英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
台所で夕食の献立を考えていると、ライダーとマスターが正門から堂々と訪問してきた。
雁夜おじさんと桜ちゃんが慌てて駆け込んできて、狼たちは臨戦態勢だ。
しかし自分はいつも通りの自然体で、着替えるのが面倒なので割烹着のまま向かい、普通に玄関から外に出て彼らの前に立つ。
「本日はどのようなご要件でしょうか?
もし一戦交えたいというなら、停戦協定を破ることになりますが、良いのですか?」
教会はこれっぽっちも信用できない。
しかし一応は聖杯戦争の取りまとめ役なので、都合良く利用できるなら従っておいて損はないだろう。
あと 私はバーサーカーで脳筋だが、戦闘狂ではない。
逃げ隠れても最後まで生き残って、世界の滅亡を阻止できれば、それでヨシと思っていた。
なので停戦協定も乗っかっておくのだが、ライダーはそんな私に堂々と告げる。
「なあに! 酒を酌み交わそうと思ってな!
これからセイバーを誘うつもりだが! バーサーカーもどうだ!」
「はぁ、貴方は考えなしですね」
だが、そういう所は私にもある。ライダーの行動を否定はできなかった。
しかし振り回される方は溜まったものではなく、念の為に間桐の魔術工房で待機してもらっている雁夜おじさんにも、確認を取っておく。
『マスター。私はこのたびの宴席に、出席したいと思うのですが』
『正気か? 罠かも知れないぞ?』
雁夜おじさんが警戒するのもわかる。
けれど、イスカンダルに限ってそれはない。
彼は正々堂々と敵を打ち倒すタイプだし、かの有名な騎士王も同じくだ。
『これから戦う相手を知る良い機会ですし、彼が罠を仕掛けるとタイプとは思えません』
『あー……確かにな。だが、敵地に乗り込むんだ。警戒は怠るなよ』
『ええ、わかっています』
アインツベルンは敵地であり、停戦中でも聖杯戦争の最中だ。
いつ寝首を掻かれるか、わかったものではない。決して油断できない間柄だった。
ただ彼に限っては、そんな心配は無用だと思う。
根拠はライダーもセイバーも私と同じく、割と脳筋だからだ。
マスターに関しては良くわからないが、いざとなったら征服王と手を組んで脱出すれば良いし、まあ何とかなるだろう。
取りあえず私も、空を飛ぶ宝具を呼び出す。
「ほう、犬ぞりか!」
「ええ、引っ張っているのは狼ですけどね。あと、空も飛べます」
稲荷神の犬ぞりなら、空ぐらい飛ぶだろうと拡大解釈された結果だ。
私自身は普通に飛べるので、試したことはないが不可能ではないかも知れない。
とにかく私は久しぶりに犬ぞりに乗って、手綱を持って狼たちに指示を出す。
正直、宝具とはいえ空を飛べるかは、半信半疑だった。
だが、ふわりと浮き上がって驚く。
「おおっ! 飛んだ!」
「何で宝具の所有者が一番驚いてるんだよ!」
ライダーのマスターから、鋭いツッコミが入る。
「私も犬ぞりで飛ぶのは初めてだったので」
少なくともあっちの世界では、犬ぞりが飛んだことは一度もない。
ただそれはそれとして、犬ぞりは呼び出せても、私は騎乗スキルを持っていない。
華麗に乗りこなすことはできそうにないので、狼たちに大雑把な指示を出す。
自分はただ、乗っているだけになりそうだ。
せめて、クラスがセイバーやライダーなら違ったのだろう。
まあ召喚して移動手段に使えるだけでも便利には違いないし、取りあえずはヨシとしておくのだった。
アインツベルンの森に向かう際に、ライダーがどちらが先に到着するか競争だとか言い出した。
しかし私はただ乗っているだけの、ペーパードライバーである。
どう足掻いても負け確定なので勝負を辞退したいが、彼は話を聞かずに笑いながら先に行ってしまった。
ライダーのマスターも、無茶な運転に付き合わされて悲鳴をあげていた。
しかし自分には関係ない。まあ死にはしないだろうから助けず放置する。
とにかく狼たちには安全運転でお願いと指示を出して、かなり遅れて二着でゴールしたのだった。
どうやらライダーが先に話をつけてくれたようだ。
私は城の外で、犬ぞりを降りて中に入る。そのまま案内を受けて、宴席の会場に移動する。
イスカンダルと違い、城内に乗り入れる度胸はなかった。
現代社会の常識とも言うが、巻き込まれたアインツベルンさんには同情を禁じえない。
この間の襲撃でボロボロになってるから、ダイナミック入店しても大して損傷が目立たないのが救いだ。
とにかく場所を移動した私は、セイバーのマスターに一言入れておく。
「急にお邪魔してすみません。せめて先に連絡を入れるべきでしたね」
「いっいえ、気にしないで」
敵のサーヴァントが二人も押しかけたので、かなり緊張しているようだ。
ただそれでも頑張って城の主としての責務を果たそうとしているので、責任感のある人だと思った。
人の家にお邪魔するのだからと、先日スーパーで購入したばかりの市販のクッキーを渡す。
「これ、つまらないものですけど」
「これはご丁寧に」
アインツベルンさんは、緊張しながらも受け取ってくれた。
とにかく私たちは、城の庭園に案内される。
そこでライダーが、大樽を豪快に割った。
そして葡萄酒を木製の
「聖杯は、相応しき者の手に渡る定めにあると言う。
それを見定めるための儀式が、この冬木における闘争だと言うが。
何も見極めをつけるだけならば、血を流すには及ばない。
英霊同士、お互いの格に納得がいったなら、それで自ずと答えはでる」
彼はそう言って柄杓をセイバーに渡すと、彼女も葡萄酒を飲み干した。
「……ほう」
「それで、まずは私たちと格を競うというわけか。ライダー」
「その通り」
ライダーは不敵に笑うが、格を競うのなら私の負けは決まっている。
何しろ中身は元女子高生で、聖杯を求める理由も特に思い浮かばない。
どうしてそんな私は参加しているのかと言うと、天照大御神様が私を売り込んで抑止力さんがOKを出したからだ。
我ながら、これは酷いとツッコミを入れたいぐらいである。
「お互いに王を名乗って譲らぬというなら、捨て置けまい」
「私は別に名乗ってませんけど?」
セイバーから返された柄杓で葡萄酒をすくい、今度は私に渡される。
だが流石に、三人共が同じ容器に口をつけるのは不衛生だ。
私は文明の保管庫から薩摩切子のグラスを複製し、そちらに注ぎ入れた。
「ほおっ! 美しいガラス細工だな!」
「確かに色鮮やかで綺麗ですね。これ程の品は、ブリテンにもそうはありません」
「薩摩切子のグラスです。少しお高いですが、今の日本でも手に入りますよ」
ただこれ程の品が、一般販売されているかは知らない。
なお別に私が要求したわけではなく、九州の職人さんが手間と時間と心を込めて丁寧に作り、わざわざ送ってくれたのだ。
もちろんこちらも感謝状を送り、何度か使わせてもらった。
しかし庶民的な価値観が抜けない私は、うっかり落として割ってしまうのではないかと怖がってしまう。
結果、許可を取って下々の者に下げ渡されたり、正倉院行きとなった。
壊れたら喜んでまた作ってくれそうだが、それはそれで申し訳ないのだ。
定番の流れとも言うが、このような品々は世界中から毎日届く。
物が溢れるのは当たり前であった。
稲荷大社の正倉院には、世界各国の過去から現在までの文化的な遺産が数多く保管されている。
場所が足りない場合は、別の場所にある適切な温度や湿度管理された施設に移すが、今は関係ないので置いておく。
とにかく薩摩切子は戦闘向きの宝具ではないが、今回のような特別な酒宴を楽しむにはとても重宝する。
「もし良ければ、お二人も使ってください。
作った職人も喜ぶと思いますので」
そう言って葡萄酒をチビチビやりながら、別の年代に作成された色や形違いの薩摩切子を複製し、二人に渡す。
どうやら気に入ってくれたようで、喜んで受け取ってくれた。
職人も倉庫に保管されるより、実際に使われたほうが嬉しいだろう。
特にアーサーとイスカンダルが酒を飲むなど、大変名誉なことだ。
それはそれとして彼は酒を飲みながら、私を呼ばれた理由を口にする。
「バーサーカーを呼んだ理由だが、王だからだ」
「ええまあ、国としては小さいですけどね」
親日国も含めればとんでもなく大きくなるが、日本だけなら極東の島国である。
だが自分は最高統治者なので、一応は王と言えなくもないし納得はできた。
そういうことで聖杯問答が始まったのだが、私は最初から勝負を捨てて敗北を受け入れている。
なので、特に話すことはない。
自分が王の器でないことは、自分が一番良くわかっていた。
チビチビとお酒を飲みながら、二人の問答に耳を傾ける。
すると、意外な声が聞こえてきた。
「戯れはそこまでにしておけ。雑種」
金ピカ鎧のアーチャーが現れたのだ。
セイバーは身構えるが、ライダーと私は自然体である。
特に殺意のようなものは感じないし、元女子高生の自分は一切自己主張せずに大人しくしておく。
このまま最後まで一言も話さず、酒宴がお開きになるのが理想だ。
それでも三人のサーヴァントの情報は得られるので、参加した価値はあるだろう。
「アーチャー! 何故ここに!」
「街でコイツの姿を見かけたんで、誘うだけ誘っておいたのさ」
フットワークが軽い英霊もいたものだ。
私も人のことは言えないなと思いつつ、葡萄酒をチビチビいただく。
「遅かったではないか。金ピカ。
まあ余と違って、
イスカンダルは全く気にしていないようで、ガッハッハと笑い飛ばす。
「よもやこんな鬱陶しい場所を、王の宴に選ぶとは。
俺にわざわざ足を運ばせた非礼を、どう詫びる」
相変わらず態度がデカいなコイツはと、私は心の中で溜息を吐く。
自分は元女子高生で、庶民的な価値観や性格は全然変わっていない。
なのでそういう人も居るとは理解しているが、どう考えても私とは反りが合わなさそうだ。
だから、ちょっとだけイラッとしたのかも知れない。
あとはお酒を飲んで、気が大きくなっていたのもある。
「わかりました。では、王に相応しい場所なら良いのですね?」
今までチビチビやるだけで、我関せずと黙っていた私が口を開いた。
英雄王だけでなく、他の面々からも注目が集まる。
サーヴァントとはともかく、二人のマスターは彼の気当たりで腰を抜かしていた。
それを見て、巻き添えを受けて可哀想に思ったのもある。
「ほう、お前が俺を楽しませてくれると言うのか? 狂犬。
だが、わかっておろうな。
大口を叩いたうえで醜態を晒せば、命でもって償ってもらうぞ」
「ええ、構いません。王に相応しい場を用意するので、少し待ってください」
だが私も素直に命を差し出す気はないし、失敗すれば戦いになる。
それでも彼が納得すれば、矛を収めてくれるようだ。
私はアーチャーの金ピカの鎧を注意深く観察し、宝具の文明の保管庫を起動して検索をかける。
「ええと、これは……違う。これも違う。こっちは似てるけど、……うーん」
種類が多すぎて時間がかかったが、やがて似たような金ピカ鎧を見つける。
ついでに、アーチャーがどの年代の英雄なのかを突き止めた。
ただサーヴァントとして召喚された時に変化したのか、全く同じではなく細部は異なる。
間違っている可能性もゼロではない。
文明の保管庫は博物館の展示品を複製するようなもので、現物を見て説明書きを読んでも私が理解できるとは限らないのだ。
なので絶対に合っている保証はなく、少しだけ不安なのだった。