この世界での生き方   作:これは面白いのか

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4話

北西の草原を、乾いた風が吹き抜けていた。

 月氏の本陣――獣皮と木柵で囲まれた広大な陣地。

 中央には赤い獣皮の幕舎がそびえ、族長の天幕を示す旗が風にはためいていた。

 

 そこに、震国からの使者団が近づいていた。

 悠馬、紅蓮、黒耀。

 わずか十名の護衛を連れて、彼らは月氏の陣の中へ進む。

 

 紅蓮が前を歩きながら小声で言う。

 「……敵地のど真ん中ね。」

 

 「敵やない。“まだ話の途中の相手”や。」悠馬が静かに答える。

 

 黒耀が小さく笑った。

 「陛下、いつも通りですね。」

 

 「怖いときほど笑うもんや。」

 

 紅蓮は呆れたように肩をすくめた。

 「笑いながら言うことじゃないわよ。」

 

 そんな軽いやり取りを交わしながら、三人は天幕の前に立った。

 

 

 幕の奥には、ひときわ重い空気が漂っていた。

 中には黒い毛皮の敷物、壁に掛けられた槍と弓。

 その中央に、一人の男が座していた。

 

 肩まで伸びた黒髪、深い彫りの顔、鋭い眼光。

 月氏族長――カン・バラ。

 その存在だけで、周囲の空気が張り詰めていた。

 

 悠馬は進み出て、軽く頭を下げた。

 「震国王、悠馬。初めましてやな。」

 

 カン・バラが低い声で問う。

 「貴様が、我が地に城を築いた者か」

 

「そうや。」悠馬の声は落ち着いていた。

 

 「けど、奪うためじゃない。この土地で“共に生きる”ためや。」

 

 護衛の兵がざわめく。

 「共に?」「侵略者が何を――」

 

 カン・バラが片手を上げて黙らせた。

 「……話は聞こう。」

 

 悠馬は腰の地図を広げ、指で境界線を示した。

 「この地は国境や。

 秦にも近く、匈奴にも狙われやすい。

 お互いに争ってる場合じゃない。

 俺たちはどちらにも属さず、この土地を守るためにいる。」

 

 「守る、だと?」カン・バラが眉をひそめる。

 「侵入者が守りを語るとは滑稽だな。」

 

 「そう思っても仕方ない。」悠馬が頷く。

 「でも俺たちは、もう帰る場所がない。

 この土地に城を築いたのは、生きるためだ。」

 

 紅蓮が一歩前に出た。

 「戦場で、あなたたちの兵を見たわ。

 皆、強くて誇り高かった。……だから、殺したくなかった。」

 

 カン・バラの瞳が僅かに揺れた。

 「……ハルバを生かしたのは、そのためか。」

 

 「そうだ。」悠馬が答える。

 「彼は部下を想う将だった。

 そういう人間を殺しても、何も生まれない。

 生かして、次を作る方が価値がある。」

 

 しばしの沈黙。

 やがてカン・バラが立ち上がる。

 その背丈は二メートルを超え、影が悠馬を包んだ。

 

 「貴様の目的は何だ。

 我らを従えるつもりか。」

 

 「違う。」悠馬ははっきりと言った。

 「支配なんていらない。

 ただ――互いに干渉しない関係を作りたいだけだ。」

 

 「干渉しない?」

 

 「そうだ。敵対する気もない。

 むしろ、協力したいと思ってる。」

 

 「協力……だと?」カン・バラが眉を上げた。

 

 悠馬は地図を指し示した。

 「北を見ろ。匈奴が動き出してる。

 あいつらは誰彼構わず襲う。

 このまま争ってたら、どちらも飲み込まれる。」

 

 天幕の中が静まり返る。

 カン・バラの瞳が鋭く光った。

 

 「……それを、どうして知っている。」

 

 「偵察を出した。

 まだ遠いが、三年もしないうちにこの辺りまで来る。」

 

 「……お前、何者だ。」

 

 悠馬は笑った。

 「ただの市民上がりだよ。

 けど、戦略を考えるのは得意なんだ。

 ほんの数ヶ月だけ、本気で“考える戦い”をやってた。」

 

 紅蓮が小さく笑った。

 「遊びのつもりが、今じゃ国の命運を握ってるってわけね。」

 

 カン・バラの口元が僅かに緩む。

 「……面白い男だ。」

 

 「褒め言葉として受け取っとく。」悠馬は淡々と返した。

 

 

 数刻後。

 カン・バラはしばらく考え込み、そして低く言った。

 

 「貴様の話、信じるかは分からん。

 だが、我らも無駄な血は望まぬ。

 ――兵を退こう。戦は終わりだ。」

 

 紅蓮が安堵の息をついた。

 黒耀が静かに頷く。

 

 カン・バラはなおも強い眼差しで悠馬を見据える。

 「だが覚えておけ。約を破れば次はない。

 我らの誇りは二度と折れぬ。」

 

 悠馬は真っすぐに見返した。

 「当たり前だ。約束は守る。それが国を名乗る最低条件だ。」

 

 カン・バラは無言で右腕を差し出す。

 悠馬も同じように手を伸ばし、強く握り合った。

 その音は、剣戟よりも重く響いた。

 

 

 夕暮れ。

 月氏の陣を離れると、空は赤く染まり始めていた。

 紅蓮が小さく呟く。

 「戦ってた相手と、手を組むなんて……信じられない話ね。」

 

 悠馬は笑った。

「敵か味方かなんて、話が通じるかどうかの違いだよ。」

 

 黒耀が静かに言葉を添える。

 「陛下、これでひとまず北は安定しますね。」

 

 「いや、これからだ。」悠馬は空を見上げた。

 「匈奴が動き出したら、この協定が本物かどうか、すぐ分かる。」

 

 風が草原を渡り、遠くの空へ流れていく。

 その先に、次の戦の影が、確かにあった。

 

 

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