この世界での生き方   作:これは面白いのか

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2話

転移から日々は流れ、天震城の作業は着実に進んでいった。

 城下では家屋の修繕、倉庫の整理、見張り台の設置が並行して進み、民衆の暮らしは少しずつ落ち着きを取り戻している。

 だが悠馬は油断せず、外の世界を知るための足を止めなかった。

 

 「まずは周辺の情報をまとめよ」──それが彼の最初の判断だった。

 蒼嶺が補給線や水源の確認に動き、斉風は短距離・中距離の偵察ルートを敷設した。

 廉虎は城内の兵の再編と巡回強化を進め、紅蓮と黒耀は戦時の指揮系統を整えた。

 五将の連携は、目に見えて早くまとまっていく。

 

 偵察は二週間にわたって続いた。

 日々、斉風率いる小隊が草原を駆け、丘を越え、森の縁を探り、帰還しては地図に情報を書き入れた。

 蒼嶺はそれらの報告を集約し、簡易の立体地図を作り上げていく。

 

 ある朝、蒼嶺が丸めた巻物を悠馬の前に差し出した。

 「北西の方向、城からおよそ五十キロ。遊牧の集落が確認されました。柵で区画された円形の居住域です。家畜が多く、人の気配と小規模の常駐騎馬がおります。」

 

 悠馬は指で地図上の印を押さえた。

 「北西五十キロか。想定より近いな。」

 

 続いて斉風が報告した。

 「南方、約八十キロ。丘陵上に小規模な城塞を確認。石造りの外郭、常駐兵は千から二千ほど。旗印は秦国のものです。」

 

 情報は確実に、しかし慎重に集まっていった。

 城を取り巻く情勢図が徐々に浮かび上がる。天震城は、まさに秦と月氏の「はざま」に位置していた。

 

 「これで地形と主要勢力が掴めたわけやな。」悠馬が静かに言うと、黒耀が淡々と付け加えた。

 「敵は距離を詰めればこちらを視認できます。ゆえに、偵察は必ず来るだろう。」

 

 転移からおよそ二十五日目のこと。

 城壁の見張りが、北西の小道に人影を視認したと報告を上げる。ほぼ同時刻、南門の見張りからも影が見えたという連絡が入る。

 「月氏の斥候と、秦の斥候かもしれん」──短い報告が耳に入る。悠馬はすぐに命じた。

 

 「殺すな。見せるだけや。様子を見て帰らせろ。」

 

 紅蓮が眉根を寄せる。

 「それで本当にええのですか? 相手は我々を知らんはずです。強い態度を見せる手も。」

 

 悠馬は首を振る。

 「まだや。ここで強気に出るのは性急すぎる。相手の出方と組織の構造を知るのが先や。偵察を丁寧に帰らせることで、“この城は脅威ではない”という印象を植え付けられるかもしれん。」

 

 黒耀が静かに頷いた。

 「情報を交渉の材料にする。合理的です。」

 

 その日、両方の偵察隊は城の規模と人の動きを確認し、対立には至らず退いた。

 月氏の斥候は草原の陰影を縫って去り、秦の斥候は夜明け前に姿を消した。――しかしその報告は、悠馬にまた別の懸念を与えた。

 

 「彼らは情報を持ち帰る。次は本隊が動く可能性が高い。」

 

 斉風がやや緊張した声で言う。

 「月氏の集落は規模が小さく見えますが、遊牧の社会は迅速に動員できます。秦側も北辺の安定は重視するでしょう。」

 

 蒼嶺が計算を示す。

 「距離と補給を考えれば、到達にかかる時間は行軍速度次第ですが、準備から移動まで合わせると、概ね一か月前後と見ておくべきです。」

 

 悠馬は地図に指を置き、淡々と答えた。

 「分かった。一か月後をめどに備える。だが、焦らんでええ。今は観察と準備の時間や。余裕をもって備えよ。」

 

 風が塔の旗を揺らし、天震城の空気はさらに引き締まった。

 城内では兵の訓練が強化され、補給品は再点検された。五将はそれぞれの任務に戻り、民の動揺を最小限に抑える施策を進める。

 

 城の周辺に小さな動きがあるごとに、斉風の斥候が飛び、蒼嶺はその情報を地図に反映していく。情報が蓄積されるにつれ、悠馬の戦略はより具体的になっていった。

 

 ――そして、静かながらも確実な準備期間が流れた。

 天震城は、北西五十キロの月氏の集落、南八十キロの秦の砦、そして二十五日で来訪した両国の偵察隊を把握した。

 これらの事実は、やがて一か月後の大波へと収束していく予兆に過ぎなかった。

 

東の空が淡く白み、草原が金色に染まり始めた。

 天震城の見張り台が再び警鐘を鳴らす。

 

 

__________

 

 「報告! 北西十里(約四十キロ)地点、月氏軍三万騎! こちらへ進軍中!」

 

 悠馬は塔の上からその報告を聞き、静かに地図を睨んだ。

 風が頬をかすめ、朝靄の向こうに微かに砂煙が見えた。

 「……予定どおりやな。」

 

 彼は短く息を整え、指示を飛ばす。

 「城には二万を残せ。民と補給を守るのが最優先や。

 出るのは十万。前線は歩兵主体、騎兵は後方で待機や。」

 

 紅蓮がすぐに頷いた。

 「騎兵を後ろに、か。」

 

 「せや。前で押さえ、崩れたとこを突く。真正面から殴り合う気はない。」

 悠馬の声は静かだが、確かな重みがあった。

 

 黒耀が地図を広げて補足する。

 「布陣位置は城から三里(約十二キロ)の平原。

 見通しが良く、弩兵が機能します。丘陵を背に配置すれば退路も確保できます。」

 

 「そこや。」悠馬は立ち上がる。

 「紅蓮は後方で待機。突撃は俺の合図があるまで動くな。」

 

 「了解。」紅蓮は口元を吊り上げる。

 「抑えるのは得意やけど、走り出すのも我慢できるかはわからへんで。」

 

 「……信じとるで。」悠馬が笑い、階段を下りた。

 

 

 朝日が昇るころ、震国軍十万はすでに平原へ到着していた。

 中央に歩兵七万、盾列を敷いて整然と並ぶ。

 後方に紅蓮率いる二万の騎兵。

 さらに後方の丘には黒耀の弩兵三千が弓を構える。

 蒼嶺と補給部隊はさらにその後ろで待機。

 

 「陣、完成。」廉虎の声が響く。

 盾と槍が並び、整然とした軍列が朝の光を反射した。

 

 やがて、北の地平から黒い帯が近づく。

 砂煙が上がり、地鳴りが平原を揺らす。

 「月氏軍、距離1里! 進軍速度は速い!」

 

 悠馬は前線に立ち、遠くを見つめた。

 「城に届く前に止める。」

 

 

 太陽が頂に上る頃。

 両軍は城から三里(約十二キロ)の平原で相まみえた。

 風が止み、草原が静まり返る。

 

 先に動いたのは月氏だった。

 将が馬上で旗を振り下ろし、声を張り上げる。

 

 「聞けッ! ここは我らの地! 我らの祖先の大地だ!

 異国の城など、許されぬ!」

 

 その叫びに呼応し、三万の騎馬が蹄を鳴らした。

 

 紅蓮が馬を進め、槍を掲げる。

 「黙っとけや、誰の土地かは血で決めるもんちゃう!」

 彼女の声が風を裂いた。

 

 「我らは民を守るために立つ! 無用な血を流す気はない!

 今退けば誰も追わぬ、退けェッ!!!」

 

 声が平野を渡り、風に乗って月氏の陣まで届く。

 だが、月氏の将は憤怒に満ちて叫んだ。

 「その言葉に耳を貸すな! 異国の言葉に惑わされるな!」

 

 旗が振り下ろされる。

 

 「突撃ッ!!!」

 

 轟音が平原を裂いた。

 騎馬の群れが一斉に走り出し、砂煙が天を覆う。

 

 

 「黒耀!」悠馬の声が飛ぶ。

 「第一射!」

 

 乾いた音が響いた。

 黒耀の弩兵三千が矢を放ち、空を黒く染める。

 矢雨が月氏の先頭に降り注ぎ、馬が悲鳴を上げて倒れた。

 

 だが月氏は止まらない。

 怒号と蹄の音が混じり、波のように押し寄せる。

 

 「盾列、構えッ!」廉虎の叫びが轟いた。

 歩兵七万が一斉に盾を掲げ、壁のように立ちはだかる。

 衝突の瞬間、鉄と肉の音が響き、衝撃が地を走った。

 

 「踏みとどまれェッ!」廉虎が叫ぶ。

 前列が一歩も引かず、槍が突き出される。

 馬が倒れ、月氏の前線が崩れる。

 

 「第二射、放て!」悠馬が指を振る。

 黒耀の弩兵が再び射撃。矢が正確に、乱れた敵陣を貫いた。

 

 紅蓮が後方で息を詰める。

 崩れた敵陣の隙を見逃さない。

 「――今や!」

 

 騎兵二万が一斉に駆け出す。

 砂煙が舞い、赤い旗が翻る。

 紅蓮が先頭で叫んだ。

 「震国騎兵、突撃ィッ!!!」

 

 轟音と共に、震国の騎兵が左右の翼から敵の側面を貫いた。

 砂塵と血が混じり合い、叫びが平野を満たす。

 

 「囲まれるな! 回れ、回れぇッ!」月氏の将が叫ぶが、すでに遅い。

 震国の歩兵が前に押し出し、紅蓮の騎兵が側面から斬り裂く。

 黒耀の弩兵が残党を射抜く。

 

 悠馬は全体を見渡し、静かに命じた。

 「紅蓮、深追いするな。捕虜を確保しろ。」

 

 紅蓮が槍を振り上げた。

 「全軍停止ッ! 降伏する者は討つな!」

 

 その声が広がり、震国軍がぴたりと止まる。

 砂煙の中で、月氏の残兵たちが武器を捨て、膝をついた。

 

 

 戦場に静寂が戻った。

 紅蓮が馬を止め、槍を地に突く。

 「……終わったわ。」

 

 丘の上から悠馬がその光景を見下ろす。

 「死人は?」

 

 「軽傷多数、重傷者少数。」黒耀が即座に答える。

 「捕虜は八百ほど。」

 

 悠馬は小さく頷いた。

 「上出来や。……誰も無駄死にせんで済んだ。」

 

 紅蓮が馬上で笑う。

 「陛下の指揮は、相変わらず冷静やね。」

 

 「熱うなったら、戦は終わりや。」悠馬は目を細め、遠くを見た。

 北西の地平には、まだ薄く砂煙が漂っていた。

 「……月氏の本陣は、まだ残っとる。

 次は、話をしに行く番や。」

 

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