その場所へ到着した長は、周囲の様子に油断なく目配りした後、仲間の様子を確認する。そんな中、部下の一人がいないことに気づき、その行方を他の者に尋ねるのだが……
木の頂点から背面に倒れながら頭からまっさかさまに琥珀は落下した。このまま落下中に樹木の枝に頭をぶつけて黄泉に行くことになってもかまわない、と琥珀は考えた。
だが、自分の頭を枝にぶつけることもなく地面から1丈(約3m)ほどの高さまで自分の体が落下した瞬間、琥珀は空中ですばやく体位を変え、かすかな音とともに地上に安定した姿勢で片膝をついた。
物心がつく前から仕込まれた体さばきだった。それは半ば本能の領域にまで刷り込まれた動きといってもよかった。琥珀はゆっくりと立ち上がり振り向いて、声の主に答えた。
「戻ったのかい?」
女だった。少女と知ってもよいくらいの年齢であろうか。だが、私は彼女のその姿を見てハッとした。なんという異装、南蛮物というにも異端すぎるやや灰色がかった短めの装束、装束の表面には見たこともないような文様が描かれている。
なるほど、初めて見る文様だが遠目から見れば、恐らく人の体の輪郭を隠す効果があるのやもしれぬと私は考えた。
自然の景色の中では人の輪郭は異様に目立つものだ。森の中の獣は表面が毛皮に覆われていて、その色もさることながら体の輪郭は不明瞭になりやすく自然に溶け込んでいるものが多いが、人の体の表面は滑らかで自然の中には存在しえない曲線や直線で構成されており、遠目からでも極めて目立つのだ。
私はあらためて少女に視線をむけたが、すぐに私の目はある部分に引き付けられた。彼女の装束からあらわになっている白い太もも……月の光に照らされて青みがかったあやしい光を反射させている。
遠くの暗闇の中から見てもすぐそれとわかる人間の体の一部に、私は驚くと同時にあきれた。装束は暗闇に溶け込むものだとしても、このように暗い中でも目立つ部位をさらしているようではこの女は長くは生き残れないと考えたからだ。
腰には二振りの小太刀を左右に佩いている。刀身の長さは一尺(30cm)を少し超えるくらいか……顔は月の光の影になってよくは見えない。森から現れた男が答える。
「うむ、こちらは何か変わったことはあったか?」
「別に……」
「そうか……」
それきり、二人とも黙ってしまった。下生えの草が緩やかな風に吹かれてサワサワとそよぐ。女はほんのわずかの間ためらいを見せたが、すぐに気を引き締めて口を開いた。
「で、
「ああ……恐らくな……」
「恐らく……?」
訝しげな声だったが、更に詳細を訪ねるために女は広場の中心に向かって歩き出した。そのとき私は初めて女の顔をよく見ることができた。いつの間にか厚い曇天が晴れ、強い月の光が女の顔を照らしていたからだ。
「!」
なんということであろうか……美しい……そう、可憐といってもいい儚さのある、まだあどけない少女だった。年のころは、恐らく十二、三だと思われる。
だが、私が驚いたのはその少女の美しさではない。その少女の顔……恐ろしい……少女の顔にこのような細工を施す者の精神とはいったいどのような者であろうか……
私は、今までに言葉に尽くせぬ非道や邪道を人間が行っているのを静かに見てきた。いや見せられてきた。私は無力だ! 自分の無力を思い知るのが私の宿命の一つのなのだが、今度のは極めつきだ。人間はよくよく野蛮な生き物だと実感するのはこんなときだ。
少女の左目は縫われていたのだ。細い麻の紐であろうか。おそらく、数えるほどしかないのだろうが、幾度か紐で縫われた眼を開いたことがあるのかもしれない。
血で染まったのかどうかは定かではないが、うっすらと緋色をした紐だった。少女はそんな自分の状態に悲壮さを抱えている様子はまるで示さなかったが、かすかに黄色みがかった残る一つの目には、真剣でまっすぐな意思を宿していた。森から現れた男が少女の疑問に答えるように口を開いた。
「正直なところ、確かなことはわからぬ……手ごたえは確かにあった。だが……あの頭領にしては、もろすぎる……」
その時、少女が喝ッとして大きな声を上げた。
「
たいそう不満げな、やり場のない憤りをこめた声だった。男はなだめるように少女に声をかけた。
「そう申すな、我らは……」
「……技で
ふくれっつらをしながら少女は不満げに男に答えた。男にとっては、この少女は妹のようなものなのであろうか。この男の眼は布で隠れて見えないのに、なぜだか、優しげな視線を少女に投げかけているのが私にはわかった。男はゆっくりと答えた。
「そうか、そうだったな……いずれにせよ草にもかかわらず、『影』を使うような奴だ。ワシが討ったは身代わりやもしれぬ……油断はならぬ」
少女は男の話を黙って聞いていたが、男が討った者が影(影武者。一般的には高い身分の者が身代わりとして建てる場合が多い)かもしれないと聞いて、明らかに落胆した様子を見せた。
しかし、それもわずかの間で、目の奥に激しい憎しみと殺気をみなぎらせた。それは少女の周囲から虫や鳥の声が絶えるほどの強い殺気だった。
「次は私が必ず奴を討つ!」
強い殺気と意志を込めた少女の低い声が森の中に静かに発せられるとともに、すぐ近くの木の上にとまっていた梟が飛び立った。
野生の鳥が察知して飛び立つほどの強い殺気だったが、男は平然として佇んでいた。しばらくしてから男は口元を引き締めて少女に話しかけた。