この世界での生き方   作:これは面白いのか

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3話

戦が終わった平原には、風と砂の音だけが残っていた。

 太陽はすでに西へ傾き、血の匂いが乾いていく。

 

 震国軍は規律を崩さず、静かに後処理を進めていた。

 紅蓮の騎兵が負傷者の回収を指揮し、

 黒耀の弩兵は武具を回収して整然と並べる。

 廉虎の歩兵たちは捕虜の誘導を担当し、荒れた戦場を整え始めていた。

 

 その数、およそ八百。

 捕らえられた月氏兵たちは、驚くほど静かだった。

 縄で縛られ、座り込んだ彼らの顔には、恐怖よりも戸惑いが浮かんでいる。

 

 ――自分たちは生かされている。

 

 それが、彼らの中で最も大きな衝撃だった。

 戦に敗れた者は死ぬ。それがこの地の掟だった。

 だが、震国は違った。

 

 

 丘の上の本陣。

 悠馬は地図の上に並べられた木製の駒を見つめていた。

 蒼嶺が報告書を手にする。

 

 「月氏捕虜八百。うち将官級が四名。

 軽傷者は我々で手当を済ませました。」

 

 悠馬が顔を上げる。

 「将を連れてこい。話を聞く。」

 

 やがて、捕虜の中から一人の男が連れてこられた。

 年は四十前後。浅黒い肌に短く刈られた髪。

 背は高く、縄で縛られていても堂々としている。

 彼は悠馬を見ると、短く吐き捨てた。

 

 「殺せ。敗者が生き恥を晒す必要はない。」

 

 紅蓮が一歩前に出て睨みつける。

 「うちらはそんな趣味ないわ。

 命、粗末にする気もない。」

 

 悠馬は手を上げ、紅蓮を制した。

 「名を。」

 

 男はしばらく黙っていたが、やがて低く答えた。

 「……ハルバ。月氏北部族・第一騎団長。」

 

 「ええ将やった。」悠馬が静かに言った。

 「お前の兵はよく戦った。誇ってええ。」

 

 ハルバの眉が動く。

 「……敵に称えられるほど屈辱なことはない。」

 

 「違う。」悠馬は淡々と首を振る。

 「命を賭けて戦った者を、軽く扱う方が屈辱や。

 あんたらが戦った理由は理解した。――“ここは自分たちの土地”やろ?」

 

 ハルバは目を細めた。

 「そうだ。この地は我らの祖が血で拓いた。

 お前たちが城を築き、旗を立てた時点で、戦は避けられぬ。」

 

 悠馬はうなずいた。

 「なら聞かせてくれ。今、お前らを動かしてるのは誰や。族長の名を。」

 

 沈黙が流れる。

 やがて、ハルバが低く答えた。

 「カン・バラ。月氏の北方を統べる者。」

 

 紅蓮が眉をひそめる。

 「そいつが、今回の戦を仕掛けた元凶か。」

 

 「元凶ではない。」ハルバが言い返す。

 「我らは命を賭して土地を守る。それを命じたのは民だ。族長はその意志を受けたにすぎん。」

 

 悠馬は目を閉じ、しばし沈黙した。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

 「……分かった。お前を殺す気はない。

 代わりに伝えてくれ。俺は、族長と話がしたい。」

 

 ハルバの表情がわずかに揺れる。

 「交渉……だと?」

 

 「そうや。」悠馬は静かに言う。

 「この地で共に生きる道があるなら、血を流すより、言葉で決めたい。」

 

 ハルバはしばらく悠馬の目を見つめていた。

 やがて、ゆっくりと頭を下げる。

 「……分かった。お前の言葉、族長に伝えよう。」

 

 紅蓮が小さく息を漏らす。

 「ほんま、戦って勝っても、次の瞬間には“話”か……」

 

 悠馬は笑う。

 「勝ち続けても、敵を増やすだけや。

 せやけど、話が通じるなら――敵は、味方にもなれる。」

 

 

 翌日。

 月氏の捕虜たちは食事と水を与えられ、傷の手当を受けていた。

 彼らは信じられない表情で、それを見つめていた。

 敵に敗れ、なおも人として扱われる――それは、彼らの世界には存在しない価値観だった。

 

 紅蓮が悠馬のもとにやって来た。

 「族長への使者、ほんまに出すん?」

 

 「出す。」悠馬は頷く。

 「戦を終わらせるのは剣やない。“理解”や。

 ワシらはこの地を奪いに来たんやない。

 ――一緒に生きる土地を作るために来た。」

 

 紅蓮は少し笑った。

 「陛下の言葉、ほんまゲームの中の指揮官とは違うな。」

 

 悠馬は空を見上げ、静かに言った。

 「……もうゲームやないからな。」

 

 

 夕刻。

 月氏の使者が、震国の旗の下を出発した。

 彼らの目的地は北西四十キロ先――月氏の本陣。

 そこには、族長カン・バラが待つ。

 

 そしてこの日、天震城の外で生まれた小さな火種は、

 後に秦国全土を揺るがす“北辺同盟”の序章となる。

 

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