英霊の稲荷様   作:名無しのペロリスト

8 / 21
停戦協定

 キャスターを除いて、他のサーヴァントと顔合わせを済ませた私は、ちょっと寄り道してから間桐邸に戻ることにした。

 

 雁夜おじさんは許してくれたが、結局約束を守れなかったのだ。

 情報を解禁しても、圧倒的に不利になるわけではない。だが、それはそれとして申し訳ない気持ちは変わらなかった。

 

 帰り道にあるドーナツのチェーン店に入り、ご機嫌取りのためにいくつか購入してから帰宅する。

 雁夜おじさんと桜ちゃんは別に怒ってないけど、機嫌が良くなって親睦を深められたので無駄ではないだろう。

 

 あとは数百年ぶりの懐かしい味を食べられて、個人的にも嬉しい。

 一流のスイーツは毎日届けられるが、やはりチェーン店のお菓子を買い食いするのは、元女子高生としてポイントが高い。

 

 上がっても別に何かある訳ではないが、三人で仲良くドーナツを頬張るのは良いものだ。

 自宅警備をしてくれている狼たちにも、ビーフジャーキーを与えたので、皆とても喜んでくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから少しだけ時間が過ぎる。

 ホテルが爆破されたり、児童が誘拐されるという物騒な事件が起きた。

 

 あっちの日本なら私が重い腰を上げる案件だが、こっちはそうではない。

 自分の目の前で起きたわけではなく、ホテルの爆破は避難が完了したあとで行われた。

 マジかよと驚きはしたが、そこまで心は乱れない。

 

 しかし児童が集団で誘拐された事件は、明らかな苛立ちを覚える。

 もし立て続けに起きたら怒りゲージが溜まり、ライン越えによる狂化が起きるのは確定だ。

 

 流石に常時狂化していては、聖杯戦争はともかく日常生活には支障が出てしまう。

 倒すべき目標が見つからなければ、きっとめっちゃ苛立って頻繁に舌打ちしながら家事手伝いをすることになりそうだ。

 

 超不機嫌な私を見て、雁夜おじさんや桜ちゃんが怖がるだろう。

 なので、なるべく早く事件を解決したかった。

 

 

 

 そのような理由で、ちょっとパトロールに出かけようかなと考えていたら、教会から聖杯戦争のルール変更の告知が入る。

 

 あくまで、非常時による一時的な措置だ。

 具体的な内容は、魔術による隠蔽もせずにやりたい放題しているキャスターを倒すまで、全てのマスターは戦闘行動の中止らしい。

 

 もちろん無償ではなく、ちゃんと報酬もでる。

 倒した者には、そのマスターにサーヴァントの強制命令権である令呪を与えられる。

 

 雁夜おじさんは現時点では使う予定はなくても、命令で能力を高める効果もあるのだ。

 他にも色々便利に使えるため、いざという時の備えに確保しておいて損はないし、他の陣営に渡るのは避けたい。

 

 まあ私にとっては令呪よりも、集団で誘拐された児童のほうが心配だ。

 人道的にも、見て見ぬふりはできないのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのような経緯もあり、私は本格的に犯人探しを開始する。

 だが、別に難しいことはない。

 狼に首輪とリードをつけて、大型犬だと誤魔化して事故現場に向かうだけだ。

 なお屋敷の警備狼は、新しく召喚して補充しておいたので大丈夫である。

 

 とにかく、児童が集団で行方を眩ませたという通学路に向かう。

 警察や親御さんやその他の関係者の方が居たが、私はワンコの散歩を装って周囲を注意深く観察する。

 

「何あの犬! ……犬!?」

「虎の間違いじゃないの!?」

「しかも何処かで見たような。まさか日本狼!?

 ……いや、流石にあそこまで大きくはないか」

 

 明らかに周りがざわついているが、うちの眷族が怖いのか話しかけては来ない。

 だがあまり時間をかけては、通報されて保健所の職員や猟師さんが来そうだ。

 さっさと用事を済ませることにし、狼だけに任せず、自分も目を凝らして調べていく。

 

「わおん!」

「もう見つけたの? 優秀だね」

 

 狼が小さく吠えたので、どうやら痕跡を見つけたようだ。

 

「ふむ、確かに魔力の痕跡があるね」

 

 私も確認できたので、ご褒美に頭を撫でて褒める。

 そして狼と一緒に、職質される前に誘拐現場から早足に立ち去るのだった。

 

 

 

 魔術による隠蔽は殆どしていないようだ。

 だが、たとえしていても、うちの狼から逃げ切るのは難しい。

 神獣の五感はとても優れており、さらに獲物を追跡し、集団で追い詰めるのを得意としている。

 

 それに身体能力は、人間よりも猛獣のほうが優れていると聞いたことがあった。

 頭を使うことに関しては、人のほうが遥かに上だが、それ以外なら狼のほうが上だろう。

 

 ちなみに私は脳筋だが、パワーに関しては狼を越えている。

 

 とにかく手がかりを見つけた以上、犯人はもう逃げられない。

 しかし追跡中に、残念ながら途中で匂いが分かれているようだ。

 

「片方は地下。もう片方は──」

 

 新しい匂いと魔力の痕跡は、外のほうが新しいようだ。

 それに集団で何処かに向かったこともわかったので、児童を追うなら外一択だろう。

 

 狼を呼んで両方を捜索しても良いが、私は隠蔽魔術は使えない。

 あまり派手に動くと、大騒ぎになるのは確定であった。

 

 それに、もし狼を向かわせた先にサーヴァントが居たら、私ならともかく、眷族だけではちょっと勝てそうにない。

 

 そのようなことを考えた私は、やがて結論を出す。

 

「今は誘拐された児童を追うのを優先しましょう」

『賛成だ。

 キャスターを倒して令呪を得ることも大事だが、子供たちの命とは比べるまでもない』

 

 マスターからの許可も出たようだ。

 取りあえず、外にキャスターが居ない場合に備えて、敵の拠点の位置をしっかり記録しておく。

 

 そして再び狼の鼻を頼りに、誘拐された児童を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 子供たちの匂いは、冬木市郊外の森に続いている。

 追跡をしている途中で日が暮れて、今は夜だ。

 月明かりでかなり明るいし、夜目が効くので問題はない。

 

『アインツベルンの森だな。

 ここから先は敵地だ。くれぐれも気をつけてくれよ』

「わかっています。では、行きましょうか」

 

 ここまで来たら、首輪もリードも必要ない。

 狼を自由にしてから、森に入っていく。

 

 結界が張ってあったが、お構いなしだ。

 

「こんばんわー」

 

 千里眼で覗いていたので、笑顔で手を振って挨拶しておいた。

 

「わんわん!」

「うん、かなり近づいてるね」

 

 狐耳を澄ませて匂いを嗅げば、子供たちの痕跡を感知できる。

 狼に戦いに備えるようにと指示を出したあと、場所さえわかればこっちのもんじゃいと、勢い良く走り出した。

 

 そして遠くに敵を発見したが、何か興奮気味に喋っているようだ。

 

「さあさあ! ボウヤたち! 鬼ごっこを始めますよ!

 ルールは簡単! この私から、逃げ切ればいいのです! さもなくば──」

 

 キャスターが子供たちを前にして、とても良い笑顔で話していた。

 だが彼がこれから何をするかは、想像したくない。

 

 幸い彼は、ジャンヌという人に呼びかけているようで、他のことは全く目に入っていなかった。

 

 つまり私たちには、全く気づいていないのだ。

 今が絶好の不意打ちチャンスと判断し、勢い良く跳躍して叫び声をあげる、

 

「懺悔しやがれ!」

 

 そして、敵に向かって飛び蹴りを放った。

 

「これがトドメの一夫多妻去勢拳だああああーッ!!!」

 

 別に私が、必殺技名を考えたわけではない。

 だが何故かはわからないが、こう叫ばないといけない気がしたのだ。

 

 まるで変な電波を受信してしまったかのような、奇妙な感覚を覚える。

 でも、どういう理屈か、やけにしっくり来るのだ。何とも不思議であった。

 

「ぎゃああああーーーッ!!?」

 

 キャスターのゴールデンボールに直撃し、悲鳴があがった。

 なお彼がこれからハーレムを築くかや、生前たくさんの女性に囲まれていたかは知らない。

 

 だが周囲に子供がいるので手加減をしたせいで、直撃はしたが玉は潰れなかったようだ。

 それはそれとして、まだ悪は滅びていない。

 

「子供になんて酷いことをするんですか!」

「貴方も私に酷いことをしましたよ!」

 

 キャスターは地面にうずくまり、両手で股間を押さえて抗議しているが、私は聞く耳を持たない。

 続いて、狐火を広範囲に展開する。

 

「浄化の炎よ!」

 

 対象は子供たちで、全員を巻き込んだ。

 

 体内に異形の生物を寄生させられていたが、まだ孵化する前なのが幸いだった。

 一匹残らず灰も残さず焼き尽くして、肉体にも影響は出ないはずだ。

 

 もちろん児童たちは傷一つない。

 突然の事態に驚いて恐怖してはいるが、全員無事である。

 

 自分は戦国時代に、人体に害のある物質だけを痕跡も残さず焼き尽くした経験がある。

 周囲に何の被害も出さないように調整するのは、今では慣れたものだ。

 

 ただ流石に本体よりも大きくパワーダウンした分霊だし、おまけに数も多い。

 意識を集中しての発動中は、その場から一歩も動けなくなる。

 無傷で全てを駆除するのに、かなりの時間と魔力を使うことになった。

 

 おかげで今は、ちょっとお疲れモードだ。

 

「本当は私がキャスターをボコボコにしたかったのですが、流石にちょっと疲れました」

 

 魔力を使うのは、実のところあまり得意ではない。

 成り行きで出来るようにはなったが、それでも自分の中では苦手なのだ。

 普段は脳筋ゴリ押しで解決しているので、やっぱり真っすぐ行ってぶん殴るほうが楽で良い。

 

 そんなことを思いながら、股間の痛みから回復したキャスターを横目に口を開く。

 

「あとは任せて良いですか? セイバー」

「ああ! 任された!」

 

 戦っている最中に、サーヴァントが近づいているのは気づいていた。

 なので彼女がこの場に居ても驚きはしないし、今は停戦中だ。

 

「バーサーカーは、そこで見ているといい!」

 

 少なくともキャスターを倒すまでは、襲われはしないだろう。

 私は狼と一緒に、子供たちを一箇所に集める。

 戦いに巻き込まれないよう、少しだけ離れておく。

 

「ようこそジャンヌ! 私が憎いですか? 憎いでしょうともねえ!

 神の愛に背いた私を、断じて許せないはずだ!」

 

 何やら言いたい放題だが、聞く価値はなさそうなので私は殆ど右から左である。

 心身の疲労も雁夜おじさんの魔力を使えば、すぐに回復するだろう。

 

 しかし、ここは敵地で節約するに越したことはない。

 自然治癒という名の、こちらの稲荷神様の信仰心パワーで、のんびり回復させてもらうことにした。

 

 取りあえず、子供たちが巻き込まれないように気をつける。

 さらに恐怖で混乱して泣いたり逃げたりしないように、文明の保管庫からお菓子やジュースなどを出して精神安定させつつ、セイバーとキャスターの戦いを見物する。

 

 

 

 どうやら敵は召喚が得意なようだ。

 異形の怪物を、次から次へと呼び出しては騎士王を襲わせている。

 

 しかしのんびり観戦しているうちに、アーサーとジャンヌはそんなに似てるものかなと首を傾げる。

 

(まあ私は実際に見たことがないし、わからないんだけど)

 

 キャスターの勘違いは取りあえず置いておく。

 セイバーが斬り伏せた怪物は、またすぐに蘇ってしまう。

 

 私も鳴狐を呼び出して狐火を付与し、近づいてきた魔物を斬り捨てる。

 どうやら浄化の炎は特攻のようだ。

 敵は再生を試みるもそれすらも喰らって勢いを増し、燃やして灰になっていく。

 

 さらに狼も爪と牙で攻撃して、子供たちが怪我をしないように護衛してくれている。

 

 しかし、あっちの戦況はあまりよろしくなく、セイバーは疲労して呼吸が荒くなってきた。

 最悪、このままでは負けかねない。

 

 どうやら敵は魔術書の宝具の影響で、ほぼ無尽蔵の魔力を手に入れたようだ。

 悪魔の軍勢の召喚や操作に限るのだろうが、それでも厄介なことには違いない。

 

 私は特に意味もなく右手を天に掲げて、大声で叫ぶ。

 

「ならばこちらも! 増援を呼びましょうか!」

「何ですとぉ!?」

 

 召喚は自分の専売特許だとでも思っていたのか、キャスターが大声をあげる。

 なおセイバーも驚きの表情をしているが、戦いに集中しているので口は開かなかった。

 

「眷族たちよ! 来なさい!」

 

 雁夜おじさんからの魔力供給は避けたい。

 呼び出す数とランクは加減しつつ、自前で賄える範囲で適当に決めた。

 

 それでも十匹の狼が、眩い光と共に現れる。

 この場に居る二人の英霊はとても驚いていて、逆にすっかり餌付けされて安心した子供たちは大興奮だ。

 

「全然美味しくなさそうですが! お願いしますね!」

「「「わおん!!!」」」

 

 虎サイズの巨狼が一斉に吠えて、目の前の異形の怪物に襲いかかる。

 向こうはとにかく数が多いが、質はこっちが上だ。

 素早くパワーもあるため、ステータスでは完全に上回っている。

 

 あとは、群れで狩りをするのが上手い。

 仲間同士だけでなく、セイバーとも協力し、イソギンチャクモドキの怪物をバッタバッタと倒していく。

 

 さらには途中でランサーまで参戦し、戦況はますます混沌としてくる。

 

 私的には子供たちを守るのが最重要なので、ブチ切れラインギリギリでも表面上は冷静だ。

 初手で飛び蹴りでぶっ飛ばしたのも大きく、おかげで怒りゲージがちょっとだけ下がった。

 

「二人共! あんまりモタモタしていると、私がキャスターを殺ってしまいますよ!」

「そいつは勘弁してもらいたいな!」

「もうすぐ終わりますので、その必要はありません!」

 

 自分では冷静のはずだが、やっぱり子供たちに酷い仕打ちをしたキャスターを許せないらしい。

 出来ることなら今すぐ飛びかかって、二度と故郷に帰れなくなるまでボコボコにしたかった。

 

 取りあえず私は、ゆっくり休んだおかげで疲れは抜けて魔力も回復した。

 しかし二人は頑張ってはいるが、残念ながらキャスターにあと一歩が届かない。

 

 だが狼たちの援護のおかげか、少しずつ戦況はこちらの有利に傾いている。

 

(自分で叩きのめせないのは残念だけど、あとは二人に任せても大丈夫かな)

 

 徐々に追い詰められるキャスターを見て、少しだけ溜飲が下がる。

 

 ならばと、私は狼たちを新しく、子供たちの人数分呼び出す。

 彼らは戦闘能力もランクも低いが、それだけ魔力の消耗も押さえられる。

 

「皆さん、狼に乗ってください。大丈夫ですよ。怖くはありません。モフモフです」

 

 敵の数が減った今なら、安全に森を脱出できるはずだ。

 幸い子供たちは、私のことを正義の味方だと思ってキラキラした憧れの眼差しを向けている。

 

 それにここは危険だと十分に理解しているので、素直に言う事を聞いてくれた。

 

 犬ぞりでも良いが人数が多すぎるので、今回はこちらを選んだ。

 とにかく子供たちを全員乗せた私は、セイバーに声をかける。

 

「私は子供たちを家に送り届けてきます! あとは任せて良いですか!」

「構いませんが! キャスター討伐の報酬はいらないんですか!」

「何を馬鹿なことを言ってるんですか!

 報酬よりも子供たちの安全と命のほうが、大事に決まってるじゃないですか!」

 

 確かに報酬の令呪は欲しいが、子供たちのほうが大事に決まっている。

 だから私は悩むことなく、はっきりと答えた。

 

 すると最初は驚きの表情を浮かべた二人のサーヴァントだが、すぐに面白おかしそうに笑いだす。

 

「ふっ! 確かにその通りだな! ならば、あとは任せるといい!

 このディルムッド! 子供を襲う異形の怪物を、残らず滅してやろう!」

「ならば私も! 騎士として、決して子供たちは追わせません!

 見事討伐して見せましょう! 安心して送り届けてきてください!」

 

 どうやら二人は、キャスターを殺る気満々のようだ。

 これなら、本当に任せても大丈夫そうだ。

 たとえ追ってきても鳴狐で斬り捨てるだけだが、今は子供たちの安全第一である。

 

「では、お任せしますね! お先に失礼します!」

 

 狼に乗るよりも走ったほうが速いので、私は子供たちを乗せた眷族に指示を出して、念の為に普通に後ろを付いて行く。

 怪物が追ってくる気配もなく、順調に戦場から遠ざかっている。

 

 子供たちの負担を減らすために、速度は落としている。

 さらに振り落とさないよう、段差が少ない緩やかな道を通っていた。

 そのせいで少し時間はかかったが、問題なく森を抜けられる。

 

 だが、子供たちを家に帰すのは大変だった。

 交番に送り届けて終わりなのは、ちょっと可哀想だと思ったのだ。

 

 ただでさえ誘拐されて殺されかけて、あんなグロテスクな怪獣大戦争を間近で見たのだ。

 トラウマ待ったなしだし、少しでも早く家に帰って親と再会したいに決まっている。

 

 なので逐一住所を聞いては、夜の冬木市を狼たちと駆け回った。

 

 一人ずつちゃんと家に帰したが、魔術で記憶を消すのは私には無理だ。

 行き当たりばったりの下手な言い訳で誤魔化しつつ、皆には内緒だよと言い含めるガバガバ隠蔽である。

 

 あとはきっと教会が、何とかしてくれるはずだ。本当にマジでお願いしたい。

 

 我ながら都合の良いときだけ利用している感が酷いが、記憶改ざんとか無理なので、お任せするしかないのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。