英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
色々あって、桜ちゃんを蟲たちから助け出した。
しかし全身が汚物まみれで酷い有様だ。
私は速やかに浴室に連れて行き、温かいシャワーと石鹸で念入りに体を洗っていく。
「何だか、お母さんみたい」
お湯を浴びて目が覚めたようだが、眠そうにウトウトしている。
桜ちゃんの発言に相槌を打ちつつ、やがて洗い終わったので全身をお湯で流す。
「私に子供はいませんよ。でも、……そうですね。
血は繋がっていませんが、貴女のことは可愛い娘のように思っていますよ」
私がにっこりと微笑みかけると、桜ちゃんは大粒の涙を流して力いっぱいしがみつく。
なお、娘と言っても頭に遠い親戚がつく。
こっちは別の地球でも一応は日本だし、ちょっと気にかけるぐらいは良いだろう。
「お母さん! お母さーん!」
「はいはい、桜は甘えん坊ですね」
くっついたまま離れない彼女を、お風呂に入れることも考えた。
しかし、そのまま眠ってしまいそうだ。
取りあえず今日はシャワーだけで済ませて、外に出てタオルでしっかり水を拭き取る。
だが彼女の寝間着が何処にあるかわからなかったので、文明の保管庫から子供用の寝巻きを適当に見繕う。
(あんまり使いたくはなかったけど、しょうがないか)
この宝具は私の世界の過去から現在までの、あらゆる物品を複製して取り寄せることができる。
まさに人類の文明を保管しているに等しく、とんでもない宝具だ。
しかし、懸念もある。
それはもし自分が消えたら、取り出した複製品も一つ残らず消滅することだ。
あとはあまり頼りすぎて経済活動に協力しないと、ご近所に悪い噂が出そうだし、やはりこの世界の物品を使用したほうが良いだろう。
「桜は一人で着れる?」
「んー……お母さんに着せて欲しい。……駄目?」
「良いですよ。じゃあ、万歳してください」
私は彼女と今日初めて会ったので、パジャマが着られるかどうかわからない。
今は悠長に話している時間はなく、さっさとベッドで休ませたほうが良いと判断して、嬉しそうな彼女に寝巻きを着せた。
そして安心したのか、何日も蟲に責められ続けて疲労困憊で、睡眠時間が足りていないのもあったのだろう。
桜ちゃんは、私にもたれかかって寝息を立てはじめた。
起こさないように気をつけて抱き上げ、廊下で待機していた雁夜おじさんに彼女の部屋を聞いて、ベッドに運んで布団をかけてあげた。
そのまま電気を消して部屋の外に出る。
心配そうな顔をした雁夜おじさんが、廊下で待っていた。
召喚初日から盛大にやらかしたのはともかく、マスターも色々聞きたいことがあるだろう。
しかし体内の蟲を排除しても、すぐに全回復というわけにはいかない。
「眷族化を施しましたが、まだ本調子ではありません。
今はベッドで休んで、体力の回復に努めてください。
見張りは私がしておきますし、何かあれば起こしますので」
たとえ傷が完治しても、失った体力までは戻らない。
雁夜おじさんは自覚があるのか、素直に従ってくれる。
「わかった。そうさせてもらうよ。
何から何まで世話をかけて、すまないな」
「お気になさらず。マスターを守るのは、サーヴァントである私の役目なので」
明日の朝、落ち着いたら改めて今後について話をすれば良い。
雁夜おじさんも納得してくれたので、そのまま別れて別方向に歩き出す。
「さてと、眠らないのは慣れてるけど、ずっと起きてるのも退屈だな」
私は別に眠らなくても問題はない。
だが人間は寝るものなので、普段はきっちり睡眠を取っている。
今回は二人を守るために寝ずの番をするのだが、ただ見張っているだけなのも退屈だ。
何かないかなと考えながら廊下を歩いているうちに、あることを思いつく。
「そうだ。冷蔵庫の確認をしよう。
他にも屋敷の掃除や、洗濯も溜まってるかも」
五百年ほど一人で暮らしてきたので、家事スキルはかなり高い。
取りあえず、廊下を歩いて台所に向かう。
だが途中であることに気づき、足を止めてじっと窓の外を観察する。
「アレは監視かな?」
コウモリらしきモノが、庭木に止まってこちらの様子を窺っている。
だが見られて良い気分はしないので、私は指一本動かさずに遠距離で発火させた。
コウモリは一瞬で焼き尽くされて、地面に落ちる。
「そう言えば、カメラのような物がついていたような? ……まあ別にいいか」
他の陣営の使い魔なのは確定だろうし、他は考えてもわからなそうなので置いておく。
しかし私は、魔術や魔法を扱うのは得意ではない。
できることと言えば、狐火を直感的に操作するぐらいだ。
「取りあえず、一度焼いておこう」
相変わらずの行き当たりばったりだが、意識を集中させて間桐の屋敷を浄化の炎で焼き払った。
ちなみに人体には無害で、害意を持つ存在か私が任意に定めた目標のみを焼却する特性がある。
取りあえずゴミ掃除が終わって一息つくが、毎日コレをやるのは疲れはしないが正直面倒だ。
「さて、どうしたものかな」
先程は使い魔による監視だったが、聖杯戦争は命の奪い合いだ。
次は直接乗り込んでくる可能性もあり、今のままでは少し不安である。
そして私は神を自称しているが、オカルト関係はあまり得意ではなかった。
「だったら──」
サーヴァントになって新しく使えるようになった宝具で、狼たちを呼び出した。
ただ、魔力の消耗はできる限り抑えたい。
本来よりもランクを落とし、長い付き合いのある五匹を呼び出した。
大切な家族の分霊だ。
彼らも分霊とはいえ、こっちの世界で会えてとても嬉しい。
「よーし! よしよしー!」
「「「わあん! わおん!」」」
「おっと! 今は二人が寝てるから静かにね!」
賢い子たちなので、人の言葉を理解できる。
お互いに口を開かず、代わる代わる頭を撫でたあとは、屋敷の警備と二人の護衛を命じた。
格を落としたから、首輪をつければ大型犬に見えなくもない。
あとはまあ成るように成れと、とにかくヨシとしておく。
あとで雁夜おじさんと桜ちゃんに連絡しておく必要がある。
だが起きてくるのは当分先になるだろうし、私は最初の予定通り台所に向かった。
到着したので冷蔵庫を開けて中身を確認するが、正直ろくな食材が入ってない。
仕方ないので変装セットを複製して着込み、間桐臓硯の部屋から財布を拝借する。
屋敷の警備は狼たちに任せて、こっそり外出した。
常に二人を監視し、異常があれば主に知らせるので大丈夫だろう。
「久しぶりの買い物です。何だか普通の女の子に戻ったみたいですね。
テンション上がりますねえ」
なお聖杯戦争中で、いつ襲撃されても不思議ではない。
しかし私はそんなの関係ねえとばかりに、夜の冬木市の散策を存分に楽しむ。
「怖いのは警察の職質ぐらいですね」
私は魔術による隠蔽が使えないうえ、霊体にもなれないのだ。
警察に職質されたら、非常に不味い立場である。
幸いまだ夜は更けておらず、スーパーもギリギリ営業している時間だ。
なのでもし声をかけられても、まだ何とか言い逃れできそうではあった。
なお、不審者はぶちのめせば何とかなるので、全く心配はしていない。
それはそれとして、私は冬木市でまだ営業しているスーパーを見つけて、迷うことなく店内に入る。
そして鮮度や値段や旬の食材を吟味し、献立を頭の中で組み立てていく。
見た目は十歳ほどの子供だが、やけに慣れた手つきで買い物籠に入れていくのだった。