七賢人の俺様は黒猫になったらしい   作:まろんや

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第1話 黒猫になって、六十年後の未来へ飛ばされたらしい

 

 町の外れ、うっそうとした木立に囲まれた小さな小屋。この薄暗く、小さな家で少女は母と二人で暮らしていた。

 

「ティム、そろそろお店に持っていく木彫りが乾いたかしら?」

 

 母の弱々しい声が、室内の静寂を破る。ティムは返事をしたが、その声は自身でさえか細く聞こえた。十四歳の少女は、夜空のような青黒い髪を靡かせながら、完成したばかりの小さな鳥の木彫りを丁寧に布で包む。

 

 この木彫りと、父の遺産である畑で取れたわずかな農作物が、病弱な母と彼女の生活を繋いでいる。

 

「うん、乾いた木彫りを持って、今から町の方に売りに行ってくるね」

 

 ティムと呼ばれた少女は、背中のカゴにコツコツと作った木彫りと畑の少量の農作物を入れ、玄関のドアノブに手をかけた。その時、背後から母の声がかかる。

 

「ティム、たまには友だちと遊んだり、町で欲しいものでも買ってきてもいいのよ。ティムは魔術が使えるし、杖とか魔術の本とか、欲しいならお母さんがお金を用意するから」

 

 少女は首を少し傾げ、思考した後、あっけらかんと話し始めた。

 

「うーん、別に欲しいものはないかな。魔術も好きってわけじゃないし、私はお母さんと一緒にいつも通りこの家で暮らして、人並みの生活ができればいいの」

 

 そう言い残して、少女はドアを開け、町へと走り出した。

 

「お母さんも気を遣ってくれてるんだろうけど、私は今の生活が好きなの。それにお母さんのことも心配だし、そんなことより今は早く町で色々と売ってお金を稼がないと」

 

 そんな独り言を言いながら、少女は町へと急いだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

「やった!今日もある程度は売れた。これで今週も生活できそう」

 

 ティムが町に行ってから数時間が経過し、周囲も薄暗くなり始めた頃だった。

 

 ティムの家は町から離れた森の中にあり、木々を通り抜ける必要があるため、暗くなる前に早めに帰路につく必要があった。

 

「暗くなる前に早く帰らないと。急がないと魔物に襲われちゃうかも」

 

 ティムの家の周りの森は、Eランク程度の魔物しか出ない比較的安全な場所だった。しかし、暗闇の中ではそんな魔物も脅威となるため、母親には暗くなる前に早く帰るよう口酸っぱく言われていた。

 

「念の為、魔物に警戒しながら歩かないと。こういうとき魔術って便利だよね、覚えて良かった」

 

 火魔術で周囲を照らして歩いている少女は、水、火、風の三属性の初級魔術を既に習得していた。

 

 平和な現代において、一属性の初級魔術程度であれば平民が使えてもそこまで珍しいことではなかった。それでも、十四歳で三属性の魔術をすでに扱えるティムには、確かに魔術の才能があった。

 

(お母さんも学校の先生も、私には魔術の才能があるからちゃんと学んだらって言ってくれるけど、私は魔術に興味なんて持てないよ。少し魔術が使えたら便利だけど、これ以上覚えても意味ないもん)

 

 ティムは朝に母から言われたことを思い出しながら、うっそうとした木々の中を歩き、家路を急いでいた。そのとき、空から「ボドッ」と黒い塊が落ちてきた。

 

「わぁ、え、え?なにこれ」

 

 近づいてみると、突然空から落ちてきたのは一匹の猫だった。全身を覆う毛は漆黒で、キラキラと金貨のように輝く金色の瞳を持った美しい猫であったが、ひどく衰弱しているように見えた。

 

「黒い猫?…よく分からないけど、ひとまず介抱しなきゃ」

 

 ティムは火魔術の炎を消し、その小さな体を両腕でそっと抱き上げた。猫の体温は、想像以上に冷たく、少女は急いで家路を再び急ぐのだった。

 

 

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一方、黒猫となったシャルル・エクレールは混乱していた。

 

(頭が痛い、思考がまとまらない。もしかしなくとも俺様は、あのとき追いかけ回した黒猫になっているのか!?)

 

 痛む頭で事態を把握した。どうやら、俺様は転移後、なぜか衰弱した状態の黒猫になってしまい、この青黒い髪の少女に助けられ、この家に運ばれてきたらしい。

 

 俺様を抱えている少女は、「バン!」と慌ててドアを開けると、ベッドにいる母親らしき人物に声をかけた。

 

「お、お母さん!弱ってる黒い猫が道端に倒れてて、どうしたらいいかな?」

 

「まあ。こんな森の中に。……とりあえず、その布で体を拭いてあげなさい。そして、少しだけ温めた牛乳をあげてみて」

 

 少女は言われた通りに、俺様を抱えたまま小さな木の椅子に座った。濡れた布で優しく体を拭いてくる。

 

(冷静に考えろ、ここはどこだ?あのダンジョンで俺様の身に何が起きた?とにかく体力の回復を図らなければ)

 

 思考しながら、目の前に出された牛乳を飲もうとしたが、そのまま意識が遠のき、気絶してしまった。

 

 

 

* * *

 

 瞑っていた瞼に、強い日差しが染みるのを感じた。しばしばと目を開けてみると、丸一日寝てしまっていたようだった。

 

「あ!お母さん、クロが起きたみたいだよ」

 

 自分を指差し「クロ」だと呼ばれた。どうやら俺様の名前は、勝手に「クロ」にされてしまったらしい。

 

 冷静になり周りを見渡す。薄暗く狭いこの家には、大量の木屑が転がっており、ところどころに木彫りの置物が置かれているのが見えた。

 

「ティム、今日は少し肌寒いから暖房をつけて」

 

 母親らしき人物に「ティム」と呼ばれた少女は、火の魔道具のようなものに魔力を込めた。すると魔道具が機能し、部屋の中はすぐに暖かくなった。

 

(あれほどの魔道具であれば金貨数百枚は下らないはずだ。正直言って、この家の人間がこれほどの魔道具を買えるとは思えない)

 

 しかも、今まで見た限りでは、この少女は火と水の二属性の魔術を使っているようだった。

 

(ありえない。魔術は基本、貴族と一部の飛び抜けた才能のあるものしか使えないはずだ。それをこの、いかにも庶民な小娘が使っているのはあまりにも不思議だ)

 

 俺様はあまりにも遠い異国に飛ばされてしまったのか、もしくは――。

 

 そこまで考えたところで、体調はすっかり良くなり、魔力も安定してきたのを感じた。

 

 少しであれば今の状態でも魔術が使えることを確信し、俺様は風魔術を使い、声を発した。

 

「おい、そこの小娘。ここはどこだ?そして今は神暦何年だ?」

 

 急に猫である俺様から話しかけられた少女は、びっくりしたような、恐ろしいものを見たような顔をして数秒固まった。そして、震えた唇で声を絞り出した。

 

「ね、猫が喋った!!!」

 

「うるさい!小娘!さっさと俺様の質問に答えろ!」

 

 俺様は尻尾を地面に何度も叩きつけ、むすっとした顔で少女に答えを催促する。

 

「あ、えっ?ご、ごめんなさい。ここはエクレシアで、今は神暦五百八十年だよ」

 

 少女の答えを聞いて、俺様は先ほどの少女のように驚き固まってしまった。

 

(エクレシアだと?俺様がいたダンジョンからかなり遠く離れた場所ではないか。いや、それよりも神暦五百八十年?俺様がいた時代は神暦五百十八年、六十年以上先の未来だと?)

 

 驚きで思考が停止しそうだったが、なんとか頭を動かし、考えることに集中した。

 

「小娘、俺様は今頭が混乱しているようだ。しかも体調も全快とは程遠い。ひとまず俺様の体力が回復するまでここに居座らせてもらうぞ」

 

 俺様は「ふん」と鼻を鳴らし、この家に居座ることを主張した。

 

「う、うん。良いけど、暴れないでね。あと、私の名前はティムだよ。えっと、よ、よろしくね?」

 

 俺様の威厳は見事に伝わったようだ。ティムという少女は俺様の意見に同意し、なぜか戸惑った顔をしながら居候を許可したのだっだ。

 

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