三ツ者の唄-琥珀   作:六位漱石斎正重

13 / 13
 両手を鎖で封じられた状態で、琥珀は二人の饗談の命を奪った。だが、それと引き換えに少女の左肩ははずれ、左腕は使えなくなった。右手に絡まっている鎖は屈強な饗談の男が握りしめている。
 どうみても琥珀がこの窮地を脱する可能性はまるでなかったが、彼女の心の中にあるものが目覚めた今、琥珀は【二人】になった。琥珀と饗談の闘いの行方は……



第13話(最終話)琥珀と螺鈿

 琥珀の右腕を鎖で制した男は思った。クソッ、不覚を取った、なんて女だ。うぬが草の技の達人だということは認めよう。

 だが、もはやこれまで。左肩は抜け、小太刀は二振りとも落とし、右腕は我が鎖で制している。この上、この窮地を脱する手だてが何かあると申すのなら……もう、ワシはお主に討たれてもよいと思っておる。男は心の中でそうささやいた。

 

 男は左腕で鎖を握りしめていたが、右手は太刀を抜くかどうか迷っていた。また、何事かないとは言い切れぬ。だが男は改めて両腕で鎖を持つことに決めた。そもそも右手だけではうまく太刀が抜けないというのもその理由だった。それに頭領が矢で少女に狙いをつけていたのに気づいたのだった。

 

 琥珀は自分の状態を改めて観察した。全くひどい状態だね。背中と左肩がズキズキ痛むし、本当にあたしがこんな目にあってまで成し遂げることなのだろうか、と彼女は考えた。

 それでもさっきから身体は熱く、心の中には冷たいものが入り込んでいる。武器がない上に、女の細腕でだけでこの状況をなんとかしなきゃならない。だが、今、私は【二人】だった。

 

 琥珀は一つ大きな息を吸って、渾身の力を込めて鎖を右腕に巻き取っていった。

 

 饗談の頭領は琥珀に弩の狙いをつけつつ様子をうかがっていたが、少女が猛烈な勢いで右腕に絡んだ鎖を巻き取っていくのを信じられない思いで見つめていた。

 なぜ、こうもあり得ぬことが起こるのだ? 女の、それも少女の力で、鎖を手にする男の身体が少女の方へと引きずられているのだ。

 

 そして頭領はその時初めて気づいたのだった。女の……女の()()()()()()()()

 

 鎖を手にした男は、鎖がすさまじい勢いで巻き取られていき、自分の身体が少女のほうへ引きずられているのを信じられない思いで目にしていた。

 もはや、自分に加えられてきた『罰』のこともすっかり念頭から消え去っていた。彼の目はただただ、驚愕で見開かれているばかりだった。そして、目の前の少女が鎖にかかる力を一気に高めて鎖を引っ張った時、彼の身体は宙にフワッと軽く浮いた。

 

 自分の身体が少女の方へ飛んでいく。そしてその時、彼は初めて目にしたのだ。少女のひもで縫われた左目が開いている。その左目はやや青みがかった色だった。

 

 そう、以前一度だけ目にしたことがある。エウローパなる国へと輸出されるという、まるで南蛮漆器に使われるような美しい青……あれは【螺鈿(らでん)】の色だ。そしてよくよく見れば、少女の目は少し黄色みがかった色だ。まるで琥珀のような……彼の意識はそこで断たれた。

 

 まずい、これはまずいことになった。もはや言葉を尽くしても言い訳はできぬ。なんとしても情報を持ち帰る。例え、鬼神に自分の身体を喰わせても! 饗談の頭領はそう思いながら暗い森の中を懸命に走って行った。

 もはや恥も外聞もなかった。自分以外に残った最後の饗談の面に少女の右ひざが打ち込まれ、落下と同時に今度は少女の左ひざが男の首の後ろに叩き込まれたのを目にしたとあっては……

 

 幻蔵は琥珀のいた場所へと走りながら思った。自分の心の中に不安がなかったといえば嘘になると、正直に自分の感情を認めた。

 だが、総合的な草の技ならともかく、殺しの技に関しては、琥珀は鬼神を上回ると彼は考えていた。自分が彼女と一対一で戦ったらどうなるか、と考えたことがないわけではなかったが、無意味な仮定に思い煩うのは無益だと、それ以上考えることはなかった。頭領という立場もある。

 

 指示を受ける身だったころは、こんな考えとは無縁だったというのに。まさか嫉みではあるまい。だが、自分はあせっている。自分の肉体はすでに下り坂に入っている。それに対して……

 

 幻蔵の思案を傍らで一緒に走っていた男の声が中断させた。口元を隠した無口な男のものであった。

 

「いた!」

 

 すぐさま、幻蔵も声をかけた。

 

「琥珀!無事かっ?」

 

 二人は琥珀に声をかけた。森のやや開けたところに、琥珀は呆然として一人で立っていた。宙に顔を向けながら誰かと何やら話してる。しかし、琥珀の周りには誰もいない。

 

「……お前は私のために死ぬのか?」

「ああ……ワシは姉者のために死ぬ……姉者は生きろ……」

 

 幻蔵と無口な男はほぼ同時に感じていた。そこには琥珀一人しかいないが、おかしなことに琥珀以外の人の気配がする。一人でぶつぶつと話している琥珀の姿に訝りながら、無口な男は今一度、少女に声をかけた。

 

「琥珀……?」

「チッ……」

 

少女は軽く舌打ちしたようだった。

 

「琥珀!」

 

 こんどは幻蔵が声をかけた。そして何やら思い直したように表情を改めて琥珀に低い声で語りかけた。

 

「いや、おぬし……螺鈿か?」

 

 幻蔵の声に緊張がこもっている。そばにいた無口な男は、幻蔵ほどの男でも緊張することがあるのかと意外な思いで幻蔵の横顔を見つめた。

 

 そのとき、琥珀は初めて声の主に気が付いたかのように二人の方へ顔を向けた。そして、こちらに顔を向けた琥珀の目を見て無口な男は驚いて息をのんだ。

 

 琥珀の縫われた左目が開かれている。まぶたに少し血がにじんでいるようだった。それに、あの目……かすかに青い目……異人の血が混じっているのだろうか。

 しかも今更ながらだが、こいつの右目もかすかに黄色みがかっている。美しいと、無口な男は素直にそう思った。無論、口には出さなかったが……

 

 琥珀はゆっくりと何かを確認するかのように話しかけた。

 

「幻蔵……殿か?」

 

 男の声? 無口な男はこれにもひどく驚いた。全く今日一日で驚くことばかりだ。琥珀の声はやや訝しげだった。しかも、低い男の声だった。

 

 声真似を装っているようではなかった。琥珀は顔の表情を少し柔らかくしたかと思うと、最後にこう言った。

 

「姉者を……頼む……」

 

 そういったかと思うと、両目から生気が失せ琥珀はフッと気を失い、体がくずれるように倒れこんだ。それを瞬時に駆け寄り、琥珀の身体を幻蔵はかばって抱き留めた。

 幼い顔に強い疲労の表情を強く浮かべ、彼女は目を閉じていた。無口な男は(もはや無口ではなかったが)、琥珀の身体を抱き留めた幻蔵のそばに近よって尋ねた。

 

「幻蔵……いったいこやつはどうなっておるのじゃ?」

「琥珀の中にもう一人おるのだ……」

「?」

「わしもこやつをあずかった者から聞いただけで詳しくは知らぬが……琥珀は、元は軒猿(のきざる)の一族でな……」

 

 軒猿とは越後の草の総称である。甲斐に三ツ者のような諜報機関があるように、越後にも当然そう言った機関があった。この時代の情報伝達速度は極めて遅く、それ故にどの大名も情報の重要性を熟知していた。

 合戦になってから情報を収集しても全くの手遅れで、合戦の前に多くの草を放ち、隣国の情勢を探るのはこの時代の大名の当然の戦略だったのだ。

 

「雪影……おぬし、軒猿になるために行われる儀式を存じておるか?」

「いや……」

「軒猿はな……一人前になるときに、一番近しいものと殺し合いをさせるのだそうだ……」

 

 草の中には、心に【鋼の芯】を通すためにこのような試練を課す種族がいるという。伊賀百地(ももち)、陸前黒脛巾(くろはばき)などは、草として使い物になるかどうかはこの試練を乗り越えたかどうかで判断するのだそうだ。

 

 幻蔵は再び言を継いだ。

 

「琥珀には螺鈿(らでん)という双子の弟がいてな……」

「まさか!」

「ああ……そのまさかじゃ……それ以来、琥珀の心の中に螺鈿という双子の弟が住みついたらしい」

 

 幻蔵のあまりの衝撃的な言葉に、とても信じられないという表情で男はその言葉の後を続けた。

 

「いや、しかし……そのようなこと、にわかには信じられぬ……」

「では、先ほどのこやつの男の声をなんと説明する?」

「……だが、そのような儀式で人の心の中に別の人間の心を移すことが本当に可能なのか?」

 

 幻蔵は男の言葉にかすかに困ったような表情を口元に浮かべて言った。

 

「わしは単なる人の身……そのような仏の領域のことはわからぬよ。だが、何百年かたてば、人の心の仕組みがわかる時代が来るのかもしれぬな……」

「……」

「いずれにせよ、われらは僧ではない。そのようなことは僧に任せておけばよい。われらはわれらの仕事をするだけじゃ……」

 

 それを聞くと、幻蔵とそばにいた男は黙りこんだ。しばらくすると、幻蔵は再び口を開き男に促した。

 

「戻るぞ、雪影」

「うむ……」

 

 こうして三人の三ツ者達は私の前から姿を消した。この後、彼らを目にしたのは三日後のことで、その次の日に小規模な合戦が近くであったようだ。そして、それが彼らを見た最後になった。

 

その後、彼らがどうなったか私は知らない。饗談の頭領もあれ以来一度も目にすることはなかった。

 

 それからさらに数年後、何度か大きな合戦がこの付近で起き、その度に私は人間の業の深さを見せつけられることになった……

 

 私のこと? ああ、忘れてた。以前、私は、この付近の小高い崖の上に『いて』、森の中を見下ろしていた、といったのを覚えているだろうか。

 

 その崖の上に小さな石仏がある。私は一日におよそ一刻半(約3時間)ほど、この石仏に封じられる。私にはその前後の記憶がない。

 私に残っている記憶は石仏に封じられている間の記憶と、生前の記憶だけだ。どんな仕組みになっているのか、また誰がこのようなことを私に課したのかはわからない。

 

 ただ、私は、弥勒がこの世界にいない空白の56億7千万年の間に、苦悩にまみれる人々を慈悲の心で包み込み、救うように命じられた者だ。

 

 だが、まだ私には力がない。悩める衆生を救う力を得るために、あと少なくとも千年はこの世界を見守る事を私は強いられた。人は私を地蔵菩薩と呼ぶ……まあ、正確に言うと、その『見習い』だ。

 




 本拙作は、昔ウプ主がニコニコ動画でアップした動画の続編のストーリーとなります。

【第10回MMD杯本選】忘れえぬ想い 三ツ者の唄【MMDドラマ】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm20098023

 この動画の続きの動画を作成する時間が捻出できないため、やむを得ず小説を書くようになりましたが、いざ小説を書いてみると明らかに文才はないものの、意外に楽しいことがわかり、今日までPIXIVにて様々な小説をアップしています。

 PIXIVに上げた小説は自分で改めて読んでみると、あまりにも読みにくいため、ここHamelnで再アップすることにしました。

 ただ、そのまま同じものを上げるのも芸がないので、本筋は同じものの各ストーリーにおいていくつかの改変を加えています。

 忍者系の話というと、基本どれもイカすストーリーというのが世の常であるようですが、戦国時代の人々の生活の実情は想像とはかなり異なる過酷なものだったようです。
※ここら辺の実情は、藤木久志氏の「雑兵たちの戦場」に詳しい。

 ……ということで、本作ではメインを張る登場人物は最後まで残りますが、基本次々と人が死にます。

 そういうのに抵抗がない方のみご試読くださいませ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。