七賢人の俺様は黒猫になったらしい   作:まろんや

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第13話 ティムはまだ、魔物の討伐に慣れていないらしい

 

 翌朝、ティムは隣室の怒鳴り声などまるでなかったかのように、爽やかな顔でベッドから飛び起きた。

 

「おはよう、シャルル!ぐっすり寝れたよ!」

 

「ああ、おはよう。俺様も久しぶりにゆっくりと眠れた」

 

 昨日は色々なことがあったが、全て水に流そう。今日は野宿生活から脱却するための第一歩だ。

 

「昨日教えてもらった魔術の威力調節の方法、復習しておこうかな!」

 

 ティムは興奮気味に腕を組みながら、ブツブツと何事かを唱え始めた。やはり座学より実戦的な知識の方が楽しいらしい。

 

「熱心なのはいいことだが、魔術は町の外に出てからにしろ。それより、早く外に行くための準備をするぞ」

 

「うん!私も今すぐ身支度を整えるから、少しだけ待っててね」

 

 ティムは準備を終えると、昨日売れ残ったアイアン・ボアのツノをバックから取り出し、冒険者ギルド裏口からまっすぐ伸びる大通りへと向かった。

 

 冒険者ギルドから続く通りは、朝早くから活気が満ちていた。ここが「商人通り」と呼ばれる場所だろう。露店が軒を連ね、商人たちがけたたましい声で商品の説明をしている。

 

「薬草に、魔獣の皮!新鮮な獲物はいらんかね!」

 

「アクセサリー、鉱石!他所より安くするよ!」

 

 ティムは少し気圧されながらも、魔物素材を扱っていそうな、清潔感のある店を探した。

 

「いらっしゃいませ。お、アイアン・ボアのツノか」

 

 ティムが選んだのは、店の軒先に巨大な猪の剥製を飾った、いかにも素材買取の専門店といった風情の店だった。

 

「はい。昨日、森で手に入れまして…」

 

 店主は四十代ほどの恰幅の良い男で、ツノを手に取ると、裏表や根元の状態を丁寧に調べ始めた。

 

「うん、状態は悪くない。アイアン・ボアのツノは、その名の通り硬くてな。武具の素材や、魔術の触媒に使われる。それで、いくらで売りたい?」

 

「え、いくらで売れるんですか?」ティムが目を丸くする。

 

『バカ!素直に聞くな!相場を知らないと足元を見られるぞ!』

 

 俺様が念話で焦った声を送るが、ティムは純粋な眼差しで店主を見つめていた。店主はニヤリと笑う。

 

「まあ、正直なお嬢さんだ。相場はな、銀貨一枚と大銅貨三枚ってところだ。だが、お嬢さんの正直さを買って、大銀貨一枚でどうだ?」

 

「大銀貨一枚…!ありがとうございます!」

 

 ティムは満面の笑みを浮かべ、店主が差し出した大銀貨をしっかりと握りしめた。

 

(概ね予想通りの金額だな。ティムの足元を見るような店主でなく良かった)

 

「これで、最低でも一日は生活できるね、シャルル!」

 

 宿代を払い、残ったお金で街の地図と、最低限の食糧を買い込んだティムは、意気揚々と冒険者ギルドに戻ってきた。

 

「よし!いよいよ最初の依頼だね。受付のお姉さん!」

 

 受付カウンターには、昨日と同じ女性職員がいた。ティムは勢いよく挨拶をした。

 

「ティムちゃん、朝から元気ね〜。最初の依頼?いいわ。まずはランク【F】の依頼からね」

 

 女性職員が奥の掲示板を指さす。掲示板には、羊皮紙に手書きされた依頼書がびっしりと貼り付けられていた。

 

「Fランクの依頼は、主に『素材採取』『調査任務』『討伐任務』の三種類よ。駆け出し冒険者はまず素材採取や、比較的安全な場所での調査から始めるのが定石よ」

 

 職員は、現在残っているFランク向けの依頼書を三枚、指で示した。

 

【F】薬草採取(報酬:銀貨一枚と大銅貨四枚): 街の郊外にある森で、特定の薬草を20株採取する。危険度:低。

 

【F】ゴブリンの巣の調査(報酬:大銀貨五枚と銀貨一枚):森にあるゴブリンの巣の特定とその調査。巣に生息するゴブリンの数と種類が分かった際には追加報酬として大銀貨二枚。危険度:中。

※三人以上のパーティ推奨

 

【F】ラットウルフの討伐(報酬:大銀貨二枚と大銅貨三枚): 周辺の森に出没するラットウルフを十匹討伐。危険度:低〜中。

 

 ティムは依頼書を食い入るように見つめる。

 

『ティム、ゴブリンの調査依頼は避けろ。基本、どんなに高名な魔術師だろうと前衛のいない状態でゴブリンと関わるのは避けた方がいい』

 

「えーでも、大銀貨五枚だよ?この依頼を二回受けるだけで金貨一枚だよ!」

 

 ティムは唇を尖らせながら、小声で俺様に抗議をしてくる。だが、駄目なものはダメだ。今のティムならゴブリン討伐ですら容易にこなせるであろうが、ゴブリンの場合、万が一のことがある。その万が一の際、今の俺様ではティムを守り切れる自信がなかった。

 

「......シャルルがそこまで言うなら分かった、よし、決めた!私、ラットウルフ討伐にします!」

 

 ラットウルフか、群れで行動し、素早く動く、大きめのネズミのような魔物だ。魔術師とはあまり相性が良くないが、死ぬことはないだろう。妥当なラインだな。

 

「ラットウルフ討伐ね。はい、これが依頼書。ラットウルフは主に街の東側の森に出るわ。気をつけてね、噛まれた際には雑菌で腫れることがあるからちゃんと消毒するように」

 

 ティムは力強く頷いて、受付にお礼を言った後、駆け出すようにギルドを後にした。

 

「やった!シャルル!私たちの初めてのお仕事だよ!」

 

 そう言って、ティムは迷うことなく、魔物が出るという森を目指すのだった。

 

 

 

* * *

 

 ギルドを出て数十分。ティムは東の森の入り口に立っていた。 街の喧騒はすっかり遠ざかり、周囲は鬱蒼とした木々と静寂に包まれている。

 

「ラットウルフって、どんな魔物なんだろう?」

 

 ティムは少し緊張した声で訊ねてくる。

 

「その名の通り、ネズミのような体に狼のような凶暴性を持つ魔物だ。集団で行動し、俊敏で厄介だぞ。間合いに近づけば噛まれる可能性がある、噛まれる場所が悪ければ腕の一本なくなるかもしれんぞ」

 

 俺様はティムに真剣になってもらうためにあえて、脅すようなことを言う。

 

「大丈夫!シャルルがついてるもん。私、魔術師なんだから、遠くから攻撃すればいいんでしょ?」

 

(もう少し真剣になってほしいが、群れで襲われない限り、今のティムなら大丈夫だろう)

 

 ティムは腰に下げた魔法の杖を握りしめた。杖は新規登録時にギルドから支給されたもので、大したものでは無いが、無いよりはマシだ。

 

 森へ足を踏み入れてすぐ、ティムは地面に微かな足跡を見つけた。

 

「これかな?ほら、小さくて、いくつか重なってる」

 

「そうだ。これがラットウルフの足跡だ。警戒しろ。この辺りに巣がある可能性が高い」

 

 俺様の指示を受け、ティムは足音を立てないよう慎重に進む。周囲の気配に集中すると、魔力感知が、微かに周囲の生命の動きを捉え始めた。

 

 そして、十歩ほど進んだ時だった。

 

 ガサッ!

 

 茂みから、獣の低い唸り声が聞こえた。

 

「来た!シャルル!」

 

「落ち着け、ティム。まずは数を確認しろ!」

 

 茂みを掻き分け姿を現したのは、お目当てのラットウルフだった。体長五十センチほどの、痩せこけた巨大なネズミのような見た目をしており、鋭い牙を剥き出しにし、粘液で光る目つきは凶悪だ。

 

「ひっ!」

 

 思わず後ずさるティム。だが、魔物は一体だけだ、すぐに俺様はティムに命令を下す。

 

「恐れるな!一体だけだ!チャンスだ、ティム」

 

「う、うん!」

 

 ティムは咄嗟に杖をラットウルフに向けた。

 

 ティムの頭の中の魔法陣が形成され、魔力が杖を通して解放される。

 

「【ライトニング・ボルト】」

 

 杖の先端から、バチバチと光の弾ける雷の球が放たれた。雷の球は唸り声をあげて突進してくるラットウルフの肩に直撃し、全身を焼き焦がす。

 

「キャオン!」

 

 ラットウルフは甲高い悲鳴を上げ、その場でガクッと崩れ落ちる。黒焦げの死体が、森の地面に倒れた。

 

「はぁ…はぁ…やった…やったよ、シャルル!」

 

 ティムは力が抜けてその場に座り込みそうになるが、興奮の方が勝り、ラットウルフを指差して笑顔を爆発させた。

 

「上出来だが、少々威力が強すぎるな、身まで完全に焼け焦げ、炭化しているでは無いか」

 

「あ、あれ?シャルルに教えてもらったように、魔術の威力は下げたはずだったのに...」

 

 ティムは立ち上がり、ラットウルフに近づいた。

 

「これでは、ラットウルフの魔力核も駄目かもしれんな....。次回からは気をつけるといい。しかし、魔術の精度、スピード自体はなかなか良かったぞ」

 

「えへへ、ありがとう」

 

 ティムは耳を赤くしながら、照れたように頬をかく。

 

「討伐依頼では、魔力核と魔物の牙や爪が討伐の証明となる。ひとまず魔力核を取り出してみろ」

 

 ティムは懐からナイフを取り出すと、ぎこちない手つきでラットウルフの魔力核を取り出した。

 

 魔力核は、親指ほどの大きさの、黒く濁った石のようなものだが、半分以上が欠けて粉々になっている。

 

「やはり、魔力核は駄目か、爪も焦げて駄目になっているが、牙は無事だな、牙も採取しておけ」

 

 ティムは魔力核の欠片と牙を布で包んでバックにしまうと、周囲を見回した。

 

「よし、あと九匹。頑張るぞ!」

 

 突然、魔力探知に魔物の気配が引っかかる。

 

「ティム!今、背後の茂みから無数の魔力の反応があった!囲まれたぞ!」

 

 俺様の声が響くと同時に、ティムの周辺の茂みが激しく揺れた。先ほどの一体よりも明らかに大きな、七体のラットウルフが姿を現す。その牙は殺意を込めてギラつき、ティムを獲物と見定めていた。

 

「え、うそ!群れ!?」

 

 ティムは咄嗟に杖を構えて、魔術を放つ。それは一体に直撃するが、他のラットは散り散りになり避け、ティムの周囲を取り囲み威嚇している。

 

「さて、ティム、数体の魔物に囲まれた際、お前ならどうする?」

 

「えっと、えっと、どうしよう....」

 

 ティムは戸惑いながらも魔術を唱えた。彼女が選んだのは火魔術だった。

 

「【フレイム・ウォール!】」

 

 ティムの周りに火の壁ができる。ラットたちは火に警戒し、間合いをとりながら威嚇しているようだ。

 

「なるほど、悪くは無い。しかし、これは時間稼ぎをしているだけであって解決では無い。ラットウルフには火の耐性がある。じきに突破されるだろう」

 

 ティムは炎の壁で自分を守りながら、様々な魔術を放つが、間合いをとったラットウルフは難なくその魔術をかわす。

 

「さっきは当たったのに、今度は全然当たらない、どうしようシャルル......」

 

「......仕方ない。今日は初めての依頼だしな、特別だ、見本を見せてやる。魔物に囲まれた時はこうするのだ」

 

 俺様は前足を地面に叩きつけ魔術を唱える。

 

「――【ライトニング・グラウンド!】」

 

 魔術を展開した瞬間、俺様とティムを中心に半径数メートルの地面から、ギラギラと輝く稲妻が蜘蛛の巣のように、瞬時に走り出した。

 

 雷は地面を伝い、今にもティムに突進しようとしていたラットウルフの全身を直撃する。

 

 バチバチッ!ドォン!!

 

 凄まじい轟音と稲妻の閃光が森を照らし、周辺の空気はビリビリと痺れている。

 

 周囲にいたラットウルフは、激しい電撃に体を焼き尽くされ、痙攣しながら、地面に倒れ伏す。毛皮からは焦げた臭いが立ち上っていた。

 

 ティムは雷の余韻に身震いしながら、腰が抜けたかのように、その場に崩れ落ちた。

 

「す、すごい!さっきのシャルル、凄くカッコよかったよ!」

 

「ふん。さっきのは雷属性の中級魔術だ。広範囲に放電することで、複数の敵を一掃できる。これは典型的な教科書魔術だからな、ティムもすぐに使えるようになるだろう」

 

 俺様は少し得意げになりながらティムに魔術の説明を行う。

 

「やっぱり、シャルルって凄い魔術師だよ!本当にカッコよかった!」

 

「ふっ、当たり前だ!俺様は七賢人だからな!」

 

 俺様は前足を胸に当て、堂々と宣言する。純粋な賞賛は素直に喜ばしい。

 

「今回倒したのが七体だから、あと二体倒せばいいんだね!でも、私こんな派手な魔術使えるかな...」

 

 ティムははしゃいだ様子から一転、不安な様子で俺様を見る。

 

「派手な魔術が魔術師の全てでは無い。残りの二匹は、慎重に、初級魔術で仕留めるぞ。次は、遠距離から確実に仕留められる【ストーン・バレット】を使い討伐してみろ」

 

 ティムは大きく頷き、周囲を警戒しながら、慎重に森の奥へと足を進めるのだった

 

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