ティムは硬い木製の椅子に座り、壇上の講師が口を開くのを待った。ここは町の公民館の一室。彼女が通う学校とは、公民館で毎週行われる講義のようなものだった。
様々な分野の講義を無料で開講しているようで、今日のテーマは『女性や子ども必見!危険から身を守る護身術セミナー(初級雷魔術編)』だった。
...正直、講義名に言いたいことはたくさんあるが、あえて突っ込まず話を聞くことにする。
「さて、皆さん。魔術とは、魔力を使い、自分の持つイメージを実現させる現象のことです。」
「今回は初めて魔術に関する講義を受ける方のためにも、魔力の捉え方についての説明を改めて行います。その後に初級魔術の使い方については説明したいと思います」
講師の言葉にティムの膝の上に乗っている俺様は内心で鼻を鳴らした。
(流石にこれで、庶民の子供たちに中・上級魔術など教え始めていたら、俺様は泡を吹いて倒れるところだったぞ。やはり教えるのは魔術の基本の『き』、か。まあ、妥当だ)
最初のテーマは、体内の魔力を感知する方法。講師はゆっくりと語りかける。
「まずは魔力を捉えることから始めます。基本的な方法は瞑想です。体内の魔力を感じるのが目的です」
ティムは目を閉じ、他の子供たちと同じように深く呼吸を始めた。
(確かに、基本的な方法としては正しい。自分の体内の魔力を感知できなければ、そもそも魔術もへったくれもないからな)
俺様のいた時代、貴族などの上流階級層は違った方法をとっていた。上級魔術師に魔力を外部から体内に流し込んでもらい、その刺激で強制的に魔力の感覚を理解するというものだ。この方が早くて確実ではある。
(瞑想なんて、時間がかかる上、才能のない者は一生かかっても魔力の感覚など理解できない、非効率なやり方だ。だが……)
俺様は小さく息を吐いた。外部からの魔力注入は、一歩間違えれば体を傷つける危険な技術だ。
(非効率的ではあるものの、こうした庶民の学校で教える分には、最も安全で正しい教え方と言える。命を賭けてまで魔術を使いたいなんて思う人間は、この平和な時代では少ないだろうからな)
瞑想の時間はあっという間に終わり、体内に微かな温かさを感じた者、何も感じなかった者、反応は様々だった。
「では次に、実践編です。雷魔術の最も簡単な魔法陣を教えます」
壇上の黒板に、単純だが整然とした記号の羅列――魔法陣が描かれた。
「この魔法陣を丸暗記してください。そして、雷を引き起こすというイメージを強く持ち、魔力を流します。イメージを実現させるのが魔術の本質です!」
その言葉を聞いた瞬間、俺様はなんとも言えない微妙な顔を晒してしまった。
(確かにこれも間違ってはいないが、非効率的極まりない。俺様からすれば正しいとは言い難い)
魔術師はみな、魔法陣の法則を徹底的に研究する。魔法陣には、幾何学的な法則、規則、原理原則があるためだ。
(法則を理解すれば、丸暗記など不要だ。それどころか、魔法陣を自力で構築し、新しい魔術すら開発できるというのに!)
そして、魔術において重要なのは「効率」だ。イメージは大切だが、膨大な魔力と才能がなければ、イメージだけの魔術は燃費が非常に悪い。その非効率性を最適化するために、魔法陣が存在する。
(丸暗記で多少はカバーできても、人によってイメージの質や仕方は異なる。真の魔術師は、自分のイメージの足りない部分を補うように魔法陣を改良・構築し、効率よく効果的な魔術を編み出す。また、魔法陣を通してイメージをさらに強化させ、魔術をより強固なものにするのだ)
この教え方では使えても初級魔術が限度であるし、何より魔力量が多く魔術のセンスがあるものしか、魔術は使えない。
だが、法則を理解することは容易ではない。流石にこの小さな学校では教えられる範囲を超えているのだろう。
ティムの膝の上で俺様は深く、長いため息をついた。
(結局、この学校は魔術の発展や研究ではなく、「日常で役に立つ道具の一つ」として教えているだけ、か。この教え方では、魔術の応用は難しいし、ある程度の才能がなければ、そもそも魔術を扱うことすらできないだろう)
しかし、ふと、俺様は周囲の子供たちに目をやった。寝ているもの、退屈そうに話を聞いているものがほとんどではあるが、中には熱心に魔法陣をノートに写す者もいる。そのような彼らの瞳には、純粋な好奇心と期待が宿っていた。
(俺様のいた時代には、このような魔術の基礎すら、一部の人間以外には知らされていなかった。こうやって、庶民の人間が魔術という深淵に触れることができる、というだけでも大進歩ではあるのだが……)
俺様は黒板に描かれた魔法陣を見つめた。
(それでもやはり、魔術を使えるのは一部の才能のある者のみ、という現実はまだ変わらないらしい。……この中から、一人でも法則の向こう側を覗き見る者が現れれば、面白いのだがな)
小さな公民館で、雷魔術の初歩的な練習が始まった。俺様は子供達が必死に雷魔術の練習をする姿を退屈に思いながらも見つめ続けた。