七賢人の俺様は黒猫になったらしい   作:まろんや

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第18話 このポンコツそうな魔術師は意外と優秀らしい

 

「本当に、もうあの街には戻らないんだよね......?」

 

 ガタゴトと小気味よい音を立てて走る定期乗合馬車の窓辺。ティムが、俺様が夜なべして作ったネックレスを大切そうに手遊びしながら、先ほどまで居た街のある方角を名残惜しそうな様子で眺めていた。

 

『当然だ。お前宛の根も葉も噂話ばかりで俺様も気が滅入っていたところだ。ちょうど良かったではないか。さあ、目指すは世界中の魔道具が集まる都、アルテギアだ!』

 

「でも......受付のお姉さんと離れるのは、やっぱり寂しいよ」

 

 人見知りのティムが、あの街で唯一心を許し、仲良くなった相手がギルドの受付の女職員だった。この街を離れると伝えた時も、あいつだけは本当に寂しそうな顔をして、最後の別れにと、お腹いっぱいのご飯をご馳走してくれるほどだった。

 

『ちゃんと別れの挨拶までしたではないか。何やら約束もしたんだろう?』

 

「うん! 王都の魔術学院でいっぱいお勉強して、すっごく偉い魔術師になったら、今度は私が、お姉さんに美味しいご飯をいっぱい奢るって約束したんだもん! 私、頑張る!」

 

 ティムが拳を握りしめて意気込んでいる様子を、俺様が横目でフンと鼻を鳴らしながら見守っていた、その時だった。

 

 ヒヒィン! と馬がいななき、馬車が急ブレーキをかけて止まった。何やら外で、御者が誰かと交渉している声が聞こえる。しばらく経った後、御者席から小窓を通じて声がかかった。

 

「お客さんすみません、新しいお客さんが乗りたいみたいで。少し席を詰めていただけますか?」

 

(チッ、せっかくの貸切だったんだがな......)

 

 俺様は心の中で舌打ちした。しかし、この馬車に乗るにあたって、俺様たちは最低限の格安料金しか払っていない。相乗りを拒否する文句は言えなかった。

 

「えっ、こんな場所で? は、はい! いいですよ、どうぞ!」

 

 ティムは困惑しながら、慌てて返事をして席を詰める。確かにティムの言う通り、ここは街から随分離れた場所だ。周囲には荒野と森以外、何もない。

 

 一体どんな奴が乗り込んでくるのだろうか。俺様はティムと一緒に、馬車の入り口をじっと凝視していると...。

 

「ごめんなさい!急だけど失礼するわ」

 

 入ってきたのはどうやら女のようだった。

 

 燃えるような鮮やかな赤髪をハーフアップにまとめ、仕立ての良い群青色の外套を羽織った女。腰元には、犯罪者を拘束するための鍵型魔導具がじゃらじゃらと下がっている。歳の頃は二十代半ばといったところか。パッチリとした気の強そうな瞳が、まっすぐにティムへと向けられた。

 

「あれ?珍しい。あなたみたいな小さい子が使い魔を連れて一人旅?」

 

 女性は、フッと自信ありげに胸を張って話しかけてきた。その立ち姿や座り方ひとつには、一寸の隙もない武人のような体幹のブレなさが同居している。

 

「あ、はい! 見習いですけど、魔術の勉強をするために王都へ行くんです」

 

「へぇ、それは感心ね!ふふん、良い出会いをしたわね、お嬢さん! 私は大魔術師エシュールよ!こう見えても元魔道警官だったんだから、王都のことなら何でも聞きなさい!」

 

 エシュールと名乗った赤髪の女性は、ふんぞり返るようにして自分の胸をドンと叩いた。

 

「ええっ! 大魔術師!? しかも、元魔道警官ですか!?」

 

 ギルドのお姉さんとの別れの余韻もどこへやら、ティムが目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。魔道警官といえば、違法な術式や魔術師の犯罪取り締まりを専門とした国家最高峰の職業だ。その試験は最難関であり、かなりのエリート戦闘魔術師のはずだが......。

 

(ふん......大魔術師だと? 自分でそんな大層な二つ名を名乗る奴に、まともな術者がいた試しがない。大方、お堅い現代理論を丸暗記しただけの頭の硬い元役人だろうよ)

 

 俺様は内心で悪態をつきながら、ふん、と鼻を鳴らしてエシュールを値探るように睨みつけた。 すると、エシュールは敏感に俺様の視線に気づき、眉を釣り上げて俺様を指さした。

 

「ちょっと! そこの目つきの悪い黒猫! 私を睨まないで! 私はこれでも、王都の聖エルミニア中央魔術学院をそれはそれは優秀な成績で卒業しているんだから!猫のくせに生意気なツラするんじゃないわ!」

 

 な、なんだと!?少し睨んだからって失礼なことを言う奴だ!......しかし、こいつも王都魔術学院の卒業生なのか、確かに見たところそれなりの魔術師のようだった。

 

「わわっ、ごめんなさいエシュールさん! この子はシャルルって言って、えっと、ただのちょっと目つきの悪いだけで良い猫なんです!」

 

 ティムが慌てて俺様を小脇に抱えて雑なフォローをする。

 

「ふーん、ただの猫ねぇ......。まぁいいわ、ここら辺は変な奴が多いから気をつけなさい。あなたみたいな無防備な女の子は、悪い魔術師にすぐに騙されちゃうんだから。......特に、私が追っているとある組織の残党とかね......!」

 

 ゴクリ、とティムが息を呑む。

 

「そ、組織......!?か、かっこいい! エシュールさん、悪い人たちを追ってるんですか!?」

 

「ふふん、私の現役時代の華々しい実績を聞きたいのかしら?私はとある組織を――いや、何でもないわ、忘れなさい!」

 

 エシュールはハッと我に返ると、急に慌てた様子で口を噤んだ。自分で格好つけて喋り始めておいて、勝手に墓穴を掘ってパニックになっている。......本当に元魔道警官なのか?

 

 俺様は呆れてため息をつき、ティムの脳内へ直接、念話を飛ばした。

 

『おいティム、この女は放っておけ。組織だなんだと言っているが、ただのドジで妄想癖のある頭のおかしい女かもしれんぞ』

 

「ちょっとシャルル! そんなこと言ったら失礼でしょ!」

 

 ティムが思わず口に出して俺様を叱った、その瞬間――。

 

 エシュールの目がキリリと鋭くなり、その指先が俺様の鼻先へと突きつけられた。

 

「......そこの黒猫!あんた今、この子と念話で会話したわね?」

 

『っ......!?』 俺様は思わず尾を逆立てた。

 

「えっ!? なんで分かったんですか!?」 ティムが驚いて口をあぐねる。

 

「ふふん、伊達に元魔道警官をやってたわけじゃないわ。たしかに、そこらの二流魔術師じゃわからないほど魔力の波形を偽装してるみたいだけど......その偽装方法、一昔前のね。その古い偽装方法はとっくの昔に見分け方が確立されてるのよ。私の目は誤魔化せないわ!」

 

 エシュールはニヤリと、手柄をあげた優秀な捜査官のごとくドヤ顔を浮かべた。

 

 素直に驚いた。なるほど、七賢人以外にはバレないだろうと高を括っていたが、このレベルの魔術師であれば今の俺様の魔術は見抜かれるのか。どうやら、この時代の魔術師への警戒度をもう一段階上げなければいけないらしい。

 

「......あんた、やっぱり、ただの猫じゃないわね? 相当な知性と魔力を持った、特別な魔獣か精霊が何かなんじゃない?」

 

 正体までは露見していないようだが、これ以上隠すのも不自然か。俺様は観念し、あえて威圧感を放ちながら、低く渋い声でエシュールに話しかけた。

 

「フン......。さすがは元魔道警官、鼻が利くな。だが、俺様がただの猫ではないからと言って、人に害をなす存在ではないことくらい、お前のその優秀な目で判断できるだろう?」

 

 俺様が喋った瞬間、エシュールは「うわっ、本当に喋った! こわ!」と失礼なことをぬかしながら、俺様をティムへ投げつけるように突き放して慌てふためいた。......が、すぐにコホンと大げさに咳払いをして、何事もなかったかのように腕を組んだ。

 

「ま、まあね。その子もあんたも悪い奴じゃないってのは分かるわ。ちゃんと正式な使い魔契約も結んでるみたいだし、法律上も特に問題はないわ」

 

 すると、気を取り戻したエシュールはジロジロとこちらを観察した後、途端に大きな疑問を浮かべたような顔になり、怪訝そうに問いかけてきた。

 

「それより、あなたたち本当に王都の魔術学院に入学したいわけ? 今の時期にこんな離れの街道でのんびり馬車に揺られていて大丈夫なの? もうすぐ試験の時期だけど」

 

 試験の時期だと? 王都の聖エルミニア中央魔術学院は優秀な人材を多く集めるため、試験は年に四回、季節ごとに開催されるはずだし、実力のあるものを対象に編入試験も年中実施している。そこまで時期をシビアに気にする必要などないはずだが。

 

「あれ、エシュールさん、魔術学院の試験って年四回ですよね?」

 

 ティムの言葉に、エシュールは顔を盛大に歪めた。

 

「いや! いつの時代の話してんのよ!? 確かに十五年くらい前までは年に四回あったけど、入学者を絞ってより優秀な人材を集めるために、今の王都の試験は一年に一回、春の時期にしか行われないんだから。編入試験だって、とっくの昔に廃止になったわよ」

 

「な、何だと......!?」

 

 俺様は絶句した。百年不変とまで言われた伝統ある王都魔術学院の制度が、そこまで様変わりしているというのか。

 

 いや、だが待て。ティムの通っていた故郷の学校のポスターには、確かに「年に四回試験あり」と書いてあったはずだ。ティムと一緒にこの目で確認したから間違いない。

 

「えぇ......。それってつまり、その学校が十五年間もポスターの張り替えをしてないってことじゃない。あなたたち、一体どんな田舎から来たのよ? ......エクレシア? なるほど、納得のクソ田舎ね」

 

 ティムは一瞬ムッとした顔をしたが、心当たりがありすぎるのか、すぐに返す言葉を失くして、しょぼんとした顔になった。あそこも町としてはそれなりに発展している方だと思っていたのだが、王都の基準からすればクソ田舎なのか......。

 

「そんな様子で、本当に大丈夫かしら。まさかとは思うけど......座学の勉強、全然してないなんてオチはないわよね?」

 

「は?」

「え!」 

 

 俺様とティムの声が完璧に重なった。 なんだと? 王都魔術学院は完全実力主義の学校のはず。座学は足切り点以上の点数があれば、残りは実技の点数で入学が決まるはずだ。

 

「はぁ......呆れた。七賢人のアーテル様が校長に就任したとき、実技中心の試験から座学重視の入学試験に大改革されたのよ。いまの高度化した現代魔術において、実技よりも、論理的な研究能力の方が重要だからだそうよ」

 

「ええっ!本当ですか!?わ、私、座学全然できないんですけど!?」

 

 ティムが顔を真っ青にして声を上げた。

 

「そうよ。特に今の魔術学院は座学重視の試験なの。座学7割、実技3割ってところね。筆記試験では、魔術学、魔術史、占星学、錬金術などが主な試験科目よ」

 

 頭を抱えて本格的にパニックになるティム。

 

 それを見たエシュールは、ふん、と赤髪を揺らして顎を上げ、自慢げにこちらに話しかけてくる。

 

「ふふん、困っているようね。まぁ、元魔道警官として、未来ある若者を放っておくわけにはいかないわ。せっかくだから、アルテギアに着くまで、この大魔術師エシュール様が最新の魔術学を教えてあげる!王都の魔術学院に入学するんだったら、私のことはエシュール先輩と呼びなさい!」

 

「本当ですか!? お願いします、エシュール先輩!」

 

「いいわ、教え甲斐がありそうね。あなたも異論はないわね、黒猫さん?」

 

 エシュールの挑戦的な視線に、俺様はフッ、と髭を揺らした。

 

「面白い。最新の魔術学とやら、俺様直々に見定めてやる」

 

 こうして、ガタゴトと揺れる馬車の中で、ティムはエシュールに貰ったパンを齧りながら、賑やかで少し騒がしい勉強会が幕を開けたのだった。

 

 

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