英霊の稲荷様   作:名無しのペロリスト

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散策

 マスターと桜ちゃんの体調はすぐに回復したが、病み上がりには違いない。

 しばらくは安静にして、様子を見るべきだろう。

 無理に動いてうっかり狐火が発動しようものなら、人体発火で自身が焼け死ぬかも知れないのだ。

 

 なので私は、狐火の扱いも教える。

 まあ感覚派なので大したことは教えられないけど、それでも五百年近く使い続けてきたのだ。

 イメージを固める役に立ち、魔術適性があるからか二人は上達が早かった。

 

 

 ちなみに今は雁夜おじさんのほうが上手だが、潜在魔力や素質は桜ちゃんのほうが高い。

 そのうち追い抜かれそうである。

 

 しかし実の親がいるのに、私のことを相変わらずお母さんと呼んでいる。

 

 けど、気持ちはわからなくもない。

 何しろ幼子を蟲の苗床にするような、間桐臓硯に売り渡されたのだ。

 昔は愛情いっぱいに育てられたとしても、遠坂の家に憎しみを抱くのも無理はなかった。

 

 今は絶望と終わりのない地獄から救い出した私を慕って、新しい母のように甘えてくる。

 

 しかし自分は、魔術のまの時も知らないド素人だ。

 子育ての経験もないので、やっぱりちゃんとした人に育ててもらいたかった。

 

 けど雁夜おじさんは論外どころか、事案になりそうだ。

 そう考えると自分の周囲には適任が居ないため、無駄に人生経験がある自分が一番適していることになり、逃れられぬ運命を感じた。

 

 

 

 それはそれとして、雁夜おじさんは心境の変化があったのか、魔術師になるか迷っているようだ。

 取りあえず聖杯戦争が終わるまでは、マスターとして戦い抜くことを誓ってくれた。

 

 終わったあとに、一般人に戻るか魔術師を続けるかを決めるのだろう。

 だが先のことを考えても仕方がないし、私も世界の滅亡を防いだあとは決めていない。

 

 分霊を消して本体に戻るか、しばらくこの世界に留まってのんびり平穏に暮らすかの二択だろう。

 雁夜おじさんにも、別に早急に決める必要はなく、聖杯戦争が終わった後にゆっくり考えれば良いと言っておいた。

 

 

 

 今は、どうやって勝ち残るかを考えるべきだ。

 

 もっとも手っ取り早いのが、直接殴り込みに行くことだろう。

 しかし今の私は分霊なので、大幅に弱体化している。

 正面突破を試みても、敵の陣地を無傷で抜けるのは難しそうだ。

 たとえ辿り着けたとしても、消耗した状態では返り討ちに遭うだろう。

 

 何より魔力切れイコール敗北なので、本体のようにバンバン力を使えない。

 そう考えると、脳筋ゴリ押し戦法は止めたほうが良さそうだ。

 

 ならば、守りが堅い陣地から出てきたところを叩くのが良いかも知れない。

 しかし魔術師やサーヴァントが、地の利を捨てることなどあり得るのか疑問である。

 買い出しも使用人や知人に任せれば良いし、ノコノコ出てくるなどあり得ない。

 

 そう考えると、やはり聖杯戦争を勝ち抜くのは一筋縄ではいきそうになかった。

 そんなことを思い悩みながら、冷蔵庫の中身を物色する。

 

 そろそろ食材が尽きそうなことに気づいた。

 マスターに念話で連絡を入れても良いが、別に今は緊急の用事ではない。

 

 取りあえず間桐の魔術工房に向かうと、雁夜おじさんが桜ちゃんに狐火をマンツーマンで指導していた。

 

 何となく危険な匂いを感じるが、雁夜おじさんにその気はないだろう。

 桜ちゃんのほうは、ちょっと良くわからない。

 

 でも幼い女の子が、年上で格好良いお兄さんに憧れることは良くあることだ。

 それに家族として仲が良いのはいいことだし、別に問題はないだろう。

 

 ともかく、扉を開けても練習に集中していて、私に気づかなかった。

 なので、こちらから呼びかける。

 

「マスター。食材が足りなくなりそうなので、買い出しに行ってきますね」

「そうか、もうそんな時間か」

 

 雁夜おじさんは一旦指導を中止する。

 なので私も、念の為に持ってきたスポーツタオルを二人に渡す。

 お礼を言って受け取ったあと、彼らは汗を拭きながら話しかけてくる。

 

「わかってるとは思うが、聖杯戦争が始まったんだ。

 何処にサーヴァントや使い魔が潜んでいるかわからない」

「ええ、もちろんです。気をつけて行動します」

 

 外は危険で、私では二人を守りきれないかも知れない。

 なので比較的安全で、攻めてきたら迎え撃てる間桐の魔術工房からは出ないほうが良い。

 少なくとも、雁夜おじさんと桜ちゃんはそうだ。

 

 

 

 自分は単独行動のほうが気楽と言うか、外でサーヴァントと遭遇したら喧嘩を売る気満々である。

 戦いは好きではないが、勝ち残るためには敵を倒さなければいけない。

 殺るしかないなら、殺れる時にサクッと殺ってしまうのが一番だ。

 

 そういう思考はバーサーカーのクラスなのか、英霊として召喚された影響なのかはわからない。

 だが私は、時としてシビアな考え方になるし、今はある意味戦争中だ。

 

 こう見えて戦国時代は悪人を結構殺しているし、第二次世界大戦で連合の盟主を務めて、大勢の命を奪ったこともある。

 全く嬉しくはないし、自分では認めたくはないが、このような命のやり取りには慣れてはいた。

 

 

 

 とにかく安全のためにも、聖杯戦争が終わるまで二人は屋敷に引き籠もってもらう。

 何かあったら狼たちが守ったり、令呪で呼び出してもらえば、すぐに駆けつけられる。

 

 なので、買い出しは私の担当だ。

 地の利のある敵の陣地で、サーヴァントと戦いたくはない。だが外で遭遇すれば、対等な条件で戦えるので願ったり叶ったりと言える。

 

 とにかく出かける前に、買ってきて欲しい物はないかと尋ねた。

 

「それなら油揚げが食べたいな」

「私もー!」

 

 二人揃って油揚げをリクエストされて、私は微妙な表情になる。

 どう考えても眷族化の影響が出ていた。

 しかし効果は徐々に消えるはずなのに、今のところは全くそんな気配はない。

 

(何もなければ眷族化は薄れていくはずなのに、……うーん)

 

 あくまで何もなければである。

 しかし、二人が心の底から私の眷族になりたいと思っていれば別だ。

 

 肉体の損傷を治癒したあとも、神気は留まり続けるだろう、

 やがては完全に適合して、ランクは低いが神性を帯びる。

 

 神へと至るほどではないが、素質があって弛まぬ努力を続ければ、歴戦の英雄にも手が届くだろう。

 

 私はどうしたものかとしばらく考えたあと、大きく息を吐く。

 

(……まあ良いか。二人なら力を正しく使ってくれそうだし)

 

 少なくとも聖杯戦争が終わるまでは、身を守る手段は必要だ。

 それにあんなおぞましい蟲を使役するよりは、炎系の魔術のほうがマシだろう。

 

 私がそんなことを考えていると、マスターが現在の状況を教えてくれる。

 

「そう言えば、開始早々にアサシンが脱落したぞ」

「いくら何でも早すぎませんか?」

「確かに早すぎるが、この目で見たからな」

 

 私は見ていないので何とも言えない。

 アサシンが負けたことを疑う気はないが、それにしてはいくら何でも早すぎる。

 

 難しい顔をして少しだけ考え、やがて結論を出す。

 

「怪しいですね。何か企んでいるのかも知れません」

「そこに至った根拠は?」

「ありません。ただの直感です」

 

 自分は推理するのは苦手だ。

 頭はそんなに良くはない。

 なので基本的にその場のノリや、行き当たりばったりで動く。

 

「でも私の直感って、一度も外れたことがないんですよね」

「そっ、そうか。それは怖いな。でも、そうだな。言われてみれば不自然だ。

 教会は中立で、敵に回すと厄介だ。バレないように、ギリギリの距離を保って警戒しておこう」

 

 隠密行動が得意なアサシンが、こっそり拠点に侵入するのは自然なことだ。

 そして返り討ちに遭ってあっさり退場も、まあわからなくもない。

 

 だがいくら己の能力に自信があるとはいえ、敵のことをろくに調べもせずに開始早々に乗り込むなど、脳筋の私じゃあるまいしと呆れてしまう。

 

 なので、裏で遠坂と教会が繋がっている。

 もしくは何か大きな企みがあるのではと疑う。

 

 私は何となくだが嫌な予感がしたので、念の為に気をつけるようにと二人に伝える。

 そのあとは準備を済ませて、予定通り買い出しに出かけるのだった。

 

 

 

 いつも通り変装し、狐耳と尻尾を隠して屋敷を出る。

 橋を渡った先の、大型スーパーに向かった。

 インターネットで色々調べた結果、そこが冬木市で一番品揃えが良くて価格が安いと判断したのだ。

 

 到着したら、本日の特売情報を思い出しながら店内を歩く。

 ちゃんと二人のリクエスト通りに、油揚げも買い物籠に入れる。

 

 しかしサーヴァントとして召喚された時はどうなることかと思ったが、数百年ぶりに元女子高生らしい生活をしている。

 

 こっちの世界では、私は誰にも知られていない。

 耳と尻尾を隠して神気を抑えれば、何処から見ても普通の子供だ。

 

 警察に職質されたり、変な大人に声をかけられない限りは、早々問題が起きたりはしない。

 

(外出する前に、変装する必要はあるけど。普通の女の子に戻れて良かったぁ。

 ……まあ生きるか死ぬかの聖杯戦争中なんだけど)

 

 心の中で上げて落とした私は、大きな溜息を吐く。

 とにかくスーパーをぐるっと回って、一通りの食材を確保した。

 

 レジで精算も済ませる際に、まだ小さいのにお使いができて偉いわねと褒められる。

 確かに小さく見えるけど、実年齢は五百歳近い私は、曖昧に微笑んで誤魔化しておく。

 

 とにかく買い物も済ませてスーパーを出たので、あとは屋敷に帰るだけだ。

 夜の冬木市をのんびり歩いていると、遠くに私以外のサーヴァントの気配を感じ取った。

 

 いつもなら、ちょっと覗きに行こうかと単独行動するところだ。

 しかし、今の私には相棒であるマスターがいる。

 

『少し距離がありますが、他のサーヴァントの気配を感知しました』

『何だって!?』

 

 雁夜おじさんは私よりも賢いだろうし、どう行動したものかと指示を仰ぐ。

 

『サーヴァントのクラスは? 誰の陣営だ?』

『申し訳ありませんが、距離が遠くてわかりません。

 ただ、サーヴァントの気配としか』

 

 人間とは違う気配だ。

 多分サーヴァントだという、フワッフワの感覚である。

 

 そもそも私は、歴戦の戦士ではない。

 神様のフリをしている、元女子高生の日本の最高統治者だ。

 

 行き当たりばったりで行動したり、ええいこのスイッチだとばかりに脳筋ゴリ押しで突っ走る。

 他にも、何となくこうじゃないかな。知らんけどが良くあった。

 

 ただし正直に話すと稲荷神の株が大暴落するため、こっちの世界でも秘密だ。

 そもそも身近な人にも、自分の欠点を教えるのは恥ずかしいし、マスターにも桜ちゃんにも黙っておくつもりである。

 

『わかった。なら、慎重に近づいて情報を集めて欲しい。

 それと、こちらの手の内は伏せておきたい。交戦はなるべく避けてくれ』

『善処します』

 

 了解とは言えなかった。

 そもそも私は考え方や行動が脳筋だし、戦闘になる可能性が非常に高い現場に偵察に行くのだ。

 やむを得ずに交戦もあるだろうから、なるべく頑張る程度にしておく。

 

『こちらも使い魔を送り、情報を得ておく。

 頼むから無事に帰ってきてくれよ。俺だけでなく、桜ちゃんも悲しむからな』

『私も目的を果たさずに、死ぬつもりはありませんよ』

 

 アサシンのように隠密スキルがあれば別だが、私がどれだけ上手に隠れても、バレる時にはバレる。

 だから雁夜おじさんも、なるべくと言ったのだろう。

 

 まあそれはそれとして、マスターの許可も出たのだ。

 他のサーヴァントの顔を拝む良い機会だと考えて、気配のする方角にのんびり歩いて向かうのだった。

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