Wizard of the World of Stand 作:泡醤油
カルミアの視界に映ったのは白だった。頭が完全に覚醒しきっていないせいで、数秒遅れて今自分は真っ白な天井を見上げているのだと気付く。
白い天井と言えば、まず思い浮かぶのは学校の医務室である。クィディッチのビーターの座についてここ数年、練習や試合の際に気絶して医務室に運ばれるという体験は珍しいことではなくなった。スリザリン寮がコートに立てばその試合で必ず一人は意識を失う。
なんだかやけに現実味溢れる夢を見ていたせいで、どこまでが夢の出来事なのか区別がつかない。
砂漠のど真ん中でむさ苦しいマグル集団に出会ったのは夢だとして、友人と温室の片付けをしていたのはどちらなのだろうか。もしかしたら、温室で自分の知識にない植物に触ったか何かして気絶してしまったのかもしれない。
「ってぇ〜〜ッ!」
勢いよく起き上がろうとすると背中に激痛が走り、カルミアは思わず叫び声を上げながらお世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドへ倒れ込んだ。そこで今度は背中を押し付けてしまい声にならない悲鳴を上げて背中を丸めた。
痛みのせいで涙目になりながら、耐えるように体を抱いて蹲っていると、慌ただしい足音と共にカーテンが勢いよく開かれる音が響いた。
「アルバスか…? ちょっと、マダム呼んで来てくれ。何だか知らねえけど傷が治ってねえみたいなんだ」
「そりゃあそうじゃろう。背中を縦一直線に深ァく切られとるんじゃからのう」
「……は?」
マダム・ポンフリーは父の世代からいる自称まだまだ現役の校医だ。実際はもう結構な歳なのだが、本人はまだ校医の座を譲る気はないらしい。
歳と言っても腕は確かなもので、ポンフリーの手にかかれば今回のカルミアの傷など一瞬で治してしまうことだろう。しかし、カルミアには未だに激痛が襲いかかっている。
わけが分からずポンフリーを呼ぶよう頼んだところ、予想外な言葉が返って来たことにカルミアは間の抜けた声を上げながら声の主を見上げた。
ヘアバンドを取られたのか、視界を遮ってくる長い前髪を掻き上げると、そこには夢の中で出会ったと思っていた老人が立っていた。髪こそ白髪だが、年齢を感じさせない若々しい立ち姿にその詳しい歳が予想出来ない。
「嘘だろ……ここもしかしてマグルの病院かよ…」
そりゃあ痛みが残るはずだ、とカルミアは頭を抱えた。傷をすぐ治してしまえる魔法を使うことの出来ないマグルは、カルミアが「この程度」と思える傷でも完治に数週間かかることがあるのだと、聞いたことがあった。
ポンフリーほどではないが、カルミアも治癒魔法くらいは使える。というか、全てが夢でないとすれば花京院とかいう男を完全でないにしろ問題なく治療出来ていたはずだ。
完治といかないまでも痛みが多少は和らぐだろうと思い、カルミアは懐に手を差し入れた。しかし、そこにいつものシャツや杖の感触はなく、カルミアは改めて自分の今の格好を見ることとなった。
白く薄い見るからに簡素な、しかしカルミアには詳しい構造の分からない服を着せられており、その胸元からは大袈裟に巻かれた包帯が痛々しく覗いていた。
「つ、杖…杖はどこやった!?」
着替えさせられている、ということよりも杖がないことに焦りを感じたカルミアは傷口が開くことも気にせずに目の前の老人に縋るように掴みかかった。魔法使い、しかも未成年の彼にとって杖は命と同じくらい大切な物だ。あれがなければ魔法を上手く使える自信がない。
「まさか、傷つけたりしてないだろうな!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けッ! お前さん服にまで血が滲んで来ておるぞ!」
「そんなことより、杖は!!」
「持ってくる! すぐ持ってくるから大人しく寝てくれ…ッ!」
鬼気迫る表情で老人に詰め寄っていたカルミアは、老人の言葉に安堵の息を吐くと体から力が抜けるのを感じズルズルとベッドの上に座り込んだ。
すかさず老人が、やけに手慣れた動作でカルミアをベッドに寝かしつける。いつの間にか近くに来ていた銀髪の男に何か囁くと、男は二、三度頷いて病室を出て行った。
少しして、カルミアの持ち物を抱えた(大体はカルミア自身が巾着袋にしまった為、持ち物と言っても杖や服だが)男が病室に戻って来て、抱えた物をカルミアのベッド脇にあるテーブルへ置いた。
思わずベッドから起き上がろうとしたカルミアを老人が青い顔をして止めるのを、男は眉根を寄せながら見守っていた。
「ほれ、杖じゃ。これが心配だったんじゃろ?」
「あ、ありがとうございます……」
カルミアを安心させるように穏やかな笑みを浮かべながら、老人が彼に杖を差し出す。それを受け取りながら、相棒の無事な姿に安堵したカルミアはぎこちなく礼を口にしながら笑顔を見せた。
杖の感触を確かめるように手の中でいじっていたが、少し体を起こすと杖の先を背中に当てカルミアは目を閉じた。男は、わけが分からないといった様子でその行動を見つめる。
「エピスキー、癒えよ」
呪文を唱えると同時に、杖の先から白の光が現れカルミアの傷を覆うように背中に纏わりついた。しばらく動かずにじっとしていたカルミアだが、杖を横に置くと起き上がって体の感触を確かめるように腕を動かし始めた。
「うーん、ちょっと違和感はあるけど痛くはないな」
「お、おいおい、そんなに動くと傷口がまた開いちまうぜ?」
布団を引っ剥がし、立ち上がろうとするカルミアを男は慌てて止めに入る。その病衣の背中にはまだ赤い血が鮮やかに残っており、自分の背中が見えないカルミアは平気だろうが、見ている側としては痛々しくて仕方がない。
カルミアの肩を押さえながら、男はふと不思議に思って内心首を傾げた。先ほどはあんなにも少年を止めようとしていた老人が今は黙って見ているだけなのだ、どう考えてもおかしいだろう。
「おい、ジョースターさん! 見てねぇで何とか言ってやれよ!」
「ポルナレフ、その少年の傷はもう治っておるぞ」
「……はい?」
何も言わない老人に焦れて叫ぶように声を上げた男は、老人の言葉を聞いて器用に片眉だけを上げて見せた。何を言っているのか理解出来ないという風に首を傾げる。
「え〜〜っとォ。俺の聞き間違いじゃあなきゃ、今『治ってる』って言ったか?」
片手をまだカルミアの肩に置いたまま、もう一方の手を耳に当てて間延びした声で老人に問い返す。カルミアには見えないが、老人は男の言葉に確かに頷いて見せた。
男はポカンと口を開けたまま固まっていたが、「治ってる」と小さな声で数回繰り返した後やっと老人の言いたいことが分かったようでカルミアの病衣に手をかけた。
「んなわけねぇだろッ! 医者が数日かかるって言ってんだ、今の一瞬で治るなんてどんな魔法……」
カルミアには理解出来ない構造をした病衣をまるでオレンジの皮を剥くかのように脱がして行く男を、少々癪だがカルミアは黙ってされるがままに見つめていた。
男は意外と筋肉のついたカルミアの体に驚いたようで一瞬手を止めたが、病衣の次は包帯をしゅるしゅると解いていく。包帯を取ったら開いた傷口が現れて医者を呼ぶ羽目になるだろうと考えながら、口からは頭で考える前に言葉が零れ落ちる。
しかし、男の声はカルミアの背中を見た瞬間嘘のように止まりその場が静かになった。その背中は先ほど開いた傷のせいで血がついているものの、血のほとんどを包帯や服に吸われ白人特有の白い肌の上、項の下から真下に伸びるほとんど治りかけた傷跡が残るのみであった。
「嘘……だろ…」
「ポルナレフ、花京院の傷を治したところも見ただろう。その少年は魔法使いじゃ。一般人……マグルだったかの、そのワシらには普通無縁の存在なのだ」
「さっきからおじいさん、魔法を知ってるみたいな言い草ですが、身内に魔法使いでもいらっしゃるのですか?」
信じられないという風な表情のまま動かなくなった男を押しのけて立ち上がると、カルミアは目の前で魔法を使って見せたというのにまるで驚く様子のない老人に素直な疑問を投げかけた。スタンドと戦った時に見せていた為慣れたのかとも思ったが、老人の言葉を聞いている限りこのマグルはどうやら魔法の存在を認識しているらしい。
いつまでも胸元を晒しているわけにもいかず、男に脱がされた病衣を着直そうとするが、構造が分からず困ったように眉根を寄せた後諦めたように息を吐きながら病衣をベッドへ脱ぎ捨て杖を振った。テーブルの上の巾着袋が独りでに口を開き、中から服が出て来てカルミアの目の前で止まった。
目の前で次々に起こるファンタジー味溢れる出来事(自分達の使うスタンドもファンタジーと言えばそうなのだが)について行けず、男は頭を抱えてフラフラと近くの椅子に座り込んだ。
そんな男を横目に、老人はラフな格好に着替えるカルミア向き直る。
「身内に魔法使いがいると言う表現は間違いじゃな」
「へぇ? では、友人?」
「そうじゃ。ワシはカルミア・ノスワージーという名の魔法使いと、十代の頃知り合い戦友となった」
老人の言葉に、カルミアは目を細めた。警戒するように杖を持ち直したが、老人はそれに気付いているのかいないのか更に言葉を続けた。
「君、カルミア・ノスワージーなんじゃろう?」