英霊の稲荷様 作:名無しのペロリスト
<遠坂時臣>
必殺宝具を繰り返し衆目に晒したアーチャーを、令呪を使って強制的に呼び戻した。
彼の機嫌を取るのは大変だが、こちらの手の内を明かすのは時期尚早だ。
なので今後を考えれば、この判断は間違っていないはずである。
しかし隠密スキルで監視をしていたアサシンがバーサーカーに発見され、不意を突かれて倒されたことは大誤算だ。
念の為に使い魔も放っていたので、その後の経過はおおよそ把握している。
それでも得られる情報の質と量は雲泥の差なうえ、教会と遠坂家をより一層警戒するようになってしまった。
何にせよ朝日が登り、今宵の聖杯戦争は一先ず幕が引かれる。
自分も椅子に深くもたれ、天井を仰ぎ見て大きく息を吐く。
「最強のサーヴァントは依然として英雄王。それは変わらん。
だが此度の聖杯戦争は、一癖も二癖もある曲者揃いのようだ」
当初の予定では、最強のサーヴァントを引き当てて教会と裏で手を組む。
それはもはや盤面を支配したも同然で、このまま順当に勝ち進んで聖杯を手に入れる。
念には念を入れているが、元々アーチャーは並外れて強力で、他の有象無象など物の数ではないはずだった。
だが実際に戦い、得られた情報を冷静に分析してみると、そう容易くは勝たせてもらえないことがわかってくる。
「ランサーはまだ良い。だが、セイバーとライダーは厄介だ」
ランサーの宝具と実力は見させてもらった。
そのうえで英雄王の足元にも及ばないと判断する。
しかしセイバーとライダーは、ギルガメッシュには及ばなくても、英霊の中では上位の存在だ。
それにまだ力の一端しか見せていないので、決して油断はできない。
幸い真名がわかっているので、能力や宝具はある程度は予想がつく。
だが実戦となると、想定通りに進むとは限らない。
事前に打てる手は限られており、もしも英雄王と相性が悪い宝具を隠し持っていた場合、一気に戦況が不利になってしまう。
ならばしばらくは、他のサーヴァントの情報を集めて対策を講じる。
勝利を盤石にするためにも、準備は怠ってはいけない。
「だが一番の問題は、バーサーカーの正体がまるで掴めんことだ」
ギルガメッシュが最強なのは間違いない。
しかし、アレは恐らく稲荷神の元になった英雄だ。
英霊として呼び出せたということは神霊ではないが、英雄王と同じ半人半神の可能性が高かった。
そして狐の耳と尻尾がついていたので、神霊ではなく御使いだろう。
ただ神と繋がりがないわけではないため、そちらの線も調べておいて損はない。
諸説ありだが、日本に渡る前の大陸では、仏教の守護神の一つでダキニ天と呼ばれていたようだ。
戦いが得意な神で、仏教の始まりは紀元前六世紀頃である。
つまり彼女もまた神代の時代の出身で、上位の英霊ということだ。
だがあのような稲荷神やダキニ天など、狐の特徴も含めて見たことも聞いたこともない。
有名な伝説や逸話は、片っ端から調べた。
しかし、近いのはあってもバーサーカーとは微妙に異なる。
そうなると彼女は、己の真名を偽っていることになる。
聖杯戦争はいかに敵を出し抜き、勝利するかだ。
情報戦も重要な要素なため、正直に名前を明かすのは本来であれば避けるべきである。
実際に英雄王のギルガメッシュも伏せているので、やはりバーサーカーは偽名を口にした可能性が高い。
「だがあのような容姿の英霊は限られている。
にも関わらず、伝説や伝承を調べても出てこないということは、英霊の格は低いはず。
……やはり英雄王の敵ではない」
基本的にサーヴァントの強さは、知名度やマスターからの魔力供給で決まる。
それに、元になった英霊の伝承の強さも加算される。
ならば、これだけ調べても一向に出てこないバーサーカーの強さなど、たかが知れていた。
たとえ狂化や魔力供給、令呪を使っても大して強くはなれないだろう。
そう考えると、最初は正体が掴めずに取り乱してしまったが、落ち着いて情報を分析すれば、バーサーカーは何ということはない格下の英霊だとわかる。
「全体的にステータスが高いのは、戦いに特化しているからだろう。
だが真名解放こそしていないが、宝具は見せてもらった」
飛び道具を無効化するのは厄介だが、避けてもいた物もある。
全てを防げるわけではないようだ。
発動には何らかの条件があるのか、もっと他に理由があるかはわからないが、アーチャーとの相性が悪いが、決して勝てないわけではない。
「ふっ、気にしすぎか。
わざわざアーチャーが戦わずとも、他のサーヴァントが倒してくれるだろう」
聖杯戦争の行く末は定まっていないが、生半可なサーヴァントやマスターが勝ち残れるほど甘くはない。
ならば大して名前も知られていない英雄など、早々に退場するのが当たり前だ。
少なくとも有名ゆえに真名を隠しているギルガメッシュとは違い、バーサーカーは間違いなく偽名で知名度はかなり低い。
「だが彼女がどのような人生を歩み、英霊となったのかは不明のままだ」
無名ゆえに情報も乏しいのは英霊の格を下げる要因だが、相性次第では格上をも仕留める英霊や宝具も存在する。
なので楽勝ではあるだろうが、決して油断はしない。
優雅さを忘れることなく、慎重に調査を進めるのだった。
<衛宮切嗣>
サーヴァント同士の戦いを終えて、何とか生き残ることができた。
しかし、無事とは言えない。
セイバーがランサーの宝具を受けて負傷し、傷が癒えなくなったのだ。
これは非常に不味い状況だ。
片腕が不自由なままでは、聖杯戦争を勝ち抜くのは難しいだろう。
早急にランサーを倒し、呪いを解除しなければいけない。
しかし敵は魔術工房に籠もっているため、そう簡単には攻略できなさそうだ。
少なくとも正面突破は無謀極まりなく、止めたほうがよいだろう。
だがもちろん、突破の手は考えている。
今はそのための仕掛けを準備しているところだ。
しかし昨日の戦いは、損失が大きいが得るものもあった。
それは、他のサーヴァントやマスターの情報が手に入ったことだ。
おかげで対策が講じられるが、どうにもわからないことがある。
「考え事ですか? 切嗣」
「ああ、先日の戦いのことでね」
相棒の久宇舞弥と通信する。
ホテルの見取り図を確認しつつ、爆弾の配置を考えていた。
さらに先日の戦いを振り返り、状況を整理するために口に出す。
「セイバーが負傷したが、サーヴァントとマスターの情報が手に入ったのは大きい」
「そうですね。おかげで敵マスターの拠点を割り出せました」
奴の魔術工房を突き止めて、奇襲をかけることが可能になった。
先日の戦いがあってこそだ。
セイバーが負傷したのは痛いが、マスターを仕留めることで、連鎖的にサーヴァントも倒せる。
そう考えれば僕たちが動く必要はあっても、そこまで損はしていない。
ただし必ず成功する保証はなく命がけなため、準備は念入りにしないといけなかった。
他にも英霊の真名や能力が判明して、こちらも対策を講じられる。
ただセイバーのことも知られてしまったので、決して楽観できる状況ではない。
「ただ、いくつか不明な点があるんだ」
こちらがそう呟くと、舞弥がすぐに相槌を打つ。
「不明な点と言うと、アーチャーですか?」
「ああ、そうだ」
英霊は、必ず一つは宝具を持っている。
複数所有しているのも、居ないわけではない。
だがあれ程の数を持つ者は、見たことも聞いたこともなかった。
なので、このまま聖杯戦争を勝ち抜いていったとして、最後の障害になるのはあのアーチャーになりそうだ。
それまでに真名や能力を調べて対策を講じなければ、セイバーが負けかねない。
征服王イスカンダルも、楽に勝たせてくれる相手ではないが、マスターを狙うという手段が取れる。
もちろん、そう容易いことではない。
しかし遠坂時臣とアーチャーを相手にするよりは、勝率は高いだろう。
「だが先日の戦いで一番恐ろしいと感じたのは、バーサーカーなんだ」
「バーサーカーですか?
確かにアーチャーの攻撃をしのいで見せたのは凄いですが、一番と言うには」
サーヴァントなので、どんな相手でも警戒するのは当然だ。
しかしアーチャーが使った無数の宝具のほうが、余程恐ろしい。
だがそれでもランサーのマスターを殺す機会があったにも関わらず、手を止めたのは彼女の宝具を警戒してのことだ。
飛び道具を無効化するということは、銃の弾丸も当然弾かれるだろう。
バーサーカーの性格からマスターを守ろうとするだろうし、隠蔽スキルを使用していたアサシンにも最初から気づいていた。
つまり僕たちの位置も把握している可能性が高く、怪しい動きをすれば阻止される可能性が高かったのだ。
それでも舞弥はアーチャーのほうが脅威と見ているようだが、やはり僕の気持ちは変わらない。
「バーサーカーのステータスはかなり高い。
真っ向勝負だと、セイバーでも負けるかも知れない」
「それは、確かにそうですね。
あのような見た目でもバーサーカーですので、正面から挑むのは避けたほうが無難でしょう」
舞弥も同意してくれたようだ。
少なくとも真っ向勝負はバーサーカーが有利なのは、間違いない。
狂化したら理性はなくなるが、基礎ステータスが上がるのだ。
三騎士筆頭のセイバーでさえ、押し負けかねない。
「それ以外にもまだ何か隠していそうだけど、それがわからないんだ」
「確かに真名以外の情報は、伏せられたままでしたからね。
……まあそもそも、敵に聞かれて真名を教えるのも、色々とおかしいですけど」
聖杯戦争に勝つ気があるのかと呆れてしまう。
もちろん彼女が本当のことを言っているとは限らないし、敵を騙すための誤情報の場合もある。
しかし巫女服姿の狐耳と尻尾という特徴を持つサーヴァントは限られていた。
その点では稲荷神というのも、御使いならば納得はできる。
きっと元は人間だったのだろう。
それが英霊として呼び出されたのなら、わからなくはなかった。
ただ彼女の特徴や能力に関係している伝説や伝承は、近いものはあってもどれも異なる。
バーサーカーは、詳しいことは説明はしなかった。
きっと、聞いても素直には教えてはくれないだろう。
「だから彼女は嘘をついている。間違いなく偽名だよ。舞弥」
「確かにライダーがおかしいだけで、普通は真名は教えませんからね」
結局、バーサーカーについては良くわからないことがわかった。
これ以上思案してもドツボにはまりそうだし、気持ちを切り替える。
「とにかく今は、ランサーと、彼のマスターを倒すことを考えよう」
「わかりました。こちらの準備はできています」
今はランサーと、そのマスターを排除することだけを考える。
舞弥と仕掛けを準備し、拠点にしているホテルに向かうのだった。