七賢人の俺様は黒猫になったらしい   作:まろんや

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第8話 お気に入りの湖は随分と有名な場所になったらしい

 

 翌朝、夜明けと共に俺様は目覚めた。隣で丸くなっているティムは、まだ夢の中だ。昨晩の魔術修行と、長時間歩いた疲労が残っているのだろう。

 

(普段ならば叩き起こしているところだが、今回は勘弁してやるか)

 

 昨夜に貼っておいた結界魔術も傷ひとつない。本当にこの森は魔物が少なく、平和な森になっているようだ。

 

 俺様はそっとティムのそばを離れ、焚き火の跡に残った残り火に、再び初級魔術で火を熾した。

 

 朝食は、昨日ティムの母親が持たせてくれたパンと干し肉のスープの残り。猫の身では料理に限界があるが、温めるだけで十分美味い。

 

「んー……いい匂い……」

 

 匂いに釣られたのか、ティムが目を覚ました。

 

「おはよう、シャルル。今日はなんだか体が軽いよ」

 

「当たり前だ。休息と同時に、俺様が夜中にお前の魔力回路を少し調整してやったからな」

 

 契約魔術は屈辱的だが、こういう時には役立つ。寝ている間に、ティムに俺様の魔力をわずかに供給し、馴染ませることで疲労した魔力回路を回復させてやったのだ。

 

 もちろん、それだけで体力を全快させることはできないが、魔術の練習による疲れを軽減する程度は容易い。

 

「すごい!シャルルって、本当に七賢人だったんだね」

 

 ティムは素直に感心した様子だ。俺様の威厳を保つにも、これからも定期的にこうして実力を見せつけることにしよう。

 

 

 

* * *

 

 朝食を済ませ、旅を再開した。ティムの歩調は再び軽やかになり、昨日よりもずっと疲れ知らずだ。

 

「シャルル、見てて!今度は一秒以内でやってみる!」

 

 俺様の頭の上で、ティムは魔術の修行を続けた。右手に炎の渦、その直後に左手に水の球。その間隔は、もはや零コンマ数秒の世界だ。

 

(驚異的だ......!俺様の時代でも、これほどの習得速度を持つ魔術師はいなかったぞ)

 

 しかし、二つの魔術を完全に同時に展開しようとすると、まだ魔力が乱れ、『ボフッ!』という情けない音と共に魔術は失敗する。

 

「うー、難しい!」

 

「焦るな、ティム。魔術の同時展開とは、脳内で二つの異なる思考回路を完全に分離・独立させる必要がある。魔力を無駄遣いするのではなく、ひとまず目を閉じて異なる二つの魔術の魔法陣を同時に完璧に思い浮かべることから始めてみろ」

 

 猫の姿であるためか、ティムの魔力量を完全に把握することはできない。だが、普段の様子からティムの魔力量は生前の俺様と同等、もしくはそれ以上の魔力量を保持していると考えられる。

 

 しかし、魔力を節約するに越したことはない。最初は想像で二つの魔術の魔法陣を同時に思い浮かべられるようになるまで魔力は極力使わないように指示をした。

 

「ティム、ここから少し寄り道をするぞ、行きたい場所がある」

 

「シャルルが行きたい場所?何それ!気になる!」

 

 ティムは興味津々と言った様子で、顔を近づけ詰め寄ってくる。

 

「この森には霧笛の結晶湖という、昔から旅人の間では有名な湖があるのだ。昔一度この辺に訪れたことがあってな、それはそれは綺麗な場所だった。せっかくこの森を通るならば寄って行くぞ」

 

 霧笛の結晶湖はこの森の奥にある湖のことを言う。湖底の魔力鉱石の影響で、水が常に微細な魔力を帯び、気温が下がると、水面に結晶化した霧が立ち込める。その霧が風に吹かれて移動する際、鉱石の共鳴により「笛のような音」を奏でることから名付けられたそうだ。

 

 魔術的な力は無くとも、その美しい光景から旅人ならば一度は訪れたいことで有名な場所だったのだ。

 

「え!そんなところがあるんだ、絶対行く!」

 

「あぁ、昔はこの森は高位の魔物が多く、なかなか近づけない場所であったが、今の時代は大した魔物もいないようだ。せっかくのチャンスだ、見に行くぞ」

 

 『霧笛の結晶湖入り口』と書かれた、朽ちかけた看板を見つけ、その看板に従い歩いて行く。徐々に道が綺麗に整備され、松明のような人工物が多く見えるようになってきた。

 

「昔は旅人のみぞ知る秘境といった感じだったが、やけに人工物が多いな。……まあ、魔物が減った今、観光地化しているのも頷ける。あの絶景が手軽に見られるのは悪くない」

 

「うーん、私はこの森にそんな観光地があるって聞いたこともなかったけどなぁ」

 

 そんなことを話していた直後だった。木々が開け、湖に面したはずの空間に出た瞬間、俺様は息を飲んだ。

 

「なっ!?」

「えっ......」

 

 そこに湖はなかった。水は完全に枯れ果て、広大な湖底だった場所は、無数の掘削跡と、土がむき出しになった採掘穴に覆われていた。ピッケルや採掘用の魔導具が辺りに放置され、湖底の魔石は全て掘り尽くされてしまったのだろう。

 

「......なるほどな。今の時代は魔道具に溢れており、魔石は必要不可欠だ。この湖は有数の魔石産地だった。この森の魔物が少なくなっていたのも、この魔石を採掘するために徹底的に駆除されたのだろう」

 

 俺様は魔術師だ。魔術や魔道具の発展は好ましいことであるし、このことに対して特に怒りや失望の気持ちはない。しかし、一度見たあの景色が二度と見られないというのは少し残念だった。

 

「シャルル......」

 

 ティムは不安そうな顔をして、俺様の顔色を確認しようとしている。大方、俺様がショックを受けてると思い心配なのだろう。

 

「......チッ。仕方のないことだ。魔術師として、魔道具の発展を否定はせん。俺様はすでに一度見た景色だからあれで満足だ。むしろあの絶景を知らないティムの方が残念だろう」

 

 ティムは何やら考え事をしているようで、下を俯いたまま動かなくなってしまった。

 

「何をしている、さっさと行くぞ。レスタリアはここからすぐそこだ、早く冒険者ギルドに加入し、金を貯めなくては」

 

 ティムに背を向け、急ぐようにこの場から立ち去ろうとする俺様を呼び止めるようにして声がかけられた。

 

「待ってシャルル!」

 

「なんだ?もうここに用はないだろう」

 

 ティムは何やら覚悟を決めたような顔で話しかけてきた。

 

「結晶湖って単にこの湖の名前じゃなくて、湖底に魔石がある湖のことなんだよね?」

 

「......厳密にはそうだが、何が言いたい?」

 

「それだったら、この場所以外にも結晶湖がある可能性はあるんだよね?魔石って魔力を含んでいるし、魔力探知で探せるよね!」

 

 可能ではある。今この森は魔物が少なく、昔より結晶湖を魔力探知で探しやすくはなっているだろう。

 

 しかし、魔力探知は極度の集中状態を維持する必要があるし、範囲を広げれば広げるほど情報量が多くなり、その情報の波から望んだものを見つけ出すのは難しい。

 

 また、範囲を広げるほど莫大な魔力量を必要とする。現実的な魔力探知範囲は半径250メートルほどだ。そんな範囲でちまちまと存在するかも分からない結晶湖を探すのは現実的ではないだろう。

 

「三十分だけ待ってて!私が頑張って探してみるから」

 

「...まぁ、その程度であれば別にいいが、好きにするといい」

 

 正直無駄だとは思うが、魔力探知の練習にもなるし、ティムの魔術修行だと思えば悪くはないだろう。大した期待もせず、俺様は大きな欠伸をしながら、その場で昼寝を始めるのだった。

 

 

* * *

 

「シャルル!シャルル!起きて!」

 

 大きな声で名前を呼ばれながら体を激しく揺すぶられ、俺様は渋々と夢から覚めた

 

「こっから北西に六キロ先に結晶湖っぽい反応がある気がする!」

 

 六キロ先だと? 魔力探知の限界を遥かに超えている。試しに集中して北西のみに焦点を当ててみると、確かに、極めて微弱な結晶湖のような反応が感じられる気がする。本当に「気がする」程度だ。

 

「せっかくなら行ってみようよ、六キロぐらい良いでしょ?私も結晶湖見たいよ」

 

「まぁ...いいだろう」

 

 正直、あるかもわからない結晶湖を見るために六キロ歩くのは面倒だが、ティムの懸命な努力に免じて、今回はおとなしく従うことにした。

 

 その後の道のりは大変だった。小さな洞穴を抜け、つるで塞がった道を通り抜け、崖を登り、ようやく辿り着けた場所には、確かに小さな結晶湖があった。

 

 小さいが正真正銘の結晶湖だ。水面に結晶化した霧が立ち込め、光が当たりキラキラと輝いている。また、その霧が共鳴し、小さな笛のような音が聞こえる。

 

「わぁ、綺麗。キラキラ輝いてて、本当に笛の音がする」

 

 きっとこれは採掘者に見つからなかったのではなく、見逃されたのだろう。こんな場所にある小さな魔石をわざわざ採掘しに行く労力は無駄でしかない。

 

 ...正直大したものではない。本来の結晶湖と比べて規模が小さすぎるし、この程度のものであれば唯一無二といったものではなく、別な場所でも見ることはできるだろう。

 

 しかし、ティムは本当に嬉しそうにキラキラと目を輝かせながら結晶湖を眺めている。

 

「本当に綺麗だね、シャルルはどう?これって結晶湖だよね?」

 

 あの時見たような雄大で美しい景色ではない。小さく、特別性もないが、それでも...

 

「あぁ、紛れもなく結晶湖だ、確かに綺麗だ」

 

 ティムは嬉しそうに笑う。確かに小さい結晶湖ではあるが、それでもその景色は美しく見えた。

 

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