饗談の男は一瞬呆然とした。『いついかなる時も』我を忘れることがないように厳しく訓練されているにもかかわらずだ。
何の前触れもなく、琥珀が木々の太い幹の背後から音もなく亡霊のように姿を現したのだった。殺気の欠片もない。両手に漆黒の刃の小太刀を手にしており、顔には例の菩薩のような表情が浮かんでいる。
彼と琥珀との距離はおよそ五間(約9m)ほど離れている。彼はその瞬間震えた。彼女の姿に臆したのではない。予期せぬ行動をとったり、動きが止まったりすると彼らには即座に
定かではないが、彼らが面をつけているのもその恐ろしい罰の痕を見られないようにするためだという者すらいた。あくまで噂だ。
彼ら三河饗談は完全統一された集団行動を売りにしていた。だから、自分を殺し、ただの影になるように訓練されてきたのだった。彼は体の震えを無理やり止め、平静の心を取り戻そうと努め、それになんとか成功した。
次は囮の役割を果たす番だ。だが、いきなり逃げ出したのでは女を詭(いつわ)り、計り事にかけることができない。
それに六名もの仲間を殺った手並みも見てみたい。普段ならそんなことは考えることも許されなかったが、女を前にしてふとそんな想いが心の中で鎌首をもたげた。
彼は普段、十名の草の中の一人を演じていたし、より高みに上ろうという野心も持ち合わせていなかった。だが、筆舌に尽くしがたい訓練を積んできたのだ。そう、思い出す度、身体に震えが来るほどに……
何のために? 無論、使命を果たすためだ……でも、それだけなのか? それで自分の一生は終わりなのか? 普段の彼はそれでもかまわないと思っていた。
彼は『敦盛(あつもり)』を唄った幸若舞(こうわかまい)が好きだった。幸若舞とはこの時代、能と並んで主に武家に愛された曲舞(くせまい)で、『敦盛』とは源平時代にいたとされる元服間もない年若い平敦盛を、源氏方の熊谷直実がやむを得ず討ち、その後、出家した際にこの世の無常を唄ったものだ。
これは、あの織田の参議殿(信長)も大層お好きだと聞く。【人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり一度生を享け、滅せぬもののあるべきか……】という部分は強く共感できる部分が彼にはあった。
戦いに、病に、草の使命に、いつ自分が殺されるかわからない。人間生きたとしてせいぜい五十年、何ほどのものがあろうかという想いは常に彼の頭にはあった。
だが、そのあとに続く【これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ(これは仏の意思だとわかってはいるが、悔しい事だ……)】という想いを持ちながら余生を過ごすなら、死んだほうがマシだとも彼は思っていた。
もし、どうしても自分の死が避けられぬ運命ならば、自分より技量の高い熊谷直実のような
しかし、自分の激しい殺気を前にしても全く動じることのない、この年端もいかない少女の態度に彼は今までの自分の鍛錬を愚弄されたように感じた。彼は自分の心の深奥からどす黒い殺意が表面に吹き出てくるのを感じ、それを懸命に抑えた。
彼は相手がいかなる容姿であっても先入観で相手の能力を測ってはならぬと厳しく教えられてきた。現にこのおなごは
いかに腕が立つとはいえ、一人で六名もの饗談を殺ることなどできはしない、必ず何かある。だから女の様子を細かく観察した。
得物は二つの小太刀のみ。刀身は月の光の照りかえりを防ぐために黒く塗りつぶされている。唐風の装束で頭部、両腕と、それに両足は太ももから下が露出している。
目の届かないところには恐らく無数の暗器が……おなごは特にそうだろう、と彼は考えた。だが、光の照りかえりを防ぐために刀身を黒く塗りつぶすことにまで気を回す者が、自身の身体の目立つ部位を外部にさらすとは……男は思わずフッと軽い笑みを浮かべた。無論、笑みは面の下で琥珀には見えなかった。
翻って自分自身のことを考えてみると、全身を装束で覆っているが鎖帷子ではなく、単なる麻布だ。手甲と小手のみに鋼が入っている。外部に触れる部分は目元だけだが、その目元も含み針などを警戒して網で覆われている。
二尺に少し足りない直刀が一本、苦無が三つ、暗器はない。殺傷範囲では完全に自分が上で、それに劣る女の戦術は恐らくこちらの懐に飛び込んで小太刀を打ち込む、この一手であろうと彼はあたりを付けた。
二刀なのもそれで合点がいく。どだい、女の筋力で二つの太刀など扱えるわけがない。防御より攻撃と武器の取り回しのしやすさに重点を置く戦い方だろうと彼は考えた。
饗談の男と琥珀はお互いに向い合せに立っていた。男の身長は六尺(180cm)に三寸(9cm)くらい足りなかったが、少女のそれは五尺(150cm)に届かなかった。男は少女の目を見ていたのに対し、少女のほうは何というか特定の場所を見ているような感じではなかった。
事情を知らぬ者には単に森の中で逢引きしている男女に過ぎないように見えたであろうが、気配が違うし雰囲気が異様だ。男は殺気にまみれて修羅のようだったが、少女は穏やかな雰囲気を放つ菩薩のようだった。
また、男は太刀を晴眼(剣先を相手の両目の間に位置する)で構えていた。たとえ距離があっても、両目の間にとがったものが位置しているだけで心理的な重圧がかかる。男は自分の身体と相手の身体の間に太刀を置き、自分の懐には絶対に入れさせないつもりだ。
一方、琥珀は決まった構えをせず、小太刀を両手とも逆手で持っており、だらりと両腕を下げている。拳には何か黒いものをはめているようだ。
お互いの距離はおよそ五間(約9m)ほどで、琥珀はもちろん、男の太刀の殺傷範囲からも遠く及ばなかった。二人はしばらくそうやってお互いを見合っていたが、唐突に琥珀が男のほうへ歩き出した。走るわけでもなく、ゆっくりと時間をかけるわけでもない。ただ単に歩き出した。
人間は想定外のことが起こると心理的空隙を生じさせるものらしい。男の時間は確かに止まった。ほんの一瞬ではあるが……
ハッと我に返った男が琥珀の顔面に突きを入れ、そのあとすぐに刃を時計回りに一刻半(約90°)ほど倒し、薙いだ。二撃目には威力はないが、切っ先には毒が塗ってあるし相手の首に刃先が触れた途端太刀を引くので、突きがかわされてもそのあとの二撃目で敵の首を刎ねることができる剣術である。
傍目で見ると、二撃目は太刀をいったん引いて勢いをつけて首を刎ねたほうがよいように思えるが、それでは敵に太刀をかわす隙を与えるし、そもそも太刀は敵の身体に刃先が当たったら『刃先を引いて』使うものなのだ。
今の攻撃は言うほど容易くはない。これ一つ取っただけでも想像を絶する修練が必要となる。それでもその二撃とも琥珀はかわした。なんという反射、獣の感性というべきか、単なる勘の良さとは言い切れないものが彼女の動きにはあった。
私は二人の立ち合いを静かに見ていた。だが、私には戦いの詳細は見ていてもわからないし、見落としも多い。だから見て思ったことだけを伝えようと思う。
饗談の男は片膝をついていた。私にはまるで見えなかったが、どうやら琥珀の一撃を左わき腹に受けたらしい。『らしい』と評したのは、男が左わき腹を手で押さえてかすかなうめき声をあげていたからだ。
無論、彼女の小太刀の一撃ではあるまい。小太刀なら男は死んでいたはずだからだ。琥珀は男の攻撃を二撃ともかわし、なおかつ男に一撃を与えた。小太刀ではないなら無手しかない。あるいは何かを投げたか……
男の周辺には何も落ちてはいない。ならば恐らく足による一撃だろう。この時代、足を使って戦うなど私は見たことも聞いたこともなかったが、それ以外考えられぬ。
すぐさま、琥珀は男に躍り掛かった。男は素早く立ち上がり、太刀で琥珀の小太刀を防いだが、彼女は左手の小太刀で男の太刀を受け流し、右手の小太刀で男の首を薙ごうとした。
男は瞬間太刀から左手を放し小太刀での一撃を左手で受けようと自分の顔の前に左小手を持ってきた。鈍い音とともに小太刀は男の顔面の直前で止まった。どうやら男の両手には甲と小手の部分に鋼が入っているようだ。
次の瞬間、男は身体を九の字に曲げて再び片膝をつき、男の太刀は跳ね飛ばされた。今度ははっきり見えた。やはり琥珀は蹴り技をつかっている。
お互い一瞬とはいえ、両手がふさがったわけだから、足を使うしか攻撃の手段がないのはわかるが、あんな動きが人にできるものなのかと、私は訝かしい思いをした。
琥珀の一撃目は男の胴の中心に、右足による深い突き刺さるような蹴りが入り、二撃目は男のひじの右腕の内側に彼女の左足による蹴りが入った。私はあのような足を使う技があるのかと、その光景に思わず見入っていた。