三ツ者の唄-琥珀   作:六位漱石斎正重

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 琥珀は饗談のしかけにはまり、鎖によって両手の自由を奪われ貼り付けの状態にされた。おまけに背中に背後の木から突き出ているトゲが背中にささり、完全に上半身の動きを封じられた。
 それでも少女はあきらめなかった。草にとってあきらめは死を意味するからだ。だが、この期に及んでこの窮地から脱する手が果たしてあるのだろうか。その時少女の心の中に、『あるもの』が目覚め始めるのだが……



第12話 目覚め

 よし、かかった! 小娘の動きを封じた、と饗談の頭領は思った。後は配下である左手首のない男に女を討たせるだけだった。

 もう彼は草として生きていくことはできない。草としての未来を奪った仇をとらせてやりたいという気持ちもあった。もう九割方は勝利が確定したが、まだ完全ではない。この上はさらに勝つ確率を増やしたいところだった。

 

 彼は身を隠している茂みからにわかに上半身を現し、左腕をまっすぐ伸ばし琥珀の方へ向けた。その瞬間、彼の左腕から何かが飛んでいき、琥珀の左肩にあたった。

 饗談の頭領の左腕には小型の弓が設置されていた。唐の国から取り寄せた弩と呼ばれるものを個人携帯できるようにさらに小型化した特注品だった。

 

 これ一つと何本かの矢を手にするのに半年分の俸給を支払わなければならなかったが、弓と違ってかさばらないし、射撃時に広い場所が必要なわけでもない。矢をつがえ構えるという動作なしに相手に向けて引き金を引くだけで発射できる。

 しかも、十間(約18m)位の距離ならほぼまっすぐに飛ぶ。連射はできないが、武器を使用するための訓練は不要だし、何よりもう片方の手が自由に使えるのがいい。彼はこの武器が気に入っていた。

 

 何の音を発することもなく、いきなり琥珀の肩から小さな矢が生えた。

 

「グッ…」

 

 一瞬、琥珀の身体は緊張し、首が後方へのけぞり彼女のただ一つの目がカッと見開かれた。それから間もなく彼女の腕から力が抜け頭がだらんと垂れ下がった。小太刀は二本とも取り落としてしまっている。気を失ったのだろうか。

 

 ふた呼吸する程度の時が過ぎた。すぐに異変を感じ取ったのは、琥珀の両腕を鎖で制している草たちだった。自分が握っている鎖にかかる女の力が失われたのを感じ、ホッと一安心したところだったが何やら女の様子がおかしい。女はすぐに気を取り戻したのかもしれない。

 

 少女が全く危なげない足取りでまっすぐ体を起こすと、再び鎖に抵抗がかかる感触を得た。無駄だ、女の力で鎖は外せないしほどけない。心配無用だ。

 だが、なんだこの悪寒は! 女の周りだけ温度が下がっているかのような異様な雰囲気がする。それに先ほどから心の中に急に起こった嫌な感じ……鎖で制しているはずのものは人間だが、まるで獰猛な獣の首にかかった鎖を握っているような嫌な感触を二人の男たちは感じた。

 

 女の力が増したわけではない。自分の身体が女の方へ引っ張られているわけでもなかった。琥珀は一つ大きく息を吸い込んで、すぐに短くフッと息を吐いて思いっきり上半身を前方に曲げて背中の棘を引き抜いた。

 何の声も上げなかった。これで彼女の下半身はある程度動かせるようになったが、上半身は鎖で固定されているのは変わらない。彼女が極めて不利な状態にいるのは今までどおりだった。

 

 木の幹に設置された棘を無理に引き抜く三ツ者の女の姿を見て、もう時間がない今しかないと左手首のない男は思った。そして饗談の頭領の方へ体を向けて言った。

 

「これまでのご指導・ご協力、感謝いたします。さらばでござる」

 

 左手首のない男が投げかけた言葉に、饗談の頭領はわずかでも感銘を受けたわけではなかったが、彼の思惑はわかった。だてに何十年も生活を共にしていない。考えていることはお互いにほぼわかる。

 無論、我が野心も。ヤツは知っていて知らぬふりをしているだけなのだろう。『自分を利用するつもりだな』といった言葉は、結局今まで一度も口にしなかった。頭領は言った。

 

「うむ、見事相打ちを果たせ……そしてこれを……」

 

 頭領は自分の苦無を一つ、差し出した。これで手首のない男は苦無を二本持つことができた。一つは右手に、そしてもう一つは唇にはさんだ。

 頭領は男の足元にかがみこんで両手の手のひらを組んで上に向けた。男は右足を頭領の手のひらの上にかけ、血の滲みた左腕を頭領の肩にかけて言った。

 

「ありがたし」

 

 その瞬間、頭領は渾身の力を込めて両腕を思いっきり宙に振った。

 

「征けっ!」

 

 三ツ者の女までの距離はおよそ五間(約9m)程度。結構な距離ではあるが、頭領の思惑通りほぼ女の頭部から攻撃を加えられる軌道に男を乗せることができた。

 彼自身の太刀を渡してもよかったが、しょせん片手の太刀に威力はないしバランスが悪くてまともに戦えない。かといって、苦無一本では何もできない。

 男と頭領がほぼ同時に思い付いた策がこれだった。頭領は手首のない男に特別に感傷はいだかなかったが、最後の想いを遂げさせてやりたい気持ちは偽りではなかった。

 

 女は両手が鎖で拘束されて体の自由がきかない。手首のない男は宙に飛ばされた瞬間こう思った。『やった!我が意成せり』と。だが、眼下の光景を目にしたときに嫌な感じがした。特別に光景が変化したわけではなかった。

 女は変わらず、鎖に両腕を拘束されている。先ほどまでこの女と命のやり取りをしていたのだが、なんというか気配が違う。殺意の質が違う。

 今眼下に見える女が抱いている殺意は、もっと硬質の殺意ともいうべきか……男はその嫌な感覚に正直に従った。彼はこれまでの多くの危機を自分の直感によってしのいで生き延びてきたからだ。

 彼は右手に持っている苦無を女の頭部にめがけて放った。そして口にくわえた苦無を右手に持った。

 

 琥珀はすぐに気が付いた。頭の中がはっきりし始めている。背中の痛みはすさまじいものの、この痛みが自分の心の中に残ったわずかな甘えを駆逐し、体を動かす準備と覚悟が整ったのだということが彼女にはわかった。だが、両腕は鎖で拘束されて体を自由に動かすことはできない。

 

 頭上に気配を感じる。そして殺意も。彼女は頭を上に向け自分の置かれている状況を理解した。彼女は両腕を制されたまま左足を真上に挙げ、頭上から飛来する苦無を左足の踵で払い落とした。両足はほぼ直線状に真逆の方へ開いている。

 なんという柔らかい体だろう、と饗談の頭領は思った。すぐに彼女は左足を地面におろし、自分の身体から力を抜き、体重を鎖にかけた。

 彼女の身体はわずかに沈み込み、鎖は彼女の身体の方に少しだけ引き寄せられたが、鎖を手にしている饗談たちがすぐに鎖を手にした腕に力を込めて引っ張りかえした。その反動とともに彼女は両足で思いっきり地面をけり、彼女の身体は頭をさかさまにして宙に舞いあがった。

 

 手首のない男は、突如眼下から女の右脚が伸びてくるのを目にしたが、彼にとってそれが最後に見る光景になった。男は琥珀の右脚による当てで首を折られて空中で絶命した。

 彼女はすぐさま、宙で息絶えた男の体を両足で思いっきり蹴り上げると、今度は地上に向けて彼女の身体は勢いをつけて落下し始めた。

 

 鎖を手にした饗談たちはすぐに鎖から手を離せばよかったが、目の前で起こった光景を信じられない思いで見つめて一瞬我を忘れ、それと同時に今までに自分達の身体にくわえられた『罰』のことを思い出して、ほんのわずかな時間身体が硬直した。

 

 ぴんと張られた鎖に勢いをつけた少女の体重がかかる。鎖を手にした男たちは必死に鎖を支えた。その瞬間だった。『ゴキン』という嫌な音が聞こえた。琥珀の左肩の関節が外れたのだった。

 彼女は「がッ」とくぐもった声をあげたが、安定した姿勢で両膝を地面につけた。宙で絶命した男も同時に別の場所に落下した。

 

 一方、琥珀の右腕を鎖で制した男は反動をうまく吸収できずに前方に倒れ、彼女の左腕を制している鎖を持つ男は、自分の手にした鎖にかかる抵抗が一瞬なくなったため後ろによろけたが、今度はすぐに鎖が引っ張られたために前方へと体がつんのめった。

 

 琥珀は彼らの隙を逃さず、緩んだ鎖を巻きつけたまま左側の男に右手に持った苦無を放った。左側の男はすぐさま鎖から手を離し、太刀を抜いたが間に合わなかった。

 男はのどに苦無を生やしたまま、どぅ、と後ろ向きに倒れた。右側の男は慌てて鎖を持ち直し、琥珀の右腕を制した。

 

 なっ! 馬鹿な……両腕を封じられている状態で二人を始末するとは。饗談の頭領は目の前で繰り広げられた光景を目にして信じられない思いで少女を見つめた。

 

 おなごの非力な力で鎖を抜けられぬのはわかっておったから、目方とその落ちる勢いを利用したわけじゃな……女の目方は多めに見積もってもやっと十一貫(約41kg)に届くかどうかといったところだろう。

 地面であれば男の力で軽く支える程度の重さだが、宙から勢いをつけた十一貫の『物体』の落下だ、想像を絶する衝撃だろう、と彼は思った。

 

 チッ、無茶をする。今頃、肩に激痛が走っておるだろうに……だが、それもここまでじゃ。左肩が外れ、右腕しか使えないおなごの力で腕に巻き付いた鎖ははずせまい。そう思いつつも、彼は左腕に設置した小型の弩に矢を装填した。

 

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