走り去っていった。ハッとした。ひったくりだ。

 

「オイ、あれって・・・」

「ああ!行くぞ、マルコ!」

 

地図はすでに頭の中に叩き込んである。

追いかけなければ!初動が遅れたものの、私たちは走り出す。平和も束の間、事件が発生してしまった。

 

 

急いで走り出したが、そこまで距離は離されていない。視界に捉えられている。鍛えた私たちなら、追いつける。

ひったくりが走り過ぎたところは、十字に分かれていた。

 

「マルコ、やるぞ。」

「ああ!」

 

マルコは十字路を右に曲がる。私はそのまま追いかける。追いつくまであと30秒くらいか。

犯人は頭からぼろ布を被り、全貌が見えない。背は大人並みに高い。

全力で走りつつけているが、私のほうが速い。おまけに私のほうは呼吸の乱れも無い。昨日、ここを歩き回ったおかげだろう。

 

犯人はそのまま開けた道に出ようとしたが、十数メートル先で、マルコに阻まれる。

 

「そこまでだ!止まれ!」

 

マルコは叫ぶ。だが、犯人は立ち止まり、一度私のほうを振り向き、またマルコの方へ向き直り、姿勢を正す。そして、構えた。

あくまで逃げ切るつもりのようだ。私はマルコに合図する。格闘術の訓練の活かしどころだ。

 

犯人はマルコに突っ込んで行く。だが、動きは素人同然だった。のろい。マルコは両腕で下から犯人を救い上げ、わずかに持ち上げた後、地面に叩きつけた。

 

「ぐはっ!」

 

犯人は苦しく声を上げる。叩きつけられた衝撃で空気が抜けだしたような声だった。マルコはこのまま犯人を押さえ込み、叫ぶ。

 

「おとなしくしろ!もう抵抗はよせ!」

「やめてたまるか!俺には家族がいるんだ!こんなところで捕まるかよ!!」

 

必死な抵抗でフードが外れ、中年のひげ面の男の顔が見えた。身なりもぼろくやせ細っていて、相当貧しいことがうかがえる。

きっと走るのがやっとであるのだろう。

 

「もう観念しろ!」

 

私も呼びかける。犯罪は犯罪であり、そして、私たちは兵士だ。何をすべきかはわかっている。背嚢から縄を出し、犯人の拘束に入る。しかし、

 

「ううっ・・・。クソッ!シャレー!」

 

男が助けを呼ぶ。突然、背中に鈍重な痛みが走る。気づけば私はうつぶせになっていた。

 

「な───」

 

マルコが反応するが速いか、二人目の盗人が男からカバンを奪い取り、マルコが塞いでいた方向へと走り出す。さっきの痛みは、あの二人目の強盗に、上空から急襲されたためだったのだ。

 

「マズい!逃げられる!」

 

急いで地面に手を付き、素早く起き上がるが、一人目より明らかに足が速い。多分、私たちでも追いつけない。それに、マルコは一人目の拘束にかかりきりだ。

 

「待て!!」

 

私はダメもとで走り出す。せめて顔だけは覚えるようにしなければ。この街の平和を私の不手際で脅かすことになる前に。

だが、二人目の強盗が路地に出るが早いか、強盗の右手から、兵士がタックルを仕掛けていた。強盗と兵士はくんずほぐれつ左へ転がっていき、そのあとをさらにもう一人の兵士が右手から駆け寄る。

 

「マルロ!あんた無茶しちゃダメでしょ。あたしまで面倒ごとに巻き込むのやめてよ。」

「ヒッチ!これは緊急事態なんだ!俺が止めないとダメなんだ!!」

 

二人の兵士は言い合いになりながらも、マルロの方は拳の乱打で素早く強盗を制圧し、ヒッチは縄で縛りあげる。他にも兵士が事件を知り、行動を始めているのは知らなかった。ともあれ、二人のおかげで、ひったくり事件は解決となったのだ。

 

 

─4─

 

「まだ体験訓練二日目になったばかりでなんだこの騒ぎは!」

 

ひったくりの確保の後、私たちは四人、整列させられ、ナイル・ドーク師団長にこっぴどく怒られていた。恫喝が無い分、キースよりマシだが。まだ日は強く照り付けている。

 

「しかし、私たちは兵士としての本分を───」

「だから君たちはまだ憲兵ではない!そもそもこの事件は想定していないし、それに事件が起きればまず最寄りの憲兵に連絡すよう要項に書いていただろう!」

「その憲兵が、新兵の働きをよそに寝入っていたのなら、自分で動くしかないでしょう!!」

 

さっきから師団長と激論を交わしている男、マルロはとてつもなく正義感が強い。指導は長引くのはいただけないが、正直、彼の言っていることは正しい。憲兵がサボっていたなら仕方ないと思うのは、私も同感だ。なにより、胸がすく。

 

マルコは聞き入っているようだが、ヒッチは退屈そうだ。あくびを我慢しているのか、鼻先がひくついている。

 

「・・・とにかく、今回の処遇は反省文にとどめる。本来新兵全員とんぼ返りになるんだが、今回の逮捕の貢献に免じて許してやる。」

 

師団長の決断はかなり甘かった。そして、大きく溜息を吐いた。

 

「サボっていた兵士については、また後日、改めて処遇を判断する。監督不行き届きだからな。」

 

解散となった。

 

 

「せっかくのお手柄だったのに、残念だったねぇ。」

 

ヒッチが右側から覗き込んでくる。表情はにやついているが、自身にまでとばっちりを受けたことの恨みが瞳からうかがえた。

 

「私だって不本意だ。大体、監督役の憲兵が必要なら、初めから憲兵を一人つけておけばいいんだろう。」

「憲兵様がそんなにヒマなわけないでしょう。ねぇ、マルロ?」

「憲兵が何してようが、俺たちのやることは変わらいないはずだ。兵士としてやるべきことをやる。そうだろ?」

 

マルロ、思っていたがかなり頭が固い。正義感の強さと表裏一体なのだろう。衝突が起こりそうだ。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。被害者の貴族は感謝してたし、こんな結果だけど、僕たちのやったことは間違っていないと思うよ。」

 

マルコが仲裁に入る。マルコはこういうのが上手だ。幼馴染のジャンのことも、こうしてなだめていたのだろう。

 

「ほらヒッチ、俺と同じように頑張っている奴もいるじゃないか。」

「あたし達を取り持ったに決まってるでしょ。メンドクサい。」

 

今回はあまり効果は望めなかったみたいだ。

 

「えっと、二人は訓練兵、なんだよね?」

「ああ。ヒッチとは腐れ縁でな。俺と同じで、憲兵を目指している。」

「こんな堅物のようにせこせこ働くつもりはないけどね。あんたら、見ない顔だし、訓練地、違うんでしょ?」

「うん。僕たちは南方の訓練地から来たんだ。改めて自己紹介するよ。僕はマルコ。マルコ・ボットだ。」

「そして私は───」

 

私は名前を名乗る。

 

「ふぅん。じゃあ、あたし達とは席の奪い合いにはならないわね。よかったね、マルロ。」

「どういう意味だ。」

「あたしはヒッチ。こっちはマルロ。えーーーっと?マルコが憲兵志望なのよね?」

「うん。王の下で頑張りたいから。」

「あっそ。で、あんたは何で?」

「私は調査兵団志望だったんだけど、なぜかマルコと一緒だな。」

「ふーん。」

 

なぜか希望する配属が全く異なる兵団での活動、それに、出身の訓練地の異なる兵士との協力。・・・少しずつ、わかってきた。

 

「多分、協調性が問われているんだ。」

 

マルコが言う。

 

「ああ。私もそう思った。」

「ん?何?なんの話?」

「僕たちの訓練地では、志望通りの兵科に訓練に行けた者と、そうでない者がいたんだ。『彼』だけじゃなくね。君達もそうだった?」

「ああ。同じだ。ヒッチと俺は希望通りだがな。」

「そして、同じ訓練地出身の者が重複しないように配属されている。・・・やっぱり、今回の訓練では、協調性が必要なんだ。」

「ああ。兵科が異なっても、出身が異なっても、引き出せる能力に差異を生じにくくするための協調性を鍛えるための訓練。おそらく、これが今回の訓練の肝なんだ。」

「うん。僕もそう思う。」

 

だとすれば、今回の配属の無作為さにも説明が着く。どのような編成でも活動に支障が出ないことを試す、その目的一つのためだったのだ。

 

「ふーん。じゃあ、あたしがこの石頭と組まされたのも納得ね。」

「だから、どういう意味なんだ、それは。」

 

ふたりも、私たちの仮説に、すこし理解を示した。この機転の速さは、目を見張る者がある。交渉術の類いだろうか。

 

「ぶっつけ本番のこんな事件は、想定していなかったと思うけどね。」

「ああ。正直、どっと疲れた。犯人が凶器を持っていなかったことは幸いしたが、だとしても、あの状況で二人がいなければ、私たちはしくじっていただろう。改めて、ありがとう。」

「どーいたしまして。」

 

ヒッチは棒読みで、丸め込んだ手の爪を見ている。

 

「俺も、正しい世を目指すために貢献できたから、礼を言われるほどのことじゃないと思っている。だが、俺たちが困ったときは、手を貸してくれ。」

「ああ、約束する。」

 

今回の教訓が正しければ、またこのような事件が起きても、迷わず助けられるはずだ。

マルロと固く握手を交わし、別れた。

 

─5─

 

今回の訓練は、三日目以降は穏便に済んだ。やはり、あの事件以降何かが起こることもなく、せいぜい巡回の頻度が増えたことと、取り調べを行ったこと以外に、業務が増えることはなかった。

 

巡回する中で、時折マルロ、ヒッチと出くわすこともあった。だが面持ちは変わらず、ヒッチはサボろうとしてはマルロにたしなめられていた。内地を目指す者であっても、真面目な人もいれば、不真面目な者もいる。訓練地が違っても、そこは変わらないのだろう。もちろん、私は真面目なつもりである。

 

今回の強盗事件の犯人二人は、巨人の進撃によって仕事を失い、夫婦二人で盗みを働いて食いつないでいたそうだ。まだ年端もいかない子どももおり、恩赦を求め私たちに悲痛な声を上げ続けていた。曰く、普通の盗みではとても賄えず着実に瘦せ細る子どもの姿に耐え切れず、内地の奥深くで逆転を図ったらしい。もし事実なら、二人の帰りを待つ子がいるはずだ。だが、二人は子の所在を吐かない。

 

ウォール・マリアが破壊された後の避難民たちの疎開先は少年院や刑務所だ。奪還作戦から辛くも逃げ出した末の、この最後だった。兵団や王に対する不信感は、二人にしっかり刻まれていた。あるいは、発言そのものが嘘なのか。

どこまでが事実か確かめるには、私たちの滞在期間は短すぎた。

 

 

訓練の期間が終了し、私たちは、ウォール・ローゼの内門を潜る。相応の報酬が貰えたが、銭袋の重みに比例して、私たちの気持ちは沈んでいた。

 

兵士として訓練している間も、外の時間は着実に進んでいると考えていた自分がいた。だが、わかっていたはずだ。事態は何も好転などしていないことを。内地の奥深くで呆けるあの貴族たちと同じではないかと。与えられた避暑地に、ただあぐらをかいていただけだったのではないかと。自分に問う。

 

マルコはマルコで、顔に陰りがあった。マルロの監督役もそうだが、内地の憲兵たちからは、やる気を感じなかった。取り調べも、書類も訓練兵である私たちよりも杜撰であり、

彼の憲兵団に対して持つ憧れが、壊されてしまったのではなかろうか。

 

「なあ、マルコ。」

「どうしたの?」

「ハッキリと訊くが、・・・がっかりしたか?」

「いいや、あそこは平和そのものだから、ああいう風になってしまったんだと思う。現に、ドーク師団長はしっかりしているし、全体がああじゃないと思ってるよ。」

 

マルコは実直だ。私も、彼の言い分を信じたい。だが、ドーク師団長の言葉を思い出す。

 

《憲兵は思ったほどの仕事ではない。》

 

・・・やめだ。

 

今回の訓練も、業務全体のほんの一部に過ぎない。そして、ほんの一部の要素で全体の評価を決めてしまえるような教えは、ここでは受けていない。

 

マルコに「やめておけ。」などと、無責任な言葉は掛けられない。

彼の判断に任せるべきだ。

 

「それに」

 

マルコは続ける。

 

「マルロみたいな、まじめな人もいるしね。僕たち新兵なら、多分大丈夫だ。」

「うん。きっとそうだな。」

 

確証の無い疑義に、確証の無い答え。今はこのままでいいだろう。なにしろ、答えを出すまで、あと二年はあるのだから。

正面に向き直ったところで、何かが素早く横切った。

素早いものに翻弄された先日のこともあって、警戒心は一息に跳ね上がる。

 

「マルコ、今の見たか!?」

「え?何を?」

 

急いで駆け出す。また盗みなら、今度は逃げられる。

しかし───

 

「ねぇ、おにいちゃん!」

 

小さな子どもが、マルコを見上げて話しかけていた。身なりはぼろく、煤や乾いた泥に塗れている。

 

「なに、どうしたの?」

 

マルコは子どもの目線に合わせるためにしゃがみ込む。

 

「あのね、さっき、おねえちゃんがね、たべものをくれたの。」

「そうなんだ。よかったね。でも、なんで僕たちに話すのかな?」

「そのね、おねえちゃんのかっこうが、おにいちゃんににていたから。」

 

似た格好・・・つまり、兵団の中に、施しを行っている者がいる、ということか。

まず頭に浮かぶのはクリスタだが、あの素早い身のこなしは彼女にできるかは怪しい。

 

「どんなひとだったの?」

 

マルコが子どものペースに合わせて、ゆっくり、明瞭にたずねる。

 

「えっとねえ、おさげで、そばかすがあったの!」

 

おさげで、そばかす・・・。訓練兵団には、ユミルしか当てはまる人間はいない。マルコも目を丸くして、一瞬私の方を見る。だがすぐ子どもに視線を戻し、尋ねる。

 

「・・・本当に、そばかすで、おさげがあったんだね?」

「うん!とってもやさしかった!」

「そうか、それはよかった。・・・ところで、おとうさんとおかあさんは?」

 

ダメでもともとだが、路上生活を続けさせるよりはマシだろうと訊いたが、それがいけなかった。

 

「あのね、もうずっと、ずーーーっとかえってきてないの。」

 

置き去りにしてきた子どものことを心配していた、夫婦のことを思い出す。

 

「でもね、『だいじょうぶだ』って、いってたから。だから、まってるね。いまは、おねえちゃんもいるから。じゃあ、ばいばい。」

 

私たちは、何も言えなかった。子どもはおぼつかない足取りで、トテトテと歩いて行った。

 

 

 

私たちは、小さな子どもを、一人、死に追いやったのだ。

三年前の、私の姿と重なる。何もできなかった、あの日の私を。

 

だが、また何もできないのだ。孤児など福祉の手が足りないほどあふれていた。だが、これほど小さな子どもでは、一人で生きていくことも難しいだろう。助けたい。だが、助けられない。二つの感情が揺れ動く。だが、選びようがないのだ。この子どもの親を憲兵に突き出したのは、他ならぬ私たちだ。己が善美のために人を振り回したのか。

 

私は片手で頭を押さえながら、マルコは私を追いながら、訓練地へと帰った。

今はただ、この問いを中空へ放るほかなかった。

ユミルの不可解な行動の謎も、ちいさな子どもを残酷な世界に一人ぼっちにした罪を抱えて。

 

 

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