英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
サーヴァントを見つけた私は、買い物籠をブラブラ揺らしながらのんびり歩いて向かう。
途中から誰かが結界を張ったのか、気配を感じ取れなくなった。
けれど、場所は覚えているので問題はない。
やがて目的地である港のコンテナ置き場に到着する。
人払いと姿隠しの結界を通り抜けると、サーヴァントだけでなくマスターらしき人間の気配も感じられた。
何だか知らないが大変騒がしい。
私は足を止めずに、激しい打ち合いの音が聞こえてくる場所に向かって呑気に歩いて行く。
「おーおー、派手にやりなさる」
コンテナの影から、バレないようにひょっこり顔を覗かせて様子を伺う。
今回は自分が戦うわけではないので、軽口を叩く余裕がある。
二人のサーヴァントが戦ってるが、片方は槍。
そしてもう片方は、目を凝らさなければ見えないけど金色の剣のようだ。
「あっ、メインヒロインだ」
フェイト関連の名言やネタ画像で、あのサーヴァントを良く見かける。
私は広く浅くのライトオタクで、それ以上のことは知らないが、同じような容姿のキャラがたくさん描かれていた。
なので多分、彼女は大勢の姉妹が居るか、コスプレが趣味のメインヒロインだと見当をつける。
しかしいくら主要人物であっても、目の前のサーヴァントは敵だ。
立ち塞がるなら斬り捨ててでも、世界の滅亡を阻止しないといけない
「セイバーとランサーが戦ってるのかな?」
セイバーは負傷はしているが、それでも有利に思える。
魔力の流れからランサーは宝具の封印を解いているけど、まだ彼女は全力を出していないのだ。
「でも、ただ見てるのも退屈だなぁ。……そうだ」
目の前では激戦が繰り広げられているというのに、私は呑気に買い物籠に手を入れる。
そしてスーパーで買ってきた、自分へのご褒美のどら焼きを取り出す。
音を立てないように慎重に包装を解いて、ウキウキしながら齧りつこうとした。
だがその直前に、何処からともなく大きな音が聞こえてくる。
「なっ、何っ!?」
音の発生源に視線を向ける。
すると巨大な牛が戦車を引いて、空を駆けている光景を目撃する。
目的地はどうやら、この場所のようだ。
ならば、手綱を引いている大男もサーヴァントだろう。
やがて彼は、大声をあげながら、セイバーとランサーの間に強引に割り込んだ。
轟音と衝撃で砂埃が舞い、突風が吹き荒れてどら焼きが私の手から離れて飛ばされてしまう。
「ああっ!? 私のどら焼き!」
慌てて手を伸ばして掴もうとするが、残念ながら届かない。
目的の物はどんどん高度が落ちていき、このままでは地面に接触してしまう。
そうはさせまいと勢い良くスライディングし、間一髪で何とか両手で受け止める。
どら焼きを蟻の餌にする事態は、辛うじて避けられたようだ。
「……ほっ、良かったぁ」
だが一安心したのは良いが、どうにも視線を感じる。
嫌な予感がしたので、恐る恐る周りの様子を伺う。
(あっ、これやらかした奴だ)
今この場に居るサーヴァントだけでなく、マスターと思われる人間たちにもモロに見られている。
おまけに変装して隠していた狐耳と尻尾も、突風に煽られて露出していた。
何処からどう見ても、人間ではない。
つまり、サーヴァントだなオメーとバレバレなのだ。
しかし、正体がバレてしまってはしょうがない。
私は気を取り直して、よっこらしょと起き上がる。
そして服についた土を軽く払って落とし、手に持ったどら焼きを小さな口に入れた。
モグモグと咀嚼する。
「「「食っとる場合かぁ!!!」」」
「モグモグ……だって、勿体ないし」
包装も取ってしまったし、元に戻すのも面倒くさい。
サーヴァントだけでなく、マスターからもツッコミが入った。
しかし私は気にせず、どら焼きを全て食べきった。
次はペットボトルのお茶を取り出して、乾いた喉を潤す。
「こんな状況だというのに、度胸があるのう」
「まあ私も、伊達に修羅場は潜っていませんし」
戦車に乗ったおじさんに、呆れた顔で指摘される。
とにかく彼は気を取り直し、良い笑顔を浮かべて大声で宣言した。
「皆の者! 剣を収めよ! 王の前であるぞ!
我が名は征服王! イスカンダル!
此度の聖杯戦争では、ライダーのクラスを得て顕界した!」
何が目的かはわからないが、わざわざ自己紹介してくれるらしい。
私の中で、彼の評価が親切で気の良いおじさんになった。
ちなみに自分は、見物はしているが剣は抜いていない。
現時点では戦闘に参加していないし、ただどら焼きを食べてお茶を飲んでいるだけだ。
(しかし、どうしたものかな)
情報収集という目的はあるが、自分の存在はバレている。
マスターからは、戦闘はなるべく避けるようにと言われていた。
ならば、ここは尻尾を巻いて逃げ帰るべきだろう。
私は若干冷や汗をかきながら、ペットボトルの蓋を締めて戻す。
そして、イスカンダルとマスターのどつき漫才を眺める。
「何を考えてやがりますか! この馬鹿は!」
デコピンされて転がる少年が、ちょっと可哀想に思えた。
「うぬらとは、聖杯を求めて相争う巡り合わせだが、まずは問うておくことがある。
うぬら! 一つ我が軍門に下り! 聖杯を余に譲る気はないか!」
ライダーの発言に、私を含めた全員の心が、正気かコイツで一致する。
彼は聖杯を手に入れたあとは、自分たちを配下に加えて、全世界に宣戦布告するつもりらしい。
「その提案には承諾しかねる。
俺が聖杯を捧げるのは、今生にて誓いを交わした、新たなる君主ただ一人だけ。
断じて貴様ではないぞ! ライダー!」
ランサーはきっぱり断り、次に呆れた顔でセイバーが続ける。
「そもそも、そんな戯言を述べ立てるために、私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか!
騎士として! 許しがたい侮辱だ!」
確かに一騎打ちしている最中に乱入して、強制的に戦いをやめさせたのだ。
私は武人ではないのでピンとこないけど、テレビや映画に没頭している途中で邪魔が入るとイラッとする。
何となくだが気持ちはわかった。
「うーん、待遇は応相談だが?」
「「くどい!」」
交渉が決裂したライダーは残念そうにしているが、セイバーはさらに言葉を発する。
どうやら今のところは、彼らとの会話に夢中なようだ。
私は今のうちにと、少しずつ後退りして距離を取る。
「重ねていうが、私も一人の王としてブリテン国を預かる身だ!
いかな大王といえども、臣下に下るわけにはいかぬ!」
「ほう! ブリテンの王とな! こりゃ驚いた!」
騎士王に会えたライダーは嬉しそうだ。
しかしその後に、小娘扱いされたことで侮辱と受け取ったのか、怒って剣を構える。
「こりゃあ、交渉決裂かぁ。勿体ないなあ。残念だなあ」
余程残念だったようで、頭を掻いている。
それはそれとして、もう少しでフェードアウトできると思っていた私に、タイミング悪く声をかけてきた。
「一応聞くが、そこの小娘はどうだ? あー、その身なりなら、キャスターか?」
「いえ、バーサーカーですけど?」
「バーサーカーだと!? 何と! こんなに小さいのにのう!」
小さいのは余計だが、確かに見た目は十歳ほどの狐っ娘だ。
それに、戦いが得意なようには見えない。
キャスタークラスだと勘違いしても、不思議ではなかった。
まあ私は戦いに明け暮れているわけではなく、日本の統治をしている時間のほうが遥かに長い。
けど、行き当たりばったりの脳筋ゴリ押しで、物事を解決することも珍しくはなかった。
ある意味ではバーサーカーと言える。
ちなみに、今の狂戦士発言により、セイバーとランサーの警戒度がグンと上がる。
信憑性はともかく、のんびりしていても油断できない相手と思われているようだ。
そしてライダーは、黙って答えを待っている。
私は無視するわけにもいかないし、困った顔をして溜息を吐く。
「私も断ります。一応、国の統治者ですし」
「ほう! その身なりで王であったか!
おまけに、獣の血が流れておる狂戦士とはな! 珍しいサーヴァントに出会えたものだ!」
ライダーはとても嬉しそうだ。
そしてセイバーとランサーは、私の正体が掴めないのか不気味がっている。
別にここで稲荷神だと伝えても良いのだが、余計に混乱しそうだ。
教える義理もないし、黙っておくことにした。
そしてライダーのマスターが、暴走を続けるサーヴァントに必死に抗議する。
だがその時、何処からか謎の声が聞こえてくる。
「そうか。よりによって貴様か。
一体何を血迷って、私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば、まさか!
キミ自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはね!」
何処から通信しているのかはわかっているが、私はマスターを攻撃する気はない。
それにサーヴァントに妨害されるだろうし、我関せずと黙って聞くことにした。
「ウェイバー・ベルベット。私が特別に、課外授業を請け負ってあげようではないか。
魔術師同士が殺し合うという、本当の意味。
その恐怖と苦痛を、余すことなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ」
あまりにも恐ろしかったからか、少年は泣いてしまう。
流石にちょっと可哀想だったので、私は慰めの言葉をかけようとした。
だがその前にライダーが彼の肩に手を置いて、大声で叫ぶ。
「おう! 魔術師よ! 察するに貴様は!
この坊主に成り代わって、余のマスターとなる腹だったらしいな! だとしたら片腹痛いのう!
余のマスターたる男は! 余と共に戦場を馳せる勇者でなければならん!
姿を晒す度胸さえない! 臆病者が! 役者不足も甚だしいぞ!」
そう言ってライダーは豪快に笑い出した。
さらに覗き見している連中にも、今すぐ出てくるようにと大声で呼びかける。
ついでとばかりに、セイバーとランサーの真っ向勝負を褒め称えた。
何とも気の良いおじさんだなと感心する。
「聖杯に招かれし英霊は! 今ここに集うが良い!
なおも顔見せを怖じるような臆病者は!
征服王イスカンダルの! 侮蔑を免れぬものと知れぇ!」
とんでもない大声でそう宣言した。
すると今度は、金ピカの鎧を身に着けたサーヴァントが姿を現し、街路灯の上に堂々と立つ。
アレはアサシンを倒した奴だ。
だがコンテナ倉庫を監視している存在にも、私は気づいていた。
なのできっと、複数存在する英霊なのだろう。
「俺を差し置いて王を称する不埒者が、一夜に三匹も湧くとはなあ」
「難癖つけられてもなぁ。イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」
「たわけ! 真の王たる英雄は、天上天下に俺ただ独り! あとは有象無象の雑種に過ぎん!」
どうやら彼にとっては、私も雑種の一人のようだ。
確かに元女子高生の狐っ娘が、成り行きで最高統治者をしているだけである。
自分自身は神様になった気も偉ぶる気もないし、アーチャーの発言は正しかった。
「そこまで言うなら、まずは名乗りを上げたらどうだ!
貴様も王たる者ならば! まさか己の異名を憚りはすまい!」
「問いを投げるか! 雑種風情が! 王たるこの俺に向けて!」
私としては、何が彼の気に障ったのかさっぱりわからない。
ただただ困惑するが、自分も大概だが、アーチャーも色々とおかしいと思う。
「我が拝謁する栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら!
そんな蒙昧は、生かしておく価値すらない!」
おまけに向こうはやる気のようだ。
アサシンを倒した宝具を展開し、彼の背後から無数の武器が出現した。
「なるほど、アレでアサシンを殺ったのか」
ライダーが冷静に分析するが、アレはヤバい。
本体ならまだしも、分霊では大ダメージ間違いなしだろう。
だが残念ながら、泣き言は言っていられない。
何故なら、彼がサーヴァントだけを狙うなら良い。
彼らは死んでも英霊の座に戻るだけだし、私もある意味では似たようなものだ。
しかし人間は死んだらそこまでで、二度と復活しない。
気づけば私はちゃっかり買い物籠を物陰に置いて、ライダーよりも前に出ていた。
そして、下からアーチャーを睨みつける。
他のサーヴァントはともかく、アレはマスターを巻き込むことに微塵も躊躇もしないのだと、直感的に理解してしまった。
まあぶっちゃけて言えば、危険な場所にマスターを連れてきて戦闘に巻き込んだり、守りきれないサーヴァントが悪いのだが、それはそれである。
とにかく私は、渋々だが重い腰を上げた。
「誰の許しを得て、俺を見ている! 狂犬め!」
宝具の鳴狐を呼び出して、静かに構える。
続いて軽く指を滑らせると、刀身に青い火が灯った。
あっちでは見た目が格好良くなる、演出以外の効果はなかった。
しかし今の私が使うと、宝具のランクを上げられる。なお、どうしてかは良くわかっていない。
「せめて散りざまで、俺を興じさせよ! 雑種!」
アーチャーが放った大剣を良く見て躱し、二撃目の槍を鳴狐で斬りつける。
すると大爆発が起きて、向こうの宝具が粉々に砕け散った。
服が燃える前に巫女服を呼び出して全裸は免れたが、色んな意味で間一髪である。
ちなみに巫女服は、五百年近く経っても、朽ちず破れず汚れも破損もしていない。
今なお伝説に謳われる衣服で、自分でもどうしてそうなっているのかはわからないが、とにかく凄い頑丈な防具だ。
もしかしたら攻撃としては使えないが、鳴狐以上に高位の宝具なのかも知れない。
実際、目の前で爆発が起きても焦げてもいなかった。
「忌まわしい炎で、我が宝物を穢したな!
そこまで死に急ぐか! 犬ゥ!」
先程よりも、遥かに多くの武器が現実空間に出現する。
(そう言えば、マシンガンを弾き返したこともあったなあ)
そんな伝説があるので、鳴狐は飛び道具への特殊効果が付与されていた。
私は呼吸を落ち着かせて、意識を集中する。
「その小癪な手癖の悪さでもって、何処までしのぎ切れるか!
さあ! 見せてみよ!」
「ええ! 見たければ! 見せてあげますよ!」
もう成るように成れと、若干ヤケになっていた私は、何処かのホモビのような台詞を口に出す。
そして、一斉に放たれた宝具を迎撃する。
飛び道具への特殊効果があるので、コレは絶対に無理だろという遠距離攻撃も、何故か無効化できる。
例えるならスパロボで、踏み込みが足りんと切り払われてダメージが0になるような、理不尽な迎撃スキルだ。
それを任意に発動できるので、やっぱり宝具って凄いわと実感させられる。
ただし遠距離攻撃を防いだという結果を引き寄せるからか、肉体の限界を越える状況も良くあった。
そのため、あまり頼りすぎると、宝具よりも先に私の体が壊れてしまう。
(ヤバいっ! 死ぬ! 死んじゃう!)
実際に今、私の肉体は悲鳴をあげている。
今の自分は弱体化した状態だ。流石に一歩も動かずに、涼しい顔でやり過ごすのは無理である。
とにかく他のマスターを巻き込まないように、気をつけながら逃げ回る。
アーチャーが放った宝具をなるべく避けつつ、どうにも無理そうだったり、体勢や状況的に問題なければ切り払い、武器破壊や弾いて無効化していく。
「踏み込みが足りん! ……あっ! 言っちゃった!」
鳴狐で切り払いをしているので、つい迷言を口に出してしまった。
おまけに、真っ二つになった宝具が明後日の方向に飛んで行く。
金ピカ鎧のサーヴァントが、足場にしている街路灯を切断した。
彼は落下する足場から飛び降り、地面に両足で立つ。
「痴れ者が! 天に仰ぎ見るべきこの俺を! 同じ大地に立たせるかァ!
その不敬は万死に値する! そこの雑種よ! もはや肉片一つも残さぬぞ!」
倍以上の宝具が出現して、それらは一つ残らず私を狙っている。
確かに足場を崩したのは自分だが、そもそも金ピカが攻撃してこなければこんなことにはなってない。
理不尽極まりないが、こういう状況には良くも悪くも慣れている。
日本の最高統治者として舐められたり、喧嘩を売られたことはそんなに多くはないけど、なくはないのだ。
私は元女子高生で自分は相応しいとは到底思えないため、別に気にしない。
だからこの程度では、まだ怒ったりはしなかった。
しかし、そこでアーチャーの動きがピタリと止まる。
「貴様ごときの諫言で、王たる俺に退けと! 大きく出たな! 時臣!」
どうやら彼のマスターから、撤退命令が出たようだ。
やがて彼は忌々しそうな顔で、出していた宝具の全てを引っ込めた。
「命拾いしたな! 狂犬!」
そして彼はさらに、他のサーヴァントに大声で呼びかける。
「雑種ども! 次までに有象無象を間引いておけ!
俺とまみえるのは、真の英雄のみで良い!」
霊体化して去っていくアーチャーの後ろ姿を見て、私はようやく肩の力を抜いて大きく息を吐く。
「やれやれ、死ぬかと思いましたよ」
まるで嵐のようなサーヴァントだった。
しかし、ここにはまだ私の他にセイバー、ランサー、ライダー、アサシンが居るのだ。
刀身にまとわせている狐火を消しても、鳴狐は手に持ったまま周囲の様子を伺う。
「やるではないか! バーサーカー!」
「どっ、どうも」
ガッハッハと豪快に笑いながら、ライダーが褒めてくれた。
「狂化せずに、アーチャーを追い返すとはな! 敵ながら恐ろしい奴だ!」
ランサーは警戒している。
それでも武人として認めてくれたのか、少しだけ嬉しそうに笑っていた。
「しかし、何故アーチャーの前に出たんですか?
てっきり、どさくさ紛れに逃げ出すとばかり」
「ええと、それは──」
どう答えたものかと少し悩んだが、別に隠すようなことでもない。
なので、セイバーの質問に正直に伝えることにした。
「サーヴァント以外の人間が巻き込まれるのを、放っておけなかったので、……つい」
マスターに攻撃が当たりそうになったら、サーヴァントが防いでくれる。
しかしそれでも、絶対に安全という保証はない。
だから私がアーチャーを挑発し、体を張って防いだというわけだ。
宝具の性能は大雑把だが知っていたから、鳴狐なら相性が良さそうと判断した。
「……それだけか?」
「はい、それだけですけど?」
ライダーは顎髭を弄りながら尋ねてくるが、他に言いようがない。
行き当たりばったりで行動するのは今に始まったことではなく、今回もやらかしたあとにもっと良い手段があったのではと思いはする。
だがまあ、上手く行ったし別に良いかと適当に流す。
「何というか、お前さんは大者じゃのう」
「いいえ、私は小者ですよ」
「そういう奴が一番怖いんだ」
「行動がまるで予想できませんからね」
ライダーだけでなく、ランサーとセイバーも心底おかしそうに笑っている。
聖杯戦争の最中だというのに、何とも和やかな雰囲気であった。
だがそこに、第三者の声が入ってくる。
「何をしているランサー。
セイバーとバーサーカーを倒すなら、今こそが好機であろう」
さっきも聞いた、ランサーのマスターの声だった。
流石に令呪を使っての命令はなかったが、セイバーとランサーは敵同士だ。
私も当然のように、討伐対象である。
きっとアーチャーの戦いで消耗していると考えているのだろうが、実際にその通りだ。
ランサーはハッとした顔になり、身なりを正す。
「セイバーは! 必ずやこのディルムッド・オディナが! 誇りにかけて討ち果たします!
そこな狂犬めも! 仕留めてごらんに入れましょう!」
そんな彼の様子を見て、何となく騎士王に呑気に声をかける。
「あの、どうしますか?
私は全く、戦う気は起きないのですが。
もう今夜はお開きにして、帰っても良いんじゃないですか?」
目的は情報収集なので、戦う気はない。
雁夜おじさんも使い魔を通して見ているのだろうが、私の自主性に任せてくれている。
そしてセイバーは、どうやら迷っているようだ。
一度はウヤムヤになった決闘を、今になって蒸し返された。
さらに、怪我をした不利な状態で戦わないといけない。
できれば万全の状態でやり合いたいが、騎士として今決着をつけたい気持ちもありそうだ。
双方どうにも煮えきらず、迷っているようである。
なので私はしょうがないなーと頭を掻きながら、呑気に手を挙げて発言する。
「傷ついたセイバーや、疲労している私を倒すなら、確かに今が好機でしょうけど。
無傷で済む保証はないですよ?」
自分も少しは疲れているが、別に戦えないわけではない。
この程度なら雁夜おじさんから魔力を提供してもらわなくても、自然回復で十分だ。
それにまだ他の宝具も残っているし、真名解放もしていない。
もし私と戦うと言うなら、覚悟が必要だ。
「それにライダーとアサシンが、黙って見逃すとでも?」
「そっ、それは! ……待て! アサシンだと!?」
どうやらランサーのマスターも、そこまでは考えていなかったようだ。
明らかに動揺して、さらにアサシンと聞いて驚く。
「馬鹿な! アサシンは開始早々に脱落したはずだ!」
「いえ、居ますよ? あそこから、私たちを監視しているじゃないですか」
そう言って私は目を凝らし、アサシンが隠れている高台を指さした。
だが慌てて隠蔽スキルで気配を消したのか、さらに距離も遠く、向こうからは良く見えても、こちらから見え難い。
この場のマスターやサーヴァントは、なかなか見つけられない。
私は目が良いので隠れたモノも注意深く観察すれば暴けるが、他の者は違うようだ。
「……わかりました。では、こちらで対処しますね」
仕方ないので意識を集中して、遠距離発火でアサシンを燃やした。
私に見つかっても、その場から動かずじっと身を潜めていたので、狙いを定めるのは簡単だった。
隠蔽スキルが解除されたのか、突然くっきり見えるようになった人影が絶叫する。
どんどん燃え広がっていく青い火を消そうと、悲鳴をあげながらのたうち回る。
だが狐火は、普通の炎ではない。
術者である私が解除するか、何らかの方法で打ち消さない限り、対象を焼き尽くすまで、決して消えたりはしないのだ。
やがて彼は高台から足を踏み外して、地面に真っ逆さまに落ちていく。
自分でやっておいてなんだが、酷いことをしたとは思う。
だが聖杯戦争は生きるか死ぬかの戦いだし、当然向こうも覚悟をしている。
最後は全身を炎で焼かれるのではなく、落下して首の骨を折って絶命した。
この場の皆が驚きの表情で固まっている中、私は溜息を吐いて口を開く。
「でも正直、これで終わりとは思えないんですよね」
「どういうことだ?」
「ただの直感です。根拠はありません」
ライダーが質問したが、説明が難しい。なので、正直に直感だと伝えた。
それっきり会話が途切れたが、まだランサーのマスターとは終わっていない。
「それで、どうするんですか?
私はやる気はないですが、セイバーなら頼めば応じてくれると思いますよ。
……ライダーがどう出るかは不明ですが」
この場には、もうアサシンが居なくなった。
そして言ったそばから、ライダーが大声で喋りだした。
「ランサーのマスターよ! 何処から覗き見しておるかは知らんが!
ゲスな手口で穢すでないぞ! ランサーを退かせよ!
なお、これ以上此奴に恥をかかせるというなら! 余はセイバーに加勢する!」
令呪は使っていないが、セイバーもランサーも予期せぬ乱入者が現れた時点で、今日の戦いはお開きムードだったのだ。
だが今が好機だからトドメを刺すように指示したマスターは、戦略的には正しい。
しかしセイバーが負傷していても、戦況次第でランサーが傷つく可能性もあるのだ。
そうなったら今度は他のサーヴァントかライダーが仕留めようとするかもだし、多分生きていると思われるアサシンが、今度こそ動き出すかも知れない。
権限はマスターが持っているが、ランサーは今日はもうやりたくなさそうだ。
少なくともサーヴァントがこれだけ集まっていては、もはや一対一の戦いは成り立たない。
「二人がかりで貴様のサーヴァントを潰しにかかるが! ……どうするね?」
ちなみに私は、我関せずだ。
最初からこれっぽっちも戦う気はない。成り行きで刀を抜いて、アーチャーとやり合っただけだ。
「撤退しろ。ランサー。今宵はここまでだ」
「感謝する。征服王。バーサーカー」
「なあに、戦場の花は、愛でるたちでな」
「私もいい加減面倒なので、家に帰りたかっただけです」
マスターの許可が出たランサーは、最後に感謝の言葉を伝えて霊体化する。
ちなみに私は、そういうのは無理だ。ずっと狐っ娘のままであり。
何でやねんとツッコミを入れたいが、思えば転生してからずっとこの姿だった。だからこそなのだろう。
とにかく色々あったが、今夜の聖杯戦争はここまでだ。
「結局、お前は何をしに出てきたのだ。征服王」
私も便乗して帰りたかったけど、そういう雰囲気ではなかった。
仕方ないので物陰に置いた買い物籠を回収して、二人の話に耳を傾ける。
なお運動して喉が渇いたので、先程入れたペットボトルのお茶を引っ張り出して、小さな口に運ぶ。
「さあてなあ。そう言うことは、あまり深く考えんのだ」
自分と同じ脳筋タイプかも知れないなコイツと思った。
それでも会話に加わるつもりはないので、黙って聞く。
「セイバーよ。まずはランサーめとの因縁を精算しておけ。
そのうえで、貴様かランサーか。勝ち残ってきた方と相手をしてやる」
そのまま格好良く去るのかと思いきや、二人の視線が今度は私に向けられる。
「しかし、どうにもわからんのがバーサーカーだ。
それだけの特徴があれば、真名を突き止めるのも容易と思ったが」
「近い存在は思い浮かんでも、決め手に欠けますからね」
二人とも同じ意見のようで、セイバーのマスターまで困った顔をしている。
だが私としては、まさか別世界の稲荷神ですと答えるわけにもいかない。
どうせ言っても信じてくれないし、時間の無駄だからだ。
だが、隠して余計に疑われるのも面白くない。
雁夜おじさんに説明したように、当たり障りのない発言で誤魔化すことにする。
本当は手の内は隠したかったが、このままでは家に帰れそうになかったのだ。
なるべく戦闘は避けるべきだし、ちょっとぐらい情報をお漏らししても良いだろうと判断する。
『申し訳ありませんが、情報を一部公表させてください』
『彼らと良好な関係を築けなくても、わざわざ嫌われることもないだろう。
稲荷が問題ないと判断したなら、好きにするといい』
『ありがとうございます。マスター』
サーヴァントに理解のあるマスターで助かった。
それはそれとして雁夜おじさんには、あとで改めて謝っておかないといけない。
私はコホンと咳払いしてから、気を取り直して口を開く。
「この際なので正直に言いますが、私は稲荷神様の分霊です。
ですが見習いなので、神や様は必要ありません」
まあ敵である彼らが敬ってくれるとは思っていないが、一応付け加えておいた。
そして、まさか神が顕界するとは思っていなかったようだ。
セイバーとライダーは言葉を失い、驚きの表情で固まっている。
さらに他の人たちも完全に動きを止めたようだが、私は構わず説明していく。
「稲荷神様は、多くの伝承を残されています。
そして私は、その中の一つです」
苦しい言い訳だが、ライダーとセイバーは納得してくれたようだ。
バーサーカーのクラスで顕界した稲荷神なのは本当だし、数ある伝承の一つなのも嘘ではない。
ただし、それは別世界のことだが、そこまで説明をする気はなかった。
「なるほど、神へと至る前の稲荷神か。
サーヴァントとして呼ばれても、おかしくはないな」
ライダーが顎髭を弄りながら、納得したように言葉を続けた。
「基礎ステータスが軒並み高いのも、納得しかないよ!」
そしてライダーのマスターは、サーヴァントのステータスを覗き見ることができるようだ。
私も調べられていたようだが、別に宝具を暴かれたわけではない。
皆やってることだろうし、気にしないことにした。
「まさか神話の時代の英霊か?」
「あの金ピカもヤバいけど! バーサーカーも大概じゃないか!」
「華々しく活躍していなければ、反英霊もありえますね」
「駄目ね。全然見えてこないわ」
四人とも、勝手に深読みしているようだ。
そもそも神話の時代には、まだ日本刀は存在していない。
だが概念で姿や効果が変わることもあるし、実際の所は良くわからなかった。
取りあえず、嘘はついてはいない。
なので、何も後ろめたいことはなく、堂々と帰宅宣言を口にする。
「では用事があるので、そろそろ御暇しますね」
ちなみに、もしこっちの天照大御神様や稲荷神様が、召喚された私と顔を合わせたら、『知らん……何その英霊……怖……』と困惑されるのは間違いない。
それはともかく、挨拶したらライダーとセイバーが元気良く返してくれる。
「おう! また会おう!」
「今日は色々ありがとうございました」
「いえ、私が勝手にやったことなので、お気になさらずに」
最後に軽く頭を下げて歩き出す。
雁夜おじさんの指示通り、情報収集はパーフェクトではないが、まあ上手くはいった。
かなり揉めて戦闘にもなったが、傷一つ負わずに生き残れたのだ。
家に帰るまでが遠足なので油断はするつもりはないけど、出会ったサーヴァントは個性的な人ばかりだった。
しかしアサシンやアーチャー以外は、何となく良い人そうだ。
ライダーはノリが良いおじさんなので良い人とは違うかもだけど、話が通じそうなのはありがたい。
たとえ殺し合うのが宿命だとしても、双方が納得して命の奪い合いをするなら、まあ倒されても仕方ないと諦められる。
そしてサーヴァントやマスターたちは、教会に不信感を持つ。
これに関しては、向こうは知らぬ存ぜぬを貫き通すだろうし、情勢に影響はなさそうだ。
取りあえず私は、巫女服から変装用の衣服に着替え直して、間桐邸の帰路につくのだった。