この世界での生き方   作:これは面白いのか

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1話

夜更けの街に、青白い光だけが灯っていた。

 

 狭いワンルームの中。

 パソコンのモニターには、山脈や河川が交差する広大な地図が映し出されている。

 古代中華を舞台にしたオンライン戦略ゲーム『覇国伝ONLINE』。

 

 その中心に表示されているのは、悠馬が作り上げた国――震国(しんこく)。

 高くそびえる城壁、高さ二十メートル、幅十五メートル。

 四方を囲む石造りの防壁は、どっしりとした重厚さを放っていた。

 

 城の名は、天震城(てんしんじょう)。

 画面の中の街には、市場が立ち並び、農地が整い、兵士たちが訓練を繰り返している。

 

 「……ええ感じやな。」

 

 糸目の青年――**西園寺悠馬(さいおんじ ゆうま)**は、マウスを動かしながら満足げに呟いた。

 二十八歳の会社員。

 仕事終わりの時間をすべてこのゲームに注ぎ込み、

 数か月でここまで整えた。

 

 軍勢は十二万。

 住民は五十万。

 倉庫には三年分の食糧。

 課金もそこそこ重ねたが、それ以上に時間と手間を注いだ。

 

 「戦で勝つより、国を回す方がずっとおもろいんや。」

 

 そう呟く顔には、戦略家のような静かな熱が宿っていた。

 マウスの先、画面の右端には五人の将の顔アイコンが並ぶ。

 

 歩兵を束ねる剛将――廉虎(れんこ)。

 騎兵を率いる俊将――斉風(さいふう)。

 後方支援と工兵の長――蒼嶺(そうれい)。

 紅の鎧をまとった女将――紅蓮(ぐれん)。

 そして、沈黙の黒鎧――黒耀(こくよう)。

 

 紅蓮と黒耀は課金で手に入れた特別な将。

 残る三人はストーリーを進めて仲間にした。

 それぞれが違う性格を持ちながら、悠馬の指示には絶対の忠誠を誓っている。

 

 「紅蓮が攻めて黒耀が守る。斉風が動いて蒼嶺が支える。廉虎は――前線の芯やな。」

 

 糸目の奥が細く笑う。

 キーボードを叩く指は、もう現実よりもこの仮想の国に馴染んでいた。

 

 「……ほな、これで北辺は安泰や。」

 

 クリック音と同時に、画面に「セーブ完了」の文字が浮かぶ。

 

 「よっしゃ。今日もええ感じで進んだな。……明日仕事行きたないけど。」

 

 軽く伸びをして立ち上がろうとした、その瞬間。

 

 モニターが一瞬、白く光った。

 

 「……ん?」

 

 ノイズのような音が鳴り、文字が浮かび上がる。

 

 > 【データ統合中】

 > 【環境再構築を開始します】

 

 「……再構築? なんやそれ。」

 

 指を動かしても、操作が効かない。

 次の瞬間――

 

 光が爆ぜた。

 

 部屋が一瞬で白く塗り潰され、風のような衝撃が全身を駆け抜ける。

 モニターが膨張するように広がり、視界がねじれた。

 

 「っ、うわああっ――!」

 

 叫びも飲み込まれ、音が消える。

 

 

 ――風の音がした。

 

 熱く、乾いた風。

 鼻に砂の匂い。

 

 「……ん……」

 

 目を開けると、石造りの天井があった。

 見覚えのある模様、柱、装飾。

 

 「……は?」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 そこは、間違いなく――天震城の謁見の間。

 

 「……冗談やろ。」

 

 足音が反響する。

 壁には、自分がデザインした震国の紋章――稲穂と剣の旗。

 手で触れると、布の感触があった。

 

 その瞬間、扉が開いた。

 

 「陛下! ご無事で!」

 

 黄金の鎧をまとった男が駆け込む。

 黒髪を束ね、筋肉の鎧のような体つき。

 

 「……れ、廉虎?」

 

 「はい、我が王。突然の光の後、我らはこの地に転じておりました。民五十万、兵十二万、全員健在です。」

 

 悠馬は言葉を失った。

 息が詰まり、胸の鼓動がやけに大きく響く。

 

 「……全部……本物なんか。」

 

 窓の外には、城壁が聳えていた。

 その上を兵が巡回し、街では人々が行き交っている。

 風が吹き抜け、太陽が照りつける。

 

 ――ゲームの中の世界が、現実になっていた。

 

 悠馬は静かに、空を見上げた。

 遠くの地平に霞む山並み。

 南の丘陵には、文明の気配。

 

 頭上に半透明の文字が浮かぶ。

 

 > 【現在地:秦国北端 幽陵郡外縁】

 > 【南:秦国/北西:月氏/北:匈奴/北東:趙】

 > 【所属:震国(独立状態)】

 

 「……春秋戦国時代、か。」

 

 思わず、笑ってしまった。

 

 「ええやん。――最高におもろいやんけ。」

 

 糸目の青年は、真っ青な空の下で小さく呟いた。

 その声は、どこか嬉しそうだった。

 

_______________

 

  朝の光が天震城の高い塔を染めていた。

 転移から二日。

 未だ地平の向こうに人影は見えず、風はただ冷たく草を撫でていた。

 

 天震城の内部では、兵や民が慌ただしく動いている。

 倉庫の物資は確認され、食糧庫には十分な備蓄。

 井戸の水も清く、畑に近い地面は肥えていた。

 

 人々は不安を抱えながらも、確かに生きる準備を始めている。

 だが、悠馬だけはまだ机の前から離れられずにいた。

 

 「……まさか、ほんまに来るとはな。」

 

 光の地図ウィンドウが浮かび上がり、城下の状況が淡く光る。

 城壁の上には見張りの歩哨。門には整列する兵士たち。

 整然とした秩序が、この数日のうちに形を成していた。

 

 そんな中、謁見の間の扉が音を立てて開いた。

 

 「陛下――ご報告を。」

 

 入ってきたのは、分厚い鎧に身を包んだ巨漢の男、廉虎だった。

 筋骨隆々の腕に赤銅の光を反射させ、膝をついて頭を垂れる。

 

 「民の混乱は鎮まりました。倉庫、兵舎、農地、すべて稼働。兵の士気も高くございます。」

 

 「ご苦労や、廉虎。」悠馬は軽く笑みを返した。

 「民の方も頼んだで。食いもんと水の確保は何より優先や。」

 

 「はっ。」

 

 廉虎の声が響く。

 その直後、廊下の向こうから複数の足音が近づいた。

 

 扉が再び開き、四つの影が現れる。

 

 紅蓮、黒耀、斉風、蒼嶺――。

 

 「紅蓮、帰還。周囲に敵影なし。」

 鮮烈な紅鎧の女が、鋭い瞳で報告する。

 

 続いて漆黒の鎧を纏う男が進み出た。

 「黒耀、警備区域を確保。」

 その声は低く、静かで、まるで夜風のようだった。

 

 軽鎧を揺らして入ってきたのは斉風。

 「偵察路、東側は異常なし。南は少し丘陵地が続きます。」

 

 そして最後に、落ち着いた気配と共に現れた蒼嶺。

 「兵站庫と倉庫を再確認。補給線、問題ありません。」

 

 悠馬はしばし言葉を失った。

 スクリーン越しに見た“キャラクター”たちが、今、息をしている。

 

 「……ほんまに、おるんやな。全員。」

 

 紅蓮が不思議そうに首を傾げた。

 「陛下?」

 

 「あ、いや。気にせんといて。」悠馬は笑ってごまかす。

 「せやけど、よう集まってくれたな。」

 

 紅蓮が腰の槍を軽く叩く。

 「陛下の命令を待つだけです。」

 

 黒耀が静かに頷く。

 「我らはこの地に立つ。いずこであれ、主の下に。」

 

 斉風が軽く笑い、

 「まるで最初からここにいたみたいですね。」

 蒼嶺がそれに穏やかに返した。

 「環境が変わろうと、我らの役目は変わりません。」

 

 悠馬は胸の奥に熱を覚えた。

 「……ほな、始めよか。」

 

 

 円卓の上に、地図ウィンドウが展開される。

 光の線で地形が描かれ、城とその周辺が浮かび上がる。

 

 「これが……この世界の地形データ、みたいや。」

 

 悠馬が指を動かすと、北は荒野、南は緩やかな丘陵、東に森林、西には低い山脈が映し出される。

 

 黒耀が地図に目を落とした。

 「外敵の接近を察知するには、丘陵線上に見張り台を設けるべきです。」

 

 紅蓮が笑みを浮かべる。

 「防衛よりも、まず“どこに敵がいるか”を調べるのが先やない?」

 

 「確かに。」悠馬は頷いた。

 「外の状況が分からんままやと、守るも攻めるも無理や。

 せやから――最初の命令や。」

 

 悠馬は立ち上がり、声を張った。

 

 「北と西の地形を調べてこい。丘陵の先に何があるか、集落はあるか。

 ――決して戦うな。見て、測って、帰ってくる。それが任務や。」

 

 斉風が真っ先に応じた。

 「承知しました。偵察隊を五十組、交代で出します。」

 

 蒼嶺もすぐに言葉を継ぐ。

 「帰還後は地図に情報を転写します。補給品は三日分、最低限に抑えましょう。」

 

 廉虎が拳を打つ。

 「城内の訓練も並行して進めます。歩兵はすでに編成済みです。」

 

 黒耀は短く頷いた。

 「陛下、外敵が現れた場合の対応も決めておくべきかと。」

 

 「せやな。」悠馬は顎に手を当てる。

 「敵意を見せへん限り、攻撃はせん。相手が来たら“観察”する。」

 

 紅蓮が片眉を上げる。

 「戦わない……ですか?」

 

 「せや。まず相手を知る。わからんまま殺すのは、ただの無駄や。」

 

 静まり返った空気の中、誰も異を唱えなかった。

 全員がその決断の意味を理解している。

 

 悠馬は地図を閉じ、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。

 「――これが、震国の初会議や。」

 

 紅蓮が微笑み、

 黒耀が無言のまま頷き、

 廉虎、蒼嶺、斉風がそれぞれ敬礼を取る。

 

 悠馬は深く息を吸い込んだ。

 現実に確かに存在する“国”の鼓動が、静かに鳴っていた。

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