英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
<間桐雁夜>
稲荷の眷族になってから何日か経ったが、ようやく体に馴染んできた。
狐火も自由自在とはいかないが、少しは扱えるようになったと思う。
バーサーカーとしては、俺たちには屋敷に籠もって大人しくして欲しかったらしい。
しかし流石に、何でもかんでもサーヴァントにやらせるのはマスターとして格好がつかない。
もちろん聖杯戦争的には、彼女の言うことは正しい。
全く反論の余地はないのだが、バーサーカーは普段からのほほんとしているため、どうにも英霊という感じがしない。
それに、俺と桜ちゃんを絶望の淵から救いあげてくれた、大恩人だ。
使い魔で他の陣営を監視したり令呪で命令を下す以外に、何か自分にできることはないかと尋ねると、かなり悩んだ末にあるお願いをされる。
なので俺と桜ちゃんは、稲荷から頼まれた仕事をするために、今日は屋敷の外に出ていた。
「雁夜お兄さん! 早く早くー!」
「はいはい、今行きますよ」
それは夕飯の買い出しである。
稲荷が言うには、子供は一箇所でじっとしているのが難しい。
落ち着きがないのが普通らしいが、桜ちゃんは比較的大人しかった。
しかし、ずっと屋敷に籠もっているのは精神的に辛いものがある。
そして大人も割と辛いので、たまには外出するべきと判断したようだ。
まあ今は聖杯戦争で襲撃される可能性があるのだが、そこは神獣を連れていれば多分大丈夫だろう。
何なら敵を誘き寄せる餌にも使えるので、稲荷は遠くから監視している。
ただ万が一が起きないとも限らないし、俺も警戒をしていた。
ちなみに児童誘拐事件が起きたばかりの今、若い男が二人の子供を連れ歩いていたら事案待ったなしだ。
桜ちゃんは間桐家に養子に入ったので問題はないが、稲荷は調べられたら色々不味い。
なので職質を恐れて、隠れてこっそり護衛してもらっていた。
しかし、たまにはこうして桜ちゃんと外出するのも悪くはない。
聖杯戦争中なのは変わらないが、殺伐とした世界から、ほんの一時でも解放された気分だ。
とにかく俺と桜ちゃんは、無事に頼まれた食材を買い終えた。
今は我が家に帰っている途中だ。
しかし、ふと妙な魔力反応を感じ取って足を止める。
「雁夜お兄さん!」
「ああ、どうやら現れたようだ!」
桜ちゃんは、稲荷に筋が良いと褒められていた。
きっと俺よりも才能があり、幼いながらも異常な魔力を感じ取っている。
当然、バーサーカーも気づいているだろう。
首輪とリードをつけている狼も低く唸っている。
普通なら危険は避けるべきだが、稲荷は動く気配はない。
そして俺に念話を送ってきた。
『サーヴァントでもマスターでもありません。
恐らく使い魔でしょう』
わざわざ動く必要ない相手ということだ。
それでも連絡を入れたということは、マスターである俺の裁量で行動が決めるのだろう。
『なら、俺がやって良いか?
ちょうど練習相手が欲しかったところだ』
『構いませんが、危なくなったら加勢しますよ』
『ああ、それで良い』
敵を倒す以外に、マスターを守るのもサーヴァントの役目だ。
稲荷も当然、俺を守ってくれるが、少々過保護な気がする。
恐らく、彼女の過去に関係している。
まあ、詳しいことは教えてくれないので、予想はついてもそれ以上は知らない。
とにかく許可を取ったので魔力反応があった場所に急いだ。
「桜ちゃんは──」
「当然、ついて行くよ! 私だって戦えるんだから!」
確かにまだ俺のほうが上ではあるが、彼女の成長も目覚ましい。
近い内に追い越されるのは確実だろう。
何より桜ちゃんは、少しでも稲荷の役に立ちたがっている。
恩を返したいのは自分と同じでも、やはり子供であり、どうにも危なっかしくて心配だ。
「わかった!
でも危ないから、前に出るんじゃないぞ!」
「うん!」
いつも返事は良いんだよなあと思いつつ、狼に先導してもらいながら夜の冬木市を走る。
どうやら事件があったのか、警察や多くの人が集まっていた。
だが、魔力反応があったのはそこではない。
少し離れた、人気のない路地裏だ。
狼は目立つので、事件現場を迂回して目的地を目指す。
すると薄暗い裏路地に、見覚えのある少女を発見する。
上から降ってきた、イソギンチャクのような使い魔に襲われる寸前だ。
「やらせるか!」
俺は走りながら魔術回路に魔力を流して、魔法陣を作り出して青い炎を飛ばす。
遠坂凛ちゃんの横を通り過ぎ、グロテスクな使い魔に寸分違わず命中させた。
それは苦痛から逃れるように暴れるが、この炎は普通ではない。
状況に応じて火の温度や属性、闇と光を切り替えることができる。
さらに術者が解除するか、対象が死亡する。もしくは相殺、魔術的な抵抗で消されるなど、いくつか条件があるが、暴れた程度では決して消えはしない。
どうやら再生能力の高い使い魔だったようだが、聖なる力に弱いようでやがて燃え尽きて灰になった。
魔力の残滓に変化し、宙に溶けるように消え去る。
(しかし、まさか冬木に凛ちゃんが来ているとは)
聖杯戦争は危険なので、しばらく実家から離れるとばかり思っていた。
そして、思わぬ形での姉妹の再会だ。
(桜ちゃんの様子は、……うわぁ)
桜ちゃんは俺の後ろに控えているが、物凄く冷たい目で凛ちゃんを睨んでいる。
だが幸いと言ってよいのか、目の前の少女はあまりにもショッキングなことが起きたからか、気を失って倒れてしまう。
多分だが前後の記憶は曖昧だろうし、俺と桜ちゃんのことは全く覚えていないだろう。
取りあえずここでは人が多くて目立つので、昔は良く行っていた公園に運び、凛ちゃんを介抱する。
色々積もる話もあるけれど、今は聖杯戦争中だ。遠坂と間桐は敵同士である。
幼い子供は関係ないだろと言われれば、それはそうなのだが、全くの無関係ではない。
人質として使われたり、見せしめに殺されたりと、何とも難しい立場だ。
そして俺からすれば、凛ちゃんは昔からの知り合いで、一度は愛した人の娘だった。
やはり捨て置くことはできずに、母親に帰すことに決める。
心配して探しに来た遠坂葵さんが、公園の前を通りかかったのでちょうど良かった。
ベンチの上で眠っている彼女に気づいて駆け寄ってきたので、俺は落ち着いて声をかける。
「凛ちゃんは大丈夫。寝てるだけだ」
「雁夜君……と、桜!? なっ何? どういうことなの?」
無事に見つかって何よりだ。
凛ちゃんを抱き寄せる葵さんは困惑している。
しかし、どういうことかと聞かれても説明するのは難しい。
「どうして、貴方たちがここに?」
桜ちゃんも本当なら、葵さんに駆け寄りたいのかも知れない。
しかし今は俺の近くから離れず、微動だにせず冷たい視線を母親に向けている。
(何となくそんな気はしてたけど、今は駄目だな)
少なくとも聖杯戦争が終わるまでは、この関係は変わりそうにない。
俺は葵さんに、自分と桜ちゃんに何があったのかを、簡単に教える。
「間桐の魔術は、肉を捧げ、命を蝕まれ、それを対価にして至る魔導だ。
俺も桜ちゃんも、稲荷に救われたんだ。彼女がいなければ、今頃は──」
そうなっていたら俺は、自分の命を犠牲にして、聖杯戦争で勝利を目指していた。
そして桜ちゃんは蟲たちの苗床として利用され、自らの運命に絶望していたことだろう。
だからこそ桜ちゃんは、自分を間桐に売った遠坂の家も、実の母親も許さない。
親子の情があったとしても、何日もずっと蟲たちの苗床にされたのだ。
心も体もボロボロに朽ち果てて、希望など抱けるはずもなかった。
「ああっ、でも心配ないよ! 俺のサーヴァントは最強なんだ!
誰にも負けるはずがない!」
勝ち抜くための決意を込めて、拳を握ってガッツポーズを取る。
今の言葉通り、バーサーカーは規格外のサーヴァントだ。
本来なら助かるはずのない俺と桜ちゃんを救ったこともそうだし、戦闘能力が高くて攻守共に隙がなく、狂化でさらにパワーアップする。
宝具に関してはまだ良くわからないが、封印状態でも時臣のサーヴァントと互角に戦えていた。
問題はマスターとしての俺の実力であるが、それも修行をして少しずつだが強くなっている。
「雁夜君! 桜! 貴方たちは!」
「いつかきっとこの公園で、また昔みたいに皆で遊べる日が来るから。
凛ちゃんも桜ちゃんも、元の姉妹に戻って──」
今の時点で話すことは、もうない。
続きは聖杯戦争が終わってからだと、気持ちを切り替える。
桜ちゃんと一緒に、公園の外に歩いていく。
「だから、葵さん。貴女はもう、泣かなくていい」
「雁夜君、貴方は……死ぬ気なの? 時臣を殺して」
確かに、一時期は殺したいほど憎んでいた。
だが今の俺には、他に目的がある。
一つ目は聖杯戦争で引き起こされる滅亡を防ぐことで、二つ目は桜ちゃんを守ることだ。
もし自分が死ねば稲荷もこの世から消えて、彼女は今度こそ一人になってしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
なので遠坂時臣を、刺し違えてでも殺す気は今のところはない。
過去に愛した人を悲しませることになるし、稲荷は人間を殺すことを良しとしない。
ゆえに正々堂々、他のサーヴァントを倒して、聖杯戦争の勝利を目指すのだった。