英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
<間桐雁夜>
稲荷の留守中に、ある手紙が届いた。
遠坂時臣が今夜0時に、教会で俺と決着をつけたいようだ。
あの爆発で生きていたことに驚きはない。割とすんなり受け入れられた。
そして優秀な魔術師の指導を受けて、自分は着実に強くなっている。
時臣に勝てるかはわからないが、少なくともこの前のような醜態を晒すことはないだろう。
外出中の稲荷に念話で連絡を入れると、護衛の神獣を連れて行くならOKと許可を取れた。
だが裏はどうあれ、表向きの教会は中立地帯で、戦闘行為を行ってはならない。
まあ繋がりのある時臣には関係ないし、俺も攻撃されたら反撃もやむ無しだ。
話し合いが平行線なのは、前回で良くわかった。十中八九で戦いになるだろう。
葵さんが悲しむので時臣を殺す気はなかったが、彼は俺と決着をつけたいようだ。
向こうから誘ってくるなら仕方がない。
わざわざ律儀に手紙を送ってくるところが、常に優雅さに気を配る奴らしい。
とにかく俺は教会の外に護衛の狼を待機させ、扉を開け放って中に入っていく。
薄暗いが稲荷の眷族になった自分は、多少は夜目が効くので問題はない。
周囲を見回すと、時臣は礼拝堂の前の席に座っていた。
俺が入ってきたことに気づいているはずだが、振り向きもしない。
きっと余裕の態度を演出しているのだろう。
「遠坂時臣!」
大声で名前を呼んでも、反応がなかった。
完全にこっちを下に見ているようだ。
正直、いつ戦いが始まってもおかしくないため、慎重に近づいていく。
「俺が死んだと思ったか! 時臣!
だが甘かったな! 貴様に報いを与えるまで! 俺は何度でも──」
ここまで大声で呼びかけても、相変わらずの無反応だ。
俺は流石におかしいと気づき、途中で足を止めて冷静になる。
ゆっくりと後退り、呼吸を落ち着けて注意深く奴の様子を伺う。
「これは血の匂い! まさか! 時臣は既に死んでいるのか!?」
眷族になったことで、五感も強化されている。
意識すれば、少し離れた場所の血の匂いを嗅ぎ取ることも可能だ。
だが何故こんな状況になっているのかは、考えても結論は出ない。
しかし奴の死体が、椅子からずり落ちて床に倒れると同時に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「……雁夜君?」
葵さんだった。
彼女が何故、深夜の教会に来たのかは知らない。だが現実に、この場に居る。
最悪の状況を見られてしまった。
「あっ葵さん! 違う! 俺じゃない! これは! 俺が来た時には、もう!」
幸い時臣との距離は遠い。
それに、死体には指一本触れていなかった。
なので俺としては冷静に振る舞えてはいるが、葵さんはそうではなかった。
無言で教会の中に入って横を通り過ぎて、時臣の死体に近づいてしゃがみ込む。
「……満足してる? 雁夜君。
これで聖杯は、間桐の手に渡ったも同然ね」
「違う! 俺は何もしていない!
詳しく調べれば、犯人は別に居ることがわかるはずだ!」
ただし痕跡が消されている場合は、第一発見者の俺が疑われるだろう。
それでも自分は殺っていないし、眷族を通して見ている稲荷も、証人になってくれる。
しかし、葵さんは違う。完全に俺を犯人だと決めつけている。
「どうしてよ! 私から桜を奪っただけじゃ、物足りないの!
よりにもよって、この人を! 私の目の前で殺すなんて!」
彼女に罵声を浴びせられて、俺もとても冷静でいられる状況ではなくなっていく。
自然と呼吸も荒くなり、冷や汗もかいてしまう
こんなことなら時臣からの手紙など、読まずに燃やしてしまえば良かった。
しかし今さら過去には戻れず、葵さんの罵声を受け続けるしかない。
だがそんな時、突然教会の屋根が吹き飛んで瓦礫が落ちてくる。
俺と葵さんは驚いて咄嗟に頭を庇ったが、落下物に当たったり、転倒する事態は辛うじて避けられた。
やがて砂埃が収まったとき、犬ぞりに乗って月明かりを受け、不敵な笑みを浮かべるバーサーカーが俺たちを見下ろしていた。
「ご用とあらば即参上! 貴方の頼れる巫女狐! バーサーカー降臨っ! ですよ!」
しかし、普段の落ち着き払ったバーサーカーとは思えない。
信じられない言葉が飛び出してきたので、間違いなく狂化の影響を受けている。
ああいう時は変な電波を受信するのか、ちょっとおかしくなるのだ。
それでも行動方針だけは全くブレないし、一応こっちの話は聞いてくれる。
「バーサーカー! どうしてここに!」
「そんなの、決まっているじゃないですか!」
良く見ると、犬ぞりを操っているのはセイバーだった。
すぐ隣には戦車に乗ったバーサーカーも並んでいる。
一体どういう状況なのか、俺にはさっぱりわからない。
だが彼女の突飛な行動は、今に始まったことではなかった。
しかし本当に、良いタイミングで来てくれたものだ。
俺には勿体ない。優秀なサーヴァントだと再確認する。
「助けに来てくれたんだな!」
「いいえ! 教会をぶっ潰しに来ました!」
「「えっ!?」」
今まで口を出さなかった葵さんまで、驚きの声をあげる。
「教会は聖杯戦争を裏で操っていて、アイリスフィールを連れ去りました!
それに私たちを騙して、同士討ちさせようとしたんですよ!
許せるわけないじゃないですか! あと、手を組んだアーチャーも同罪ですからね!」
情報量が多すぎて、全てを理解することはできなかった。
それでも、稲荷の言いたいことは何となくわかった。
「じゃあ、遠坂時臣が殺されたのも!」
「それも教会の仕業です! マスターに罪を着せて、そこの人間に目撃させ、憎しみ殺し合う光景を見て愉悦に浸ってるんでしょう!
これだけ真相に近づけば、いちいち考える必要もありません!」
さっきから滅茶苦茶大声で叫んでいる。間違いなく稲荷はブチキレていた。
冷静なキレ方なのでまだマシだが、アレは標的を殺し尽くすまで止まらないやつだ。
「そこで覗いている人間! それとアーチャー! いい加減に、出てきたらどうですか!
出てこなければ、消し炭にしてやりますよ! ……と言うか! 消し炭にしてやった!」
稲荷は、殺ると言ったら殺る凄みがある。
有限実行なのはいつものことだが、過去形になっていた。
「ぐわあああああーーーッ!!?」
「言峰っ!? ちいっ! この炎は! 忌々しい半神が!」
それは即ち、今回の黒幕を殺したことに他ならなかった。
予備動作も何もなく、対象を直接発火させのだ。
まさに神代の魔術。いや、神の奇跡としか思えなかった。
そして狂化状態で、一切の容赦がないバーサーカーの攻撃をまともに受けた人間は、間違いなく即死だ。
サーヴァントでも、無事で済むはずがなかった。
一瞬で消し炭になったので、誰が黒幕だったのかはわからず終いだ。
幸い名前は聞き取れたけれど、恐らく新しいアーチャーのマスターだろう。
時臣を殺したのは、そいつで間違いなさそうだ。
とにかくマスターは片付けたので、あとはアーチャーだけだ。
魔力供給を受けられないので長時間の活動はできなくても、サーヴァントの一人や二人、道連れにしそうである。
決して油断できないが、今が最大の好機には違いない。
「バーサーカー! アーチャーを倒してくれ!」
「稲穂にそよぐ風のように、たおやかに沈めましょう!」
また変な電波を受信してるなと思ったが、彼女の行動方針は一切の迷いがないので気にしない。
この場で、彼女のマスターとして、俺のやるべきことは一つだ。
「令呪をもって命ずる! バーサーカー! 必ずアーチャーを倒せ!」
「豊葦原に、憂いなくっ!」
やはり、普段の落ち着いてのほほんとしている稲荷では、考えられない台詞回しだ。
それだけ今回の件に、激怒しているということだろう。
令呪の一角が消え、彼女に大量の魔力が流れ込んで超強化される。
バーサーカーは犬ぞりから飛び降りて、空中で鳴狐を抜いた。
「参りましょうか!」
「ふんっ、所詮は犬畜生! 戦う者であったか!
同じ半神として期待していたが! よもやそこまで阿呆とはなあ!」
無数の宝具が、バーサーカーを目がけて一斉に射出される。
だがそうはさせまいと、セイバーとライダーが動いた。
「やれやれ! まさか余が裏方に回るとはな!」
「そう言うな! ライダー!
私たちが決着をつけるためにも、先にアーチャーを排除する必要がある!」
二人のサーヴァントは、バーサーカーを中心にところ狭しと暴れ回る。
アーチャーが放った宝具を弾き飛ばし、軌道を変える。
そして稲荷は鳴狐に青い炎を宿らせ、アーチャーに突っ込んでいた。
さらに背中から青く燃える翼を生やして羽ばたき、攻撃を華麗に避けていく。
「ならば貴様に! 敗北をくれてやろう!」
稲荷が規格外のサーヴァントなら、敵もまた大英雄と呼ぶに相応しい実力だ。
射出される宝具の数が、加速度的に増えていく。
名だたる英霊が三人がかりでも捌ききれなくなり、セイバーとライダーは防戦一方になってしまう。
だが、彼女は攻撃が苛烈になるほど、より速く、より正確、より強くなっていく。
雨あられと降り注ぐ宝具を相手に、真正面から突進するなど、自殺行為以外の何ものでもない。
しかし稲荷は紙一重で避け、僅かに開いた隙間を縫うようにして、最短距離でアーチャーに近づいていく。
今はただ、目の前の敵を全力を持って葬り去ることしか考えていないのだろう。まさに狂戦士だ。
それでも、アーチャーには及ばなかった。
あと一歩で奴の首をはねられる距離までは近づけた。
だがそこで、全方位から無数の鎖が放たれてバーサーカーを追尾し、彼女の全身をたちまち雁字搦めにする。
「バーサーカー!?」
「追尾能力持ちとかッ! ズルくないですかッ!」
彼女は拘束から脱出しようともがく。
しかし、金色の鎖はびくともしない。
アーチャーは動けないバーサーカーを眺めて、不敵に笑う。
だが、まだ諦めるには早い。
「令呪をもって命ずる! バーサーカー! 俺のもとに戻って来い!」
そう命令を下した。確かに発動したはずだ。
なのに状況は何も変わっておらず、バーサーカーは拘束されたままである。
「無駄だ! 雑種!」
令呪も確かに消えている。だがアーチャーは絶望的な言葉を口にする。
「天の鎖! この鎖に繋がれた者は、神であろうと逃れることはできん!
いや! この女のように、神性が高いほど餌食となる!
令呪による空間転移に縋ろうと、この我が許すものか!」
セイバーとライダーは、バーサーカーを助けようとする。
だがアーチャーが射出した宝具に邪魔され、近寄れない。
(残る令呪はあと一画! これを使い切れば、俺はバーサーカーを制御できなくなる!)
令呪でサーヴァントの能力を高められるが、これは同時に絶対命令権でもある。
なので安易に使えるものではないけれど、彼女は俺の命を救ってくれた。
「今さら疑うものか! 俺はマスターとして! バーサーカーを信じるだけだ!」
そして最後の一画を、躊躇うことなく使い切る。
「令呪をもって命ずる! 俺のことなど気にせず、全力でアーチャーを倒せ!」
彼女は優しいサーヴァントだ。
この聖杯戦争では、一番と言っても良い。
だからなのか、狂化状態でもマスターである俺のことを気遣い、極力自前の魔力で賄ったり、全力で戦ったことはなかった。
なので俺は、この最終局面で彼女の最後の枷を外す。
その間にアーチャーはトドメを刺すべく、巨大な剣をゲートから出し、稲荷に狙いを定めていた。
しかし、彼女はこれっぽっちも諦めていない。
俺の令呪の効果で、さらに狂化を強めて唸り声をあげる。
凄まじい怪力を発揮し、天の鎖がミシミシと悲鳴をあげた。
さらに全身から青い炎を放出する。
「もっとだッ! もっとッ! もっとッ! もっと輝けええええーッ!!!」
そしてバーサーカーは、目が眩むほど眩く輝いた。まるで太陽のようだ。
やがて神さえも逃れられない伝説の天の鎖を引きちぎり、さらに焼き尽くす。
「何ッ!?」
おまけに射出された大剣を、避けもしなかった。
よりくっきりと見えるような青い翼で、器用に掴んで握り潰し、燃やして灰にする。
「おのれ! 小癪な真似を!」
稲荷は、青い炎をまとって再び動き出した。
滅ぼすべき敵に向かって、一直線に突進していく。
「天の鎖から抜け出すとはな! 光栄に思うことだ! 狂犬!
この我が! 全力──」
バーサーカー侮りがたしと判断し、慢心を捨てたのだろう。
全力を出すに値する敵に向けて、アーチャーが新しい宝具を取り出した。
恐らくアレが奴の切り札だ。
稲荷もそう思ったようで、先程よりも速くて無茶な軌道で距離を詰める。
もう俺の目には、残像しか見えなくなる。
「当たらなければ! どうということもないッ!」
まるでバーサーカーが複数存在するかのように、空中に本物そっくりの残像が残る。
アーチャーを撹乱し、宝具に貫かれては消えていく。
「意地があるのよ! 女の子には!」
さらに拳に炎をまとわせて、敵の宝具をぶん殴って破壊する。
稲荷は、真っ直ぐに突っ込んでいく。
もはや避ける必要はなく、炎の勢いが強まるだけではない。
肉眼では捉えられず、音を置き去りにして加速する。
「右腕もらったぁ!」
アーチャーが切り札を展開する前に、すり抜けざまに鳴狐で一閃する。
アーチャーの右腕を斬り落とし、地面に落ちて大量の血が流れ出た。
「おっおのれ! 狂犬があああっ!!!」
そして敵の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
その隙を、今のバーサーカーが見逃すはずもない。
「アーチャー! 私は私の中にあるルールで! 貴方を悪だと断定します!」
アーチャーが態勢を立て直す暇を与えない。
鳴狐の炎の勢いを強めて、突きの姿勢を取る。
「封印限定解除!」
刀身だけでなく、全身に炎をまとい、勢い良く燃え盛っている。
恐らく前回の全開放状態ではなく、太陽神の力を一部引き出しているのだろう。
魔力の消耗はそれほどでもないようで、単体の敵が相手なら、それで十分だ。
石の床を踏み砕くほどの脚力を使い、凄まじい速さで突進した。
「鳴狐えええーッ!!!」
俺には速すぎて、動きが殆ど追えなかった。
それでもアーチャーは鳴狐で、最低でも二度斬られたことは理解する。
空中に斬り上げられたアーチャーは、何故か大爆発を起こす。
凄まじい衝撃波や熱風が荒れ狂って、今度こそ教会は屋根だけでなく、完全に吹き飛んだ。
だが俺は無事だし、葵さんも立っていられず転倒はしたけど、軽症である。
ついでに爆発して建物が吹き飛んだが、何故か焦げても燃えてもいない。
恐らくバーサーカーが、宝具の影響範囲を限定的にしたおかげだろう。
狂化していても、こういう気配りができるので、とても頼りになる。
とにかくアーチャーは斬られたうえに燃やされ、魔力の残滓となって消えていく。
そして、どうやら敵を倒したことで狂化が解除されたようだ。
稲荷は徐々に落ち着きを取り戻していく
アーチャーは死の間際に、何を喋ろうとしたのかは知らない。
しかしバーサーカーの宝具の追加効果である狐火が、より一層燃え上がる。
あっという間に消し炭になり、今度こそ肉体が魔力の残滓に変わって、肉片一つ残らず完全消滅した。
稲荷は大きく息を吐いて、鳴狐を軽く払って刀身の炎を消す。
さらに翼や全身にまとわせた狐火も解除する。
セイバーとライダーも戦闘状態を解いて、地上に降りてきた。
俺も一先ずではあるが、少なくとも今宵の聖杯戦争は終わったと、ようやく一安心したのだった。