変わり映えしない毎日だった。
たまに学校の講義を受け、休みの日は母の手伝いをしながら、畑で採れた農作物や、木彫りの置物を町に売りに行く。贅沢とは無縁だけれど、慎ましくも穏やかな暮らし。
この平穏がずっと続くものだと思っていた。十四歳を過ぎれば学校は卒業。きっとその後も、家業を手伝ったり、町で小さな仕事を見つけたりして、今まで通りの生活を送るのかなって考えていた。
先生も母も、私には魔術の才能があると言う。だけど、私は王都まで行って魔術を学ぶなど考えたこともなかった。賑やかで刺激的な世界よりも、私はこの静かで落ち着いた家が好きだった。
ただ、いつか母を看取った後には、思い切って世界中を旅してみるのもいいかもしれない――そんな、実現するかどうかもわからない、ぼんやりとした夢を抱くことはあった。でも、結局のところ、私はこの家に根を下ろし、ゆっくりと歳を重ねていくのだろうなって。
そう、思っていたんだけど...
「俺様の名はシャルル・エクー……いや、俺様の名前はシャルルだ。」
私が森で助けた、漆黒の毛並みを持つ猫。その猫が、驚くほど堂々とした態度で、まるで貴族様か何かのように偉そうに名乗りを上げたのだ。名前はシャルル。
話を聞けば、彼は森で長く暮らしていた長寿の猫らしい。すごく偉そうで、頭の良さそうな猫だとは思ったけれど、なにせ町のことを何も知らないという。だから、彼は猛烈に町の情報を知りたがっていた。
「ならば、その庶民も通えるという学校に行くぞ! 学校ならば、今の時代のことが最も効率よく分かるはずだ!」
自分で誘っておいてなんだけど、正直、私はこの上から目線の黒猫を学校に連れて行くか少しだけ迷ってしまった。彼は目立つし、口を開けば「俺様」だ。
でも、『可愛い猫のふりをしててね』って無理を承知で頼んでみたら、意外にも彼はあっさり引き受けてくれた。
(もしかしたら、本当は優しい猫なのかも)
その後は有無を言わせぬ態度のシャルルに引きずられるようにして、私は彼を学校へと連れて行くことになった。
ところが、町の入口に差し掛かった途端、あの威張り散らしていたシャルルの様子が一変した。
私には町はいつも通りで、なんの何の変哲もない光景にみえる。しかし、シャルルはまるで魂を抜かれたかのように、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
「…………」
偉そうな口調はどこへやら。シャルルは一言も発しないまま、街並みを凝視していた。その横顔は、なぜだか少し悲しげに見えた。
学校についてから、学校の生徒たちに物珍しそうに囲まれ、わいわいともみくちゃにされても、彼は一切抵抗することなく、ただ茫然としていた。
だけど、そんなシャルルの調子を変えたのは魔術の講義だった。
教室で、先生が魔術の講義を始めると彼の金色の瞳に再び強い光が戻った。シャルルは最初こそ講義を真剣に聞いていたけれど、途中からはなぜか私や他のクラスメイトの様子を見ながら、退屈そうに、でも少し嬉しそうな目をしてのんびりと膝の上でくつろいでいた。
講義が終わる頃には、いつもの尊大なシャルルに戻っていた。元気になった姿を見て、私は心底ほっとする。
「ふん、あまりにもレベルの低い講義ではあったが、暇つぶしにはなったぞ」
そう言い放ちながらも、彼の尻尾はまるでご機嫌な子供のように、嬉しそうに揺れていた。
学校が終わると、私とシャルルは町を散策した。彼は初めて見るものすべてに興味津々で、私に質問攻めをしてきた。
「ティム!あの本屋!本屋で魔術書が買えるのか!」
「そうだよ。初級魔術の本しかないし、少し高いけどね」
「ティム!あの店は何だ!魔道具が売っているぞ!」
「あそこは魔道具店だよ。家の暖房の魔道具もここで買ったんだ。え?値段?結構高いよ、金貨一枚ぐらいかな?」
シャルルは目を輝かせ、興奮を隠せない様子だった。「楽しい?」と尋ねてみると、「程々だ」と相変わらず澄ました口調で答えるけれど、彼の尻尾は正直にフリフリと揺れ続けている。
ご機嫌に歩き続けていたシャルルだったが、突然、彼は一つの屋台の前で足を止めた。
「ティム!あれはなんだ?もしかしてアイスか!」
「あれは牛乳アイスだよ。私もお母さんと一度食べたことがあるの。冷たくて美味しいよ」
なんだかシャルルの尻尾が、今日一番激しく揺れている。もしかして、牛乳アイスが好きなのかな?
「……まさか、アイスまであるとはな。俺様の時代では最高級品で、貴族しか食べれないものだったのに。やはり魔道具の発展が……」
なんだか独り言を言っているシャルルに、私は話しかけた。
「もしかして、牛乳アイス好きなの?一個買おうか?」
「なっ……!い、いや、ちょうどティムが食べたいかと思ってな。ティムぐらいの歳の娘はこういうものが好きなんだろう」
妙に慌ててワタワタとするシャルルは、普段の威張り散らす姿とギャップがあり、可愛く見えた。そんな彼を見て、私はつい意地悪がしたくなった。
「別に、私はそんなに牛乳アイス好きじゃないし、今日は肌寒いから別に食べなくてもいいけどな〜」
そう言うと、シャルルは「そうか」とだけつぶやき、本当にがっくりと肩を落として店から離れようとした。いつもよりずっと小さく見える。
少し意地悪がすぎたらしい。
「あ、やっぱり!牛乳アイス食べたくなったから、ちょっと待ってて!あと、私一人じゃ食べきれないから、一口食べてよ!」
その言葉に、シャルルの尻尾はピンと立ち、再び嬉しそうにフリフリと揺れた。
学校が終わって、こんな寄り道をしたのは初めてかもしれない。昔は母の体調が今より断然悪かった。そのため、母の看病で友達との約束を断り続けているうちに、私はいつの間にか一人になってしまった。それでも悪くない生活だって思ってたけど。
(こうやってお母さん以外の人と話したり、寄り道をしてアイスを食べたり……意外と楽しいなぁ)
嬉しそうにアイスを食べているシャルルを横目に見ながら、私もついクスリと笑ってしまった。
いつもの変わり映えしない穏やかな日常も好きだったけど、こんな非日常も悪くないかもしれない。